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ギルドinバーミィーシティ ~翡翠~  作者: 星見つむぎ
第1章 『青年』 in バーミィーシティ
9/23

第8話 執務官と夜の街




 ――夜の街は、思ったより静かだった。



 青白い月が、誰も居ない道を照らしている。

 黒猫が一匹、にゃおうと鳴いて、路地の薄暗い方へと駆けて行った。それを追いかけようとしたリンドウはカクタスに呼び止められて、くるり、と振り返る。



「結構、明るいんですね……」



 そう言いながら、彼――ジェードはキョロキョロと辺りを見回した。

 昼間ちらりとだけ見た街並みとはまた違った雰囲気に、彼の心はまた落ち着きを無くしているのだろう。

 彼は首元に下げられた、あのペンダントの翡翠をぎゅ、と握る。



 先ほど紐を直して、かけ直してもらったそのペンダントは、彼の胸元にしっくりとおさまっていた。

 かけた直後の違和感はとうに消え、残るのは幽かな安心感。


 ――翡翠の石が、月光を受けて淡い光を帯びる。



「街灯があるから、多分あそこが大通りで……えっと、先に警備隊の方の本部に行くんでしたっけ?」

「あぁ。依頼承諾書の提出後、本人かどうかの確認、説明を受けてから実際に依頼開始――と書いてあるな」



 手元の用紙を見ながら、アゼリアは彼にそう伝えた。


 それは数日前、カクタスがアゼリアに見せた物とは違った物だった。前よりも細々とした字で集合場所や時間、誰の担当なのかが詳しく書いてある。

 一応簡易的な地図も書いてあるのだが……そもそも、この街のギルドで働いているアゼリア達からしたら、無用の代物なのだろう。あまり見る事はない。



 彼は、その紙をひょこと覗き込んだ。

 そのまま、きょろきょろと辺りを見回して――若干迷いつつ、その足を踏み出す。



「えっと……確かこっちの道……でしたよね!」

「おいっ、逆だ逆!」



 地図を見たにも関わらず、明らかに普通のルートとは別の裏路地へと進もうとしたジェードの首根っこを、カクタスは慌てて引っ張った。



 ……確かに、ジェードの判断もある意味間違ってはいない。

 そちらの道からも行けるし、そちらからの方が早く着く事もある。


 だが……正直言って、今は危険だった。



 先ほど、ジェードが進もうとした裏路地。

 そこは光も届かない場所で、夜になると、まるで黒インクをぶちまけたかのように暗くなってしまう。

 当然、その道の先なんて見えないから……今踏み込んだらすぐに足元すら見えなくなってしまうだろう。

 それほどの暗さだから、何が潜んでいるかもわからない。



 そんな危険な所に、まだ街に出たばかりのジェードを放してはいけない。

 迷子になるだけだ。



 そう考えて、カクタスは彼を止めたのだが……その判断は、また別の意味で間違っていなかった。



「んなとこ通ろうとすんなよ。暗ぇし、危ねぇだろ?」

「え……そんな、暗いですか?」

「はぁ? お前ちゃんと見て――あぁ、そうか。お前……」

「??」



 カクタスは、途中で何かに気付いたように言葉を止めた。

 意味深に呟くカクタスを見て、ジェードは訳も分からず首を傾げる。



 そんな、暗いかな……?

 確かに足元は暗いけれど、突き当り・・・・のお店だってちゃんと見えるから、大丈夫だとは思うのに……。



 そう思いながら、彼はもう一度路地を見た。



 月が雲に隠れて、辺りは一気に暗くなる。街灯の光が穏やかに照らしているが、先ほどよりは薄暗い。

 彼は、裏路地にある『何か』をじっと見ていた。

 ――――彼の翡翠色の目が、淡いを帯びる。



「何、見てんだよ」



 ぼーっとしている彼を見て、怪訝そうにカクタスは言う。

 そのままカクタスは裏路地を覗き込むが、カクタスには暗すぎて何も見えない。

 ジェードが何かを言おうとした瞬間、ふしゃー! と猫の威嚇が闇の中から聞こえた。



 ジェードは、その声にびくぅと体を震わせる。



 闇の中には、先ほどは見えなかった猫の二つの目が爛々と光っていた。先ほど、リンドウが追おうとした黒猫の物だ。

 ……きっとどこかへと行ってしまったのだろう。その黒猫の目は、すぐに闇に消えてしまう。



「猫、怒っちゃいましたね……」

「……あぁ。そうらしいな」

「僕達が見てたから、驚いたんでしょうか……。

気持ちよさそうに寝てたのに、悪い事しちゃったかな……」



 カクタスへの言葉半分、独り言半分といった感じで彼は呟く。

 しゅん、と若干寂しそうにするジェードを見て、一方のカクタスはどう伝えるべきかと頭を掻いた。

 


