一章Ⅵ 「剣と見えない盾」
一旦わたしたちは施設から離れ、敷地内で比較的周りが見渡せる位置で身を隠していた。一応、大島がまた襲ってくる事も想定したが消耗具合を見ておそらくない。だから、現在は警戒しながら状況を整理しようという感じだ。
「今、木村さんはどういう状況だ?」
菜摘は眉をひそめて少し集中していた。質問に少し間が空き「やっぱり襲われている感じです……たぶん……いや、間違い無いと思いますが、坂嶺だと思います。何か花吹雪のようなものがあります」
「そうか」と小さく呟き、黙り込む。顎を触りながら考えをまとめているようだ。そして、わたしの方へ視線が向いた。
「正直言うと、君の力を頼りたい。だが、今は予想してない事が起きている。想定より危険な状態だ。だから、無理だと思えばここで君は止めてもいい。そういう気持ちを感じたら、大きなミスに繋がるかもしれない。それを踏まえて作戦を立て直すのだが……御影、君は戦えそうか?」
その質問に返事も、ジェスチャーでも、諾否を現さず黙り込んだ。
すぐには決めかねるのだ。
正直言うともう逃げ出したい。怖いし帰りたい。身体が治ってもどこか痛む気がする。命懸けで懸命にやったが、今はさっきまでの勢いがなく、もう一度そこまで気持ちを入れ直すのが億劫だ。
ただ、菜摘は大きな怪我もないので、作戦には参加せざるをえないみたいだ。それなのにわたしだけ降りるのは……でも、さっきの戦いの消耗を考えるよう言われてるし、気にやむ事もないだろう。誰も責めやしない。だけど……
もう少しなんとかしたい……
怖いけど、朔馬の必死さを見たし、わたしは足を引っ張ってしまったし、それに朔馬の言うチャンスなのかもしれない。特務に配属する為に。有を何とか助ける為に近づけるかもしれない。助けたいのに、ここから逃げ出したら救えない。立ち向かわないといけない。
ーー黙り込み、答えを決めかねていると、遥郷さんは判断材料が少ないと感じたようで付け足した。
「今、考えているのは3つ。御影がいない場合は全員撤退を優先する。つまり作戦は失敗だ。残りは参戦してくれる場合。能力がちゃんと使えるのが前提だが、三人で坂嶺を食い止め、木村さんにデータの収集、施設の破壊を任せる。そして、最後……能力を使うのに不安定な部分がある場合。これも全員撤退だ。だが、少なくとも成功率が上がる。ーーけれど、責任は感じて欲しくない。現時点で半分作戦失敗みたいなものだ。だから、これから先は君が万全かどうかだけで作戦を合わせたいんだ。それは坂嶺と戦うって事を良く考えて決めて欲しい」
そう言われ少し安心した。背負ってた荷が少し降りた気がする。だけど、朔馬の怪我がどうしても胸に突き刺さる。それに。
それに、だ。
君の力を頼りたい。
そんな事を言われて余計に揺らいでいるのだ。
遥郷さんに。めちゃくちゃすごい人に。能力者でも何でもないのにすごく強い人に。
そんな人に頼りたいって言われたら、頼られたいって、頑張りたいって気持ちになってくる。そっか……もう一度だけ、必死な気持ちになれるかもしれない。
坂嶺と言う恐ろしい相手がいるけど。
「……すみません。すごく悩んでしまいました…………本当の事言うと、さっきの戦いがすごく怖くて。それで…………でも、わたし頑張ります。頑張りたいです。まだ、ちゃんと能力が使えると思いますし、作戦を成功させたいです」
