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エリスの聖杯  作者: 常磐くじら
ケイト・ロレーヌの奮闘
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3.ささめく三角


 ――実際に、想像してみたんです。

 ――この事件の犯人は、どうしてああいう行動を取ったんだろうって。


 ケイトの言葉に、カイルは少しだけ困惑したような表情を浮かべた。


「想像? 犯人の気持ちを考えてみたってこと?」

「はい、昔からの癖で――あっ、その、自分でもわかってます。ちょっと、いえ、かなり、変わってますよね……?」


 幼い頃からケイトにとって何かを()()()()()()は生活の一部だった。

 けれど、そういった行為が一般的に受け入れられるものではないことも理解している。


「い、言い訳になるんですけど、それもこれもあの脳筋――いえ、祖父のせいで……」

「別に変わってるとは思わないけど。……ん? 祖父って、ロレーヌ元大尉のこと?」


 ケイトは瞳をぱちくりと瞬かせた。


「……ご存じなんですか?」

「え、だってロレーヌ元大尉って言えば泣く子もチビる『赤猪』のエイル・ロレーヌでしょ。北方紛争の英雄じゃん」


 ――今から五十年ほど前。かねてから諍いが絶えなかった北方民族とアデルバイドとの間で領土問題が勃発し、国境線近くの村や街が北方民族からの急襲を受けたことがあった。

 慌てて派遣された北征軍は付近の農民たちを急ごしらえで集めたもので、当時、騎馬民族として圧倒的な武力を誇っていた相手に勝ち目はないと言われていたのだが、エイルはそこで一騎当千の働きを見せ、一躍有名になったのだ。


 ちなみに味方の制止を無視して敵兵に猪突猛進しては相手の返り血で全身を真っ赤に染めながら帰還してきたという逸話から『赤猪』という二つ名で呼ばれている。


 他にも英雄だの救世主だのご大層な名前で呼ばれているが、ケイトに言わせれば、ただの考えなしの脳筋である。


 筋肉に勝るものはないという考えなので、領地での食事は基本的に自給自足。可愛い孫であろうと猟具を背負って森へ行き、晩までに獲物をしとめられなければその日の夕食は具なしのスープとパンだけ。

 餓えはしないが、腹は減る。

 ケイトには三人の兄がいるが、いずれも祖父譲りの脳筋なので、初日から鹿や猪を仕留めては毎日ご馳走が食べられると喜んでいた。実はケイトの分の獲物もこっそり仕留めてくれていたのだが、分け与えるのは祖父が許さなかった。


 というわけで、運動能力に関しては人並み以下だったケイトの武器は()()()ことだけ。

 しかし、頭の方も()()()というだけで、別に人並み以上に記憶力がいいわけでも、計算が得意なわけでも、知識があるわけでもない。


 とりあえず、弓もナイフも得意ではないから罠を使うことにして。

 問題は、どうやって獲物をそこに誘導するかで。


 ケイトは想像した。


 もし自分が兎だったら――? と。


 より現実的な思考を手に入れるため実際に兎を観察しながら習性を理解し、予測される行動を推測した。

 けれど当然うまくいくわけもなく、何十回と失敗し、さらに予測を洗練させていく。

 

 ケイトの狩りが成功したのはそれから三日後のことだった。


 はじめて食べた兎のシチューは涙が出るほど美味しかったのを今でも覚えている。

 

 こんな風に、頭の螺子がぶっ飛んでいるというかおそらくそれすら筋肉で出来ている祖父は、幼い孫たちによく試練を与えた。


 ケイトたちが狩りに慣れてきたら、今度は街中で突然誘拐されたり(※当然使用人による演技である)、屋敷内で自称暗殺者の襲撃(※当然使用人に以下略)を受けたり――

 兄たちには動物的な勘とずば抜けた身体能力があったが、ケイトに誇れるものは何もなく、いつだって『想像』で何とかするしかなかったのだ。

 しかも大抵が命の危機なわけで、必要に迫られているうちに、いつしかそれが当たり前になってしまい――


「つい、相手の思考を想像してしまうようになって」


 本当はこんなことまで話すつもりはなかったのだが。

 慣れない異性――それも舞台役者のような美青年――を前についつい余計なことまで喋ってしまった。

 きっと気持ち悪がられるか、腫れ物のような扱いをされるだろうと思っていたのだが、カイルの反応は予想と少し違っていた。


「え? それって想像じゃないよね?」


 ケイトは一瞬面食らい、戸惑いながらも返事をする。


「いえ、想像ですが……?」

「そう? どっちかっていうと、対象物の行動や習性から思考パターンを分析しているんだと思うけど」


(思考パターン? 分析?)


