百合の花より薔薇の花
「――、――――」
「――――、――」
窓から覗いて見ているけれど、3階だから声は聞こえない。けれど告白されているのがレンだってのは分かる。もう1人は見たことがないけれど先輩だろうか。男子生徒がレンに何かを言って、それに対してレンは頭を下げて謝ったような形だ。ツインテールにした髪が地面に向かってだらんと垂れている。きっと告白を断ったんだろう。
レンはかわいいから、告白する人がいるというのもわかる。背は高くなく158cmだし、目も元々二重でぱっちり大きく、それなのに化粧の練習も欠かさない。元々かわいいのに、さらにかわいくなる努力もしてるんだから、かわいくて当たり前だ。そんなレンが、私と一緒にいると言ってくれているのだから、そもそも覗きになんて来る必要はなかった。
私はもう見る気もなくなったので、誰もいない教室で窓を背にそのまま座り込む。スカートが皺にならないように直しながら。レンがあの時間にあそこへ行くのは知っていた。他ならぬレン自身が言っていたことだ。
「うち、今日ラブレターもらって呼ばれてるから、あおちゃん先に帰ってていいよ?」
なんて、私の気も知らないでよくもそんなことを言えたものだ。レンが私と一緒にいると言っていても、やっぱりどうにも気になってしまう。私は1人ため息をついて膝に頬杖をつく。あの告白劇がさっさと終わらないかなーなんて思いながら、スマホを開いて、来ているメッセージをぽちり。
『今そっちいくよ( ´ ▽ ` )ノ』
……!?私はここにいるなんて一言も言ってなかったんだけど。なんて思ったのも束の間。なんかどだだだだって音がする。それは段々と大きく近づいてきて――。
「あおちゃーーーん!お待たせぇ!」
ずばーん!とドアを開けてそのままぎゅーっと抱きついてくるレン。レンの髪が私の首にかかってくすぐったい。あんまり激しく動くとスカートの中が他の人に見えそうになるから、ちょっと落ち着いてほしい。とは言ってもこの教室は私以外に人はいなかったけれど。
「ちょっと、苦しいよ、レン」
「だーってレンってばラブレターの話聞いてから様子おかしかったし。告白だって上から見てたでしょ。視線感じたからなんとなくわかっちゃった」
バレてた。いやまぁわかってたけど。きっとバレてるんだろうなぁとは思ってた。けれどわざわざこっちに来なくてもいいじゃないか。
私がそうしてむくれていると、レンの唇が私の唇を塞いだ。レンの舌が私の口の中に入ってくる。私の舌を求めるように、私も求められるがままに、舌と舌とを絡め合っていく。何が起こっているか理解ができなかった。されるがままに目を閉じてキスに集中する。
「んっ、……んっ」
「んぅ……んっ」
レンの手が私の手を取って、指を絡めあう。油断していると声が出そうになる。唇を少し離して、でもまたくっつけて。手をぎゅっとしたまま、唇を離して目を開く。何回も何回も、互いの唇を重ね合わせる。甘い吐息と、私たちの息遣いだけが、私たちの他に誰もいない教室に響き渡る。
「レンの……バカ……」
「ふふん、あおちゃんはうちのだし」
そう言って、また唇を重ねてくるレン。何回も何回も、唇をくっつけては離して、途中で舌を絡めてきて。レンとのキスの味は、なんだか少しだけ甘かった。
私もレンとキスをするのは嫌ではないので、抵抗はしない。けれど、学校という場所でこんなことをして、恥ずかしさと背徳感とで、
いっぱいいっぱいだ。
キスをしながら、レンは繋いでいた手を解き、私のブラウスの方に手を伸ばす。暑かったからブレザーを脱いでいたのは失敗だった。私のその無防備なブラウスのボタンを、一つづつ丁寧に外していき、そして――。
――――――
「あーもう!レンのせいでもうこんな時間じゃん!」
「ごめんってばぁ。駅前のクレープ奢るし!ね?」
気がつけばもう下校のチャイムがなっていた。すんでのところでチャイムがなって、私は慌ててレンを突き放した。さすがにレンも調子に乗って悪いと思っていたのか、それ以上何も言わなかったけれど。下手に残って生徒指導の先生に見つかると長い説教をされるから、早く帰らないと。
けれどこんなに遅くなったのはレンのせいだ。レンが調子に乗って服を脱がせようとするから、着直すのに時間がかかってしまった。スカートを直したり、ブラウスもボタンを外されてぐちゃぐちゃになってたし。レンのことは好きだけど、こういう時は最悪だ。
