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ギルドinバーミィーシティ ~翡翠~  作者: 星見つむぎ
第1章 『青年』 in バーミィーシティ
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第5話 決意



「――おい、大丈夫か?」



 カクタスに声を掛けられて、彼はテーブルの上に突っ伏した顔を上げた。

 しょげきっている彼の表情を見て、少しは申し訳なく思ったのだろう。カクタスは言葉を探し、しばらく口をつむぐ。



「……いや、そんな落ち込む事ないだろ。別に魔法が使えなくたって、魔法全く使わないジョブの奴だって、普通に居る事だし……」

「励ましは……いいです」



 そっちじゃないので……と付け足されて、カクタスは重い溜息を吐いた。



 ――彼が左腕に包帯を巻いてもらってから、結構な時間が経っている。あの水の回復魔法のおかげで、腕の痛みはほとんど治まっていた。

 自分がレブナントである事を(半ば強制的に)認めざるを得なくなった彼は、連れてかれたロビーでかなり落ち込んでいた。

 魔法が使えない、というのも相まって、彼の落ち込みようはすごい。


 カクタス曰く、レブナントは一度死んで身体から離れた魂を、生命力の代わりに魔力によって繋いでいるらしい。

 よって魔法や魔術など、多く魔力を使う行為は『死』に繋がる、というのだ。



「逆に言えば、体がどんなに傷付こうとも、魔力があるんなら生きてる、って言えるんだけどな……」



 ぼそっと呟かれた一言を、彼は聞けていたのかどうか。

 無反応の彼を見て、カクタスは苛立ちを抑えきれずにがしがしと乱暴に髪を掻く。



「……どうだ?」



 そんな内に、アゼリアが店からティーポットを持ってやってきた。カクタスは首を横に振ると、小さく溜息を吐く。

 ……彼に聞こえないように小さな声で、二人は会話を始めた。



「……あんなに落ち込むなら、最初から言っときゃよかったか……」

「私は少し冷静になってから打ち明けた方がいいかと思ったんだが……カクタス。一体どういう流れで話したんだ?」

「――まさか知らないとは思わなかったんだよ」

「共に配慮が足りなかった……か。さて、どう励ますべきだろう」



 カクタスは頭冷やしてくる、とだけ言って、庭に出ていってしまった。

 アゼリアは自分のカップにお茶を注いでから、黙って彼のカップにゆっくりとお茶を注ぐ。



「……飲んだらいい。少しは落ち着くだろう」

「……」



 彼は黙って小さく頷く。そのまま、暖かい紅茶を口に運んだ。

 温かいダージリンの香りに、ほぅと小さく息を吐いて、彼はアゼリアを見上げる。



「……すみません」

「いや、気にする事はない」



 アゼリアも彼の向かいに座って、自分のカップに紅茶を注いでいた。アゼリアが紅茶を口を運ぶのを見て、彼は小さく呟く。



「……僕、本当にここにいてもいいんでしょうか」



 ……意外だったのか、それとも急だったからか。

 アゼリアは少し目を丸くして、カップを静かにテーブルに置く。

 彼の眼をしっかりと見て、彼女は口を開いた。



「……嫌なのか?」

「嫌じゃないです! むしろ嬉しいですし、ありがたいです……けど、僕なんかが――」



 そう言って、彼は口をつぐむ。


 ……ギルドメンバーの勧誘は、とてもうれしかった。

 けれど、きっと僕はここに居られない――いや、居てはいけないんだ。


 そう思って、彼は震える拳を小さく結ぶ。

 

 だってそうだろう。外にも出れないのに、依頼なんてこなせる訳が無いし、それに



「――――命の恩人に、これ以上迷惑をかける訳にはいかない」



 思わず漏らした一言で、ロビーには一瞬の静寂が広がった。

 視線を下して、彼は迷いながら言葉を続ける。



「だから、僕は――――」

「あぁもう! じれったいにも程がある!」



 不意に聞こえたカクタスの大声に、彼はびくり、と肩を震わした。

 

