一章Ⅶ 「美しい華の誘惑」
それにしても遅い……
あっちから来ないのか…………
「御影、溝崎がまずいかもしれない。一旦反対側に回るぞ」
「はい」
嫌な予感がする。
菜摘は能力的にも、身体的にも決して戦えるタイプじゃない。ましてや、坂嶺が相手……
勝てる気がしない。
「ただ、さっきので弾を使い果たした……正直花弁を撃ち落せない。今は真っ向で斬りかかるぐらいしか出来ない」
「……なら、わたしだけで……やります」
思ったより即答で言ってしまった。
相手が恐ろしくて、敵わない事が分かってるけど、遥郷さんの言葉が無茶だと思ったからだろうな。
「……だが、御影だけでは、坂嶺は…………」
「時間を稼ぐだけです……それなら傷も治せるし、なんとか出来るかと…………それに花をなんとか出来ない限りは危険ですよ」
表情が分かりやすく曇っている。遥郷さんは普段はクールだけど、こういう時は表に出やすいんだな。
皆んなの事を考えていて嬉しく感じる。
「……分かった。だけど、無茶だけはするな。ダメだと思ったら一人でもいいから離脱しろ。それだけは約束してくれ」
「分かりました。気をつけます」
能力で姿を消しながら、壊れた会議室の入り口に向かった。だけど、かなり急いで加勢しようとしたが、一旦退くことを要求されてしまう。
見るも無残に磔にされていた。
身動きや手も使えないように、腕、足、胴体と、破壊して生まれた部屋の残骸で串刺しにしていた。
菜摘!
出ないはずの声も思わず、出そうになる。
先に菜摘を解放しようとすると、菜摘もろとも切り刻まれてしまうだろう。
ヤバい。普通にヤバい。
遥郷さんは一旦話せるようにしたいのか、階段のところまで向かい、坂嶺から見えない所へ距離を取った。
能力を解いて、開口一番言い放った。
「遥郷さん。早く行って補充して下さい。それまでなんとかわたし一人でもやってみます」
苦しい表情だ。色々考えて辛いのが伝わってくる。
「……頼んだ。すぐ戻ってくる」
「お願いします」
「……御影」
「……なんでしょう?」
「カッコよすぎるのも困りものだ……やられるなよ」
「はい……生き残ってみせます」
遥郷さんが見えなくなると、一旦能力を使った。それにしてもカッコイイって何だろう……そんな臭いセリフじゃないけど。内心すごく怖いのに、そんな堂々としていたのかな。必死だから無意識に出てるかもしれない。まぁ、悪くないことだ。敵にもその調子で向かって気圧されないようにしないと。
さて、まずは一人で何をするかだ。
もちろん助けたい。だけど、一人じゃ厳しい……いや、無理だろう。
恐らく、菜摘は殺されていない。もしかすると、狙いはわたしかもしれない。姿を消す能力に対しての人質だろう。菜摘と戦ってルナの感染は分かっているだろう。そして、菜摘は姿を消せないと考えていそうだ。
大丈夫だと言いたくないけど、菜摘はまだなんとかなりそうだと思う。多分、誘い出す為に再生力を利用して菜摘を生かしている。
奇襲は……? うーん、恐らくダメだ。ひとりでやれそうにないし、失敗するリスクが高い。
なら、遥郷さんが戻って来るまで下手に戦わず、時間稼ぎをする方がいいかもしれない。
……ただ……予測と外れていたなら、戦う覚悟だけはしておこう……
まずは菜摘の意識があるか確認。
見えない刀へと変え、心の準備をし、正々堂々と坂嶺の前に出た。
「あなたがわたしの花を枯らせた人かな?」
「……そんなの分かりませんよ?」
「ふーん、さっきの見えない散弾は誰が使えるか教えたくないってとこかな? まぁ、でもこうやって出て来るという事はルナ持ちでしょ? それともやっぱりあなたなのかな」
わたしの事を見透かしたように冷ややかに笑っている。動じちゃダメだ…………怖いけど。
「教えたら、菜摘を放してくれますか?」
「……うーん、そうだな〜。普通は教えないよね、こういうの。…………でも、少しあなたにチャンスをあげよっか?」
「……チャンス? ……なんですか? それ」
「あなた、ルナが使えるなら仲間にならない? 悪いようにはしないわ」
即答で断る。だけど、話に付き合ってくれるなら、考える素振りをしよう。出来るだけ時間は稼ぎたい。
「…………仲間って、何かわたしにいい事ってありますか? そんな事あり得ないでしょう。こうやって咎められるんだから」
「へぇー。あなたたち政府が正しい事をやってると思ってるんだ……それで、ルナの感染から助かるとでも?」
「正しい知識を持った組織以外に解決出来ないでしょ。こんな恐ろしいもの、間違った事をすれば大変ですし……何よりあなた達、滅茶苦茶じゃないですか」
「……それって、本気?」
さっきより凄みを増して私を見てくる。殺気に近い、憤りだろうか……『本気』の真意が気になってくる。
『本気』って何? ルナを治せないこと? あなた達が治すという意味?
「どう意味ですか? 本気って……」
「危険なものは排除して……それがまともなわけ無いでしょう」
「それは……でも、人が手に負えなくなったら大変だから……」
確かに……危険な能力者は否応なく被験体にされる。それはまともじゃ無いけど、人の脅威ではあるから……
「私たちはあなたのようにはいかないわ……人類の敵。そういう扱いでしょうね。…………それにあなたも本当に大丈夫だと言い切れるのかな?」
「…………」
ダメだ。これはのっちゃダメだ。ハッタリだ。能力者かどうか見極めるのが目的なんだ。
でも、確かにいつ掌を返され、被験体になるか恐怖がいつも付きまとう。
「……こっちに来なよ。そんな自由も無くて怯えなきゃなんない檻の中なんて。……生きたいでしょう」
「……わたしにはかんけ……い……ないですよ…………」
そうだ。そんなあっさり特務から抜ける事なんて出来やしない。そうしたら有はどうなるの? 一緒に連れて逃げ出せと? 逃げ切れなかったのに。
わたしが政府にいて変えて救わなきゃならないんだ。
独りよがりじゃすまない。
「……そう…………残念ね。じゃあ、あなたを先にやってしまおうかな」
坂嶺の空気が変わった…………来る。
あとは戦って時間を稼げるか……
どうせなら菜摘を助けてしまいたい。
怖気つく暇なんてない。
ああ、なんとでもなれ。
「ああ、もう! 当たって砕けてやるもんか!」