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悪役令嬢に命を賭す

冬が一歩、また一歩と近付きつつあることを予感させる涼しい空気が漂う早朝。

日が登り切らず、まだ薄暗い中、私は馬にまたがり、王都へと続く道のりを全速力で駆けていた。

その後に続くのはアックス様。

昼間なら多くの商人が歩くこの道も、この時間帯だと流石に人気がなかった。

ただ、二頭の馬の蹄の音だけが静寂の中、リズミカルに響く。

彼は慌てる私を諌めるように大声で呼びかけてきた。


「リオ、そろそろ少し休もう。このままじゃ馬がバテてしまう。急いだって、王都の門が開くまで時間があるし、馬に乗ったまま王都に入るのは難しいだろう。一度、スピードを落としてくれ」


それもそうか。

私はそこでようやく焦ってばかりいた思考がクリアになっていく気がした。

急がば回れ、という言葉があるように、急いでばかりにもいかないのだ。

私は荒い息を吐く馬の歩調を緩めると、一度馬から降りた。

すると、それにすぐアックス様も追いついて、同じように馬を降りる。

彼は疲れ果てたように、ため息をつきながら、私の横へと並んだ。


「もう、いったい何なんだよ。真夜中に突然叩き起こされたかと思ったら、王都へ走り出すなんて。よっぽど慌ててたから、聞くタイミングを逃していたけど、何なんだい? エレナリア様を侯爵家に置いたままでいいのか?」

「お嬢様はあの家から今、出るわけにはいきません。だから、良いのです。それより、王都へ向かう理由、言っていませんでしたか?」

「言われてないよ! 全く、君ってやつは」


ここ数日、レポート期日直前より寝られていないんだぞ、とアックス様は呆れ顔だった。

確かに、アックス様の目の下にはハッキリとした隈が窺える。

どうやら、私はお嬢様が関わると、こんなにも周りが見えなくなるらしい。

流石に理由を教えずに連れ出してしまったのは、私としても申し訳なかった。

平常心を失っていた自分を恥じつつ、今更ながら状況を説明した。


「実は今、私は王城を目指しています」

「何だって? それまたどうしてさ」

「ルクス王子をお嬢様の元へ連れていく為、です。急遽、どうしてもあのお方の助けが必要になりました」

「エレナリア様の婚約阻止に殿下が、か。確かに今の段階で、権力的に止められるのは殿下くらいだけだけど、殿下は振られたって教えなかったっけ?」


殿下はお嬢様に振られて傷心中、そう教えてくれた張本人たるアックス様は、私の説明に訝しげな表情をした。

それに王子などと、私たちは平然と言ってはいるが、一応この国の重要人物だ。

革命が起こり、世の中が不安定な今。

彼に面会するのはアックス様でさえ、申請の手順をふまなくてはならないため、会うまでに一週間以上はかかると考えていい。

それでは間に合わないし、そもそもその後、王子を城の外に連れ出すのも中々に難しかった。

その上、連れていく先が不正側の第一人者たるルルーシュ家なのだから、許可を取るのはもはや不可能に近い。

しかし、それでも私はそうしなくてはならない理由があった。


「このままではお嬢様は説得できません。私では、お嬢様を幸せにすることは出来ないのです。だから、お嬢様を私と同等に大切に想う殿下に説得していただきます。それはどの様な手を使おうとも」

