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第六話 漂う無の中で

 僕が月の研究機関に迎えられて三年。

 戦争は相変わらず続いていたし、決着もついていない。

 高出力レーザーの実用化のせいで、各国の防衛ラインは拡大する一方だ。

 かつての『核』と同様、抑止力となって星の世界に見えない傘を広げている状態だ。

 そんな膠着状態に陥りつつある情勢は、各国の軍隊の士気を削ぐ。

 『和平交渉』や『仮初めの平和』なんてキーワードが紙面を飾る事が多くなった。

 ──何にせよ、戦争の規模が縮小傾向なのはいい事だ。

 僕はコーヒーを啜りつつ、デスクのモニタ上に表示されていたニュースリーダーを閉じた。

「リュウ、君のプランの問題点の洗い出しは済んだかい?」

 パーティション越しに同僚のディビッドが話しかけてきた。

 僕のプラン。二〇〇年前に検討されていた『地球帰還計画』の見直しだ。

 二〇〇年もの間埃をかぶっていたそれは、技術面、情報面で古く、最新のデータにアップデートする必要があった。

 ディビッドは僕とペアでその作業をしている。恰幅のいいアメリカ人で、年下の僕に気さくに接してくれる良き理解者だ。

「ゴメン、まだかかりそうだ」

「そうか。最終段階としては、スペシャルにチューニングした藻類を大気圏内に散布する案になるが、全球散布はデリケートだ。そうだったよな?」

 そう。

 ある種の藻類は、二酸化炭素を光合成で酸素に変える。うまくいけば、温暖化ガスの大幅削減が可能だ。

「そうだね。全球散布はどうしても極には届きにくい。赤道面から手をつける事になるね」

 月側から見た場合、地球の極に何かを投入しても、それが拡散するまで時間がかかる。効率を考えると、軌道修正が容易な赤道面の軌道からコントロールし、効果を確認しながら範囲を拡大していった方がリスクが低い。

「段階的に散布する事になるだろうね。赤道面の効果を見てから徐々に緯度を上げていく。まどろっこしいけど『急がば回れ』だよ」

「それは日本のコトワザかい?」

「そうだよ。『急いては事をし損じる』ってのもある。とにかく焦って物事を進めてもいい事はないと言う先人の教えさ」

「日本の文化は本当に特殊だな」

「そうかな」

 月面に居を構える『環境保全研究所』は日本人スタッフは僕一人だ。だからどうしても『特殊』な目で見られる。

 初めは戸惑ったが、今ではもう慣れた。

「それよりディビッド、現時点での地上の観測データを拾うプランはどうなったんだろう?」

「探査プローブか? あれはアリスのチームの仕事だ。俺は分からないよ」

 僕が持ち込んだ、二〇〇年間もの間、星界から失われていた書──『地球帰還計画』は、研究所に大きな衝撃をもたらした。いずれは、近い将来、等と思われていた人類の地球への帰還が具体的になったからだ。

 ただそれには『現在』の情報収集が不可欠だ。

「セカンドノアにアクセス出来れば一番いいんだけどね」

「セカンドノアか……」

 ディビッドは渋面になった。

 ──まぁ無理もないかな。

 セカンドノアは、今から四〇〇年以上前に建造されたドーム型のメガフロートだ。監視衛星の画像を見る限り、目立った損傷もなく、おそらくは正常に稼働していると思われる。思われると言う表現になるのは、まだセカンドノアへのアクセスが出来ないからだ。

 完全密閉型の巨大なバイオスフィアでもあるセカンドノアは、それ自体が生態系だ。外部との接点が可能な限り排除されている。

 僕のプランはそのセカンドノアが中心になっているが、ディビッドをはじめとする研究所の皆は、あくまで新規に探査システムを開発し、それを手がかりに『地球帰還』を進めると言う考え方に傾倒している。

 ──セカンドノアにアクセスさえ出来れば。

 仕様上、セカンドノアはバイオスフィアであると同時に周辺環境のデータ収集機能が搭載されている。そもそもセカンドノアが建造された理由が『地球帰還計画』にある以上、その機能があるのは必然だ。

