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エリスの聖杯  作者: 常磐くじら
本編
111/171

9-11(終)


 まったく、わたくしの手をこんなにわずらわせるだなんて――― 


 コニーのくせに、生意気だ。

 


◇◇◇



 スカーレットは、ふう、と息を吐いた。

 像を破壊しただけでなく、風まで扱うのはさすがに骨の折れる作業だった。おそらく火事場の何とかというやつだろう。力という力が体中から流れていくのがわかる。それは、常であれば立っていられないほどの疲労感と眠気を伴うのだが、なぜだか今日に限っては、春の陽だまりに身をゆだねているような心地よい感覚だった。


 爆発によって起こった火の手はすでに消し止められていた。憲兵たちは市民を誘導し、安全な場所まで避難させている。

 あの大柄な女も、王子だという子供も無事でいるようだった。ただ髪の薄いケンダルだけは腰でも打ったらしく、サンに揶揄からかわれながら背負われ救護室へと向かって行った。


 ランドルフ・アルスターは、珍しく驚いたような表情を浮かべて像の残骸へと視線を落としていた。その腕の中にすっぽりとおさまって、目を丸くしながらこちら食い入るように見てくる少女は、どうやら元気そうである。

 

 コンスタンス・グレイルの処刑は、このまま中止になるだろう。


 スカーレットは夜明けとともにハームズワースと別れてから、ずっと、憲兵たちの動きを追っていた。だから知っている。アデルバイドに潜伏していた【暁の鶏(ダェグ・ガルス)】は完全に壊滅した。ルーファス・メイを筆頭に実行犯は捕縛され、奴らの手に囚われていた第二王太子ジョアンの娘も無事に救出されている。パメラ・フランシスの証言も近いうちに撤回されるだろう。

 それに、まもなくエルンストがファリスから帰国してくる。(アドルファス)もメルヴィナを発ったと聞いた。だから、大丈夫だ。

 

 あの子の冤罪は、きっと、晴れる。

 

 ―――()()()と、違って。

 

 スカーレットはもう一度ゆっくりと息を吐いた。やっぱり、コニーのくせに生意気だった。


 スカーレットを心配させるだなんて、百年、早いのだ。




『言っておくけれど―――』

 腰に手を当てながら、言い聞かせるように厳めしい表情でコニーの傍まで降りていく。

『怪我なんてしていたら、承知しなくてよ』

 スカーレットがわざわざしんどい思いをしたのだ。そんな間抜けな真似を許すつもりは毛頭ない。すると、呆然とした様子でこちらを見上げていたコニーが、はっと目を見開いた。

 見る見るうちにその顔から色が消えて、悲鳴のような声が上がる。

「スカーレット……!?」

 一体何ごとかと思って視線を辿れば、スカーレットの体が透けていた。どうやら力を使い過ぎたようだ。いや、違う。

 腕を持ち上げれば、きらきらと光の粒子が跳ねている。


 ()()()()()()


 コニーが口元に手を当て、小さく息を呑んだ。唇が戦慄わななく。いつもは亀のように鈍いくせに、どうやら、こんな時ばかり察しがいいらしい。

「やだ……!」

 何度も首を横に振りながら、咽喉の奥からしぼり出すように声を震わせる。

「やだやだやだっ、スカーレット……!」

 

 消えるのか、ここで。


 スカーレットは徐々に透き通っていく己の体を眺めながら、他人事のようにそう思った。それから、今にも泣き出しそうなコニーを見下ろす。


 これではまるで、この子が助かったから消えてしまうようではないか。まるで、十年前(スカーレット)ではなく、(コニー)を救いたかったようではないか。


 あんなにも復讐にこだわっていたはずなのに、こんな結末ではお笑い種もいい所だろう。なのに。

 

 ―――それなのに、ひどく、満足してしまっていた。

 

(きっと、ご自身の復讐が果たされたと感じたら)

 

 ふいにハームズワースの声が脳裏によみがえる。


(あなたは、神の御許に戻られる)


 スカーレットはわけもなく笑い出したくなった。目の前でコニーがしゃくりを上げる。まったく、目も当てられないほどぶさいくな顔である。


 だから―――存分に笑ってやった。


『なんて顔しているのよ、ばかコニー』


 誰が、さよならなんて言ってやるものか。スカーレットは、つんと顎を逸らした。


『だいたい、お前と来たら』


 スカーレットがグラン・メリル=アンで出会ったのは、おどおどとしたパッとしない少女だった。


『顔は平凡だし、字は下手くそだし、うっかり口は滑らせるし』


 要領は悪いし、何をさせてもセンスというものがない。けれど、ただ気弱なだけかと思ったら意外に図太くて。


『おばかだし、まぬけだし、人の言うことなんてちっとも聞かないし』


 その癖、どうしようもなくお人好しで。振り回しているつもりが、気がついたら振り回されていて。


『でもね』


 スカーレットは晴れやかな笑みを浮かべると、とっておきの秘密を告げた。



『―――だいすきよ、コンスタンス・グレイル!』



 その瞬間、コニーが息をとめた。若草色の瞳が目一杯に見開かれる。それから、あっという間に顔をぐちゃぐちゃにして、こちらに向かって手を伸ばしてくる。ぼろぼろと泣きながら、何かを叫ぶ。何度も、何度も。


 何を言っているかは、もう、聞こえなかったけれど。

 ただ、その姿があまりに一生懸命だったものだから。

 

 最後にふっと笑みを漏らして―――



 そうしてスカーレットは、空へと、消えた。

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[一言] ここで 大好き とか卑怯だワー。 涙と鼻水止まらんワーw
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