「また危ない真似をするんだねぇ、君は」

「当然です。私はお嬢様の為なら何でもします。現状では実力行使も考えましたが、それは敵を増やすことになるし、お嬢様の身も危険になる。これが最善なんです」


王都に無許可で忍び込むのは簡単だ。

けれど、王城まではいくら隠密行動が得意な私と言えども、決して簡単なことではなかった。

魔術なり、剣術なり、ある程度の実力を持つ者は稀に、影の力にさえ気がつくことがあるのだ。

特に王国騎士団長は影の力が未熟だったとはいえ、ロエルにいた頃の全盛期の私の気配にも気づくことが出来た。

だから、以前殿下に騎士団長にも勝てそうだと言われた時には、曖昧に答える羽目になったのだ。

昔に、騎士団長とは戦ったことがあったから。


それが今ではどうだ。

最早経験値の少ないアックス様にも負けそうになる程、私は弱体化しているのだから、気づかれないはずがないだろう。

当時は出張でいなかった王家筆頭魔導師も今は王城に滞在しているだろうし、もし彼女の魔術に引っかかれば、御用になること必至。

王城侵入は現時点でかなり困難を極めていた。

そんな調子だから、王家やそれに仕える代表者と繋がりの深いアックス様を連れてきたのだが、それでも正直分が悪すぎる。

私の正体は元ロエルの暗殺者なのだ。

そんな身の上で信用されないのは当たり前だと思う。


「正気かい、君。また寿命を縮めるよ」

「承知の上です。私はただ、お嬢様に知って貰いたいだけなのです。自己犠牲の上に成り立つ幸せは決して幸せではないのだと。貴女が自分の身を傷つけるほど、周りの人間も傷ついている。それほど貴女を大切に思っている人間がいることを」

「それは、確かに君には言えないね。俺は君にそっくりそのまま言い返したいよ」


アックス様は皮肉っぽく、そう言った。

私はただ苦笑するのみで、何も言えない。

本当、アックス様もお人好しだ。

彼だって、次世代の国を担う者として暇ではないはずなのに、こんな私の我儘に嫌がりもせずに付き合ってくれるなんて。

どうやら私の周りにはバカがつくほど優しい人が多いようだった。


「力を、貸していただけますか」

「聞くまでもない。ここまできたからには付き合うよ。君の役に立てるかどうかはわからないけどね。俺も君たちや殿下も含めて幸せになって貰いたいし」


私たちは再び馬にまたがった。

空が明るくなり始め、遠くでは夜明けを告げる教会の鐘の音が鳴り響いている。

それは王都の門が開く合図だった。

王都までの最後の丘を登りつめると、少し遠くに開きつつある門が見える。

休憩を挟んだことで体力が回復した馬たちの足取りは軽快で、下るだけの残り道はすぐに駆け抜けることが出来た。

軽い手続きを済ましてくぐり抜けると、馬を預けて、宿を取る。

そこで、王城に侵入するための作戦を再度練った。


大体の間取りはどちらも訪れたことがあるので把握済み。

やはり、筆頭魔導師と騎士団長は大きな課題となったが、出来るだけ成功率の高いものをなんとか練ろうと奮闘する。

結果的に決まった作戦では、侵入は夜。

本来は非常時の王族の脱出経路に使われる地下通路を使って、中に入ることにした。

そこなら城の全員が知るわけではないし、王族の私室に近い。

つまり、大勢に囲まれる可能性が低く、最短経路でもあった。

それでも成功確率は五分五分。

当初、殆ど可能性としては皆無だったことを鑑みれば、大きな進歩とは言えるが、決して安心できる数字ではない。

あとは出来ることをやって、神のみぞ知る、というわけだ。


そうと決まれば、夜になるのはあっと言う間だった。

私達は王城で働く者の制服をこっそり手に入れ、それを着用。

因みに私は給仕服なので、そういつもと変わりはない。

その格好で、王都の郊外にある古びた井戸の裏に存在する地下通路の入り口の前に立っていた。

これから、影の力は感知される前提で、使わない予定だ。

下手に使っていて怪しまれるよりは、素知らぬふりで紛れていた方が余程バレにくいと思う。

アックス様にはもし彼らに見つかったとして、信用してもらえるよう、貴族らしい格好をしてもらうことも考えたが、目立ってしまうし、見つかった時点で、既に作戦成功はかなり難しくなる。

博打的な要素は強いものの、現時点ではこれが私たちの考える最善だった。


「アックス様、もし見つかった時はあなたに影の力をかけます。通用するかはわかりませんが、あの時より影の力の扱いだけは上です。アックス様は魔力との親和性が高いので、恐らく暫くは気配を掴めなくなるはずです。その間に、あなたは逃げてください」


