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第七話 月と星の世界で

 真っ白い空間の中、僕の目の前には『僕』が浮かんでいた。

「もうすぐこの世界は終わるよ」

 『僕』は言った。

 なぜ、と訊き返しても『僕』は世界が終わると繰り返すだけだ。

 いつもの夢だ。

 だから次に『僕』が言う言葉も知っている。

「君はこの世界の全てを知っているはずだよ」

 僕が一体、世界の何を知っていると言うのだろう?

「君はこの世界がいつまでも続くと思っている?」

 なぜそんな事を? どうして続くと思ってはいけない?

「もうすぐ分かるよ」

 もうすぐっていつだよ。

「もうすぐだよ」

 延々と続くこの問答は、僕が目を覚ますまで続く。

 これは何を示す夢なんだろう?

 自分自身が自らの世界を否定する。

 何かの予兆だろうか。

 だが『僕』は、そんな僕の考えなどお構いなしだ。


「さぁ時間だ。起きるんだ──神崎リュウ」


 目が覚めた。

 目に飛び込んで来たのはいつもの風景。自分の部屋。いつもの天井。薄く開いた遮光カーテンから差し込むいつもの日差し。

 こんな『いつもの事』が終わるなんて、いくら夢とは言え冗談が過ぎる。

 僕はいつものように布団から出ない。もうすぐ姉のスミカが部屋のドアをノックするからだ。

 コンコン、と軽くドアがノックされた。

「朝だよ。起きなさい、リュウ」

 スミカが優しい声で僕を起こす。

「はいはい、今起きますよ」

 僕はベッドから這い出てドアを開けた。

 そこには、すでに学校の制服姿の姉──スミカがいた。

「私はもうご飯食べたからね。準備してあるから」

 香ばしいパンの匂い。トーストされたパン。目玉焼き。サラダ。いつもの献立に違いない。

 僕達には両親がいない。

 僕が九歳の時、交通事故に遭いこの世から去った。

 トラックと正面衝突した両親の乗る乗用車は、その形跡を留めていなかったという。

 それはあまりにも突然で、実感が未だに湧かない。二つ年上のスミカもそうだと思う。その時からスミカは僕の『姉』として、そして『保護者』として毅然と振る舞った。

 今でもそうだ。スミカは僕の姉であり母親代わりだ。

「何よ。どうしたの?」

 僕は昔の事を思い出していた。悲しい過去。そして暖かい今。

「何でもないよ」

 僕は怪訝そうな表情をしたスミカの脇を通り、キッチンに向かった。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 僕が食べ終わると、スミカはテキパキと食器を片づけた。動きに無駄がない。さすがに数年も家事をこなすと動きが洗練されるようだ。

