26.囮作戦続行
「なんだ!?」
ブークリエさんがそう叫ぶと、俺たちはバリアの方を見た。
殻から這い出る雛鳥が顔を出すようにバリアは触手に罅を入れられていく。
バリアの花弁から漏れ出てきた黒い触手は俺たちが乗るはずだったワゴン車を貫いた。
「嘘だろ!? ブークリエさ、」
彼の姿を捕らえようと振り返ると、赤い液体が視界に映る。
なぜと、疑問を抱く瞬間すら許すまいと触手は彼らを血祭りにあげる。
「ブークリエさん!! モーアさん!!」
「逃げろ、ノーネーム……!」
ブークリエさんは既に心臓を一突きで貫かれている。
モーアさんも首を触手に絞められ、最期の言葉を残して息絶えた。
「――――――――!!」
声にならない叫びをあげようとしたくなる衝動を無理矢理に唇を強く噛んで抑える。
――――大声を上げて叫びたかった。あの触手に殺され、楽になりたいと。
俺の心のどこかで、また現実じゃないと受け入れようとせずに逃走を促そうと脳が訴えている。
だって俺を逃がそうとしてくれた人が、目の前で殺されたんだぞ。
何も力のない俺は、このまま、死ぬって思うのは当然じゃないか。
『アア、アア、アア…………』
触手から声がする。
ノイズがかかった声で、まるで海に溺れている誰かのような声で囁く。
俺は目の前にやって来た触手が大きな青い瞳で俺を見つめた。
「っひ!」
『ア、……ノ………ク………』
ノイズがかったどこから出してるかもわからない声は、俺の恐怖を煽るのに十分だった。
そう思ってしまうのはきっと誰もがこんな状況に立ってたら、きっと当たり前のことだ。
当然のはずだ、必然的なはずだ、こんな絶望的と思える状況に震えない奴はいない。
俺はまだ、一般人でいられるはずだって期待が胸の中で広がり始める。
このまま、逃げてしまえば……俺は、父さんが普通に家で待っていてくれたりするとか、また悪夢を見ていて父さんが馬鹿笑いしてからかってくれるんじゃないかって、そう、期待したくなる。
――――――そう、そうよね。貴方は所詮、何もできないもの。
残酷に甘く囁く恋人のような声に、俺は声を漏らす。
「……ち、がう」
あの人は、進もうとする気持ちがあるなら進めてるって言ってくれたんだ。
そこからは、たぶん自分次第だろって、きっと言ってくれるんだ。
――――――逃げなさい。貴方は正しいことをしようとしてる、それだけでしょう?
「嫌だ!!」
俺は泣きそうになる視界の中で、目の前の触手を見る。
彼女が、戦っているのなら。
彼女が、誰かのために戦っているのなら。
彼女が、誰かの笑顔のために戦おうとしてくれているのなら。
俺はもう逃げ道を使わない、もう、自分って言う人生から逃げたくない。
あの人を、助けたいって思った気持ちを否定したくない!! こんな俺のこと、努力しようとしてるってはじめて言ってくれたあの人を、絶対に見捨てたくない!!
立ち上がって翔太は触手を睨みつける。
「くらえ!!」
触手を睨みつけ思いっきり目玉がある触手を蹴り飛ばした。
触手はなんの抵抗もなく、地べたに転がる。
『……ク、ド』
「俺は、もう諦めないって決めたんだ!!」
触手はか細い声でぽつりぽつりと囁く。
『アア、ナタ………コ…………シ、………タ』
「……倒せた、のか?」
スゥっと消えていく触手をじっと見つめながら、俺は息を漏らした。
俺はあっさり倒せてしまったモネーレに違和感を抱く。
シルバーさんが戦っていたモネーレのサブとはいえ、こんなにもろい物だったのだろうか。
でも、おそらくサブの一体に過ぎないだろう。
サブである触手たちはたくさんいたから、あれをもっと削らないといけないとなると……?
バチ、と静電気のような音がした。
「? なんだ、今の」
周囲を見ようとすると触手が冬の時期にテレビで見た山とかスキー場の雪崩のように押し寄せてきている。泥の波、腐海の波と言っても差し支えない気がする。
『翔太くん!! 無事か!?』
「クリフさん! ブークリエさんとモーアさんが!!」
『ああ、把握してる。今君の付近に護衛役を送るのは難しい。悪いが、そのまま翔太くんは逃げ続けてくれるかい?』
「は、はい、わかりました! 次はどこへ?」
『公園を南に出たら、次に東に向かってくれ!!』
俺はクリフさんの指示を聞きながら、公園を抜けて東へと走り出す。