私はアックス様にそれだけは、はっきり伝えておかなくてはならなかった。

薄暗い地下通路に、僅かに魔力を含んだ私の声が反響する。

これからは喋るのもなるべく控えなくてはならないな、と思考の片隅で考えつつ、アックス様の目を見た。

私は彼を巻き込んでしまった以上、彼に最低限これには頷いてもらう必要がある。

もちろんアックス様が曲者なのはわかりきったことだ。

彼は私の真剣な眼差しを今もまた、飄々とした態度でかわそうとしていた。


「なんだよ、水くさいなぁ。それってむしろ逆だろ? 一応、今の君は女の子なんだから、見捨てるとあっちゃあ、俺の矜持に反するよ」

「……アックス様。それ、本気で言ってます?」


私は信じられなかった。

私の正体を知っていながら、そんなことを理由にするなど、本当に馬鹿げていた。

思わず、私は彼を強く睨みつけてしまう。

だが、彼は相変わらずそれをものともしない。

ただ、愉快そうにヘラヘラと笑うだけだった。


「ああ、勘違いしないで。別に俺は君をからかってるわけじゃない。少なくとも、君のお嬢様にとってはそう、と言いたかっただけ。わかるかい、俺が言いたいこと」

「あなたを置いて、逃げるべき、と」

「うん、まぁね。だって、俺が見つかったところで、精々が謹慎処分。最悪でも次期王家筆頭魔導師の座が確かなものじゃなくなるだけだ。けど、君は違う。君の身を保証してくれるものは何もないんだ。君はきっと首を切られる。そんなの、エレナリア様が許さないだろう」


意味、わかるね、とアックス様は首をかしげた。

私は小さく頷いて、唇を噛みしめる。

アックス様の言うことはまさに正論だった。

いつか来るべき別れのタイミングを私はきっと急いでいるのだ。

最期までお嬢様のことを見ていたいと言いながら、彼女に嘘つきと言われるのが怖くて、逃げようとしている。

要するに、自分の生に対し、何処か投げやりになっているのだ。

どうせ、このままじゃいられないのだからと。

アックス様はそれを見透かしていたからこそ、優しい声で諭してくれた。

まだ、違う。きっと後悔する、と。

彼だけが私の真実の全てを知っているから。

私が断固としてお嬢様に知られたくないものを、全部。


そういえば、侍女になってから、汚い口調をぶつけたのも彼が初めてだったかもしれない。

私はいつの間にか彼を信用していた。

いや、多分させられていた。

初めはきっと、打算があっただろう。

殿下に近づくチャンスがある者として、或いは不正三昧の侯爵家に仕える者として、はたまた個人的興味かもしれない。

とはいえ間違いなく、一度彼は私の弱みを掴もうとした。

私をしかるべき時、殺せるように。

でも、巡り巡って今、彼は私を生かそうとしている。

この穢れた手をお嬢様のように包み込むのではなく、共有しようとしてくれている。

恐らく、ロエルのことを知っているくらいだから、彼の手も綺麗なものじゃない。

彼に任されようとしている地位だって、そういうものだ。

王家筆頭魔導師は戦争で人を殺すために存在している。

つまり、口ではどうと言えても、私との違いは所詮、公式であるか、そうでないかだけなのだ。

彼は先天的に手に入れてしまった膨大な力のせいで、そうならざるを得なかった。


「俺は君の自己を嫌悪する気持ち、わからなくもないよ。俺も綺麗ではいられなかったし、女性に媚びへつらう面を被った嘘の塊だ。けど、何度人生をやり直せたって、そんな自分でも信用してくれた人がいるとわかってしまったからには、俺も君も同じ道を選んで、こうして城に入ろうとするだろう。その人を守る為にね。だから」

「もっと、自信を持っていいと」

「俺たちに殺された人達はそんなこと、きっと許してはくれないだろうけど。でも、しなくてはいけないことは変わらないんだ。寧ろ、ここまで来たからにはそれを成し遂げるまでは己の死を許しちゃいけない。例え最期に地獄に落ちようと、今はまだこの世にしがみついていなくちゃいけないんだ。だから、君はここで死んじゃダメ。エレナリア様が死ぬまでは。君は彼女の永久の騎士だから」

