春待つ蕾
本編終了後すぐのある秋の日の小話です。
「あれは、何をしているのですか」
そう訊ねるコニーの視線の先では、何やら庭師たちが集まって土を掘り起こしていた。
ここはカスティエル家の庭園である。
コニーがこうして大貴族の邸宅を訪れるのは今日でもう何度目になるだろうか。処刑騒動以降、カスティエル公は何かにつけてコニーを呼びつけるのだが、当の本人は忙しいのか滅多にお目にかかれない。それでは一体何のために招かれているのだろうと思わないでもないが、おそらく、それが彼なりの愛情表現なのだろう。
非常にわかりにくいが。
けれど、スカーレットはまんざらでもないようだった。なら、コニーに不満などあるはずもない。
不器用な当主に代わって相手をしてくれるのは、決まって執事のクロードだった。
「ああ、球根を植えているんです。寒くなる前でないといけないので」
「寒さに弱いのに、今、植えるんですか?」
コニーは不思議に思って聞き返した。暑さはとうに最盛期を過ぎ、今は日ごと空気が冷たくなっている。
「土に霜が降りてなければ大丈夫ですよ。春の花なので、冬を越す必要があるんです。それに、王都の冬は雪が積もるほどではありませんから」
多少手はかかるものの、育てるのに支障はないらしい。
「あそこが、屋敷で一番日の当たる場所です。以前は別のものを植えていたんですが、マックス様がどうしてもと」
「マクシミリアン様が……」
――球根を植えるのは樹々の葉が色づき始めた頃。それから冬の間中、熟練の庭師たちが細心の注意を払って霜が降りないように土を手入れし、大切に大切に水をやるのだという。まるで姫君のような扱いだ。
花を愛でる趣味があるとは思えないマクシミリアン・カスティエルがそうまでして求めるのだから、きっと、美しい花なのだろう。
「なにが咲くんですか?」
「香雪蘭です」
クロードは穏やかに微笑んだ。その言葉に、『――あ』とスカーレットが声を漏らす。
彼女は、珍しく呆けたような表情を浮かべていた。
いったいどうしたのだろう。表には出さず密かに案じていると、なんでもないわ、と首を振られる。
『小さい頃、領地にある香雪蘭の花畑でよく遊んでいたのを思い出しただけ』
紫水晶の双眸が、記憶を辿るようにゆっくりと細められていく。
『……そうそう、はしゃぎすぎて、転んでしまったことがあったのよ。ドレスが泥だらけになってしまって。気に入っていたものだったから悔しくて。よっぽどひどい顔をしていたんでしょうね。兄さまは言いつけを守らなかったわたくしを叱ろうとしたけれど、けっきょく堪えきれずに笑い出して――』
その時のことを思い出したのか、スカーレットは、ふっと口元を綻ばせた。
(――マックス様が、どうしてもと)
ああ、そうか、とコニーは気づいた。そうか。そうだったのか。
マクシミリアンが求めていたのは、きっと、美しく咲く花などではなくて――
『まるで、黄色い絨毯みたいなのよ。いつかお前にも見せてやりたいわ』
彼は、きっと。
『だって、本当に、きれいなんだもの』
きっと、この無邪気な笑顔が見たかったのだろう。
ふと庭の様子を窺えば、いつの間にか土の準備は終わっていたようだった。庭師たちの手で、小さな球根がひとつひとつ丁寧に植えられていく。
それはどこか厳かな儀式にも似ていて、コニーはぎゅっと唇を噛みしめながら頷いた。
――もし、春が、来たら。
長い長い冬を越えて、次の春がやって来たら。
その時は、スカーレットを連れて、マクシミリアンに会いに来よう。
そうして彼が求めた香雪蘭の思い出を、今度は三人で見られればいいと、そう思った。
庭師「うちの若様フリージア見てたまに泣き出すんだけどなにあれ」
というわけで妹が大好きすぎるお兄ちゃんの話でした。そのうち闇化しそうなので早くスカーレットと邂逅できるといいなと思っています( 他 人 事 )
そして活動報告の方に発売情報と今後の予定を載せましたのでよろしければお目を通して頂けましたら幸いです。