07.検査
「騙していたんですか、俺のこと」
恨み言を絞り出すように出し切った二つ目の言葉はそれだった。
ハイジさんは動揺した様子もなく俺を真っ直ぐに見据える。
「それは、どういう意味で受け取ればいいかな」
「当たり前じゃないですか!! それ、は……っ、」
もしこれを言ってしまったら、本当に俺は現実に戻れないのではないかと思うと言葉が詰まった。
口にしたくても、彼の言葉次第で平気でこれが悪夢の中なのだと悟らせられてしまうのが怖い。
けど、父さんの死だけは確定事項なのかは探らないと。
「とにかく、今はこの場にいることや、そんなことよりも君は私に聞きたいことがあるんじゃないかい? 例えば――――お父さんのこととか」
「!! ……それ、って」
「君のお父さんの遺体は我々が確保しているよ、遺体を返してほしければ今は我々の言葉に従ってくれるね?」
「……はい」
ハイジさんはニッコリと、優しく笑う。
至極、脅しにしかなっていないその笑みに、俺は同意を余儀なくされた。
「改めて、名乗らせてもらおう。私はスヴェン・ベルジェ。青鳥ドイツ支部アーテムシュタット担当課長だ。今回の一件で君に被害を招いたのは、本当に申し訳ないと思っているよ」
「あの、質問に答えてもらってもいいですか」
「なんだい? 君の聞きたい疑問には全て答えるよ」
謝罪の言葉はどうだっていい。それより、彼に言うべきことは間違いなくこの言葉だ。
「あの化け物は、モネーレで合ってるんですよね」
「ああ、そうだよ」
「課長、彼にいきなりそのことを伝えるのは、」
ハイジさ、スヴェンさんは動揺する様子もなく平然と答えた。
それを見たクリフさんがスヴェンさんと俺の会話の邪魔をしようとしたのを上司である彼が手で制す。
「続けてくれるかな、それは誰から聞いたんだい?」
真っ直ぐに俺に微笑んでくれるその姿は最初に出会った時みたいな笑顔を浮かべていた……騙されないんだからな。俺は横で唇をつぐんでいるクリフさんをちらっと見てから、質問する。
「あの場所にいた黒服の男の人たちが言ってました、その人も貴方の部下ですか」
「そういうことになる。私の部下が君を不安にさせてしまうことを言ってしまったね、本当に申し訳ない」
「なら、それを踏まえた上で答えてください。父さんの遺体がどこなのか、俺を最初の夜に殺した理由について」
「すまないね、それに関してはどちらも今は答えれないんだ」
「なんでですか。全部答えるって言ったのはスヴェンさんですよね」
貼り付けた笑顔というより、大人の余裕を感じさせるスヴェンの言い回しに段々と感情的になってしまう。少し、困った風に眉が下げるスヴェンに疑問を抱く。
化け物のことは教えてくれたのに、なんで父さんの安否と俺を殺した理由に関しては教えてくれないんだよという、激情にすぐに飲まれそうだ。
「君が満足する解答を絶対に答えられるとも、言っていないはずだよね」
「っ、それは――――」
スヴェンは目を伏せて続けて言う。
「君がモネーレの単語を覚えていたのは別にいい、けれど認識できるというのであれば話が変わってくる。君をただの一般人として帰すには、今すぐにはできないんだ」
それはいったい、どういうことだ。あんな化け物、気づかないなんて方が無理に決まってる。化物が見えることが幽霊でいう霊感があるだとかの近い意味で言っているのなら、おそらくスヴェンさんは俺は霊感に目覚めた、と言う意味で言いたいのかな? と何となくそんな風に感じた。
けれど父さんがただ単に殺人事件の流れ弾で撃たれたとしたって、散弾銃とか、そんな銃だったりして死んでしまったとか、もしくは当たり所がよくて生きてるとか、そういう話をスヴェンさんはしてくれるんじゃないのか? なんでその話をすぐに振ってくれない? なんで今教えてもらえないんだよ。
「……どうして、今すぐ帰してもらえないんですか」
「君には一度検査を受けてもらわなくてはならない。内容次第によっては、帰られるんだがどちらにしろ手続きが必要だ」
「……検査?」
「私の部下の報告で君の身体から白い触手が出ていた、と聞いたのでね。寝ている間に必要最低限の治療は施したが、君の体の検査は終わってないんだ。君が嫌なら別にいいが、お父さんを返す機会は減るかもしれないかな」