「随分と無茶を言ってくれますね」


私はルイにはなれない。そう、知っている癖に。

私は内心、愚痴をこぼした。

けれど、初めて面と向かって本音を言ってくれた彼に野暮なことは言えなかった。

ただ、苦笑を返す。

それが私に出来る精一杯だった。


「あなたは本当に人を口説くのがお上手です」

「俺に惚れたかい?」

「まさか。私にそんな趣味はありません」

「酷いなぁ。まぁ、俺も君なんてゴメンだけど。殺されそうだし」


アックス様はそう言って肩を竦めた。

どうやら、私たちはお互いに良き友人のようだった。

遠慮なく軽口を叩きあえるような、気の置けない仲。

それが心地よかった。

でも、そろそろ作戦を実行に移す時間だ。

私は気を引き締めるよう、アックス様に声をかけた。


「いいですか、これから私を女扱いしないでください。綺麗な言葉はここから先、使いたくはありませんから」

「銀狼の本領発揮ってところかな」

「ええ。もし見つかれば、どこまでやれるかはわかりませんが」


私は地下通路に続く階段に足をかけた。

途端、意識が切り替わり、五感が鮮明になる。

「僕」はすっと身を低くすると、薄暗い通路の中に足を踏み入れた。

背後からは一定の距離をおいて、アックス様もついてくる。

私はその気配を把握しつつ、他の気配がないか、最大限の注意を払って、奥へと進んだ。


地下通路は雨水が流れ込みやすいせいか、随分とジメジメとしていた。

灯は一つもなく、物音も全くしない。

道幅は人一人がようやく通れるほどで、敵に遭遇すれば逃げ場はなさそうだ。

ここを知られていないという前提なのだろう。

王城は豪華絢爛に作られているのに、あまりにも対照的だった。

ここを使うのは本当に追い詰められた時だけなのだろう。

だから、僕はこれから先、この道が使われないことを願った。

もし使われたのならば、それはこの国の一大事であることに他ならないからだ。

少なくとも、お嬢様が生きている間はそんな事態にならないで欲しい。


途中、そんなことを考えながらも、僕たちは緊張感を絶やすことなく、歩き続けた。

もしも敵がいた時の為に、互いに言葉はない。

黙々と歩き続けること約三十分。

そろそろ王城の下あたりまで来ているはずだ。

その証拠に道幅が少し広くなってきた。

更にそのまま歩けば、行く先に光が見えてきた。

地上に繋がる梯子が細く射し込む光の中で浮かび上がっている。

出る先は玉座の後ろだそうだ。

こんな真夜中に陛下も玉座に座っているはずもないので、おそらく今は無人。

念のため、気配を探りつつも、慎重に梯子を登った。

そっと頭上のタイルを外して、目を出すと周囲を伺う。

今の所気配はなく、ポツポツとろうそくが灯る玉座の間はやはり誰もいないように見えた。

僕は思い切って地上に出ると、下で待機するアックス様にも合図を出した。

彼が梯子を登り始めるのを視界の端で確認すると、足音を殺して玉座の間を駆け抜ける。

廊下に繋がる僕の身長の五倍はあろうかという扉にピタリと体をつけると、向こう側の気配を探った。


そして。


「……ちっ」


僕は思わず舌打ちをした。

それと同時に、風の魔法で自分の身体を吹き飛ばし、扉から離れる。

直後、轟音が僕の耳朶を打ち付けた。

信じられないことに、あれほど大きかった扉が粉々に吹き飛ぶ。

あと少し扉から離れるのが遅ければ、僕ごと粉々になっていたところだった。

僕は視界が悪いうちに玉座の後ろに隠れると、まだ梯子の途中にいた彼を引き上げた。

彼も唐突ではあるが、状況を理解していて冷静だ。

しかし、苦い顔は隠しきれていなかった。


「あっれー、これで仕留めるはずだったんだけどなー。取り逃がしたっぽいよ、ヴェルフ」

「なーにが、あっれー、じゃ! 扉を粉々にしておいて、侵入者を取り逃がすなど、王家筆頭魔導師の名が泣くぞ。馬鹿ニーナ。わしまでお叱りを受ける羽目になるではないか」

「まーまー、今から捕まえればいいじゃん? そんなカッカッしないでさ。おいらの攻撃を避けれるくらいには強敵なんだし、楽しもうよ」