 ──だけど、それが正常に動いているか分からない。

 だから僕は、研究所のプランの検討を進めつつ、セカンドノアとのコンタクト出来る(すべ)を探っている。見かけ上スタンドアロンで稼働しているが、内外のデータを収集・送信出来ないシステムなはずはない。ただその手段が二〇〇年以上前の技術なので、今は失われた技術になっている。僕はそう考えている。

 セカンドノアにアクセス出来れば、探査プローブを投下してデータ収集するなどと言う手段は必要なく、大気清浄化に必要な情報はすぐに手に入る。

 僕は研究室の壁面モニタに映し出されている衛星画像に目を向けた。

 そこには監視衛星の画像が表示され、セカンドノアの全景が固定されていた。

 ──あそこに一人の人間がいる。

 四〇〇年。

 クローン技術によって世代を重ねて『創られた』人間が一人、巨大な箱庭にいるのだ。

 ──なんとしても会いたい。彼のデータはきっと僕達にとって有益なはずだ。

 かつて多くの命を育んだ地上で、人間は生存出来るのか。

 彼の生体データは、四〇〇年間もの間に行われた人体実験の成果だ。それに報いようとするのなら、僕達に出来るのは彼のデータを有効活用する事だ。

 ──宇宙に逃れ、地球を見捨てた人類に希望をもらたすんだ。

 名も知らぬ、永遠とも言える生存サイクルを生きる少年。

 僕は自分を彼に重ね、思いを馳せる。

 だから僕は、彼を『奇跡の子』と呼んでいる。


「ヘイ、リュウ! 起きるんだ!」

 僕が仮眠室でうたた寝していると、ディビッドが血相変えて飛び込んできた。

「なんだよいきなり」

「お前の国のコロニーが集中的に狙われているぞ!」

「なんだって!」

 僕は頭を振って眠気を吹き飛ばし、モニタールームに駆け込んだ。

「どうなっている?」

 モニタールームでは研究機関独自の監視網により、各国のコロニーの状況及び周辺宙域、そして戦況を映し出せる。研究所がかつて国際機関の一組織だった頃の名残だ。

「大規模な作戦が発動したみたい。二〇隻からなる大艦隊が日本のコロニーに向けて移動中よ。同盟国は何やってるのよ……」

 壁面に埋め込まれた大型モニターパネルを眺めている女性、チャンが状況を説明した。チャンは中国人だ。だがこの研究所では国籍、宗教は一切問われない。あるのは宇宙での生存環境の改善と地球帰還。それが全てだ。

「……ど、どうしてそんな事が」

 僕は言葉が出ない。

 同盟国、つまりアメリカ軍が動いていない。

 ──こんな大規模戦闘を前に黙認するつもりか!

 これじゃ日本のコロニーは丸裸も同然だ。

「連中の通信、傍受出来る?」

「やってみるわ」

 チャンはコンソールを操作し始めた。うまく通信を拾えばいいが……。

「暗号化されて……いえ、これなら」

 チャンがヘッドセットを自分の耳に押し当てた。

「……先日、日本軍が発表した新型リフレクタ。あれが火種になっているみたい」

「日本軍じゃない、自衛隊だ」

「他国はそう思っていないわ」

 今はこの議論は意味がない。

「あれは超長距離の大出力レーザーに対応した次世代のリフレクタだよ。あれがあれば、距離や出力を問わず、全ての光学兵器を無効化出来る。平和に向けた第一歩になるはずなのに」

「そう考える国は少ない。そう言う事だ」

 ディビッドが僕の肩に手を置いた。

「日本が侵略を仕掛けるとでも?」

「そんなバカな事はしない。だが、それを口実にしたがってる国がある」

「くそっ……!」

 新型リフレクタの基礎研究はこの研究所で行われた。その開発メンバとして僕も携わっている。

「あれを製造出来る国は日本だけだ。0Gから4Gまでの環境を作り出せる工業ブロックがあるからな」

「……それが日本のコロニーの機能なんだ。それが欲しいってわけかい」

「いえ、どうやら違うみたい」

 チャンが口を挟んだ。

「作戦内容を傍受出来た。リフレクタ自体をなくそうとしている動きがある。そんな事したら自分たちの首を絞める事くらい分かるはずなのに……」

 ──世界は公正で公平で平等であるべきって事かよ!