「謝ることはない。むしろ礼を言いたいぐらいだ。ありがとう」
真剣にわたしを見て言ってくれた言葉が、とても嬉しかった。張り切ってしまう。頑張らなきゃ。有を助ける為にも。
一度、坂嶺対策の装備を用意すると言い、近くに停めている車へ遥郷さんだけ戻ると、10分も経たなかっただろうか、戦況が変わる気配もなく戻ってきた。肩に薄い四角いケースをさげ、手にはいかにも人を簡単に殺してしまいそうなイカつい銃を手にしていた。かなり重たそうだ。トリガーの前に分厚い円盤みたいのが付いている。
「ーーそろそろ、加勢に行きたいところだが、簡単に作戦だけ伝えておく」二人の様子を少し見て銃を指差しながら「坂嶺の花はこのショットガンで潰す。そうすれば、また生成をする時間をかけさせる事が出来る。やる事は時間稼ぎをするだけ。木村さんがデータの収集と爆弾を仕掛けるまでだ。溝崎は案内までしたらとりあえず隠れといて、押されていたら援護してくれ。御影は木村さんが自由になるまで引きつけてーー木村さんが坂嶺を撒くことが出来たら、俺に能力をかけながら出来る限りその場から離れさせないように足止めする。ここからはこの事を念頭に行動してくれ」
一度目線が合うと、わたしたちが話についてこれているのを察したようだった。
「溝崎、木村さんは今何処にいる?」
その問いに菜摘は少し黙り込み、すぐに場所が分かると「二階、南東の会議室に坂嶺らしき人と交戦中だと……思います」と少し安心した声色だった。聞くからに切迫した様子じゃなさそう。
「分かった。では、正面から入り左に進んだ方が早いな。ーー溝崎、タブレットを持っておいてくれ。これに爆弾が仕掛けている場所が分かるから、完了したら合図を送って欲しい」
菜摘は頷きながら、肩から下げていたタブレットケースを受け取り、簡単に操作確認をしている。
「溝崎いけそうか?」
「……はい、大丈夫です」
「よし。ーー今回の作戦は敵に情報が漏れている可能性がある。何が起こるか分からない。気を引き締めていくぞ」
確かに気を引き締めないと……さっきから思わぬ事が起き、作戦通りにはいってないし。でも、今は敵に目立った様子がない。少し不気味だな……とにかく、ここから先は出来る限りの用心はしないと……
皆の準備が終わると、菜摘が先に先行し、2、3メートル離れたところから、自分と遥郷さんの姿を消しながらついていった。遥郷さんは能力者じゃないから、爆発に巻き込まれでもしたらひとたまりも無い。だから、回復出来るわたしたちが盾になりながら、進んでいる。
特に入り口は危ない。
さっきはあそこで奇襲にあったのだ。菜摘は恐る恐る警戒しながら、入っていく。と、すぐに合図がある。
さすがに何度もはないみたいだ。南東側の階段へ警戒しながらついて行くと、遠くて分かりづらいが非常口があけっぱなしになっているのが見えた。多分ここの研究員が逃げていったのだろう。施設内は不気味なほどに静かだ。
階段に差し掛かると、一度、防犯カメラや人の視線がない事を確認してから遥郷さんにおぶられた。歩くとどうしても姿が見えてしまうからだ。