「お前さんなぁ」


敵前とは思えないほど呑気な会話を交わす彼ら。

一方で玉座の裏に隠れ続ける僕たちは冷や汗が止まらなかった。

次にどう動くか、思考を働かせることで精一杯だ。

確かに出会うかもしれないと予想していたが、ここまで早い段階で会うとまでは思わなかった。

恐らく、地下通路に誰かが侵入すればわかる魔法でもかかっていたのだろう。

空気中の魔力濃度が若干濃いことに今更ながら気がついた。

流石は王家筆頭魔導師だ、魔力を忍ばせるのが上手い。


「そこにいるんじゃろう。この大変な時期に紛れ込んできたネズミどもよ。はよう、観念するがよい。さすれば、せめてもの情けじゃ。一瞬で死なせてやるわい」


そして、王国騎士団長も流石だ。

こちらの居場所を一瞬で突き止めた。

殺気が一点に向いている。

かかってくる圧力も侍女長やアックス様と同等以上だ。

最盛期ならば二人相手取っても、いい戦いに持ち込めただろうが、今は圧倒的に分が悪かった。

弱った僕と彼らに比べればまだ経験値不足と言わざるを得ないアックス様じゃ、相手にならない。

このまま戦っても無駄だと判断し、まずは話し合いに持ち込むことにした。

話を聞いてくれるとも限らないが、試してみないことにはどうしようもない。

僕は低い声で呼びかけた。


「王家筆頭魔導師と、王国騎士団長。僕の話を聞く気はあるか」

「……その声は」

「なになにー? ヴェルフ、知り合い?」


どうやら、騎士団長は十年前に戦ったことを覚えているようだった。

自信たっぷりだった声音に初めて、戦慄が混じる。

筆頭魔導師もそれに気づいたのか、口調は変えずとも興味を持ってくれた。

これは予想外にいい流れだ。

騎士団長は恐る恐る、探る様にしてたずねてきた。


「貴様は銀狼、か」

「えっ、銀狼って……あのロエルの?」

「ああ、僕は銀狼だ。だが、もうロエルじゃねぇ。今回はロエルとは全く関係のない目的でここへ来た」

「なんじゃと」


騎士団長は驚きを隠せずに叫んでいた。

僕がロエルを抜けたのは十年も前だが、それはあまり有名ではないようだった。

まぁ、ロエルも自分の組織の弱みを晒すようなことは避けていたのかもしれない。

僕もその間に度々正体がバレることもあったし、それを自分たちが命じたようにしていたのだろう。

けど、今重要なのはそこではない。

僕は騎士団長が動揺した隙に付け入るように、言葉を挟んだ。


「僕はルクス王子に会いたい」

「殿下、じゃと。一体、何が目的か!」

「一応言っとくが、殺す気なんざ、さらさらねぇからな? 僕は奴にとって、知らなければ後悔するだろうことを教えにきた。ただ少し会わせてくれるだけでいい。そうすれば、すぐに去ろう」

「ねぇねぇ、それっておいらたちに伝えることって出来ないのかなー?」

「無理だな。お前らにはきっと正しい意味が理解できねぇ」


ルルーシュ侯爵家に来て、お嬢様を助けてくれないか。

その言葉は場合によっては、誤解を産む可能性が大いにある。

現在敵であるルルーシュ家に加担しているとでも思われ、僕はおそらく殺される。

また、もし伝えてくれたとしても、彼らの先入観とともにその情報は捻じ曲げられて、伝えられてしまうだろう。

それに、懸念すべき点は他にもある。

殿下がお嬢様に振られてしまったということについてだ。

これは場合によっては殿下がお嬢様に会いたがらない可能性がある。

なにせ、今のお嬢様の婚約を止めようとしていないのがいい例だ。

彼はお嬢様に何か言われていて、動かないのだと考えたほうがいい。

そんな懸念事項を残したまま、去るなんて危険は犯せなかったから、僕はどうしてもルクス王子に直接会う必要性があった。


「だが、この世じゃ。わかっているか、銀狼。革命直後の物騒な世の中、殿下を殺さんとする輩はたくさんいるのじゃ。我らはあのお方を失うことが出来ないのにもかかわらず。その中で一体、何がおぬしを危険でないと保証するのだ? 我々は信用できんよ。幾らお前と敵対したくないと言えども、な」