 確かに、リフレクタ自体を纏っていないコロニーもある。その最も大きな理由は価格だ。全コロニーに適正な価格で提供出来ない以上、経済力による防衛力の格差が存在する。

「レーザー通信を使わせて欲しい」

 事は急を要する。日本に知らせないといけない。これは日本人としての僕の義務だ。

「待って。今この研究所がそれを使う事は出来ない」

「何でだよ!」

 ディビッドが「落ち着け」と僕を制した。

「忘れたのか? この研究所は完全に中立だ。特定の国に肩入れする事は出来ない」

「そんな! それじゃ見殺しじゃないか!」

「リュウ……」

 モニタールームが沈黙に支配された。

 一つの国が消滅の憂き目に遭おうとしている今、この研究所が出来る事はない。せめてその作戦を知らせる事が出来るなら、きっと助かる命もある。

 その時だった。チャンが叫び声を上げた。

「リュウ! 日本のコロニーからメッセージを受信! モニターに出すわ!」

「え?」

 チャンは、一番大きなモニタにメッセージを映し出した。それは日本語のテキストメッセージだった。

「なんて書いてあるんだ?」

 日本語など読めないディビッドは、僕にその内容を尋ねてきた。

「……状況は把握した。これより日本は完全防衛体制に移行する。以降の通信は控えられたし、だそうだ」

「そうか……後は神のみぞ知る。我々に出来るのは祈る事くらいだ」

 ディビッドが僕の肩に手を置き、優しい声色で語りかける。

 モニタールームにいた面々も、それぞれの神に祈りを捧げる。

 ──ここはそんな争いもない世界だ。なのになぜ世界は争いを好むんだろう。

 僕はメッセージの最後に書かれている、送り主の名を呼んだ。

「スミカ……」

 スミカ、アカリ、タカシ。

 ──どうか皆無事でいてくれ……!

 僕は心からそう願った。


「日本のコロニーの形状変化。『アルマジロ』形態ね」

 チャンがモニタを見ながら戦況を報告してくれている。

 僕も食い入るようにモニタに見入っている。

 『アルマジロ』形態。居住区と各工業、商業ブロックを接続するパイプを収納し、居住区を覆う事で人的被害を最小限に抑える形態だ。

 でもこれは、有事の際に行われる通常形態だ。

 ──これ以上の防御陣形があるのか?

 スミカは『完全防衛体制』とわざわざメッセージで伝えてきた。

 『アルマジロ』の次があるって事だろうか?

「え? 日本のコロニーの姿勢制御スラスタの噴射を確認。向きを変えた?」

 ──そう言う事か!

 日本のコロニーは『アルマジロ』形態のまま、自衛隊の外部ブロックを先頭に、敵艦隊に対し垂直に向きを変えた。無茶な事を考えついたものだ。姿勢制御に伴うGの変化で、居住区内部の被害は計り知れない。

 でもこれで前面投影面積が減る。そこにリフレクタを集中配備すれば光学兵器はほとんど無効化出来る。そうなれば後は戦闘機同士のつぶし合いだ。

 ──数の面では不利だけど、籠城して持久戦となれば……。

 勝つ事は出来ない。だが負ける事はないはずだ。

「艦隊、有効射程距離に入ったわ。あっ!」

 突然、全てのモニタパネルがブラックアウトした。

「何があった!」

 それまで静観していた研究所のチーフ、イスマイルが声を張った。

「全てのセンサから応答がありません。我々は目と耳を潰されました……」

 チャンが悔しそうに吐き捨てた。これでもう、この研究所は完全に外界から孤立した。

 僕は戦場となる方向の窓に駆け寄った。

 遙か彼方で閃光が瞬く。

 何度も何度も。

 ──頼む! どうか、どうか無事でいてくれ……!

