銀狼は悪役令嬢に忠誠を
今回、残酷な描写が入ります。
苦手な方はご注意下さい。
また、今後修正が入る可能性がありますが、ご了承下さい。
「ここ、か」
僕はそう確かめるように小さく呟くと、目の前にある建物を見上げた。
ここは王都の外れにある、寂れた教会。
僕が異質な気配を追って、たどり着いたのがこの場所だった。
今日はお祭りで王都の中心部に人が集まっているせいもあり、教会がある通りには人気が全くと言っていいほどない。
まぁ、それを抜きにしても、壁には蔦が絡みつき、窓は白くくすみ、建物の周りでは秋風に長い枯れ草が揺れている。
最早、この教会が使われていないのは目に明らかだった。
建物がもともと頑丈に作られていた為か、幸いにしてまだ崩れる様子はないが、相当に荒れている。
まさに、隠れ家としては最適と言える場所だった。
ここなら、誰も訪れる気はしないだろう。
僕は教会の扉の前で、深く息をついた。
木でできた扉は一見、歪んで開かないように見えるが、魔法を使えば簡単な話だ。
僕は意を決すると、風の魔力を練り上げた。
そして、それを躊躇いなく思い切り扉へとぶつける。
「誰だっ!」
扉は粉々に吹き飛び、跡形もなくなった。
同時に、中から驚いたような声が飛んでくる。それと、無数の殺気も。
彼らは殺気を隠しているつもりなのだろうが、事前にそれを掴んでいた僕にはバレバレだった。
もしこれで、かつての僕と同じ地位にいるのだとしたら、笑ってしまう。
どうやら、相手には数人未熟者がいるようだった。
僕は思わず、そのことにクスリと笑みを零した。
そして、殺気の溢れる教会の中へと平然と足を踏み入れる。
この程度はまだ恐るに足らず。
全く怯まないどころか、堂々と敵地に乗り込む僕に、予め姿を現している者は好機とでも思ったのか、ニヤリと笑った。
「ノコノコ来やがって! かかったな!」
「甘いな」
僕は頭上から襲い来る者を武器を抜くまでもなく、最小限の動きで避けた。
そして、着地したそいつに、間髪入れずに蹴りを放つ。
もちろん、相手は殺しに来たのだし、手加減はなしだ。
そいつはゴキリ、という嫌な音とともに部屋の隅まで吹っ飛ばされた。
直後、それを見送る間もなく、別方向からも敵は襲いかかってきたが、そいつの勢いを利用することで、簡単に地面に叩きつける。
だが、懲りずにまたもう一人。
「止めなさいっ!」
となったところで、突如制止の声がかかった。
それで、今まさに襲いかからんとしていた敵も距離をとって、ピタリと動きを止める。
どうやら、三人目以降は今の所、痛い目を見ずに済んだようだ。
声をかけた者は、良い判断である。
僕も早速戦うというのも、気が乗らなかったところだ。
ここはあえて、それ以上の追撃をすることはしなかった。
「その人はお客人です。中途半端に手を出しても、無駄な相手。死にたくなければ、止めなさい」
「はっ!」
そう命令したのは奥から出てきた、奇妙なピエロのお面を被った男だった。
どうやら、彼がこの場では一番偉いらしく、他の者は素直に命令を聞く。
強者の言うことは絶対。
その規律は今もまだ健在のようだ。
現に、リーダー格らしい男からは底知れない強さを感じる。
彼に命じられると、隠れていた部下たちも男の元に現れた。
全部で十数名。全員が剣に蛇が纏わり付いた紋章が刻まれたマントを身につけている。
それがロエル家のものであることを示しているのは、私もかつてその身であったから、よくわかっていた。
裏切りの一族。かつてこの国に戦乱を起こそうとして、追放された一族だ。
僕はかつての同胞を油断なく睨みつけた。
その視線の先で、ピエロのお面を被った男は、パチパチと手を叩きながら、僕の前へと出てくる。
その仕草はどこか作り物めいていて、不気味だった。
「ふふっ、よく来てくださいましたね、銀狼。お会いできて、光栄ですよ。歓迎します」
「ふんっ、それにしては随分なご挨拶だな。入った瞬間、コレか」
「何、大したことはありません。貴方なら、簡単に撃退出来るであろうことは予想できていましたから。ほんの挨拶代わりですよ」