「……っ、」
「それに君の命にも関わる……受けてもらえるね?」
「……強制じゃないですか」
「大人は卑怯な生き物だからね。君も大人なんだ、社会の仕組みくらい理解しているだろう?」
……この流れで聞き出すことはできない、か。
しかたない、ここは大人しく従うべきだ。それに、スヴェンさんは誤魔化そうとしていない気がするが、まだ信用はできない。
「貴方たちはどういう存在なんですか?」
「モネーレを見える者は皆、知覚者と呼ばれている。五感の一部、または全部を統して怪物を認識する者……と言えば、伝わるかな」
「……あの女の子は?」
「被造物と呼ばれる物語の登場人物、といったところかな。湧界者もいるわけだから不思議な存在でもないだろう? ……話は一旦ここまでにしよう」
「待ってください!! まだ話は、」
「君が検査を受けてからそこの彼が説明するよ。ねえ、クリフ」
「はい、課長……君もそれで構わないかな」
ああ、完全に今聞けない流れになってしまった。
「……解りました、検査を受けます。じゃあ、最後にどうしても聞きたいことがあるので、それに答えてくれたら検査しに行きます」
「なんだい?」
「女神様、じゃなくて……死神様、というか、」
「ん? 死神様?」
スヴェンさんは不思議そうに聞き返す。
ああ、この言い方は余計混乱させるだけか。
「……後で、俺を殺した女の人にも会わせてもらえますか」
「できる限りね、それでもいいかな」
「ありがとうございます」
「それじゃあクリフ、頼んだよ」
「はい」
課長室から出てエレベーターを降りて、検査室と言う札がある部屋が見えた。
中に入るとパソコンとテーブルがあってイスに背の小さい白衣の老年の男性が座っていた。
「君がスヴェンが言っていた子かい?」
「あ、はい」
「私はワーリンだ。さぁ、座って」
俺はワーリンさんに言われるまま、彼の前の方にあるイスに座る。
「それじゃあ、検査前にいくつか聞いていいかな」
「はい、お願いします」
「じゃあ、最初の質問といこうか……体調はどうかな」
「怖いって言うか緊張はしている、と思います」
「……うん」
翔太は頷き、ワーリンはカルテにペンを走らせる。
カルテを見つめながらワーリンは翔太に問いかける。
「肌寒かったりする?」
「熱はないと思いますけど……」
「息苦しさは。吐き気は?」
「どっちも別にありません」
「体のどこがが痛いとか、体がだるかったりした時ある? 五十肩みたいに動かないなーみたいな」
「それもないです」
「……じゃあ、いつものと違う感じは?」
「それも、特にないかなと……大丈夫です」
「…………うーん、そうかぁ」
病院ってこういう感じで話すんだなー、と思いながら男性の質問に答えて程度話し終える。
手の甲を頭に当てるワーリンさんは、少し悩んだ風にそう言ってから聞いてきた。
「それじゃあ、翔太くん、向こうの着替え室で着替えてもらっていいかい?」
「え、着替えるんですか?」
「特別な検査だからね、サイズは着替え室の所で確認できるから自分でも確認してみてほしい。左の部屋に行ってね」
「わかりました」
俺はイスから立ち上がって、左の方にある着替え室に入った。
中はそれぞれサイズがSから5XLのサイズまであるらしい。
とりあえず、Ⅼサイズを選んで着ていた元々の服をロッカーの中に入れる。
ボディースーツというか、スポーツウェアにも似た服を手に取る。
着替えると体にぴったりなサイズで、まるで事前に調べ照られていたのではないかと疑いたくなるくらいだ。
「Ⅼサイズ、って言っても多少の身体の違いなんてあるだろうに……普通、こんなにフィットしないよな」
近代化が進んでいるからか、病院って検査する時に服とかも着ないといけないんだな。部屋から出て、ワーリンさんからの指示を受けに元の部屋に戻る。
「機械で調べてみよっか。向こうの扉の方に行ってもらえるかな?」
「お願いします」
扉を開けるとSFファンタジーというか、近未来の医療機械のようなものがあった。大きくて、なんていうか見た感じ繭型って感じで、おそらくこれに入って俺の身体を調べるのだろうか。
『それじゃ今から君を検査するけど、その機械で横になってもらっていいかい?』