 僕はその光景を、食い入るように見つめていた。

 いつまでも、いつまでも。

 全てを目に焼き付けるために。


 結末を知ったのは、それから一週間後だった。

 研究所の監視網の復旧に、それだけの時間を要したのだ。

 そして僕は『現実』を知った。

 日本のコロニーは『完全防衛体制』を取り、徹底して防戦した。

 光学兵器はリフレクタで無効化し、その後に来る揚陸部隊をコロニー周辺で待ち受ける。全方位から攻め立てられ、かなりの損害が自衛隊に出たらしい。

 敵艦隊は全ての戦力を日本のコロニーに投じ、殲滅戦に出た。

 だがそこでアメリカが動いた。

 完全に無防備だった敵艦隊の背後から攻撃を仕掛けたのだ。

 これにより敵艦隊は壊滅的被害を受け、日本のコロニーを中心とした宙域での全ての戦闘が終結した。

 これが僕が知る戦闘データだ。万単位での人的被害。だがそこには日本の被害は含まれていない。

 戦闘終結から一週間経った今も尚、日本のコロニーとのコンタクトが取れない。大規模な戦闘の結果、宙域に大量のデブリが舞い、その影響でアメリカ軍の救援部隊が近づけないのも要因の一つだ。

「リュウ! 日本の宙域のセンサが回復したぞ!」

 ディビッドが朗報を持って来た。

 僕は礼を言いつつ、モニタールームに駆け込んだ。

 そこでは研究所の全所員がある一点に視線を集中させていた。

 壁面のモニタパネルに映し出されているのは日本のコロニーだ。

 見るも無惨な姿になっていた。

 前方に配置された自衛隊のブロックはその形状をとどめておらず、『アルマジロ』も形を崩し、居住ブロックが露わになっている部分がある。

 それより問題なのは、まだ『アルマジロ』形態を維持している事だ。つまり日本のコロニーはこの一週間、全区域で0Gだった事を意味する。

「生体反応は? 熱源は? 救難信号でもいい、何か変化はありませんか?」

 チャンは黙って首を振った。

「そんな……」

「あの宙域のセンサが完全復旧したわけじゃないから……希望はあると思う」

 映像だけか。

 だがスペクトルを分析すれば熱源を探る事くらい出来るはずだ。

「それはもうやったの。でもデブリの熱が邪魔して……ここの設備じゃ正確な分析が出来なかったの」

 ──くそ!

 こうして遠目に眺めている事しか出来ないのか。

 まずデブリを何とかしないと、観測も救援も出来ない。

 とは言え、それは僕が出来る事ではない。船外活動経験もない僕にそんな事は出来ない。仮にデブリ回収業者がデブリの回収をしたとしても、全て回収するのに何年かかるか。それだけの量のデブリが日本のコロニーを覆っていた

 ──シェルターの備蓄は二週間くらいだったはずだ。

 つまり後一週間以内にコロニー運営局と連絡を取る必要がある。同時に物資の輸送と救助活動も行わなければならない。

 僕は絶望した。

 祖国が消える。

 それを安全な場所から見ているだけ。

 ──僕は何をしにここに来たんだ!

 その時だった。

「コロニーから噴射光多数! 何よこれ!」

 最大望遠の監視画像でもよく分かる。

 『アルマジロ』の片側に、無数の噴射光が視認出来た。

 そしてコロニーは、ゆっくりと移動していた。

 ──一週間かけてスラスタを準備していたんだ! でもこれは無茶だ!

