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疾走者の不変世界(リフレインソング)  作者: 絵之色
第一章 君に囚われた心
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00.始まりを告げる青の世界

 気がつけば、白紙のページの中にいる錯覚を起こす世界に自分はいた。

 何も知らなければ見たことのないその場所は、自分にとって理解しがたい場所だった。光が目に当たって眩しく、周りがよく見えない。

 全て白、白、白……白以外の色が何も存在しない。

 自分は一色しかない世界で恐怖感に駆られ、踏み出す一歩一歩の先が何もないという異質感に心が押し潰されそうになる。


「どうしたんだい? 君」


 耳に掠めた声は、老人の声だった。

 少し後ろを振り返るとそこに人影らしきものが見える。人影が見える方へと一歩踏み出すと、唐突に景色ががらりと変わり始めた。

 真っ白という単色しか存在しなかった世界が、筆洗バケツの水がついた筆で垂らした痕のように徐々に広がって行きセピア色の一室が出来上がる。

 さっきまでの白紙の世界が嘘のようで、どうしようもない安堵感に息を漏らした。

 周囲は木々でできた本棚が円形に自分たちを包むのが目に映る。

 目の前には光が差し込む窓をバックに一人の年老いた老人の男が座っていた。


「やあ、ここに誰かが訪れるなんて珍しい、君はいったいどこから来たんだい?」


 彼の言葉には笑みに近い柔らかさを感じた。

 銀縁の眼鏡の奥にある穏やかな緑色は、じっとこちらを見つめている。


 ――――どこ、と言われても。


「ここにはあまり来れるものはいないんだがね……不思議なものだ。ああ、失礼。なに、無理に聞こうとしたわけではないんだ、すまないね」


 老人は自分のことを不思議がっているようだった。

 老人と自分の周りはさっき見た通り本棚もあるがたくさんの書物があって、まるで自分と目の前の老人を取り囲んで置かれてある。

 しかし、不思議なのは出口らしき場所がない、という点だった。

 

――――此処はいったいどこなのか、それを聞きたい。


 そう尋ねると老人は少し首を傾げた。


「え? 此処はどこだって? 知らぬ内に此処に訪れてのか。まあ元々居たところへ戻るのも大変だろうからゆっくりしていってくれ、お茶は出せないけどね」


 お茶を出されなくても、別に問題はないんだが。

 だが、ここがどういう場所なのかは知りたい。

 そう思った自分は、とりあえず老人の語る言葉に耳を傾けた。


「此処を知っているものも、此処に訪れる者も人間であれ、神であれ、訪れることなんてあまり無い場所のものだからね。君みたいな客人が現れるのは私にとてとても愉快なことなんだ」


 あまりにも曖昧な回答だ。ここはどこなのか、それを知りたいというのに。

 この老人は俺に真実を教えてくれる気はないらしい。

 困ったものだ、だがとりあえずこれだけは聞いてみよう。


 ――――……貴方の名前は?


「私の名前? ……すまないね、それは名乗れないんだ」


 老人はどこか、困ったようなそうでないような曖昧なニュアンスが含んだ笑みを浮かべる。自分は老人の言っていることに疑問に思いながらももう一度、ここは何処だ、と尋ねる。

 見知らぬ場所にいつまでもいるのは苦痛でしかない。

 はやく元いた場所に帰りたい。本当に、どうして自分はこんなところにいるのだろうか、疑問が尽きないがはやく何とかして帰らないと。


 ――いや、どうしてこんなにも焦っているんだ? 


 そこまで焦らなくても、帰ることができるかもしれないのに。


「此処には君が願えば何も無いが君が望めば『何かある』そんな場所なのさ。ああそうだ、今君の手に本が握られているだろう?」


 老人から言われ自分の手を見てみると確かに自分の手に一冊の本が握られていた。

 表紙は何も描かれていない真っ白な本。

 中のページも捲れば捲れば全て白、白尽くし。本来本というのは何か絵や言葉が綴られている物のはずなのに、この本には何も描かれていない。

 本当に白紙の本だった。


「その本はそんなにも美しい青色に染まってるじゃないか。君には見えていないんだね」


 ――青?


 老人の言葉に、自分は困惑しながら本をもう一度見る。

 どこからどう見ても、本と呼ぶには表紙らしい絵も、タイトル表記もない。

 ましてや中のページの一枚一枚すら、ホチキスに止めたメモ書きの束にも等しいほどだ。


「なら少しだけこの水をあげよう、飲んでごらん」


 お茶は出せないと言っていたはずだが?


「飲み物が出せないと言った覚えはないよ」


 その男が持っているコップは透明で澄んだ水が入っている。

 なぜか自分はそのコップを目にして、今までに感じたことが無いほどの酷く喉が焼かれるような渇きを感じた。

 自分は男から素早くコップを奪い取りコップの中の水を飲み干す。水を全て飲み干し、喉に感じていた異常なほどの渇きは薄まり無くなっていく。

 すると、まるで自分が 喉を潤したのが本に浸透していくように色付いていく。

 白紙であった本がゆっくりと青く、蒼く、藍く―――――染まっていき、一冊の本となった。


「君は読者だ……好きに物語を理解し、嫌にその綴られた意味を憤慨し続ければいい」


 もう、その時には男の言葉など聞こえてなかった。

 瞳に映る世界に囚われてしまったからだ。

 そこは青く沈んでいく世界。青の色だけで染まった楽園。

 音もなく水面だけが揺れて、誰も辿り着けない牢獄のような暗い場所。

 そこに憂い、ただ泣きながら顔を両手で隠すように蹲っている少女がいた。

 青のドレスに白のヴェールを頭に飾る純粋な少女。

 誰もその少女に気づくこともなく、誰もその少女の声が届くこともないのだろう。

 辿り着けるのはただ真実を知った一人だけ。

 その少女の微かに漏れる声が自分に響いてくる。


「ああ、」


 ■は、この■を■■たかったのだろうか。

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