クスクス、と人を小馬鹿にしたように笑うピエロ。
僕はそれにほんの少し苛立ちを覚えたが、あくまでも冷静さを保つ。
こいつには油断ならない強さがあることは既に分かっている。
気を抜くわけにはいかない。
僕が警戒心を露わにしていると、ピエロは大仰な動きで手を広げた。
そして、深々と優雅なお辞儀をする。
彼はお面を外すことなく、名乗った。
「初めまして、銀狼。私は道化師、と呼ばれている者です。現在では貴方の後を継ぎ、ロエルスペードのまとめ役をしております。以後、お見知りおきを」
「道化師、か。如何にもな名だな」
「ふふっ、よく言われます」
成る程、道理で強いわけだ、とその自己紹介で納得する。
ロエルスペードはロエル家の中でも武力によるエキスパートだ。
そこに属する者は個々が戦闘に関する高い能力を有しており、誰も彼も数え切れない程の人を殺してきている。
だから、ここにいる十数名も皆、かなりの実力だったりするのだ。
初めのバレバレの攻撃が挨拶というピエロの言葉にも頷ける。
僕が気配に敏感すぎるという点を除いても、よく振り返ってみればワザとらしかった。
僕は面に出さないながらも、内心ピエロに対する警戒レベルを数段引き上げた。
強さがものを言うロエル家において、ロエルスペードのまとめ役にまで登りつめるのには相当な実力がいるのだ。
僕は様々な事情から七歳という幼さで手に入れてしまった地位だが、同じ地位の中でも僕は経験が圧倒的に足りないせいか、まだ数人上がいた。
そういう人は両手で数えきれるほどだったとはいえ、楽観視は出来ないのである。
今もピエロの危険度は測りかねていた。
「で、今回の目的ですが」
「ああ、僕だろうよ」
「察しがよろしいようで。今回はロエルハートより貴方を連れ戻すよう仰せつかっています。なんでも、貴方は『特殊』なんですってね。主は貴方の帰りを強くお望みです。どうか、従ってくださると有難い。こちらも貴方を敵に回したくはないのでね」
「先に手を出そうとしたのはお前たちだろうに、よく言う」
ロエルの心臓。それはロエルの中心部のことだ。
僕にとって、忌まわしき奴らがいる部分のことでもあり、それを聞いた瞬間、眉を顰めてしまった。
僕を「異常」にしたのは彼らなのだ。許せるはずもない。
なのに、十年の時が経って尚、奴らは僕を自分達の所有物だと主張するのだ。
ほんと聞いていて、虫唾が走った。
僕にとっての彼らの存在は何よりも嫌悪すべきものだった。
だから、当然僕の答えも決まっている。
「断る。戻る気は更々ない」
「良いのですか? ロエルを敵に回すことになるのですよ?」
「はなからそのつもりだ。今更、覚悟を揺るがせるつもりはない」
「ふむ。成る程」
ピエロは僕がロエルに戻る気がないと理解したらしい。
考え込むように手を顎のあたりにあてて、首を傾げていた。
一応、まだ説得を諦めていないのだろうか。
一向に武器を取り出す様子がない。
ならば、こちらから手を出してもいいが、彼らも僕と戦いたくはないと言っている以上は、何かしらの策は講じているはずだ。
即ち、迂闊に手を出すのは危険。
僕はもう少し様子を伺うことにした。
「なら、説得の方向性を変えましょうか。戻ることによるメリットについてお話ししましょう」
「何時まで続けるつもりだ。僕の答えは変わらない。そう言ったはずだ」
「まぁまぁ、時間はまだたっぷりありますからね。もうちょっとだけお付き合い下さい」
ピエロは戯けたように、ケラケラと笑って見せた。
明らかにこちらを煽っているのが分かるのだが、僕は小さくため息をつくだけで、それ以上の口出しはしなかった。
ここで下手に出ようものなら、ロエルの思う壺だ。
奴らはほんの少しの隙さえ見逃さずに殺しにくる連中。
それだけは忘れてはいけない。
「それで、貴方が現在忠誠を誓っている女ですが」
だが、お嬢様のことが出た瞬間、やはり動揺せずにはいられなかった。
僕の意識が一瞬だけ、侍女である私に切り替わってしまう。