「ああ、そう言えば」

「何?」

 僕は新聞を読んでいるフリをしながら、生返事をした。

「アカリちゃん最近来ないけど、どうしたの?」

 『アカリちゃん』とは、クラスメイトの佐倉(さくら)アカリの事だ。

 家が近いので小さい時から良く遊んでいた。つまり幼馴染みだ。でも中学に上がってからは、何と言うか、見えない壁のようなものが僕達を遮っていた。

「小学生じゃないんだから、そんな簡単に遊びには来ないよ」

 僕は気取られないように言ったつもりだった。

「あんないい子は、そうそういないんだからね」

 僕は『いい子』と言うキーワードに敏感に反応した。

「ど、どう言う意味だよ」

「あんたが思っている通りの意味よ」

 僕は顔が熱く火照るのを感じた。

「そんなんじゃないよ」

「あ、ムキになった」

「なってないよ」

「若いって良いわねー」

 スミカは明らかに面白がっている。

「二年しか違わないじゃないか」

「二年も違えば十分。私は高校一年だし、リュウは中学二年」

「未成年じゃないか、どっちも」

 僕はぶすけた声で応じた。

 ──まったく。いつもスミカはこうやって僕をからかうんだ。

 でもこれが僕の日常だ。

 これが終わるなんてとても思えない。

「さ。食べ終わったらいつもの」

「はいはい」

「はい、は一回」

「はいはい」

 僕は立ち上がり、スミカの後について仏壇があるリビングに向かった。

 両親の遺影が朗らかな笑顔で並んでいた。

 事故から五年。

 その悲しみから徐々に立ち直り、今では、笑顔で「行ってきます」と言えるようになった。

 小さい時に海に連れて行ってもらった事の思い出。

 遊園地や動物園での楽しい思い出。

 全てはもう過去の事だ。

「お父さん、お母さん。行ってきます」

 僕とスミカは、並んで手を合わせ『いつもの』挨拶を済ませた。

「さ、行きましょ」

「うん」

 ──行ってきます。

 僕は玄関のドアを閉めながら、そっと呟いた。


「おはよう」

 僕が席に着くと、前の席の高円寺(こうえんじ)タカシが声をかけてきた。

「おう。おはよう」

 屈託のない笑顔。いつも元気なタカシの顔だ。

「今日は良い天気だな」

「そうだね。雲一つない」

 だがその笑顔の裏には、何かがある。タカシが天気の話をする時は、必ず何かを企んでいる時だ。

「──なぁ、耳よりの情報があるんだけど」

「何?」

 ──ほら来た。

 僕は身構えた。

「何だよその情報って」

「お前情報ってタダだと思っているだろう?」

 ──これだ。

 タカシは何かにつけ見返りを求める。

 まぁ見返りと言っても、焼きそばパン一個とかそんな物だが。

「──分かったよ。メロンジュースで良いか?」

「分かってるじゃないか」

 タカシは満足そうな笑みを浮かべた。

「で、情報って何?」

「アカリが今日から学校に復帰する」

 佐倉(さくら)アカリは先週から体調不良で休んでいた。

 そうか。今日から出席するのか。

「ふぅん」

「ふぅんって、それだけか?」

 タカシはニヤニヤしながらそう言った。

「アカリが一週間も休むなんてって心配してたのは、どこのどいつだ?」

「心配なんかしてないよ」

「じゃ何だ?」

「珍しい事もあるもんだな、と思ってさ」

「まぁ、そうだな」

 アカリは幼馴染みだが目の前の自称『情報通』のタカシも同じだ。二人とも小学校以来の腐れ縁だった。

「あのアカリが一週間も休むなんてな」

「情報って、それだけ?」

「そうだけど?」

「メロンジュースは取り消す」

「何だよ、貴重な情報だろうが」

 タカシが眉をひそめ、メロンジュースを賭けた交渉のテーブルについた。

「どこが貴重なんだよ。そんなの、後一〇分もすれば分かる事じゃないか」

 始業時間になれば、アカリが登校して来るかどうかなんて誰でも分かる。

「あのな、事前に知っている事と結果で分かった事は大違いだぞ?」

「何がどう違うんだよ?」

「心構えが違う。いきなりだとお前、顔に出るだろう?」

「何が出るんだよ。何も出ないよ」

「ふぅん? お前、ムキになってるって自覚してるか?」

 図星だった。

「な! ム、ムキになんか……」

「何を揉めてんの?」

 僕とタカシの交渉中、明るい声で唐突に横やりが入った。

「何も揉めてないよ……って、アカリ?」

「お久しぶり。元気だった?」

 僕とタカシの会話に割り込んで来たのは、噂の主、アカリだった。

「僕は元気って……アカリこそ良いの? 具合は」

「あ、心配してくれるんだ」

 アカリは面白そうに笑った。

 タカシを見るとニヤニヤしていた。

 ──こいつら……。

 いつもの事だ。

 この二人はいつも僕をダシにしてからかって面白がっている。正直に言えば、ここ一週間このやりとりがなくて寂しかったのは事実だ。

 でもそんな事はこの二人には絶対に言わない。ネタにされるだけだからだ。

「もうあちこちにガタが来ててね」

 アカリが首を回しゴキゴキと鳴らした。

「せっかくだからオーバーホールしてもらったってワケよ」

「何がオーバーホールだよ。どうせなら、その頭の中身も見てもらえば良かったんだ」

「あ、そう言う事言うわけ? せっかく登校して来たってのに冷たいのね」

 アカリは急にしおらしいポーズを取った。こっちは病み上がりだと言わんばかりだ。

「タカシお前も何か言ってよ。これじゃ僕が悪者みたいだ」

「……」

 ──あれ?

