一章II 「感染者への任務」
知和さんの家でご飯を食べ終え、寮に帰る途中に特務へ報告を終えると、なっちゃんの部屋で少しくつろいでいた。
「うーん、やっぱ難しいな」
と、なっちゃんは難しい顔をしている。
わたしは能力の練習に付き合い、字を書いていた。
「動きを正確に感じ取るって言ったって、ちまちま動いて分からないし。はぁー、いずれは読唇術も使えたらすごいサーチ能力って言われたけど、先が思いやられるよ」
なっちゃんは自分の周りの動きを感じ取る事が出来る能力を持っている。端的に言うと、見えてなくても何してるか分かる能力って感じだ。
遥郷さんに捜査能力に適しているから、練習をして能力の練度を上げるように言われているようだ。確かに色んな事で役立ちそう。特に今度の作戦とか。
「そういえば、今度木村さんと一緒に作戦に参加するんだよね」
「……うーん、正直怖いよね…………本格的な仕事っていうか、ほら。私たちより戦闘向きの能力者が担当してるんでしょ? いずれはそんな任務ばっかりになるのは分かってるけど…………」
なっちゃんの言う通り、正直恐ろしい。
か弱い私たちに何をやらせるんだ、と思うけど、ルナの感染者は役回りが相変わらずひどい。
はあ……ルナウイルスを治療するチームに入りたいな……
「まぁ、私たちもいずれは特務に正規配属されればね。なんか、どっちも地獄だね……実験台になるか、戦う日々を送るのか」
「明日かー、ああもう、聞きたくない。明日来なくていいよぉー」
ほんと、明日は憂鬱だ。
とはいえ、有を助ける為にも実験台になる訳にはいかないし、乗り越えなきゃいけない事なんだよな……
「なっちゃん、そろそろ部屋に戻るね。明日は結構嫌だけど、がんばろう」
「ういー。頑張るしかないもんねー。おやすみー」
部屋に戻り、ベッドの中に潜ると、有の事を考えてしまう。いつも、眠りにつく前に自然と考えてしまうのだ。
どうやって助けるか……
ルナウイルスさえ、完治出来ればいいのだから、治す方法を見つけられるような所へ配属するのがいいだろう。
そうなると、色々医療の事を勉強しなくちゃいけないけど、まず今は、自由じゃないから特務の人たちに認められるのが先。
その間にも、有は実験台にされ苦しんでいるのか……そんな事を考えながら、いつも私は眠りについていた。
昨日は憂鬱だったけど、思ったよりしっかり眠れたようだ。とはいえ、今日は作戦実行する前のミーティングと簡単な仕事だけだから、緊張する事はないのだ。
朝の支度を済ませると、菜摘と一緒に第二支部へ向かう。
正式名称、ルナウイルス特務捜査機関第二支部。
皆んな長いから、第二支部と呼んでいる。
主にはその周辺地域のルナウイルス感染者の保護等を担当するが、わたしたち新人能力者がまず配属される支部でもある。
作戦室に入ると、同期と監視官である遥郷さん、そして、共同作戦を取る木村さんがいた。しかし、その中に一人、同期の姿がなかった。
「充はまだか……あいつはいつもギリギリだな。誰か充の事を聞いてるか」
「すみません。一応起こしたんですけど、全く言う事聞かなくて。寮長に伝えて先に来てしまいました」
「いや、よくやってるよ。まぁ、寮長に言ったのなら大丈夫だろう」
辺りを見渡しながら、充を待っていると木村さんと目が合った。
思ったイメージと少し違って、なんかこう屈強なイメージだったんだけど、全然そのイメージに似つかわしくない。
どっちかというと、身体鍛えてるけどそんなについてないって感じかな。
ーー何か騒がしい音が聞こえてくる。
「ばっか! お前! 朔馬! ちゃんと起こせよ。寮長に言いつけやがって。朝から天の川渡りかけたじゃねぇか」
「三途の川だろ。遅刻してるのに、なんで女に会おうとしてんだ。それより早く座れ。皆の事見えてないのかよ」
「そうそれ! …………あ、えと、すんません……お待たせしました。すぐに座ります」
木村さんと遥郷さんの視線にようやく気付いたようだ。
木村さん、睨むと怖いな……
「とりあえず、揃った事だし作戦内容を説明していくぞ。とはいえ、君たち全員が作戦に当たる予定ではないのだ。出来れば戦わないで済ませたいし、あわよくば木村さん一人で終わらせたい。という事で、万が一の事があったら君たちが加勢する予定だ」
「へー。その万が一ってなんすか?」
遅れてきたのに、話の途中に割り込むのか……相変わらず自由だ。
ほら、冷たい視線集めてるし……でも、気にしてないな……
「ーー押切は落ち着いて話を聞いてくれ。予定としては能力者がいない所を狙う。だが、その予定通りにいかず、能力者と出会った場合君たちの出番だ。本来なら全員で乗り込みたいが、実戦経験がないし、元々は木村さんの担当だからな。人が足りないから助っ人、という形なんだ。君たちは能力者がいた場合、加勢し足止めをするのが仕事だ。では、詳しい情報を木村さん、説明をお願いできますか?」
低い声が放たれ、場が引き締まる。
「分かった。ーーまず、作戦目的は敵の情報の奪取と施設の破壊だ。それは俺が担当するが、敵に遭遇した場合君たちにお願いする。敵は恐らく坂嶺舞、大島美斗。この二人が現れるかもしれない。二人共能力者であり戦闘向きの力を持っている」
……要は敵の情報を盗むのと施設の破壊なの?