ピエロの側にいた男の一人がそれに気がついた様子で、ニヤリと笑ったが、幸い手を出してくることはなかった。
あくまでも目的は説得、という上司の命令をキチンと聞いているようだ。
僕は相手に隙を見せてしまったことに気がつき、すぐに平静を取り戻した。
そして、場を取り繕うように冷たい声で聞き返す。
「エレナリアが、なんだ?」
「ふふっ、安心してください。別に私たちは彼女に殺そうったって気はありませんから。今のところは、ね」
「お前たちのそれは信用できないんだよ。さっさと先を話せ」
「なら、聞かせてもらいますが……貴方。彼女とずっと一緒には居たくありませんか?」
「そんなもの、決まっている」
もちろん、一緒に居たい。
僕は心の底から溢れ出る、決して叶わぬ思いをどうにか喉のあたりでなんとか押し込めた。
これは間違いなく僕の弱みになり得るからだ。
それを話して、もしお嬢様に危害が及ぼうものなら、失態どころの話ではなかった。
お嬢様の一生を滅茶苦茶にしてしまうかもしれない最悪の事態だ。
だから僕は自らの本当の思いに蓋をして、限りなく冷酷な声で言い放った。
「彼女に僕は必要ない」
「ほぅ? では、貴方には彼女が必要ということですか?」
「彼女が必要としないなら、僕が必要としても仕方のないことだろう。無駄なことを聞くな」
いっそ、嫌いだと言い切れたのなら、もっと説得力があったものを。
けれども、どうしてもそれだけは嘘でも口に出せなかった。
それっぽいことを言ってはみたものの、これではまるで、まだ自分は心残りがあるようではないか。
ピエロもそれを見逃してくれるはずもない。
仮面の奥の瞳を鋭く光らせると、尚も質問を重ねた。
「やはり、貴方は彼女が大切なようですね。けれど、それを同時に諦めているようにも見える」
「何が言いたい?」
「貴方、死ぬ気ですね?」
確信を得たかのような、ピエロの言葉。
こいつはよほどロエルハートから信頼を得ているらしく、僕の情報もかなり奥深い部分まで与えられているようだった。
質問という程を成してはいるものの、最早その可能性を疑っていない。
その証拠に僕が答えるまでもなく、次の質問を繰り出した。
「貴方は最近、血を吐いたのではありませんか?」
「さぁな……と答えたところで、なんでもお見通しなんだろう?」
「残念ながら。でも、貴方も分かっているのでしょう? 己の限界が近いことを。そして、目的を果たすなら、と自分の命を諦めている。違いますか?」
全く以って図星だ。
でも、それを口にするのは、とても腹立たしいことだから、口は閉じたまま、何も答えない。
ロエルを離れてからというものの、自分の力が落ちていっているのは、他でもない自分自身が嫌という程実感している。
そして、いつかは僕という存在も私という存在も消えてしまうのだと、最近は確信を得ていた。
それをお嬢様に告げることは未だに出来ていないけれど。
何れはお嬢様との別れは来てしまうようだ。
しかし、今は出来ることをする。
それだけを信じて、この一年を過ごしてきた。
そのせいで、お嬢様を傷つけてしまったこともあったけれど、そんなことでしか私も僕も幸せを感じることが出来なかった。
「なら、もし。ロエルに帰れば、貴方の主と貴方が共に過ごせるとしたら、どうしますか?」
だからだろう。この言葉には正直、グラリと来てしまった。
僕たちとお嬢様が共にいられる未来。
それはなんと甘美な響きだろうか。
幾度となく、想像してきたその「もし」は僕たちにとっての憧れだった。
何のしがらみもなく、自由で平和な日々を過ごす。
そんな僕たちとお嬢様だけの世界。
「ああ。それは僕の理想だ」
「でしょう? もし、こちらの手を取るのなら、我らが主は貴方に延命を施すとのことです。もちろん、貴方の主の命や自由も保証すると……」
「だがな、お前たちは致命的なことに気がついてないんだよ」
「はぁ?」
ピエロはワケが分からないといった風な声を上げる。
だが、そう。彼らは僕に対する理解について根本的な勘違いをしていた。
それは、もちろん。