 返事がない。

 見るとタカシは視線を宙に漂わせ、無表情なまま固まっていた。

「? タカシ?」

「……何だ? 何か言ったか?」

 タカシは何事もなかったように訊き返して来た。

「いや──ちょっと変だったぞ、今」

「俺がか? お前がか?」

「タカシが、だよ」

「そうか?」

「急に黙り込んでさ。何か考え事か?」

「……いや? 別に何も」

「どうせ宿題忘れて、その言い訳でも考えてたんじゃないの?」

 アカリが早速毒を吐いた。

「宿題なんてないし。あったとしてもアカリは良いよな。一週間休んでたから、その悩みに苛まれる事もないしな」

「あら? 私は、宿題忘れた事なんてなくてよ」

 アカリは口に手を添え、おほほと笑った。

 僕は何となくほっとした。いつもの会話だ。いつもの日常だ。

 そこで予鈴が鳴り、話はそこまでとなった。

「おおもうこんな時間か。ささ、本日の始まり始まり」

 タカシは僕に背を向け、前を向いた。

「じゃ、後でね」

「ああ、うん」

 アカリも小さく手を振り、自分の席に戻って行った。

 そう。

 今日が始まる。

 いつもの日常が始まる。

 この時まではそう思って疑わなかった。


 異変は突然やって来た。

 まず、ドン、と大きな音がした。

「な、何だ?」

 足下が揺れている。突き上げるような揺れ。その揺れは断続的に続く。時折ズズンと重い音がする。

 ──地震?

 僕はとっさに教室を見渡した。

 ──え?

 僕は目を疑った。

 教室にいるクラスメイト全員がその動きを止めていた。ある者は着席しかけた姿勢のまま、ある者は鞄からノートを取り出そうとした姿勢で。誰一人として動く者はいなかった。

 数秒経ってもそのままだった。

 誰も動かない。

 アカリとタカシも同様だった。

 その間にも鈍く重い音が響き、天井から建材の破片が降って来る。

「おい、タカシ、タカシって」

 前の席に座っているタカシの前に回り込み、肩を揺さぶったが反応がない。返事もなく視線も僕を捉えていない。

「一体どうしたってんだよ」

 校舎からミシミシと嫌な音がした。

 ──逃げなきゃ。

 そう思ったがクラスの皆を置いては行けない。

「くそ」

 僕はタカシを担ぎ上げようとした。

 だが。

 ──重い?

 僕がどんなに力を入れてもタカシの腕一本持ち上げられない。それどころか一ミリも動かない。まるで石像だった。

「どうなってんだ……?」

 その時。

 閃光、次いで衝撃が僕を襲った。窓ガラスが一斉に割れ、破片が降り注ぐ。僕はとっさに机の下に身を隠した。

<警戒。警戒。緊急事態発生。ドーム西側、区画W−2B破損。大気流出軽微>

 どこからともなく、機械的な声が聞こえて来た。

 ──警戒? ドーム?

<個体ナンバー五六の生体信号を確認。損傷なし。個体の確保、生命維持を最優先>

 途端、クラスの全員が一斉に僕に向き直った。まるで機械のように揃った動きだった。

 ──何だ?

 全員の目が僕を向く。

 ──何が起こっている?

 全員の目が赤く怪しく輝いた。各々の表情からは何の感情も感じられない。意志が宿っていない。

 不気味だった。

<識別名──カンザキリュウの確保を最優先>

 ──何だって? 僕の名前を?