だったら、絶対に敵に遭遇せずに作戦が成功すると思うけど……うーん、わたしの能力を説明した方がいいのかな……
と、思っていたらまた勝手に喋ってるよ。
「遥郷さん。その作戦なら、空の能力使えば楽じゃねえの? ほら、一人は無理でもおぶって貰いながらだったら、姿は消えてやりたい放題だろ?」
充の言う通りだ。
わたしの能力は触れたものの姿を消せる。
自分が動きながらだと、2秒と持たないけど、動かなかったら自分の姿や、他の物も一緒に何時間も消せる。
その能力を使えば楽勝なのに、なんでだろ?
わたしをおぶるのが嫌とか? それだったらショックだな。
その疑問は監視官が詳しく知ってるからだろうか、一度木村さんを見て遥郷さんが説明し始めた。
「ああ、本来ならそうするんだが、過激派が一度詳しく調べるまでの間は自発的に御影の能力を使うなと言われてな。必須にならないと使うなと言われている」
「いや、それがよく分からないっすよ。それで、失敗したら意味ないじゃないですか」
「それがな……タイミングが悪いことに、今、過激派は御影の能力を危険視している。能力の上達を恐れて使わせたくないんだ。それは御影の為でもある。下手に逆らうと、反抗と捉えかねないからな」
「……う、そうですか」
決まりが悪そうにする充を見て木村さんが説明を付け加えた。
「元々は俺一人で済ませる予定だからな。過激派が強く言ってくるのも仕方ない。それにこの任務が上手くいきそうにない時は能力の使用許可は得ている。施設の破壊は重要らしくてな……後、御影さんはそこまで過激派の言う事は気にしなくていいから。俺たちは君の能力の重要性と安全である事を説明しているから時期にうるさい声も無くなるよ」
「はい……ありがとうございます」
フォローしてくれているのは嬉しいが、こういう時に限って過激派の言う事が融通利かなくてムカつく。
こういうのが何度かあるし、わたしたちの邪魔ばかりする。
ーーあ、でも、作戦に確実に参加する訳じゃなくなるから、ラッキーなのかもしれない。
「と、まあ、失敗するくらいなら最初からやらせろよと言いたくなるが、能力者は相変わらず肩身が狭く、自由が利かないものだ。ーーさて、敵の話に戻すが、まずは坂嶺 舞。鋭い刃のような花弁を操るエリア発動型だ。範囲内に花弁を無数に出現させ盾にしたり、刃として操ったりする。女性だが、格闘技も達者でハッキリ言って隙がなく、俺の能力で倒せる敵じゃない。出会ったら時間稼ぎだけに集中して欲しい」
え? 木村さんでも倒せないって、そんな作戦に参加するの? 絶対出会いたくないし。ほんと、ちゃんと調べて、いない時に作戦を実行して欲しい!
「後、もう一人が大島 美斗。こっちは俺でもやり合える相手だが、接触発動型で、残像を実体化出来る能力を持っている。触れたものの残像を実体化するんだが、愛用の鎌を振り回して残像を実体化させることが多い。振り回せば振り回すほど、斬撃が無数に繰り出せるという仕組みだな。それと、施設を自分で壊す事はしないと思うが、爆発物には注意だ。投げたものも残像を作れるから広範囲の爆破をする事が出来る能力でもある」
「おいおい、そんなの人間じゃねえよ! 俺たちに荷が重くないっすか?」
充がぎゃあぎゃあ騒ぎながら、狼狽えている。
気持ちはすっごく分かるよ。練習してるとはいえ、実践の戦闘経験なんてないし。しかも、敵はめっちゃ戦闘向きの能力でプロだし。人がいないってのが深刻過ぎだよ。
「まぁ、やりたくない気持ちは分かるが、どうしても人がいなくてな……だから、奴らがいない時を綿密に調べ上げるつもりだ。ーーだが、恐ろしいとは思うが、不測の事態になれば、御影と麻生には特に力を貸して欲しい」
「……は、はい」
「分かりました」
朔馬……気合充分だな……威勢がいいというか、覚悟が決まっているというか、迷いない返事だ。
「どうしても、二人の姿を消す能力と、物を操る能力が便利でな。危険な任務だが、よろしく頼む。ーーそれで、後の三人は補助という形で遥郷の判断の元、必要となれば同行する形になるが、出来る限り少数でやろうと思っている。今回は非常時により、戦闘経験が浅くても参加する事になったが、能力者がいなければ、君達の手を借りずに済ませられる。だがもし、出くわした場合は遥郷、麻生、御影の三人で突入してくれ」
『了解しました』
「……りょ、了解しました」
二人に合わせて返事したつもりだけど、声が上擦った。
