プロローグ
少女は弟の手を強く引っ張り走り続けている。雨降りしきる中、人目のつかない路地を選び真っ暗闇の中を走り抜ける。息は上がり身体はろくに休めずボロボロだが、声も息も潜め苦しみながら走り続けた。
彼女達を追う……いや少女の弟が大人達の思惑により捕らえられようとしていた。自分の親さえ信じられなくなった二人は学業どころではなくなり、毎日休む所と食べる事だけを考える日々を送っていた。
そんな気の休まる日もなく、彼女達は憔悴仕切っても逃げ続けなければならなかった。
今夜の月も雨が降っているなか赤く光る。
月明かりの元、暗がりの先に少し休める場所を見つけた。建物と建物の隙間にちょうど二人分入りこめる場所があり、そこに留まる事にした。少しでも雨避けの為に、壁に取り付けてある室外機の真下へ座り込んだ。周りはゴミが散乱していて腐臭が漂っている。休むにも辛い場所だった。しかし、ゴミなどが散らかった状態なので、人気の少なさや追ってきた人間の声も聞こえなかったので、その点を優先せざるを得なかった。
「ごめんね。こんな所で……なんとか少しでもゆっくり出来る所を見つけないともたないね」
「謝るなって。姉ちゃんには助けられてばかりだし、それは言いっこなしだろ。俺がなんか飲み物とか取ってくるから休んでな」
「でも、有が追われてるのにすぐ見つかるよ」
「だけど、そんな事も言ってられないだろ……お金も無くなったし、俺が自力で取ってくるくらいしかないだろ?」
弟の言う通りであった。お金や手持ちも何もなく、有の力を使うしかなかった。しかし、有が政府に追われているのは特殊な能力を持つせいでもある。
それでも空は弟に休むように言われて反論した。だだをこねそうになった所ですぐさま、有はそこから離れていった。空はだだをこねて言う事を聞かせようと身をよじっていた為、すぐに反応出来ず、有を見失ってしまった。
仕方なく休む事にし、体を楽にしていると腐臭も関係なくすぐに眠りについた。少し日の光を感じるぐらい、時間が経って目覚めると傍に軽く食べられる量の食糧が幾つかと飲み物が置いてあるのに気づいた。
しかし、有の姿がない。空はすぐに食事をすませ辺りを探し回った。するとすぐに騒がしい物音が離れた所から聞こえてくる。
「ねじれている……」
走っていると不自然な鉄網を見つけた。それは物理的な曲がり方ではありえない有様だったのだ。それを見つけた空は最悪の状況を予感した。
テレキネシス。
有の芽生えた超能力。その能力を使った形跡だろうと空は考えた。その形跡と度々聞こえる音を頼りに追ったが、段々と捻じ曲がった街並みに変わって行くと同時に大きな物音がしなくなっていた。
通行規制をしている為か、人の塊があるのを見つけた。そこに有がいるのだろうか、とても怪しい。しかし、どうやって割って入るか考えていると後ろから強い衝撃が空を襲う。後ろから体を押さえつけられ、地面に突っ伏した。空は完全に油断した。というより考えが浅かった。自分の顔がばれて追われ身になっていた事を考えていなかった。有もすでに体力の限界だと考えると一気に身の危険を感じた。有はこのまま実験体になり、自由を奪われ、地獄を味わう事を空は恐怖し、ふと涙が溢れてきた。
そう諦めかけた時、目の前の人の塊が騒がしく蠢めいたのが見えた。塊の分け目が出来た先に赤い粉塵と人影が見えた。
「姉ちゃん、逃げろ! 俺の事は構うな!」
叫び声が聞こえると上にいた人は吹っ飛び呻いていた。体は自由になるも震えて動けなかった。
「だめだよ! 一緒じゃなきゃダメだよ!」
声だけが恐怖に逆らい、出てくれた。だが、有から発する赤い光が見えた時、気持ちだけじゃなんとかならないと感じていた。
その赤い光が出始めると有の能力はほぼ使えなくなってしまう。
「有だけでも逃げて! お願い……わた……し……そんな……こと……耐えられないよ…………」
涙ながらに訴えた。まだ体は言う事を聞かず、有を引っ張っていく事は疎か立ち上がる事さえ出来なかった。
そんな様子を見た有は言った。
「いつも助けてくれてありがとな……姉ちゃん……ごめん……」
有は力尽き崩れ落ちた。最後に見た弟の姿、言葉が空の心に大きな傷を刻んだ。
その日の夜明けの空は真っ赤に染まり、月は赤く光っていた。