 ラグランジュポイントから外れたら重力均衡が保てない。

 下手すると衛星軌道から外れてしまう。

 しかし、被害の多い外苑のブロックを犠牲にしてデブリの雲の外側にコロニー自体を押し出す。現状では打てる手として最も有効かも知れない。

 僕は日本のコロニーの基礎設計をした人物に感謝した。

 ここまで柔軟な運用が出来るなんて思いもしなかった。

 他国のコロニーではこんな無茶な運用は無理だ。そもそも今回のような攻撃を凌ぐ事すら出来ない。

「毎秒0.1Gで加速してるわ。これなら四八時間程度でデブリの雲の外に出られる」

 チャンの声が弾んだ。

 人類が宇宙に出て四〇〇年。誰もやった事のない方法で日本が生き延びようとしている。

「でも元の軌道に戻れるかどうかって……そうか!」

「なんだ? どうしたリュウ?」

 ディビッドが怪訝な顔をした。

「僕の国は、デブリの外に出ようとしてるんじゃないんだ」

「どう言う事だ?」

「デブリを押しているのさ。つまり、デブリに今コロニーが移動している方向に加速度を与えているんだ。コロニー本体をぶつけてね。そして加速度を与えられたデブリは、次のデブリにその加速度を与える。ある程度のデブリを『押した』コロニーは今度は逆噴射すればいい。これなら軌道から大きく外れる事もない。『アルマジロ』形態を取れる日本のコロニーならではの方法だよ」

 僕は興奮気味に日本のコロニー運営局がやろうとしている事を捲し立てた。

「それが本当なら」

 ディビッドがうーむと唸りつつ腕を組んだ。

「今後建造されるコロニーはすべて日本方式になるな。あまりに柔軟で画期的だ」

──でも、問題はこれからなんだ。

 すべての被害状況が判明したとき、僕は冷静でいられるだろうか?