「それで、お嬢様が幸せになれるわけがないだろ」
僕は決してお嬢様の幸せをぶち壊してまで、自分の幸せを手に入れたいわけではないということだ。
もし、お嬢様がロエルの庇護下で過ごすことになれば、それはお嬢様を今の生活から切り離すことになるのだから。
それはつまり、殿下やご友人と離れ離れ……いや、それどころか敵対する可能性があるということ。
せっかくこの光の世界を歩みだしたお嬢様を再び闇の中へと引きずり込むこと他ならないのだ。
そんなこと、納得出来るはずもない。
僕は躊躇いなど微塵もなく、ピエロの誘惑を突っ撥ねた。
「下らないことは、もう終わりか? 僕にロエルに帰る気はない。いい加減、諦めろ」
「貴方も頑なですね。決して、それ以外の道しか用意されていないのに、愚かなことを」
「道は自分で用意する。お前らに勝手に決められる筋合いはない」
「はぁ、残念です。革命など初めから幻想でしか無いというのに」
遠くで何かが爆発する音がした。
ついに革命の時が来たということなのだろう。
腐敗してしまったこの国を変えるための革命。
その主導者こそ、クレア様だ。
ピエロはこう言ってはいるが、必ず成功すると信じている。
その為に、彼女は今日という日まで学園内外でツテを作っていたのだから。
既に一部の不正を極めた貴族以外はクレア様側に寝返っている。
無論、今まで不正を防ごうと尽力してきた王家や侯爵家の約半分もクレア様派だ。
ここに万華鏡で見た未来のように民衆がつけば、最早勝利は揺るぎないだろう。
「革命は成される。さっさとこちらも終わらせてしまおう」
「馬鹿な。戦なき革命は革命などでは無い。我々の神、イリアの教義に反する。混沌こそ全て。我々によって、世界は混沌に飲まれるのだ。何千の死という供物を捧げ、イリア様が降臨なされた時、理想郷はそこにあるのだからな」
「お前たちこそ狂ってる。沢山の死によって生み出されるのは地獄でしか無い。悲しみと憎しみの連鎖が起きるだけだ。僕はそんな世界に興味は無い」
「……交渉、決裂ですか」
「そのようだな」
僕とロエルは相容れない関係だ。
そのことにようやくピエロも気がついたようだった。
徐ろに武器を取り出すと、部下たちに僕を囲ませる。
遂にやる気だ。
僕も己の中に潜む黒い魔力を練り上げると、武器を構えた。
途端、神経が研ぎ澄まされ、敵の動きがほんの少しゆっくりと見えるようになる。この感覚は久々だった。
奴らは僕の変化に驚いたようにたじろぐ。
そんな奴らに追い打ちをかける為、僕は威圧の魔力を放ちながら、周囲を睥睨した。
「来ないのか?」
「クソッ!」
僕を取り囲むうちの一人が遂に痺れを切らしたのか、飛びかかってきた。
怯えを隠す為だと思ったのだが、他の奴らを見る限りそれもキチンと計算された動きだとわかる。
恐らく、僕がそれに応戦している隙にまた複数人で攻撃を仕掛けてくるのだろう。
僕もロエルにいた時、強者を相手する場合によく使った作戦だ。
弱い者からかかり、段々と強くなるので、これで相手はかなり苦戦を強いられるのだ。
弱い者といっても、ロエルスペードの奴らならどんな奴でもそれなりの実力があるからこそ出来ることだとも言える。
僕は取りあえず、初めの一人を相手すべく、足を踏み出した。
同時に次に動くはずの奴が動き出すのを視界の端に捉えておく。
一人目に対してはタガーに風魔法を纏わせ、真っ向から向かった。
「ふっ飛べ」
ロエルスペードは流石に一度に仕留められるほど甘くは無い。
タガーを振り抜くだけの単純な僕の攻撃は胸の前で受け止められてしまう。
とはいえ、僕の魔力には勝てなかったようで、風に吹っ飛ばされて後ろで魔法を放とうとしていた奴を巻き込んで、地面に転がった。
だが、それを見届ける間もなく、新たな四人が襲いかかってきていた。
それも、逃げ道を塞ぐ魔法の援護のおまけ付きである。
「チッ」
僕は思わず舌打ちをしてから、比較的攻撃の薄い上へと飛び上がった。
幸いにして教会はかなり天井が高く、ぶつかることもない。
