サンドイッチ
「サンドイッチに挟む具って言えば何だと思う?」
唐突に、男がよく通る声でつぶやいた。
微妙に振動がある車中、スモークガラスの外には夜闇が見える。その中で、鈍く黒光りするSIG SAUER P229を短髪の男が構え、いつでも降りられるよう体勢を整えていた。引き締まった体躯、鋭い眼差し。しかし、一方で着ているのは清掃会社の服。似つかわしくない光景だ。
「サンドイッチ? ああ、トマトだな」
返答を返したのは女性だ。金色の短髪に青い目。豹のようにしなやかな筋肉が、スーツの下からも見て取れる。そして、振動があるというのに、一切微動だにせず、虚空を見つめている。
「本当に女性らしさの欠片もない返答だな、スティンガー。パンにトマト挟んだだけでサンドイッチなんて言って売りに出したら、訴訟起こされても勝てる気がしないぞ」
男の返答に、女は長い睫毛をしばたたかせ、軽く頷いた。
「ゴイチ、お前の言うことももっともだな。レタスも欲しいところだ」
男は頭を抱えた。
「おいおいスティンガー。もっとこう、メインとなるモノはいらないのか? ハムとか、ベーコンとか、チーズでもツナでもいい。なんだったら、半熟の目玉焼きだっていいんだ。なんでトマト一択というストイックでシンプルなモノにこだわる?」
「別にこだわるつもりなどない。私はトマトが大好きなのだ」
「そうかよ……」
男が処置なしとばかりに両手を広げると、運転席から声がかかる。
「ゴイチ。シンプルなモノは悪くない。俺はサンドイッチと言えば、イチジクを挟んだ奴が大好物だ。マスカルポーネのフレッシュチーズとハチミツを塗って、ココナツパウダーをな……」
ゴイチ、が途中で口を挟んだ。
「おい、ちょっと待てよハイブ。それのどこがシンプルなんだよ。しかもそれはサンドイッチって代物なのかよ」
「うん、あれはおいしかった。また作ってくれ、ハイブ」
「ほら、スティンガーもああ言っている。2対1、民主主義の勝利だな」
ゴイチはため息をついた。
「日本のコンビニエンスストアじゃ、いちごとクリームを挟んだサンドイッチが堂々と売られちゃいるが、割高なんだぞハイブ。ツナサンドやタマゴサンドより遥かに高い。つまり、需要が薄いってことだ、その手の甘いサンドイッチは!」
「そりゃ日本の話だゴイチ。生憎とここは日本じゃないし、スティンガーも俺も日本人じゃない。それよりゴイチ、それ程言うならお前はどんなサンドイッチが好きなんだ?」
「モッツァレラにトマト、アボカド、とどめにエビの入ったサンドイッチだ。パンはカリッと焼いてあるのに限る。そしてその後にヤクルトを飲むのが大好きだ」
「……ちょっと待てゴイチ。カプレーゼにエビに、アボカドってのは確かにうまそうだ。しかし、その後のヤクルトってのはどうなんだ?」
「まったくだゴイチ。どうかしている。お前はおおかた、そのサンドイッチ自身よりヤクルトが好きなんだろう?」
そう言ってクーラーボックスから、スティンガーはヤクルトを取り出してゴイチに手渡した。
瞬間、ゴイチの目は輝き出す。
「スティンガー、ありがとう! これがないとダメなんだよな」
「子供だな、ゴイチは」
スティンガーは深いため息をついてみせた。
「さて、お二人さん、そろそろ快適なドライブは終わりだ。用意は出来てるな」
「いつでも」
「ヤクルトを飲み終わったら」
ハイブはゴイチの言葉に呆れたように首を振った。