いつもの日常
朝の八時過ぎ。薄茶色のブレザーを着た少年や少女が歩いている。
その中の一人、黒髪をポニーテールにして留めている少女が、ボブカットにふわっとしたパーマをかけている少女に、声をかけた。
「おはよ、ゆら。先輩にはOK、もらえた?」
ついでに肩をぽんと叩く。すると、ふわふわボブの女の子は驚きのあまりひょいと跳ね上がって、後ろを目を大きく見開いて見た。
「あ、あ、畔柳先輩」
「なつき、でいいって言ってるのに。で、どうなの、夜眞さんのOK貰えた?」
ゆら、と呼ばれた少女は申し訳なさそうに畔柳なつきの方を見た。捨てられた子犬のような目だ。
「……まだなのね」
「ごめんなさい、なんだか、東郷先輩が側にいて、声が掛けづらくって……」
それを聞いて、畔柳なつきは苦笑した。
「ああ、冴一? 気にしないでいいのに。アイツは確かにスポーツは万能だけれど、あずらがいなければ何にもできないデクノボウなの。あずらの後輩の貴方に何かしでかせばあずらが黙っちゃいない以上、指一本触れないって」
そのなつきの背後から声がする。
「あら、楽しそうな話じゃない。私も混ぜてよ!」
聞いた途端、なつきの表情が凍り付く。
「あ、あずら……」
そこには茶髪のロングをなびかせ、薄茶色のブレザーを着こなした少女がいた。
「続けてよ、冴一の話」
なつきの顔が引き攣る。
「あ、あずら、私はそんなに言ってないよ……?」
だがそんなことを気にせずあずらは続ける。
「そう。では私が続けるけど。食通ぶっているくせに割と味音痴で、料理を作らせるととんでもなく下手くそで、時間にルーズで約束を守らない。ハンバーグやらミートボールやらが大好物で、何よりもヤクルトが好きなお子様味覚。訂正があったならどうぞ、冴一」
あずらのすぐ後ろにいた冴一は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「何もかも言うとおりだ。気が済んだか、あずら」
「しょうがないなー、この辺で許してあげるよ、冴一」
冴一に向かいあずらが笑顔を浴びせた。
「え、えと、お二人は喧嘩されているんですか?」
そこにおずおずとふわふわボブの冬室ゆらが割って入った。
なつきは焦ったが、ゆらは空気を読まない性格であるため、頭を横に振って呆れつつ事の推移を見守った。
「そんなことはないってば。あ、それと冬室さん、例の話、受けるから! というよりもう準備万端だけどね! 昨日、ちょっと時間があったからさ」
それにはなつきが驚いた。
「も、もう? 全部頭に入っているっていうの?」
にこりともせずにあずらは返す。
「人から頼まれた以上は全力を尽くすのは人としての当然の努め。ユーノー? そして約束を守るのも当然だから!」
「悪かった。悪かったよ、あずら」
しかし、あずらは冴一の言葉には一切取り合わず、一礼をなつきとゆらにした。
「じゃ、みんな後でね!」
そして、冴一を相手にせずに、教室の方へと向かっていった。冴一はといえば、その後ろをどこか申し訳なさそうに付いていく。威厳の欠片もない。
「いつ見てもカッコイイですよね、夜眞先輩!」
「スポーツ万能成績優秀、眉目秀麗で品行方正。生徒会役員をしつつ、バイトもこなす才人だもんね」
「本当に大好きです、夜眞先輩」
目をきらきらさせて心からうっとりしているゆらを見て、なつきは軽くため息をついた。