 いつの間に戻ってきていたのだろう。

 彼が振り返るより前に、カクタスは彼に詰め寄る。



「今の――『僕なんかが』って、何だよ! 自分もまともに知らねぇ奴がそんな事言うな!」

「……だって」

「だってじゃない!」



 カクタスの言葉を受けて、彼は戸惑う。だが、彼はその一方で、不思議な感覚が自分に宿っている事に気が付いていた。



 ――胸の奥がおかしい。何か――不愉快だ。

 体の中にある糸が、焦げてるみたいな―――そんな感じがする。



「カクタス。いい加減に――」

「大体何だよさっきから! ウジウジウジウジ……正直言って落ち込みすぎだ!」



 アゼリアの言葉を遮って、カクタスは更に畳み掛ける。

 一方の彼は、少し呆然としながらも、先ほどの事に関して考え続けていた。



 ――何でそんなに怒るんだろう、カクタスさん。

 確かに、少し落ち込み過ぎたかもしれない。けど、普通誰だって驚くし、落ちこみだってするだろう。

 『人間じゃない』なんて、急に言われたら。

 

 …………きっと、カクタスさんは分かってないんだ。

 思ってる事、全部言う訳には―――



「言いたい事があるんならはっきり言えよ! 亀か何かかお前は!」



 ――丁度、彼の思考とカクタスの台詞が被る。

 そして、彼の中の糸はぷつんと焼き切れた。



「……だったら、言わせてもらいます!」



 思わず彼は立ち上がっていた。言いようのない感情の濁流が、彼の意識のストッパーをその熱で焼いていく。その濁流に流されるまま、彼は感情を思いっきりカクタスにぶつけた。



「そもそも、亀は歩くスピードが遅くても泳ぐのは速いんです! まず亀に謝ってください!」

「……へ?」



 カクタスが拍子抜けたような声を出したのにも気付かず、彼はそのまま、猛烈な早口で叫ぶ。



「それに――何が分かるんですか、貴方に!

 何もかも分からないまま放り出されて、混乱してる中自分が一度死んでるとか、魔族だとか言われて! 

『自分の事をまともに知らない』とか言われても…………僕が一番知りたいですよ! 

 生前の僕がどんな奴か分からないですし……もし、昔の僕がとんでもない悪人だったらどうするんですか!? そもそも、どうして、僕なんかを助けてくれるような事を?

 そんな事、言われたら……頼りたくもなっちゃうじゃないですか。

 

 ――頼る訳にもいかないのに!」



 自分の今の心情を全部吐き出してから、彼は息切れしそうになっていた呼吸を整えた。

 何故か眼頭が熱くなって、彼の視界が一瞬鈍る。


 

 ――あぁ、言ってしまった、全部。そうだ、これが僕の言いたい事なんだ。

 例え、カクタスさんが更に怒っ―――


 

「……何だよ。言えるじゃねぇか」

「え?」



 ――――ってなかった。



 カクタスの声のトーンが急に変わった。

 カクタスは怒っているどころか――――むしろ、不敵に笑っている。


 まるで、悪戯が成功した子供のように。



「……とりあえず、お前が極悪人って事は無いな」

「な、何を――」

「つーか、まず最初に言うのが文句じゃなくて亀のスピードに対する抗議ってとこが違う! 根本的にな!」

「な……」



 冷静なツッコミに言葉を失った彼に、カクタスはまた溜息を吐いた。何も言えない彼に、カクタスはそのまま続ける。



「人っつうのは、そう簡単に変われねぇんだよ。そういうのは覚えてるかどうかっていうより、感覚的なもんだ。

……少なくとも、俺はそう思ってる。

そもそも、お前はぐだぐだ考えすぎなんだよ」



 カクタスは呆れたような、諭すような声で彼に語りかける。

 彼も先ほどのツッコミで少し冷静になったおかげで、その言葉をちゃんと受け止める事ができた。


 そして、状況の把握も。



 ……じゃあ、カクタスさん何であんなこと言って――。



 クルクルと頭の中で思考の歯車が回る。やがてその歯車は一つの答えにたどり着いて、すぐに彼は慌てて急ブレーキをかけた。



 ――――あれ、もしかして?



