「一歩目」
『そっちはどんな格好なんですかー?』
『こちらも同じく黒ですよ。改札前にいます。』
悴んだ指でそう返信する。待ち合わせは上野だった。もう12月というのもあって、かなり寒い。中に沢山着込んできても、我慢しないと歯が鳴ってしまいそうだった。
マフラーに顔を埋める。
『あ、もしかして赤のマフラー着けてます?』
さらに相手からそう返ってきて、思わず辺りを見渡す。それらしき人……どこだろうか。
緊張からか、更に寒くなったように思う。肩を震わせ探してみるも、目の合う人はいなかった。黒い服の……あの人?それともあの人だろうか。
『そうです』
視線を周りに向けながら、躊躇いつつも簡単な文字を打ち、送ったところで右から声がかかった。
一瞬で体がこわばり、冷や汗が頬を伝う。
「まさか、本当に来るとは思ってなかったよ」
笑い混じりに声をかけてきたのは、私よりもそこそこ年上であろう20代の男性。社会人なのだろうが、まだ大学生っぽさの抜けない感じが幼く思えた。
細身で、いかにも中高は文化系でしたといった感じだ。顔は不細工ではないが、私の好みではなかった。まとった雰囲気は嫌いではない。気さくな人、という第一印象だ。
どんな人が来るのだろうと身構えていたが、案外どこにでもいそうな男性だったことに胸をなで下ろす。
……どことなく彼を連想させるのは髪の毛が綺麗な黒だからだろうか。
「私も、自分が本当にここまで来るとは驚きです」
「あはは」
人混みの中で談笑する。これからのことは考えなかった。
男は乗り換えて別の駅に行くという。待ち合わせの場所だけ伝えられていたので、上野までの切符しか無かった。電車賃が足りないと私が言うと、出してくれるとのことだったのでそれに甘える。あまり奢られたくはないが仕方ない。
乗り換えのために別のホームに向かう間の沈黙が痛かった。会話をしようか、しまいか。するとしたら話題は。そんなことで頭を悩ませていると、男の方から声がかかった。
顔をこちらに向けてはいるが、すぐ前を歩いているため表情はよく見えない。
「あー、ホテルなんですけど、初めからめっちゃ高いのもどうかと思って普通のにしようかなと」
「……別に、どこでもいいです。そう言われてもよくわかりませんし。そちらで決めてください」
よくわからない。初めてだから。
そう言ってもよかったが、なんだかそれは責めてるようで飲み込んだ。どうでもいいというのは割と本音だ。
繋ぐ話題を見つけられなかったのか、事務的な話しかする気はないのかわからなかった。構えていたといえ唐突に振られてので少し固まってしまった。あの言い方では冷たく聞こえただろうか。
「あ、じゃあアキバ周辺で知ってるところがあるので、そこにします」
「はい」
真面目そうな外見。眼鏡を掛けているからだろう。それだけで真面目かどうかを判断するのは些か軽率だとは思うが、遊んでいる様には見えなかった。
だというのに、こういうことに慣れているようなので、そんなもんかと思う。
「人は見かけによらないって本当だったんですね」
「いや、それはこっちのセリフですよ!来るとは思わなかったし、それがこんな女の子とは思わなかった」
「こんなって?」
「特別真面目そうってわけじゃないですけど、こういうことに興味がないだろうタイプ?学校でのキャラはそうでしょう?きっと」
「さあ」
当たっているところも外れているところもある。いつもの自分を悟られまいと思い、返事を濁す。
「そちらおいくつですか?」
「……大学生くらいだよ」
向こうも濁すべきところは濁す。そういうものなのだろう。自衛のためにも、相手のためにも、個人情報は必要最低限でいい。会話を繋ぐためとはいえ、年齢を聞いたのは失礼だったか。反省。
改札が近づくと、チャージしてきたら?と野口を渡されたので、そのお金で切符を買った。Suicaを置いてきたのは自衛が過ぎただろうか。電車賃以上を持っていなかったのも、ある程度の金額を、財布から普段使わない小銭入れに移して持ってきていたからだった。
紙幣に印刷された目が、券売機に吸い込まれる瞬間こちらを見ていた気がした。