壁にある機械から緑のランプが点り、そこからワーリンさんの声がした。
「あの、どうやって中に入るんですか?」
『近づいたら、自動で蓋が開くから大丈夫だよ。もし不快感があったらすぐに言ってほしい』
「はい」
俺は機械に近づくと、機械が作動したのか、表の蓋が浮き中に入れるようになった。
足を先に入れて、後はゆっくりと全身を入れる。
中に入って蓋が閉じると、ワーリンさんの次の指示を待つ。
『それじゃあ、検査を始めるね。目を閉じて、眠ってしまっても問題はないよ』
「お願いします」
この検査で何が解るのか疑問だけど、変なものがなければいいな。
ワーリンさんに言われるままに検査機に入ったが、なんか電子音が聞こえる。
俺この検査機を最初に見て、「SFに出てくる機械と一緒だ!」って、子供みたいなことを言わなかったことに、ニートである自分にも一応社会人的に正しい判断なのかなと思うことにした。
うーん、寝てもいいのかな。
何かが俺の頬に触れた感触がする。
「ん……? え?」
『■■、■■■■……』
目を瞑ろうとしていた目を開けると、目の前にあの時の白い少女が目に映る。
俺の上に被さって馬乗りみたいに乗って優しい笑みでほほ笑んで、俺にノイズ交じりの声で話けてくる。氷付いてもいないのに、体の温度が急激に下がる。
「うわぁあああ!!」
『どうしたんだい? 翔太くん』
俺は思わず大声を上げた。
叫び声を聞こえたのかワーリンさんの通話が入って、慌てて今見えている現状を答える。
「ワーリンさ、い、今あの時の、俺を襲ってきた女の子が目の前に……!!」
『落ち着くんだ翔太くんそれは幻覚だ。深呼吸して、大丈夫だから』
「で、でも……!」
『目を閉じてごらん、自分の息に集中するんだ』
少女は俺に何をするわけでもなく、ただじっと俺を見つめている。
……今はワーリンさんの言葉を信じよう。
「……やっ、てみます……スゥー…………はぁー、スゥー、はぁー」
『……大丈夫かい?』
ワーリンさんの言葉を聞いて瞼を開けると、そこには誰もいなかった。
また襲われるのかと思った……本当に、幻覚だったんだ。
「はい、もう大丈夫です」
『それじゃあ、動いてしまったからもう一度検査するね。リラックスしていてくれればいいから』
「わかりました」
『さっきも言ったけど眠たくなったら、本当に寝てしまってもいいよ。この検査は少し時間がかかるからね』
「……はい」
目を瞑って、いろいろな機械音が鳴るのを全力で無視する。
頭が疲れて、あくびをすると次第に眠気がやってきた。
本当に怖かった、心臓止まるかと思ったし殺されるんじゃって思ったし。
本格的に寝ようとしたタイミングでワーリンさんの通信音が聞こえた。
『それじゃあ、翔太くん。検査は終了だ。着替えて戻ってきてもらえるかな』
「……ん、……あ、はい!」
検査機の戸が開けられて起き上がった俺はまっすぐに着替え室に向かった。
私服に着替えて、検査って大変なんだなーと溜息をつきながらもワーリンさんとクリフさんがいる診察室に戻った。扉を少し開けるとペンで数回頭を小突くワーリンさんと、クリフさんが真剣な面持ちで何か話しているようだった。
……聞いちゃいけない感ありありだけど、入ってもいいのかな。
よし! 勇気を出せ、俺。
「お話し中すみません。着替え終わりましたけどー……」
「ああ、翔太くん。そこまで畏まらなくても大丈夫だよ」
「す、すみません」
クリフさんはニッコリと笑って、ワーリンさんも頷く。
ワーリンはパソコンの翔太のカルテを見ながら、重々しげに告げた。
「それで、結果なんだが……完全に陽性だね」
陽性って単語、ニュースとかである飲酒運転をした運転手が検査された時に出るってヤツだよな。
俺、なんかしたっけ。
「もしかして俺病気とかになってるんですか?」
「まあ、そんなものだね……細かい話はここでしないでもらえるんだろうね、クリフくん」
「はい、それじゃあ翔太くん。場所を変えようか」
「は、はい」
流し目でクリフさんを見るワーリンさんは、少し面倒そうに言った。
クリフさんは俺に問いかけると俺は頷いて席から立ち上がる。
「ワーリンさん、ありがとうございました!」
「お大事にね」
俺はワーリンさんに感謝しながら頭を下げて、退室する。