 どうやら、ジェードには闇の中に居るあの真っ黒な猫が見えていたらしい。

 しかも、猫の目が光ってでもいたならともかく……眠っていたというのなら、目も閉じていたのだろう。

 正直言って、普通だったら信じる事はできない。



 …………彼が、人間(・・)ならば。



「レブナントって、暗視能力もあったっけか……」

「へ? カクタスさん今何か……」

「何でもねぇよ」



 つーか、もう行くぞ。遅刻する。


 ジェードに聞こえなかったのを良い事に、それだけ言ってカクタスはずかずかと先に行ってしまう。

 首を傾げているジェードを見ていたアゼリアは、にごしたな、と思いつつ小さく息を吐いた。

 リンドウは状況を分かっているのか分かっていないのか。何も言わずに、たったとカクタスの後ろを付いて行く。



「あ、行きましょうか! アゼリアさん」

「……そうだな」



 先に行ってしまったカクタスの方を見て、結構距離が出来てしまったのに気付いたのだろう。

 彼は、少し慌てたように二人の元へ向かう。

 アゼリアも、そんな彼に歩調を合わせるように歩き出した。



 

 ――雲が流れ、また月が顔を出す。

 月光に照らされて、彼らの影が道に伸びた。










「……それで、理解したか?」


 そう言って、目の前の男性が書類から顔を上げた。

 背後の窓には、爛々と輝く月が浮かんでいる。



 ――警備隊の本部の執務室にて、男性とジェード達は対峙していた。

 かちんかちんに固まっているジェードに、男性はちらりと目をやって、手元の資料を揃える。


 その男性――警備隊執務官であるスターチスは、かっちりとした服を身に着けて、まるで試すかのように彼らを見据えていた。

 流石警備隊と言ったところなのだろう。

 隙の無いその話し方に、スターチス自身の鋭いグレーの目も相まって……一般の人なら、多少なりとも怖じ気づいてしまうであろう雰囲気だ。



 ――そんな中で、ジェードは固まりながらも、こっそり、ぱちぱちと瞬きをしていた。



 勿論、眠い訳ではない。緊張も……しているが、それが理由という訳でもない。

 簡単に言ってしまうと……室内を照らしている光石、それが闇に目が慣れてしまった彼にとって、かなり眩しかったのだ。

 最初のうちだけならともかく、スターチスの説明が終わりかけている今になっても、眩しさはむしろ増すばかりだ。



 ――どうしよう。

 光石の光を少し落として下さい、なんて…………言えないよなぁ。

 でも、治る気配もないし、むしろ悪化してきてるし……というか光石って光落とせたっけ……?



 そう考えが脱線しかけている間にも、事態が改善する様子はない。

 焦って必死に瞬きをする彼の横で、カクタスはスターチスに怖じ気づく事もなく、いつもの口調で答えていた。



「よーするに、このルートの通りパトロールしてこいって事だろ?」

「まぁ、そう言い換える事も可能だが……相変わらずだな、お前は」

「……それ、どういう意味だよ?」

「いや、気にするな。

……それにしても、今回はジニアはいないのか? 珍しい」

「あぁ、他のギルドに出張中で」

「おい話逸らすなよ!? アゼリアもそのまんまスルーすんなよ!!」



 カクタスが声を荒げるが、スターチスは書類にサインをしているだけで、全く反応しない。

 さらさらと、羽ペンが紙の上を滑る。

 


 ジニア? と首を傾げた彼にも気付かず、カクタスは何かを言いたげにしていたが……その内、諦めたようにがしがしと頭を掻いた。

 カクタスの視線が、後ろに居たジェードとリンドウに向かう。



「ったく……ジェードは今の話分かってるよな? 後リンドウも」

「あ……はい! パトロール……ですよね? で、四つある警備隊の屯所に行ってスタンプを押してもらって、パトロールルート通りに帰ってくる、っていう……」

「……今回の新人は有望だな。心配は杞憂だったか、どこかの誰かさんと違って」

「おいその言い方なんだよ……って、これみよがしにこっち見んな!!」



 沸点が急激に下がりつつあるカクタスを横目に、スターチスは左手でデスクの引き出しの中を探る。

 カクタスが文句を言おうと口を開いた瞬間、丁度スターチスの手が何かを取り出した。

 カクタスに何も言わせずに、スターチスはそれ――紅い鉱石が付いている腕輪をデスクに置く。



 腕輪が、鈍く銀色に光った。



「これを見せてくれれば、他の警備員にも話が通じるはずだ。連絡装置でもあるから、あまり乱雑には扱うなよ。

そうだな。…………そこの新人、付けておけ」

「はっ、はいっ!」

「あ、おいちょっと待――」

「ジェード、それは――」


 いきなり話をふられて、彼は慌てたのだろう。カクタスとアゼリアの制止を聞かずに、彼は腕輪を右手首に付けてしまった。

 その瞬間、腕輪に付いている紅い鉱石が、くるり、と鈍く光る。



「あー……ったく。何でお前はそう自分から危険に突っ込んでくんだよ……」

「え、え……?」



 カクタスの呆れたような言葉に、彼は混乱した。

 何かまずかっただろうか、と視線を彷徨わせた彼に、アゼリアはどう説明すべきかと頭に手を当てる。



 え、えっと……危険?

