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エリスの聖杯  作者: 常磐くじら
続・後日談
136/171

ミルクティー論争

小話です。

 

「スカーレットの、わからずや――――!」



 その日、貴族にしては質素な屋敷の一室で少女の叫び声がこだました。もちろん使用人たちの耳にも届いたが、彼らは皆一様に「また始まったか」と生温い微笑を浮かべるだけだ。()()の血を引くお嬢さまの奇行は今に始まったことではない。むしろ現当主のパーシヴァル=エセルの時代から続くグレイル家のお家芸のようなものである。


 そんな不本意なレッテルを貼られているとは露知らないコンスタンス・グレイルは、その羊のような性根には珍しく眉をきゅっと上げ、腰に当て、全身で「私はスカーレットに怒っています」と宣言していた。   


 彼女の目の前には、今しがた侍女が用意した紅茶と小菓子が置かれている。


『わかっていないのはお前の方でしょう?』


 しかし、残念ながら生まれついての女王様にとっては羊の怒りなどそよ風のようなものだったらしい。ミルクを入れたばかりの紅茶を見下ろしながら、小馬鹿にするように口元を吊り上げている。


 それを見たコニーは、ふるふると拳を握りしめながら口を開いた。


「ぜったいに、ぜったいに、紅茶はミルクが後だから……!」


 スカーレットが素っ気なく言葉を返す。


『いいえ、先よ。それ以外にあり得ないわ』

「だ、だって後からの方が好みの味に調節できるし――」

『先に入れた方が紅茶の香りが立つのよ』

「で、でもそれだとミルクがくるくる渦巻きながら混ざっていくのが見れな――」

『そんなもの、別に見たいとは思わないけど』


 心底どうでも良さそうな口調で言われて、コニーはひくりと頬を引き攣らせた。

 けれど、ここで引くわけには行かないのだ。


 覚悟を決めて、きっと睨みつければ、紫水晶(アメジスト)の瞳が応じるように細まった。無言の攻防が続く。けれど、それでも互いに譲らないことがわかると――


 同じタイミングでふんっと顔を背けたのだった。




 ――さてその翌日のこと。侍女のマルタがいつものように紅茶の仕度をするのをコニーは神妙な面持ちで見つめていた。


 けっきょくあれからスカーレットとは一言も口を聞いていなかった。彼女はいつものように化粧台に腰かけてはいたが、つんとすました表情を浮かべ、コニーとは目も合わせようとしない。

 こちらのことなどまるで眼中にないような態度に、コニーはぎゅっと唇を噛みしめた。


 ――たかが紅茶の飲み方くらいで少し意地を張り過ぎたかも知れない、と思う。


 いつもと違って静かな室内が物悲しい。コニーがしょんぼりと肩を落としていると、マルタが花柄のティーカップに紅茶を注ごうとする。


 その瞬間、コニーは反射的に声を上げていた。


「ま、待って!」


 マルタがぱちくりと目を瞬かせた。


「その、今日は、自分でやるから」


 言うが早いか、コニーは()()ミルクピッチャーを手に取った。悩んだ末、加減がわからなかったので、空のカップに少しだけ。

 次に紅茶をゆっくりと注いでいく。

 ふわり、と甘い香りが室内に立ち昇った。

 そこでようやくスカーレットがちらりとこちらに視線を寄越した。すました表情は変えずに無言のまま近づいてくる。

 彼女はティーカップを上から覗き込むと、小さく告げた。


『……ミルクの量が少ないんじゃなくて?』

「うん……」


 なぜだか濁った泥の川のようになってしまった。うまくいかないなと溜息を吐いていると、少しだけ不貞腐れたような声が降ってきた。


『……なら、後から少し足したって、いいんじゃなくて?』


 それは、彼女にしては珍しい、妥協の言葉。

 そのことに内心ひどく驚きながらも、すぐさま何度も頷く。


「う、うん……!」


 するとスカーレットは、まったく仕方がないな、とでも言うような大人ぶった口調でこう続けた。


『お前みたいな底なしの不器用だと、後から入れる方が合ってるのかも知れないわね』


 意外な台詞にコニーは目を丸くする。それからちらりと湯気の立ち昇る紅茶に視線を移すと、そうっとカップの縁に口をつけた。


「……あ、美味しい」


 思わずスカーレットを見上げれば、宝石のような紫水晶(アメジスト)の瞳と目が合って。


 すると彼女は――それはそれは艶やかに微笑んだのだった。






※※※





「ミルク?」

 ランドルフはきょとんと首を傾けた。

「はい。ランドルフさまは先入れ派ですか? それとも後入れ派ですか? 私は後入れ派だったんですけどスカーレットは先入れ派みたいで。私も最近はどっちもいいかな、なんて――」

「いれないが」

「え」

「いや、その、紅茶はストレートで飲むのが、一番、美味いと……」

「え」

 まさかのミルク不要論。

 コニーが思わず硬直していると、スカーレットがなぜか機嫌よく声を上げた。

『あら、敵ね』

 それから満面の笑みでこちらを振り返ってくる。

『そうとわかれば、()()()()()()()のわたくしたちであいつを倒さなくっちゃ。お前もそう思うでしょう、コニー』

「……え?」


 ――その後、希代の悪女の先導による第二次ミルクティー論争が勃発したとかしないとか。


11/3よりマンガup様で桃山ひなせ先生のコミカライズの連載が始まります。桃山先生ほんと凄すぎて震えるレベルなんですけれど、どのくらい凄いかを活動報告の方で延々と語っておりますので目を通して頂けましたら幸いです。


あと小説の方のAamzonさんの作品紹介ページが知らない間にめちゃくちゃグレードアップされていてカラーイラストや挿絵も載っているという超絶太っ腹な仕様になっていたのでそちらもぜひ……!


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― 新着の感想 ―
>ミルクの入れるいれないで喧嘩 ……夫婦かな?
[一言] ·····ストレート一択で。
[良い点] ミルクどっちでも良い派だけど2人が可愛すぎる さらに対ストレート派で共闘する? (*゜∀゜)
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