 アカリ、タカシ、スミカ。もちろん、少しでも多くの人が生き延びている事。それを信じるしかない。

 ──祈るだけか。

 僕は届かぬ祖国に、思いを馳せた。


 それは一通のメールだった。

 僕の個人端末にそれは届いていた。アドレスに見覚えはない。

 折しもコロニーを取り巻いていたデブリのほとんどが除去され、アメリカ軍による救助活動が始まったばかりだった。

「誰だ?」

 僕は警戒した。この状況下で送信者に見覚えがないメール。過去にもそんな事があった。あの時はダミーの研究データを根こそぎもっていかれた。

 ──まさかな。

 逆に今のこの状況で研究所を狙っても意味はない。僕は研究所のセキュリティチェックを信じ、メールを開けた。

 その内容は日本語で書かれていた。

 送り主はスミカだった。


 リュウへ。

 私は無事です。ただちょっと怪我をしてしまい、今はアメリカ軍の救助船にいます。

 早期警戒網に大艦隊の船影が映った時、私は絶望しました。

 彼我戦力差はおよそ五〇対一。どうあがいても勝ち目はありませんでした。

 逃げようにも逃げられない。多分日本国民全員がそう思ったでしょう。

 そうなれば、とるべき道は一つしかありません。防衛に徹する。そのために出た案が『あの形態』でした。

 自衛隊ブロックを前面に配置し、少しでも敵艦隊からの攻撃を逸らす。

 でもふたを開ければ、被害は甚大でした。

 自衛隊ブロックはほぼ壊滅し、工業ブロックのほとんどを失いました。

 新型のリフレクタを前面に集中的に配置したにも関わらず、敵艦隊から照射、収束した大出力レーザーの前には紙切れみたいなものでした。

 最初の一撃で自衛隊ブロックの八〇パーセントを失いました。

 そう。

 この段階でもう攻撃に回せる戦力のほとんどを失ったのです。

 後はもう、削り合いでした。

 次々と押し寄せる敵戦闘機。それを迎撃したのは、コロニーに搭載されいている対隕石防御装置でした。

 しかし、精度も威力も既に半減していたそれは、敵機を寄せ付けない程度の効果しかなく、頼みの綱は自衛隊の残存兵力に頼るしかありませんでした。


 僕はここまで読んで嫌な予感がした。

 自衛隊の本体が開戦早期に壊滅していたと言う事は、指揮命令系統はコロニー運営局に移譲されたはずだ。

 そしてそこには、スミカもアカリもタカシもいる。

 何よりタカシは自衛隊からの出向だ。

 ──タカシが出撃した可能性がある。

 それは僕がもっとも恐れていた事態だ。

 メールの続きは、こう書かれていた。


 結論から言います。

 タカシ君は戦死しました。

 恐らくリュウも気づいているとは思いますが、タカシ君は自衛隊からの出向組です。そして自衛隊は壊滅状態で、コロニーの指揮命令系統はコロニー運営局に移管されました。

 そこではまず自衛隊の出向組に矛先が向けられました。

 今こそ日本を守るべきだと。

 私は反対しました。出向組は自衛隊と言う肩書きはあれど事務方です。訓練もしていない。船外活動程度の経験しかない。そんな彼らが戦闘機に乗れるはずもありません。

 自衛隊ブロックが使えないため、コロニー運営局の緊急脱出口を出撃レーンの替わりにしました。でも、そこから飛び出した戦闘機は、出た端から撃ち落とされました。初速が足りないからです。

 もう分かっているわよね?

 今日本のコロニーは辛うじて残された人々を維持する機能しかありません。私は怪我をしたので先に救出されましたが、コロニーにはまだたくさんの人が残されています。アカリちゃんも残っています。


 僕はメールから目を離し低い天井を仰ぎ見た。

 ──タカシ。

 『賭け』の通り、お前はアカリを守ったんだな。

 そして多くの人を救ったに違いない。

 この『賭け』はお前の勝ちだよ。

 僕は、頬を伝う涙を拭う事もせず、ただただ天井を見つめていた。

 かけがえのない友人を失った。

 しかも最も最悪な形で。

 参ろうにも参る墓がない。そこに遺骨は納められていない。

 ──でも。

 僕は戻らなければならない。

 日本人として。

 残されたアカリに許しを請うために。


 僕は一時帰国を許された。

 状況が状況なので、研究所の所員からは猛反対された。研究所は中立を保つ必要がある。何より危険だというのが主な理由だ。

 だが僕は譲らなかった。

 所長のイスマイルは、そんな僕を擁護してくれた。

「君たちの気持ちは分かる。ここには国籍も思想も存在しない。ただ人類の行く末の筋道を示すために存在する。だが、今回の出来事は我々にも責任の一端がある。それに、もし自分の国が同じ目にあったら、と考えて欲しい。私はリュウの一時帰国を認めようと思う」

