終章
それは、少し肌寒くなってきたある日のことだった。
その日は久方ぶりのデートで、コニーが待ち合わせ場所に到着すると、大変珍しいことにランドルフはすでに噴水前のベンチに腰掛け、新聞を読んでいた。
慌てて駆け寄ると、手元の記事が目に入る。
「――あ、舞台化するんだ」
思わず声が漏れる。それはちょうどミレーヌが語っていた例の連載小説――伯爵令嬢と砂漠の商人の波乱万丈な恋物語――についての内容だったのだ。どうやら人気に伴い王立劇場での上演が決まったらしい。
ついでに貴族令嬢たちの間ではシュキタルへの旅が流行っているようだった。こちらは不安定だった東西の情勢が落ち着いたのが主な理由だろう。
「……本当によかった」
遠い異国に思いを馳せたコニーはしみじみと呟いた。
東西の和平条約が正式に締結されたのは半月ほど前の話だ。そこに至るまでは色々と困難があったようだが、モーシェ・バルシャイの尽力と西の協力のお陰で何とかこぎ着けることができたらしい。
ランドルフは新聞を折りたたむと、懐から封筒を取り出した。
「エリヤフ・レヴィから手紙だ。君宛てに」
「エリさんから?」
久しぶりの名前に懐かしさを覚えながらも、コニーは首を傾げた。
「なぜランドルフさまに……?」
「正確には総局に届いた」
なるほど、とコニーは封筒を受け取ると封を切る。
便箋に綴られた文字は意外にも達筆だった。
そこには時候の挨拶から始まり、簡単な近況報告、ついでに和平の締結のために己がどれほど暗躍したか――というさり気ない自慢が並んでいる。
そして、近いうちに平和になった国に遊びに来て欲しいとも。
「……揚げ菓子のシロップ漬けに羊肉の串焼きに甘くてスパイシーな紅茶…………」
最後はシュキタルの魅惑の食べ物の羅列で締められていて、コニーはうっとりと呟いた。
「いつか、行ってみたいですね」
ひとりで異国を訪れるのには不安があるが、相手がいれば楽しいだろう。
そう思って笑顔を向ければ、ランドルフは何やらおっかない表情を浮かべていた。
「行かないぞ」
「……うん?」
「ぜったいに、行かない」
コニーがきょとんと瞳を瞬かせていると、地を這うように低い声がぼそりと落ちる。
「…………君が行きたいなら、観光だけは、つき合おう」
でもあいつには会わない、とランドルフはこちらを決して見ないまま不貞腐れたように告げた。
――ああ、これは。
大変珍しい閣下の嫉妬にコニーは盛大に噴き出すと、外だということもすっかり忘れて、笑いながら恋人の首に両腕を回したのだった。