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夢の終わり



「改めて自己紹介をしよう。オレはロバート・ラッセル・クレッシェンス」

「えっ」

「クレッシェンス……まさか?」

「さすがに情勢に疎いぼっちゃんでも隣国の王族の姓は知っていたか?まァオレ自身は第三王子だからあんまり表には出てこないんだがな」

「顔が知られていないからといって、王子が密偵として留学してくるのもいかがなものかと思いますけれど」

「手頃な人間が他にいなかったんだから仕方がない。兄上たちほど重要なわけでもなし」


さらりと闇を覗かせるのはやめていただきたい。

じとりとなりそうな目を必死に開く私を余所に、ロバート王子はさて、と舞台の中央へと立つ。

視線は聴衆に向けて。


「お察しの通りこのオレが僭越ながらサイモン王太子殿下の資質を問う見極め役を仰せつかった。結果もまた先の通りだ。この国は我が国の一部となる」

「そんな!」

「そんなァ?まだそんな言葉が出るのか。この小一時間の間のことだけでもここにいる人間には納得できたと思うが?」


首だけ振り向いて片眉を上げてみせる。

ただでさえこの一年の間の様子を見た上で、さらに先程までの茶番を見せられたのだ。

いまの殿下に国を任せようと、任せられると思う人間はそういないと思われる。

隣国に吸収されることについて納得しているかはともかくとして、聴衆から特に声が飛ぶことはなかった。


「婚約者を差し置いて浮気に走るようないい加減な男に国を任せられると思うか」


王子の問う声は低く、視線は鋭利だ。

射ぬかれた殿下は目を合わせられずに唇を噛んでうつむいている。


「サイモン様は私がいいって言ってくれるのに……なんで私じゃダメなの……」

「アン……」


絞り出すような声にハッと顔が上がる。まだ、魔法は解けない。

正直なところ今日のことの始まりが婚約破棄宣言であったがためにピックアップされてはいるが、これに関してはタイミングが悪かったのだと思う。

きっと国の一大事なんてない、もっと穏やかな時であれば一時は責められようと今ほど王太子としての資質を疑われることはなかったはずだ。

過去に浮気の記録が残る王太子は、確かに存在するのだから。


「別にあなただってよかったのよ」

「え?」

「あなたがきちんと殿下を支えられる女性であったなら、私はいつでも婚約者の座を明け渡した」

「ニーナ……」


はじめは確かに恋だった。と思う。

でもサイモンのためにと国のためにとがんばる気持ちが混ざりあううちに、それはいつの間にか家族に対して抱くようなものに変わっていて。

近頃ではサイモンが幸せならそれでいいかと思うようにまでなっていた。

だけど。


「でも駄目だった」

「なんでよ!まさかあなたがサイモン様を愛してるからって言うんじゃないでしょうね!?」

「ニーナ、まだ俺を愛して……?だったら、俺を想ってくれているならどうか身を引いてくれないか」


身を引くとか引かないの話ではないと、果たしてどのレベルで説明すれば理解してもらえるのだろうか。

ロバート王子は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「アンリエッタ。あなたはどこまでも殿下を甘やかすだけ甘やかして、真綿でくるんでしまうのね……。ねぇ殿下。いつからわたくしがあなたのお名前を口にしなくなったか覚えておいでになりまして?愛は永遠といえども、愛情を注がれなければいずれ枯れるものなのですよ。でもそうですね。わたくしはいまこそ身を引きましょう。どうぞお二人で幸せになって」


微笑んでもっとも綺麗な礼をとって二人を祝福する。

なにもかもを忘れてそんなにまで愛し合っているのなら、最後の時まで共にあればいいのだ。

ありがとう、ありがとうと謝辞を満面の笑みで二つの口が叫び、抱き合い喜び合う二人からそっと離れる。


「いいのか?」

「こんなにも愛し合ってらっしゃるのですもの、もはやわたくしに引き裂くことなど出来ませんわ」

「そうか。お前がそれでいいなら……そうだな、そうするか」


王子が舞台袖へ目配せをする。

現れたのはここにいるはずのない数人の近衛兵。

目的が要人の拘束のためか鎧は身につけていない。

彼らは音も立てず迅速に対象を拘束していく。

武術の心得などない二人に抵抗のすべはなかった。


「お、お前たち何をする!?俺が誰だかわかっているのか!?」

「離して!やめて、なんなのよ!?」

「おい!これはどういうことだ!」

「サイモン、お前はたとえ王族でなくなったとしても在野に置いておくわけにはいかない。下手な災厄の種を産んで欲しくはないからな。アンリエッタ、お前はヴェルニーナへの不敬罪を忘れたか?それでなくとも王族を、しかも王太子をたぶらかし堕落させた罪は重い」

「何!?」

「たぶらかしたって何よ!なんでよ!認めてくれたんじゃなかったの!?」

「サイモン・セイクル・デュランディール。王籍剥奪の上、幽閉塔への生涯幽閉。アンリエッタ・スピークスも同じく幽閉塔へ。向かいの部屋にでも入れてやれ」

「幽閉だと!?」

「嫌よ!なんで私まで幽閉なんてされなくちゃいけないの!?」

「安心しろ。お前たちの婚姻誓約書はきちんと出してやる。夫婦で仲良く暮らせるぞ、よかったな。ただし部屋は別だ、そこは許せ」

「なんで!?認めてくれたんでしょう!?私はサイモン様の奥さんになって、それで将来お妃さまになって幸せに暮らすんじゃないの!?幽閉なんて……」

「望み通りサイモンの奥さんとやらにはなれるぞ。塔の中で二人だけの王国の中でならお妃さまにだってなれるんじゃないか」


国民は一人もいないけどな、というロバート王子の言葉はきっと彼女には聞こえていない。

うるさいから連れて行けと指示を出された兵たちは、半ば引きずるように二人を舞台から退場させていく。

男は茫然と力なくうなだれ、女は半狂乱のまま叫んでいた。


「幽閉なんて嫌!いやいやいや!そんなの私の役じゃない!こんなのおかしいだってだってだって最後に幽閉されるのはあんた一人のはずでしょう!?」


ばちりと必死の形相と視線が合う。

彼女以外には見えないように扇で隠して口を動かす。


『ど う か す て き な ゆ め を』


こぼれんばかりに見開かれた目には一瞬驚愕が映り込み、ついで口からは名状しがたい叫び声があふれ出た。

講堂の外へと通じる扉が開いて閉まり、



そして静寂。




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