 その言葉で所員は何とか納得したようだ。僕はイスマイルに感謝した。

 ──本来は一国の状況に肩入れは出来ない。

 それをねじ曲げての帰国だ。所長も前例は作りたくはなかっただろう。

 僕は研究所が手配したアメリカ軍の艦艇に同乗し、コロニーへ向かった。

 途中で様々な大きさのデブリの遭遇し、それを回避しながらの航行だ。聞けば救助活動する側にも少なからず被害が出ていると言う。

 今回の戦闘行為でアメリカは大きなアドバンテージを得たが、それは日本のコロニーの被害があってこそだ。

 それは分かっている。アメリカは日本を囮に使ったのだ。

 だがこうして救助艇に乗りコロニーに近づくにつれ、現場の危険度を実感した。

 一人でも多くの日本人を救う。

 現場にはその意思しかない。

 ──空間戦闘を始めるのは容易いが、その後始末をするのも人間なんだ。

 僕は、戦争を始める側と終わらせる側の意識の違い、そして現場と指揮命令する側の温度差に矛盾を感じていた。

 ──戦うのも人間なら救うのも人間なんだ。

 そこに強弱はない。本来対等なはずだ。

 ──これがこの戦争の根底にあるものなのかも知れない。

 僕はコロニー等の破片の中を進みながら、そんな事を考えていた。


「ゴメン」

 僕はアカリに会い、頭を下げた。

「研究所が開発したリフレクタ。まさかそれが戦争の火種になるなんて考えもしなかった」

 アカリは医療用ベッドに括り付けられ、黙って僕を睨んでいた。

「僕がここでいくら言葉を並べても許して貰えるとは思っていない。だからこれは僕のエゴだ。アカリ、君は僕を責める権利がある」

 アカリはベッドのハーネスを解き、宙に浮いた。

 僕は息をのんだ。

 アカリの右足は、膝から下がなかった。

「ア、アカリ……!」

「見ての通り、私は怪我を負った。資材に挟まれて失った私の右足は、リュウが言う通りいくら言葉を並べられても戻ってこない。それにタカシも」

 アカリの右手が、勢いよく僕の頬を張った。

「リュウが悪いわけじゃない。それは分かっているの! でも許せないの! 結局リュウは人類のためとか言って月に行った。そして戦争の火種を作った。でもそれはリュウだけの責任じゃない。それは分かってる。分かってるの……」

 アカリは両手で顔を覆った。指の隙間から涙がこぼれ宙に舞った。

「ねぇ、リュウ。なんで私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの? 何か悪い事をした? タカシだって戦いたくなかったと思う。でも守るためだって言うの。一体何を守るの? 相手も人間なのよ? その相手にだって守るものがある。戦争ってなんなの? 一体私は誰を責めばいいの?」

 僕は答えられなかった。

 月面の研究所にいた僕に、戦争被害を受けた人間にかける言葉なんかない。

 だから僕はこう言った。

「責めるなら僕を責めてくれ。タカシの分も、その他大勢の被害者の分も。全部僕が背負う。だから約束して欲しい。人間を見捨てないで欲しい。僕はここに来るまでの間、色々考えた。戦うのも人間なら救うのも人間なんだ。誰も誰かを裁く事なんか出来はしない。もう善悪なんてものは存在しないんだ。だから」

 僕は、アカリの肩に手を置いた。

「一緒に月に来て欲しい。一緒に『地球帰還』の道を作ろう。そしてこのバカげた戦争を終わらせよう。それがタカシやその他、被害を受けた人の無念を晴らす事だと思うんだ。きっとそれがこの戦争が起きた原因を取り払う事に繋がると思う」

 アカリは俯き、そして顔を上げた。泣き腫らした目が僕を見据える。

「リュウが全部背負うのね」

「ああ」

 僕は決意をもって頷いた。

「許してくれとは言わない。アカリの気持ちを無視してるのも分かってる。自分勝手な理屈だと言う自覚はある。でも、ここに来てはっきり分かったんだ。人を守ると言う実際は、理屈じゃないんだ。もっと大きな動機をもって動かなければ本当の意味で人を救えない」

 僕はアカリを見つめた。

 アカリも真っ直ぐ僕を見た。

「だから」

 タカシの想い。

 色んな人の想い。

 宇宙に逃れた人類全体の想い。

「一緒に道を作ろう」

 アカリが、僕の胸に飛び込んできた。

「リュウが全部背負うのなら。そしてこの戦争を終わらせたいと思うのなら。私はあなたについて行く。そしてリュウがその道から外れたならその時は私がリュウを殺してあげる。タカシのように何もない空間に放り出してあげる」

 僕の背に回されたアカリの手に力がこもる。

「……だから約束して」

「何をだい?」

「私を一人にしないで」

 ──ああ……。

 僕はこの瞬間、タカシの想いを引き継いだんだと感じた。

 アカリが誰に想いを寄せていたのかは分からない。

 僕なのかタカシなのか。それとも別な誰かなのか。

 だが目の前にいるのは僕だ。

 そしてアカリは僕に『約束』を迫っている。

 決して自分を一人にしない。

 それは生涯を掛けて守り抜く、重く固い約束だ。

「ああ。決して一人にしない。約束する。これは誓いだ。決して破る事はない」

 そして僕はアカリと共にコロニーを離れた。もう二度とここに戻る事はないだろう。僕も残りの人生は、人類とアカリのために費やされる。それ以外にはひと欠片も浪費出来ない。

 ──タカシ。僕はお前よりたくさんの人間を救うぞ。『未来』を必ず創ってみせる。


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