でも、急にこんなにも密着すると恥ずかしい。それに不安定だ。ちゃんと捕まってないと能力が解けてしまう……それにしても近過ぎる。早く階段を登りきって欲しい……集中力が保たない。いや、保たせないといけないけど、なんか、こう……力が変に入ると言うか……こんなの慣れてないし……なんというか……こんなのダメだ。
「ひゃっ!」
突然ふっと、落下した感覚にビックリして驚いてしまった。
しかも、自分の声が聞こえた。
声が聞こえたと言う事は能力が解けてしまったという事。姿を消した時は声や生じる音も聞こえなくなる。ーーて、ことはヤバい。すぐ能力を使わないと。
「ど」うした御影、能力が解けてるぞ。
の「ど」だろうか、小さく声が聞こえた後に能力がかかって聞こえなかった。ごめんなさい、ちゃんと集中するので。
いつの間にか遥郷さんの背中から降ろされていた。そのままローラーで滑りながら問題無く、坂嶺がいるであろう部屋の前にたどり着く。
わたしたちは勿論奇襲を仕掛けるので見つかってないが、先行している菜摘もまだ見つかった様子はない。十分奇襲が上手く仕掛けられそうだ。
部屋に近づくにつれ、緊張が高まる。わたしはただ姿を消す事に集中しながら、いざという時は遥郷さんの盾になる事。
ーーそれだけを集中するんだ。
覚悟を決めた瞬間、遥郷さんが扉を開く。
そこには目元から血を流す木村さんの姿ーーそして、部屋中に花吹雪が舞っていた。そのさきにぼんやりと人影が見える。あれが坂嶺だな。
扉に気づく前に花吹雪めがけ散弾が放たれた。破裂するような銃撃音と同時に花吹雪は消し飛んだ。
さすがに気づいたようだが、何が起こったか分からない様子だ。その間に二発目というか連射して分からないが何発も打ち込んでいる。
人影から肉片が豆腐のように砕け散った。文字のごとく体は蜂の巣だ。だが、すぐに敵も対策し始め、徐々に血の飛び散る量が減り、段々花吹雪が高密度に密集し始めた。密集した花弁が砕け、段々視界が悪くなってくる。その隙に木村さんを逃がす為にも、銃を撃つのを一旦止めた。このまま扉から撃っては出れないし、お互い動けない。
遥郷さんに掴まりながら木村さんとは反対側の部屋の隅へと移動した。木村さんもわたしたちが加勢したのに勘付いているようだ。銃弾が止むとすぐ、扉の方へ向かう。
これだけ凄まじい散弾の雨を撃ち込めばすぐには動けないと思っていたが、簡単にはいかなかった。
あの人マジで怪物だ。
すごく綺麗な見た目だけど、もう美人とかの印象じゃない。……坂嶺 舞。
ほんと、なんていう回復力だ。もう立ち上がってる。散弾の連射……何百発と打たれてるんだよ。わたしじゃ、あんな目に遭ったら立ちたくないし、もう死んでるかも……
すでに扉に向かって花吹雪が襲っている。でも、遥郷さんは知っていたかのように木村さんにまとわりつく前に花吹雪を撃ち抜く。
勿論すぐに消し飛び、花吹雪の出現元まで撃った。これでまた体を撃ち抜く。
ーーが、届かない。
弾切れだ。弾を恐らく装填してるんだろうけど、姿が消えてるから何してるか分からない。というか、銃撃音が止む方が恐い。ただただ背中にしがみ付いていたが、そうは言ってられなくなった。
花吹雪がこっちに来た。
見えてるはずは無いのに、弾道を逆算してきたの……? このままじゃマズイ。あれは人を切り裂く花びら。ていうより花弁に似た刃なのだ。巻き込まれたらルナで傷を治せない遥郷さんがヤバい。
わたしが盾になってでも守る!