 この腕輪の一体何が危険なんだろう……。 

 連絡装置とは言っていたけれど……もしかして、連絡する時に魔力が必要……とか!?

 もしそうだったら、どうしよう……!



 マイナスな方を想像したジェードの顔から、結論も出ていないのに段々と血の気が引いてくる。

 その横に居るリンドウは、不思議そうにジェードの腕輪を見ていた。

 ……どうやら、カクタスの台詞に付いていけないのはリンドウも同じようだ。



「…………カクタス」

「俺に言うなよ、アゼリア。

何か言うんならこいつに言え」



 そう言いながら、カクタスがちらりとスターチスに視線をやる。

 その視線に気づいたスターチスは手元の書類を探しながら、さもなんでもない事のように告げた。



「……あぁ、念の為言っておくが、その腕輪は観測兼連絡装置でもある。怠業等の不審な行動をとると爆発するから、せいぜい注意しておけ」



 一瞬、不自然な程の静寂が部屋に広がった。



「え、え……ええっ!?」

「…………!?」



 彼がそう叫んでしまったのも、無理はないだろう。

 まさか、自分が付けた腕輪が爆発するなんて……普通なら思わないはずだ。

 リンドウは彼の叫び声と腕輪、どちらに驚いたのだろうか、らしくもなく目を丸くする。

 アゼリアは、小さくため息を吐いた。



「……本来は、不審者を捕縛する為の腕輪なんだが……。マスター曰く、どうやら、この前こういった依頼を上手く……えっと、なんだ……逃げようとする奴が居たらしい。」

「そのマスターが居るってのに、俺らがサボれると思うのかって話だけどな。つか、何でマスター重要な事ばっか伝え忘れてんだよ……」



 どう言えばいいか、言葉を選びながら説明するアゼリアに、カクタスが乱雑にそう言ってスターチスの方を見る。

 スターチスの方はどうやら書類が中々見つからないらしい。

 カクタスの不満そうな視線に気づいているのだろうか、スターチスは机の上に重ねてある書類を片っ端から捲りながら、ぽつり、と呟いた。



「……正直、俺もそうは思ってはいないのだがな。上からの指示だ。我慢してくれ」

「その割には完全・・初心者のジェードに渡してたよなお前」

「ギルドの隊員試験なんだろう。こういう状況にも慣れておけばいい」

「……お前の事、昔から本当に分からねぇ」

「…………それは、俺も同じだ」



 諦めたように、カクタスは重いため息を吐く。

 スターチスはそれを気にする事なく、目的の物らしい書類を確認した。



「『カクタス・クォーツ』、『アゼリア・シルヴェスター』、『ジェード』『リンドウ・ハロルド』……間違いはないな」

「あぁ、間違いねぇよ」

「『スターチス・ボールドウィン。これにて、上記四名の依頼受諾を許可する』

……夜は視界も狭くなる。気を付けろ」

「はいはい、分かってるっつの……」


 沸点は元に戻ったのだろうか。スターチスの型式ばった許可に、脱力したような声でカクタスは答える。



 一方のジェードはスターチスの言った名前の一つに首を傾げたが、聞こうとしたその名の主は、どうやら聞けるような状態じゃないようだ。



 ……隣の小さい少年から、無言かつ微かな圧力(彼に向けての物じゃない)を感じて、彼は若干身震いをする。

 よく見れば、少年の表情も若干不機嫌そうに……見えるような、気も……する。



「つーか、俺らに至っては確認する必要もねぇだろ」

「一応、規定だからな。

では、これで依頼の説明は終了だ。

これがスタンプシートだが、くれぐれも無くさないように」

「誰が無くすか」



 来たときよりも明らかに不機嫌になって、カクタスはその紙を奪い取る。

 どうしていいか分からず混乱しているジェードを見て、もう退室してもいいぞ、とスターチスは言った。


 そろそろ任務開始時間だ、と。



「ちゃちゃっと行ってくる」

「し、失礼しました……!」



 それぞれが思うなりの挨拶をして、執務室を出ようとする。

 先陣を切ったカクタスがドアノブに手を掛けた所で――ふいに、スターチスが何かに気付いたようにカクタスを呼び止めた。



「カクタス」

「今度は何だよ?」

「…………昨今、この街で不審な人物の情報が入っている。

例の盗賊の可能性もあるから、充分に気を付けるように。

……相手は容赦してこないぞ」

「…………ったく、了解」



 苦くそう告げて片手を挙げると、カクタスは部屋を出ていく。

 ぱたんとドアが閉まって、執務室の中は静寂で満ちた。



 ぱら、ぱらぱらと紙の捲る音だけが響く中、ふと、スターチスは天窓の夜空を仰ぎ見る。



「Fortuna melioribus volo.

……至高の幸のあらんことを」



 スターチスのどこか祈るような言葉は、誰にも届かず、消える。





 ――月は、また雲に隠れようとしていた。





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