表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

帰宅

「おーそーいよー! 今何時だと思ってるの? 冴一!」

 結局香港からの帰宅は今日中どころか、明くる日の四時を過ぎた頃だった。暗殺業で培った音を立てずに歩く能力も、気配を察知させずに動く能力も、玄関に煌々と明かりが灯った中、仁王立ちで待つ相手に対しては完全に無効だった。

 玄関を開けていたのは、茶色のロングをなびかせ、肩をいからせた、大きな鳶色の目で虚空を睨み付け、腕を組んで立ちすくむ少女の姿だった。

 流石にパジャマに着替えてはいるが、彼女は今、くつろぎとか、落ち着きなどという言葉から一番遠い所にあった。

「すまない、遅くなった」

「すまないじゃないよ! どれだけ待ったと思ってるのさ!」

 目を爛々と輝かせながら、少女は冴一の顔を睨み付けた。

 冴一は困惑した。

「いや、本当に悪かった」

「まったくもー! 冴一は同じことを何度繰り返せば気が済むの?」

「確か、五度君との約束を守らなかった」

「いやいや冴一くん。六度。ろ・く・どもよ。いい加減に怒るよ!」

 冴一は口篭った。

「本当に悪かった。口だけじゃない。次は絶対にないように注意するから」

「ホント? それはホントにマジなの? まー、バイトが伸びたって話だから、しょうがないとは思うけど、もうちょい気を使ってよ! でさ、もう朝ご飯になっちゃったけど、ご飯、食べる?」

 少女は笑顔と共に腕組みをやめ、ドアを開けてリビングに冴一を迎え入れた。

 ビデオを見て冴一を待っていたのだろう、テレビは落語を映していた。三遊亭圓生、とジャケットには書いてある。少女は落語や能といった物に目がない。

 ソファには能やら演劇やら歌舞伎やらのパンフレットや、脚本集や台本などが所狭しと並べられており、これを読みながら冴一を待っていたのだろう。

 その向こうにはオーク材で出来た木のテーブル。四人掛けのテーブルには、何かが置かれている。

 そこにはおそらくお手製のハンバーグ、コロッケ、ピラフなどが並んでいた。ラップはかけられているものの、すっかり冷たくなっており、冴一は彼女を怒らせて当然だと感じた。

「その……すまなかった」

「あっきれた。なにそれ、謝罪一発で許されると思ってんの? ねー?」

 ふう、と少女はため息を吐いた。

「本当に悪かったよ。その、すっごくおいしそうだ」

「そう思うなら食べてみてよ。少なくとも、できたてはおいしかったよ!」

「あ、ああ」

 電子レンジで温め直し、一口食べる。

「うまい!」

「わざとらしい。十五点」

「ああ、それでも零点じゃないんだ?」

 少女はため息をつく。

「いやいや、あたしも鬼じゃないんだから、おいしいって言ってんのに零点じゃ、採点基準に改善の余地があるってさすがに」

「心の広い彼女を持ってとても嬉しい。で、その……できれば一緒に食べたかったよ」

「そうね。そう思う。で、私は少しだけ寝るから。そういえばテスト勉強は万全?」

 冴一は苦笑してみせた。

「まあ、ふんわりとは」

「あっきれた。そこにまとめたノートは置いておくから、まだ努力する気があるなら見ておくといいんじゃない? それと」

 少女はヤクルトを冴一に投げてよこした。

「これも飲んでいいから」

「わあ! ヤクルト!」

 冴一は受け取るなり、目を輝かせてヤクルトを飲み始めた。

 今までの一連の行動の中で最も嬉しそうだったため、少女は失望しながら寝室へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