覚悟を決めた瞬間。ぐん、と掴んでいる服から引っ張られる。引っ張られる方向へ集中し、姿が現れないよう必死になった。
痛い……爪が手に食い込んだり、壁に体をぶつけたりした。上手くかわした? 相変わらず遥郷さんの動きは早いな。ーーーーでも敵は? そういえば……いや、いる、キョロキョロしている。大丈夫だ。見えていない。……木村さんは? 見つかっちゃマズイから首を回せないけど、坂嶺を見る限り、見失っているようだ。まずは一つ目をクリアしたからよかった。
続けて遥郷さんがナイフを投げると同時に、部屋の奥へと走ったので、態勢を整えて掴まりながら上手く滑る事に集中した。投げたナイフは簡単に防がれたが、狙いは坂嶺に敵がこの部屋にいるっていう事を注意させる為だろう。とにかくわたしたちは坂嶺を足止めしないといけないから見えないなりにもこっちに意識して貰わないといけない。
反撃を避け、部屋の中へと追いやられるが、その先は机や椅子やらが破壊され、足元が悪い。
これは結構滑りづらい。
多分、避けてくれるだろうけど、最短で避ける時は危ないな……
辺りを確認していると、注意を引き付ける為今度は激しい銃撃音が鳴った。その都度、わたしたちは移動して反撃を交わす。ただただ、これをショットガンとナイフの投擲を状況に合わせ繰り返し、上手く時間を稼いだ。
うん。ここまでは順調だ。坂嶺もここから出る様子はない。
ただ、問題は弾切れ。
それがいつ来るか。やる事が終わるまで持つのだろうか……
いや、恐らくダメだろう。
今も何十分経っただろうか。結構稼いだけど、かなり弾を撃った気がする。
花吹雪を撃ち抜くのに特化した銃だろうか、散弾を連射する為途轍もなく弾の減りが早い。木っ端微塵に破壊するが、恐らくすぐに弾がなくなってしまう。
そろそろ潮時かもしれない……
弾切れの後の事を考えていると、少し異変が起きた。
目の前全体に大きく花吹雪が広がっている。それも部屋の幅や天井の全体まで広がり、やがて坂嶺の姿が見えなくなった。
ヤバい! これは逃げ道がない。あんなものが近づいてきたら、切り刻まれてしまう。
「きゃっ!」
え、何? いきなり何かに突き飛ばされた。その衝撃で能力が解けてしまった。
「御影! 俺の腰から手榴弾を後ろの壁に投げろ! ピンを抜いてから投げるんだ」
そうか、能力を使うと喋れないから突き飛ばしたのか。……ちょっと痛かった。
そんな事言ってる場合じゃなかった。
その間に銃を乱射する音が聞こえる。
時間稼ぎだ。
すぐに手榴弾を手に取り、無造作に転がっている机を遥郷さんの背中にあわせて立てた。そして、ピンを引き抜き壁に向けて投げる。
お願い! 間に合って!
ーー部屋全体に爆発音と銃声が鳴り響く。
耳が壊れてしまいそうだ。
煙に包まれ、机の先が見えないが、ただ爆音と共に銃声も止んだ。
たぶん弾切れだ。
背後からも少しずつ花吹雪が近づいてくる。
「御影、行くぞ!」
煙の中、手を引っ張られ壁に向かう。
すぐには何も見えないが、光の加減が違うところを見つけた。
……良かった。なんとか壊せてる。
部屋から出ると、少し経った頃に段々と壁が崩れてきた。
うわ……危なかった…………あれじゃ身を盾にしても遥郷さんを守れないかも。
壁の穴から敵の動きに身構えていたわたしたちは巻き込まれる事はなかったが、思わぬ攻撃に意表を突かれる。
無数に何かの残骸が飛んでくる。
これは机の脚……? いや……危ないっ!
「……っ!」
偶然にも3本目が遥郷さんに飛んできた。当たる前にわたしがなんとか遥郷さんに被さり防いだが、かなり痛い。だいぶいった……な、これ。
「大丈夫か! 御影!」
「…………めちゃくちゃ痛いです……でも、なんとか……これ……抜いてもらってもいいですか?」
机の脚かな……背中に刺さり、動けない。
「あっ! っつう……」
抜くときとかヤバい。内臓が引きづられる感じだ。
「すまない……」遥郷さんは顔を曇らせ、わたしを見ていた。
「……大丈夫ですよ…………わたしは遥郷さんの盾になりますから」
そう。わたしは盾だ。
そして、この人は剣。
じゃないと、あの怪物に太刀打ち出来ない。
だから、そんな顔をしないで欲しい……
「ありがとう……助かった」
わたしはこの人にそんな言葉を貰うよりも多く助けて貰っている。
だから遥郷さんの感謝は胸にすごく染みる……