ドタバタと慌てて廊下を進むと、目の前に1人見知った顔の生徒がいた。同じクラスの男の子だ。
「あ、進藤君」
「げっ、進藤」
「おう、お前らも今帰りか?」
進藤君はレンの昔からの幼馴染で、身長も高く、野球部で毎日鍛えているからか身体つきもがっしりとしている。私とは大違いだ。私なんて身長も小さいし……ううっ。レンはこんな私でも好きだって言ってくれているから、いつもはそんなに気にしないけれど、やっぱり意識すると気になっちゃう。もっと身長が欲しかったなぁ。
「うん、私たちも今帰りだよ。進藤君も?」
「まあな、今日の部活も終わったしな。あー腹減ったぜ」
「あ、だったらさ。一緒に駅前に行かない?レンがクレープ奢ってくれるんだ」
せっかくだし、進藤君も誘ってみようと思いそう言った。けれど、レンは急に不機嫌になって私の手を引いて歩き出した。
「ついてこないでよ進藤!うちとあおちゃんでデートなんだから!」
「はいはい、蓮司、お前もあんまり棚橋を連れ回すなよ」
棚橋ってのは私のことだ。棚橋蒼。蒼って名前だから、レンはあおちゃんって呼ぶ。
けれど今は問題はそこじゃない。進藤君が、レンの本名を呼んだ。呼んだ瞬間に、レンの目つきが変わる。完全に怒ってるなぁこれ。私に止められるかなぁ。レンはさっきのきゃぴきゃぴとした声ではなく、ドスの効いた声で進藤君にとってかかる。
「てめぇ進藤。俺の名前呼んでんじゃねぇぞ。殺されてぇのか?」
「あ?幼馴染の名前を普通に呼んで何が悪いってんだ?」
「よーしわかった。お前表でろ、一発ぶん殴ってやる」
「はっ、スカート履いてるような野郎の拳が当たるものかよ」
ああもう。この喧嘩ももう何回目だろうか。進藤君はいっつもレンにつっかかるというか、レンのことを本名で呼ぶし。レンもレンで流せばいいのに、絶対それで怒るし。
どうにか止めたいとは思うけど、力じゃ絶対敵わないし。どうしようかなぁ。
そんなことを考えていれば、向こうから先生が近づいてくる。現国の里中先生だ。
「お前らー、あんまり廊下で騒ぐな。っていうかすぐ帰れ。下校時刻過ぎてんぞ」
里中先生は理解のある先生だから、嗜めるように言ってくれる。その声で今にも殴りかかりそうだった2人も落ち着いてくれたようだった。
「はぁ、もういいや。先に帰るわ。じゃあ先生、さよなら。棚橋もまた明日な」
「あ、うん。バイバイ」
そう言うと進藤君は早々に行ってしまった。レンがむくれたままなんだけど。
私たちも早く行こう。これ以上先生に突っ込まれるのも面倒だ。
「じゃあ先生、私たちもこれで」
「あ、ちょっと待て」
残念、どうやら逃がしてくれないらしい。
「いや、俺としては目の保養になるからいいんだけどな?他の先生方の手前もあるから一応言っとくけど、ちゃんと制服着てくれ。な?」
「え、いやなんですけど」
レンが即答する。先生もだよなぁと項垂れる。
「いや、うん。知ってた。知ったてけど、せめて考えるフリぐらいはしてくれよ。そうじゃないと俺が怒られるんだよ」
「だって嫌なものは嫌ですし。てゆーか帰りますんでこれで」
そう言って、レンは私の手を引いて歩き出す。歩き始めたところで、後ろから里中先生の声が聞こえてくる。
「棚橋ー、関係なさそうな顔してたけど、お前も制服ちゃんと着ろよー!」
私は制服の着こなしが何かおかしいところがないか確認しながら、曖昧に先生に返事をした。
玄関でローファーに履き替えて、校門を出る。他には生徒が全然残っていなかったけれど、ちらほらと部活帰りの生徒の姿が見える。彼らの好奇の視線が刺さる。……やっぱり、いつまでも慣れないなぁこういうの。自然と、手でスカートを押さえてしまう。
「レンはよく平気だよね、スカートで歩くの」
「だって、かわいい格好のほうがいいし。……それとも、あおちゃんはやっぱり嫌だった?」
「ううん、嫌じゃないよ。けど、やっぱり恥ずかしいなぁって」
「こればっかりは慣れるしかないからね。あ、早く行かないとクレープ屋さん閉まっちゃう!」
そう言って、レンは駆け出した。私も後をついて走っていく。
私たちは、男子校である城山高校を後にしたのだった。