いや、怖くて声ぐらい変になるよ。私の出番て能力者と戦うって事でしょ? めっちゃ危ないし。とにかく、いない日を願うしかない。
「では、作戦の内容だが、俺は研究員に成りすまし、まずは実験データがあるとされる二階を目指す。潜入捜査員も何度か捕まりそうになったらしく、警備はしっかりしているそうだ。恐らく施設が単純なせいも有り、10分から30分ぐらいで見つかるだろう。一度、見つかると小規模の爆破を行う。これは避難した研究員を捕まえる事と施設内を混乱させるのが目的だ。捕まえるのは別の部隊に任せる。ただ、連絡も無く二回爆破すれば、突入してくれ。これは能力者が現れた合図とする。恐らくその時は二階で遭遇してるだろう」
そして、木村さんは目の前のパソコンをいじりながら、部屋の真ん中正面にあるプロジェクターから施設内部を投影させた。
「まずは一階だが、大きな部屋が二つ。被験体を収容している部屋と実験室がある。その部屋を囲んで山の字に通路があるのだが、建物の玄関が丁度山の字のT字になってる所になる」
そして指示棒で建物の玄関側の両角をくるくるとなぞる。映像を察するにここが戦場になる入口だろう。
「ここから二階へ上がる階段があるから何かあったら施設に入り、どっちかに曲がってまっすぐ行き上がってくれ。上へ上がると、田の字の様な作りとなっていて手前二つが会議に使う様な大広間。奥二つが6部屋づつある小部屋が集まっている。恐らくそこにデータがあるとされている。そこで、データの回収が終われば地下にも爆弾を仕掛け、施設内の人を捕まえ終えたら施設を破壊する。地下への階段は玄関からまっすぐ奥と施設奥の両角にあり、降りると一階と全く同じ作りになっている。後、補足すると一階の階段の両方の対角線の角は非常口になっている。それと、地下と一階の左側奥が実験室で中から開けれない構造となっていて、通路の両側に入り口がある。手前はその部屋をガラス越しに見れる造りの部屋で両側の通路から入れる。そして、右側は収容部屋となり、真ん中通路の奥が被験体を移動する為の入り口が一つ。そして、手前に被験体の様子を見る時に使う入り口が両通路についている」
「ほぉー、単純な作りだから覚え易くて助かるわぁー。でも、あの地下と一階の部屋、入ったら中から出られないってヤバいな。うっかり閉じ込められるかもな。はっはー」
気軽におバカな事を言ってるし。
充はいいよね、支援する可能性低くて。こっちは敵がいたら、確定だからしっかり覚えなきゃなんないのに。
ほんと、代わってよ。バカ。
「質問よろしいですか?」
充の自由な発言の後の間に、上手く朔馬が木村さんに問いかけた。木村さんが譲ると「今回の優先順位としては施設の破壊とデータの奪取とどちらになりますか? それと、どんなデータなんですか?」と朔馬は聞いた。
「優先順位はデータだが、無理と判断すれば施設を破壊する。データについては大規模なルナウイルスの人体実験らしく、その為この施設を攻撃するんだが、このデータも貴重でな。もしかすると、ウイルスの特効薬に繋がるかもしれない、と言うのが上の見方だ。それとこの反政府組織はルナウイルスの寿命を縮める因子を取り除く研究に着手しているらしい」
要は寿命に対しての研究をしてるって事か……凄い酷い実験してそうだけど、政府としてもその情報を無駄に出来ないもんな。
それで私たちを治すきっかけになるんなら結構大事な事だ……これは。
「では、作戦の話に戻るが、現場の指揮は俺が取る。しかし、状況によっては連絡を取るのが難しくなる場合もある。その時の指揮は遥郷に委ねる。そして、君達自身が万が一連絡が取れない状況に陥った場合は出来る限り指定場所に爆弾を仕掛けてくれ。だが、くれぐれも無理しない様に。まずいと思えば、撤退してくれ。ーーで、後は爆弾の設置場所だが、小型の爆弾は各部屋の大型機械に設置。大型は小型の爆弾の誘爆を避け天井に設置。場所は各階に四箇所。収容所と実験室に二つずつ、二階は会議室に一つずつと小部屋は集まりに対しいづれか一つの部屋に一つずつだ。研究員の保護が完了しない場合、小型爆弾で施設を無力化にする。部屋の鍵はカードキーになっているが、こちらで人数分を用意してあるからそれを使ってくれ」
皆、正面の図面を見ながら作戦をイメージしているようだ。質問がないか問われたが各々がしっかり把握出来てたようだ。会議室を後にする同期の皆の表情は険しく、誰もがしばらく話を出来なかった。