 首を捻っていると、カイルはあっさりと話題を変えた。


「ま、いいや。それよりさ、事件についてもう少し話ができないかな」

「話、ですか?」

「うん。ちょっとケイトちゃんの意見を聞きたくて」


 そう言いながら、カイルは胸ポケットから手帳とペンを取り出した。


「犯人が被害者の血を使って描いたとされる例の図形なんだけど――」


 白紙のページを開くと、ケイトに見えるように置く。


「正確には、ただの三角形じゃなかったんだ」

「ただの三角形じゃない……?」


 カイルは小さく頷くと、紙の上にゆっくりと三角形を描いていった。

 けれど、ペン先は始点には戻らず、内側にそれより小さな三角形をもうひとつ描く。

 そこからさらにペンを進め、やはり始点には戻ることなく、さらに小さな三角を描き――と、まるで入れ子のように三角形を内側へと重ねていく。


 三角が渦巻きながら中心に吸い込まれていくようだ。


「これは……」

「現場に残されていた実際の図形の模写。便宜上、俺たちは『三角螺旋』と呼んでる。今のところ犯人と第一発見者しか知りえない情報だ」

「……それ、聞いてしまってよかったんですか?」


 恐る恐る訊ねれば、カイルはにっこりと笑った。人好きのする爽やかな笑みだ。けれど、なぜか含みがあるような嫌な雰囲気を感じてケイトは顔を引き攣らせた。


「まあ遺体の発見者は当然知っているし、これだけ話題の事件だからそのうち記事にもなると思うよ。それに、ケイトちゃんは悪いことに使わないでしょ?」

「もちろん、そうですけど……」

「それで、どう思う?」


 ケイトはじっと三角螺旋を見つめながら、ためらいがちに口を開いた。


「……五人とも、まったく同じ図形が描かれていたんですか?」

「うん、そうだね」

「螺旋の向きも、中にある三角形の数も?」

「同じだったよ。さすがに大きさは多少違うと思うけど、大きな差はなかった」

「描かれる場所も決まっているんですか? 例えば必ず遺体の頭上とか、手の近くとか、もしくは足元とか――」

「確か、五人とも遺体の右側に図形が残されていたはずだ」

「右側?」


 その台詞にケイトは違和感を覚えて顔を上げた。


「え? でも、被害者は体の左右を槍で突かれて殺されていたんですよね? そうすると出血量がすごいと思うんですけど、頭上ならともかく、右半身側に図形を残したら被害者から流れた血で消えてしまいませんか?」

「お、よく気づいたね」


 カイルは満足そうに笑った。ドキリとしそうな状況なのに全くときめかないのは、その笑みが甘いものではなく、明らかに部下を褒めるような類のものだったからだろう。


「検視の結果、五人の遺体にはほとんど血が残されていないことがわかった」

「血が?」

「そ。犯行現場は別にあるってことだね。手足に拘束の痕も残っていたし、殺害後に貧民街に遺棄されたってわけ」

「ということは、犯人は、わざわざあの三角を描くためだけに血を持って行ったということですか?」


 カイルが軽く頷き肯定する。

 ぞっとするような執着心のようなものを感じてケイトはわずかに眉を顰めた。


「他に何か気づいたことはある? 何でもいいんだけど」

「いえ……特には。お役に立てなくてすみません」


 言いながら眉を下げると、カイルがきょとんと目を瞬かせた。


「え? なんで謝るの? 普通にめっちゃ感心したんだけど」

「感心?」

「だってケイトちゃん、局の連中が何日もかけないとわからなかったことに一瞬で気づくんだもん」

「それは被害者が五人いたからで……」


 ケイトも一人目だったら気がつかなかった。ある程度分析できる情報(データ)が揃っていたから推測できたのだ。

 そこでケイトは「あ」と声を上げた。


「どうかした?」

「その、被害者についてなんですけど。新聞には、殺された五人には共通点がないって書いてあったんですけど、本当ですか?」

「うん。性別も、年齢も、身分もバラバラだった。捜査本部ではおそらく通り魔的な犯行だろうと見ていて――」

「あ、いえ、それは違うと思います」

「へ?」

「五人の被害者たちには、犯人に選ばれた理由があるはずです」


 まっすぐ顔を上げて告げると、カイルは何かを探るように目を細めた。


「……どうしてそう思うの?」

「殺害方法や殺害後の行動を考えると、この犯人は自分の中の規則(ルール)に忠実なタイプなんだと思います。それも、かなり神経質な。おそらくこれは犯人にとって儀式に近い行為のはず。なら、その儀式の軸となる被害者が()()()ということは考えにくいんです」

「だから被害者にも共通点がある?」

「はい。たぶん見つかってないだけかと。――いえ、違う」


 口に出した瞬間、何かが閃きそうになり、ケイトは口元に指を押し当てた。

 カイルは急かすわけでもなく、静かにケイトの言葉を待っている。


「……憲兵の聞き込みでは何もわからなかったんですよね?」

「俺の担当じゃないけど、報告書を読む限りはそうだね」

「なら、五人の共通点は――」


 ケイトはカイルに向き直ると、こう告げた。



「他人に隠す必要があるもの。つまり、共通の()()を持っているんじゃないでしょうか?」






本日DREコミックスさんにて「エリスの聖杯S ファリスの星冠」の本編開始です! S.濃すぎ先生が大変素晴らしいコミカライズにしてくださっていますのでぜひ……! (書き込みもすごいんですけれど個人的にギャグシーンめっちゃ好きです)


そして一点、お伝えしなければいけないことがございまして……!

アニメイト様からすでに発表がありました通り、現在『エリスの聖杯BOXセット』の発送作業が遅れているとのことです。こちら、商品の方は特に問題なくアニメイト様側に納品(という言い方で合っているのかわからないのですが)しているのですが、何せ今回1~5巻+特製収納BOX+ミニドラマCD+アクリルプレートの超特大家族でのお届けになっておりまして、もともと丁寧に梱包等して頂いていたとは思うのですが、想定以上に作業に時間がかかってしまっているようです。(※1週間ほどの遅れとのことなので、発送時期はおそらく11/15日前後になるかと思います)


店頭受け取りの方の場合は問題ないとのことなのですが、通販を利用された方に関しましてはご迷惑をおかけしてしまうことになってしまい非常に心苦しく思っております。本当に……ごめんなさいね……(´;ω;`)


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― 新着の感想 ―
ケイトがすごい! でもそうした才ある人が集うコニーは劉備タイプ?
ケイトは軍師タイプなのですね!
今回、サブタイトルの数字が付いていないのは何故なのでしょうか? ところで、確かケイトはこの脳筋祖父の急な出世もあって貴族からも平民からも疎まれていたんですよね? 日々の食事の件も含めて、充分恨んでいい…
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