「……横槍を入れるようですまないが、私にも少し言わせてくれ」



 今まで黙っていたアゼリアがそう言って立ち上がった。

 アゼリアは驚愕している彼をちらりと見て、そのままカクタスの方へと歩いていくと、カクタスの額を思いっきり人差し指で弾く。



「っ!? いきなり何だよアゼリア!」

「……いきなりなのはカクタス、お前だ。

相手を説得する時ぐらい、口調が荒くなるのをどうにかしてくれ。はたから聞いていてひやひやしたぞ」



 そう言って、アゼリアは重い溜息を吐いた。

 カクタスは自分の眉間をさすりながら、不服そうに言い返す。



「……別にいいだろ、俺なりのやり方だ」

「そうやって、状況が悪化して大怪我したのを忘れたか?」

「はいはい。俺も言い過ぎたって」

「……それにしてもやり過ぎだ」



 アゼリアはそう言って苦い顔をする。

 一方の彼はぽかんと口を間抜けに開けて、半ば停止している思考をむりやり動かして考えていた。



 ……説得って……え? あれ? 

 それじゃあ、僕が言い返した時も―――



 とある事に気が付いて、彼の思考は一瞬フリーズしかけた。

 彼の背中を冷や汗が伝う、



 え、じゃあちょっと待って。僕今さっき物凄くトンチンカンな事言った気がする……あ、でもあれはカクタスさんがあんな事言ったから……けど、あれは説得で……って、あれ? 僕、何て言ったんだっけ!? 

 …………ど、どうしよう!!



 短絡しかけた意識を、彼は何とか取り戻した。

 彼は混乱した頭で、どうしようかと必死に考える。



 というか、もうちょっと冷静になれよ僕! カクタスさんが何の理由も無くあんな事を言う訳がないだろ!? 

 あぁもう少し考えればよかった! そもそもアゼリアさんと最初に会った時だってそうだ――いや、今はそっちじゃない。とりあえず――。



「おい、大丈夫か?」

「と、取り乱してしまってすみませんでした!!」

「はぁ!?」


 

 固まっていた彼を心配したカクタスに、彼は思いっきり頭を下げる。

 カクタスは急な事態に驚きを隠せないようで、ひそかに苦笑していたアゼリアと視線を交わした。



「…………まぁ、お前がテンパってるのはしょうがないけどよ……。

 迷惑だとか何だとかごたごた考える前に、頼ってくれって」


 

 そう言って、カクタスは苦く――笑う。

 その笑みがどこか淡く、消えそうに見えて、彼は思わずはっとした。

 ……どうして? と彼の頭にちらりと疑問が覗く。



「……で、どうするんだ?」

「……え?」



 カクタスにそう聞かれて、彼は何の事だか分からずに首を傾げた。横に居たアゼリアが溜息を吐いてから、カクタスの言葉を遮り、彼の言葉を継ぐ。



「……カクタス、やっぱり急だ。

 ギルドメンバーの話なんだが……どうだ?」



 アゼリアの言葉に、彼はしばらく逡巡する。


 誘ってもらえるのは、確かに嬉しい。

 けれど、僕に務まるだろうか。足を引っ張るだけだとしたら――



『迷惑だとか考える前に、頼ってくれって』


 ――彼の頭の中に、先ほどのカクタスの言葉が浮かぶ。



「……します」

「? 今なんて――」



 彼の声は小さく、届かなかったようだ。二人が彼を見守る中、彼は小さく一呼吸する。

 ――今度は、ちゃんと聞こえるように。



「僕なんかでよければ、よろしくお願いします」



 目の前のカクタスは、一瞬目を輝かせた。その勢いのまま何かを口にしようとして――何かに気付いたように口をつぐむ。



「…………だから、『僕なんか』って……」

「あ! いや今のは――」

「大丈夫だ。……分かっている」


 

 アゼリアがそう言って、嬉しそうに微笑んだ。

 カクタスは彼に左手を差し伸べる。



「……こちらこそ、よろしくな」

「――!」



 彼はカクタスの手をとった。

 そのままぶんぶんと勢いよく手を振る彼に、カクタスとアゼリアは穏やかに笑う。


 彼が続けて何かを言おうとした、その瞬間。



 ぎぃ、と扉が開いた。



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