 がしっと腕を掴まれた。

 タカシだった。

「な、何だよ?」

 僕はその不気味さに戸惑いつつもタカシに笑いかけた。

「何の冗談だよ? 今日は避難訓練だっけ?」

 そうだよお前を驚かそうと思ってな──僕はタカシがそう切り返すのを期待した。

 だが。

『個体ナンバー五六、識別名カンザキリュウ』

 タカシは僕を見ていたが焦点が合っていなかった。声色もタカシのそれではなかった。

『これより──非常事態行動をとる』

「な、何だよ、そのヒジョウジタイって」

 タカシはそれに答えず、僕の腕を掴んだまま教室を出ようと歩き出した。僕はそれに逆らえなかった。人間の力ではなかった。

「お、おいタカシ、他の皆は? お前、一体どうしたんだよ?」

 僕は力を振り絞り、制服の袖が破けるのも厭わず、タカシの手を振り払った。

「何だよこれ。避難訓練じゃないのか?」

『個体ナンバー五六、識別名カンザキリュウ』

 誰かに羽交い締めにされた。僕は目だけで後ろを見た。

 それはアカリだった。

「アカリ?」

『カンザキリュウを確保。第二三番シェルターへ移送する』

 僕の周りにはクラスメイトが集まりつつあった。

 全員が僕を見ていた。だがタカシと同じく焦点が合っていない。

 アカリもそうだった。

「離せよ! アカリ! 僕が何をしたってんだ!」

 僕は必死にアカリを振り解こうとするがびくともしない。同年代の女の子の力ではない。

「ぐううう……」

 僕がもがけばもがく程、アカリが締め付ける力が強くなる。肉に、骨に、アカリの腕が食い込んで来る。

 ──痛い……!

 ミシミシと骨がきしむ。それでもアカリは僕を離さないし、僕も抵抗を止めなかった。

『──カンザキリュウの抵抗抑制の必要性を認識。指示を』

<筋弛緩剤の投与を許可する>

『──了解』

 ──筋弛緩剤? 冗談じゃない!

「アカリ! おい聞こえているだろう? 止めろって!」

 僕はもう動けない。僕の両手両足は数人のクラスメイトによって押さえ込まれていた。

 アカリは僕から体を離し人差し指を向けた。指先が二つに割れ、そこから針が現れた。

「……な、何だよ……アカリ、それは何だよ!」

『動くな』

 アカリは僕を見据え、指先を僕の首筋にゆっくりと近づけた。

「やめろ……止めてくれ!」

「リュウ!」

 アカリの動きが止まった。

 その声の主は、ガラスの割れた窓から、勢い良く教室に飛び込んで来た。

 ──ここは三階だぞ! 一体どうやったんだ!

「姉さん!」

 それはスミカだった。


 スミカは僕の四肢を拘束しているクラスメイトを強引に引き剥がした。いや。引き剥がしたなんて生易しいものじゃない。僕を掴んでいる腕ごと引きちぎったのだ。

 ガン、ゴトンと重い金属音がし、クラスメイトの腕が教室に転がった。

 続けざまにそのクラスメイトの襟首を掴むと、無造作に後ろに放り投げた。『それ』は、直線的に吹っ飛び、教室の後ろの壁にめり込んで動かなくなった。

 僕は目の前の光景が信じられなかった。

 スミカは僕に群がるクラスメイトたちを、まるで小石でも投げるかのように教室の奥に放り投げる。その度に響く重い金属音。五秒経たずに、僕の周りは、スミカ、そしてアカリとタカシ以外立つ者はいなくなった。