「ヴェルフにとっては弱気な言葉だねー」

「当然よ。わしはあやつに一度、完膚なきまでにやられておる。軽視はできん」

「無敗と言われてるヴェルフが? そりゃ確かに怖いや」


騎士団長の言葉は最もだった。

僕はかつて、殺しを専門としていた身。信用なんて一つもなくて、当たり前だ。

逆に言えば、今こうして対話が成立しているのもそのおかげだったりするのだが、交渉の上ではやはりどうしても不利にならざるを得ない。

果たしてどうしたものか。

年は百を越えるとも、まだ二十ほどしか数えぬとも言われる今代の筆頭魔導師・ニーナ。

通称「嵐の魔女」とも呼ばれる彼女が面白がって、時間稼ぎをしてくれているおかげで、現在、この場は保たれていた。

しかし、このままでは彼らの信用は得られない。

ここで、彼らの納得できる答えを出せなければ、そう遠くないうちに話し合いは破綻してしまうだろう。

何か、ないのか。

僕が言葉に詰まった瞬間、それまでジッと息を潜めていたアックス様が動き出した。


「ヴェルフ殿、ニーナ先生」

「……地下通路を教えたのはおぬしであったか」

「あっれー、アックスちゃんじゃん。やっほー。どうしてそっち側にいるのー?」


僕は正直焦った。

彼がどうするのか、全く予想がつかなかったからだ。

このままでは彼も罪人になってしまう。

僕は咄嗟に彼の口を塞ごうとして、手を伸ばした。

だが、直前で思い留まる。

彼は僕の予想に反して、堂々としていたのだ。

そして、躊躇いもなく言い切った。


「俺は銀狼の協力者ですから。銀狼の話は俺が殿下に聞かせる価値ありと判断しました。それも、大至急銀狼の口から聞かせるべきだとね。この方法を提案したのも俺です。確かに強引な手法ではあったことは謝罪しましょう。しかし、それくらい大切なことだったのです。今すぐに銀狼に殿下を会わせてください」

「じゃが、しかし」

「お願いです。俺も親友が悲しむ姿は見たくない」


アックス様の声は悲痛だった。

きっとこれも本心の声。

騎士団長も抗議しようと開いていた口を噤んでしまっていた。

互いの間に苦しいほどの沈黙が流れる。

騎士団長は悩んでいるようだった。

僕を信用できないという気持ちと、アックス様の強い願いの狭間で。

何度も口を開いたり、閉じたりを繰り返していた。


「ねぇ、ヴェルフ。いいんじゃないかな。会わせちゃっても、さ」

「ニーナ、正気か」


遂に沈黙を破ったのは筆頭魔導師だった。

騎士団長は思わぬ人物の言葉に目を見開いていた。

それは僕たちも同様。

皆が驚きに包まれる中、筆頭魔導師は随分と軽い調子で言った。


「だってさー、いっつも胡散臭いアックスちゃんが、あんなに真面目に言ったんだよ。多分、ほんとだと思うんだけどなぁ」

「それは、そうじゃが」

「それに、今の銀狼。あんまし、強くなさそうだし」


本当にヴェルフ倒せちゃったの、この子? と彼女は訝しげだった。

どうやらこれまで口にしていなかったが、すっかり僕の弱体化はバレていたらしい。

やっぱり、筆頭魔導師は侮れなかった。

そして、彼女の言葉に騎士団長も納得したようで。

相変わらず厳しい顔をしながらも、最終的には渋々彼女に同意した。


「いいじゃろう。ただし、少しでも怪しい動きが少しでもあれば、即座に斬る。それでいいな」

「ああ、構わねぇさ」


僕は取り敢えず話がまとまったことに、ホッと安堵の息をついた。

変な動きととられてしまわないように、戦闘態勢も解き、侍女である「私」に回帰する。

何はともあれ、一番の課題であった彼らの許しを得たことは大きかった。

私は玉座の裏から姿を現わすと、深く頭を下げた。


「それでは、お願いしますね」


銀狼。

そう呼ばれていた暗殺者の今の姿に、今年七十を迎えるらしい騎士団長は唖然としていた。

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