『メインシステム──スミカによる妨害行為を確認』

『重大な命令違反と断定──排除する』

 アカリとタカシは、ゆっくりと僕とスミカに向け近づいて来た。

「姉さん……これは一体……」

「リュウ、ちょっと目を閉じてて」

 スミカは近づいて来る二人に猛然と襲いかかった。

 目を閉じてなんかいられなかった。

 スミカは身を低くし、タカシに拳を打ち込んだ。その拳は一撃でタカシの体を突き破り、赤い液体が吹き出した。

『なぜ、攻撃する』

 タカシは機械的な声色で抗議の声をあげたが黙殺された。スミカは引き抜いた手でタカシの顔面を鷲掴みし、そのままアカリに向かって無造作に放り投げた。

 アカリはそれを避けた。タカシの事なんか眼中にない。そんな表情だった。

 タカシは教室と廊下を隔てる壁を突き破り、校舎の壁にぶつかり動かなくなった。

 アカリはその隙をついて間合いを詰め、スミカも体勢を整えた。

『なぜ、邪魔をする』

 アカリが問うがスミカは答えない。

 答える替わりに手刀をアカリに顔面目がけ繰り出した。

 アカリはスウェーでそれを躱し、スミカの関節が伸びきった所で腕を取った。

 スミカは咄嗟に体を捻り、肩をアカリにぶつける。

 一旦、両者の間合いが開いた。

『現時点では個体確保が最優先される』

 アカリが抑揚のない声色で宣言する。

 スミカはそれに応じる事なく、フェイントを交え間合いを詰めた。

 スミカがアカリの足を払った。

 アカリは床にゴンと鈍い音を立てて転がった。

 スミカはその上に乗りアカリの腕を引きちぎった。腕の付け根部分からバチバチと火花が散った。

『システムのコマンドが最優先される。なぜリュウを拘束しない? なぜ邪魔をする?』

「ごめんね、アカリちゃん」

 スミカの手がアカリの『顔』を押さえつけた。

「私はリュウの『姉』なの」

 バガン、と音がした。アカリだった『それ』は頭部を砕かれ、それきり動かなくなった。

 目の前で起来た事は一体何なのか。

 床に転がっている『クラスメイト』たちは一体何なのか。

 僕は理解出来なかった。言葉も出ない。体も動かない。

 ついさっきまでの『日常』は、一体どこに行ってしまったんだろう?

 タカシとアカリは一体何者だったんだろう? 

 スミカが僕に向き直った。

「リュウ……」

 僕の名前を呼んでいる。姉のスミカが僕を呼んでいる。でも体も頭も動かない。

 ズズンと鈍い音がし、床が激しく揺れた。

「……奴らも強引な手を使う……ここも長くはもたないな」

 ──奴らって誰だ?

「リュウ。詳しい事は後で説明する。今はここから一刻も早く離れる必要があるの」

 ──離れる? それは皆をここに置いていくって事?

「リュウ」

 スミカが僕の手を掴んだ。

 その手は赤く染まっていた。

 ──タカシとアカリの血……?

 教室に転がっている、二人の、そしてクラスメイトの血?

 僕はその手を振り払った。

「……一体何をしたんだ……何をしたんだよ姉さん!」

「今は時間がない」

「時間って……何が起きてるんだよ? それにアカリとタカシに何をしたんだよ?」

アレ(・・)はリュウが知っている『アカリ』と『タカシ』じゃない」

 ──何を、言っているんだ?

「そんな……さっきまで、普通に話してたんだよ? それが急におかしくなって」

「おかしくはなっていない」

「何を言って……」

「今は私を信じて。お願い」

 スミカが僕を凝視した。

 その目にははっきりとした意志が宿っていた。

 でも。

「……アカリは死んだの?」

「死んではいない。ボディが行動不能になっただけ」

「……どう言う意味?」

「リュウ」

 スミカは僕に一歩近づいた。

「近寄るな!」

 スミカは歩みを止めない。

 手を差し出す。

 血に濡れた手を僕に差し出す。

「嫌だ! 何だよ、姉さん! 何でアカリとタカシを殺したんだよ! 近づくな!」

 ズズン、と地響きがした。

「リュウ──ごめん」

 一瞬だった。

 僕は軽々とスミカに抱え上げられた。

「ちょ、姉さん! 何を!」

「ちょっと黙ってて。舌噛むよ」

「え? ──うわっ!」

 僕はスミカに抱えられ、三階の教室の窓から校庭へ飛び降りた。


「姉さん、一体何が起きて……」

「後で説明する」

 スミカは短くそう言い、僕を抱えたまま猛スピードで学校を出た。

 サイレンが鳴り響く。

 何かが焦げた匂いがする。

 そして時折響く振動、爆音、閃光。

 一体この世界はどうなってしまったのだろうか?

 戦争でも始まってしまったんだろうか?

「一旦家に戻る──ちょっと我慢して」

 言うが早いか、スミカはジャンプし民家の屋根に飛び乗った。一気に数メートルジャンプしたのだ。しかも僕を抱えたままで。

 ──一体、何がどうなってるんだ?

 僕はもう思考が追いつかない。

 ただ風を切る音だけが僕がここにいる事を感じさせてくれる。他は全て僕の想像外だ。

 そうしている間にも、スミカは屋根を飛ぶように駆ける。

 ──これは、夢か?

 あまりに現実から離れすぎている。

 ──でも。

 接した体から、そこから伝わる体温からスミカを感じる。

 僕は目を閉じた。

 半分はそのスピードが怖くて。

 もう半分は現実を直視するのが怖くて。

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