それでも身動きの取りにくい空中を選ぶことは少ないのだが、私にはそれを自在に飛ぶ術があるので問題ない。
まずは魔法を避け、それから前後を挟む二人を風魔法で足止め。
左右から来た二人を両手のタガーで同時に受け止める。
それを押し返し、二人がよろめいたところで顔面を目掛けて回し蹴りをお見舞いした。
片方にはクリーンヒット出来なかったものの、一人はダウン。
もう一人とも風が吹き飛ばしたのか距離を取ることが出来た。
でも、それでもまだ息つく間もない。
先ほど足止めした二人が継いで襲いかかってくる。
その背後には次の五人が控えていた。
火炎弾や雷撃魔法の第二射も二人と同時に来るので、攻撃のオンパレードだ。
久々の一対多という戦闘の相手がロエルだと相当キツイ。
まだ、お嬢様を襲う暗殺者くらいならこれほどいても苦戦はしないものを。
僕は飛んでくる魔法に自分の魔法をぶつける事で、無理矢理相殺させることを選んだ。
とにかく今は燃費よりも一人でも確実に戦力を削ぐことの方が大事だ。
一応現段階ではまだ余裕もあるし、いざとなれば魔力の有無を関係なしに使える影魔法という奥手がある。
なので、相手の魔法を打ち消し、遅れて来た二人のうちの一人に突っ込んだ。
まだ実力のそうある者ではなかったようで、幸いにして三度の攻撃で仕留めることに成功する。
背後から来たもう一人は風の矢とタガーによる攻撃で挟み撃ちにした。
これで、後は十三人。
話をしていた時に数えていたが、本当に多い。
次は何と言っても五人だ。
かなりキツイ戦いを強いられることは目に見えている。
それでも、お嬢様の元へは帰らなくてはならない以上、勝たなければならない。
奴らの悪事に加担するくらいなら、中途半端に生きて捕まることはしたくなかった。
だから、死ぬ気で戦う。
「これくらいっ!」
僕は魔法の嵐の中を駆け抜けた。
全てを紙一重で避けた上に今度は五人を同時に相手取る。
振り下ろされる刃の数々も受け、いなし、反撃に出る。
混戦状態になれば下手に魔法を打つことは難しいので、得意な接近戦を生かすのはこれが一番だった。
一人一人が精鋭のロエルスペードが五人ともなれば、これもかなりの危険性は伴うが集中しやすい分、まだ良い。
タガーだけでなく、蹴りや魔法も駆使しながら、一人、また一人と着実に数を減らしていく。
最後の二人に関しては、急所に突きが放たれようとする寸前に風の刃で首を刈り取った。
「はあっ」
軽く息を荒げながら、気がついてみると、いつの間にか攻撃の手は止まっていた。
僕はそれを不審に思って、残りの八人を油断なく睨みつける。
ようやく半分になったとはいえ、まだ半分もいるのだ。
それも、今までの八人よりも強いと考えられる八人が。
まだ魔力と体力にはある程度の余裕はあったが、それだけの相手に対して安心できるような残量では決してなかった。
ピエロはそんな僕の心境に気がついているのだろうか。
優雅に手をパチパチと叩きながら、輪を抜けて、一歩僕の前に出てきた。
明らかに他とは実力が抜きん出ているこいつに僕は警戒心を募らせる。
明らかに流れを掴み始めている今、一度攻撃を止める利点など、普通はない。
さっさと追い込んで殺してしまうべきだ、と僕が逆の立場なら思っていただろう。
なのに、ピエロはそうしない。
ならば、何か狙いがあると考えるのが必然だった。
「どうした。来ないのか?」
「ハハッ、いやちょっと驚きましたよ。弱っていると聞いていたから、もっと簡単に行くと思っていました。それでも、と警戒していたのはどうやら正解のようです」
「ふんっ、気を抜いていれば、もっと楽に終わらせられたものを。まぁ、弱ってはいるが、生憎経験は積んでいるのでね。第一線にいる時よりは少ないが、な」
「なるほど。通りで、芸が細かい。では、私もこれ以上部下たちを消耗したくはないので、一気に終わらせてしまいましょう」
「何をするつもりだ?」
「……これを」
ピエロはスッと手を横へと突き出した。
すると、その先には何やら靄が立ち上る。
僕は何処か見覚えのあるその魔法に、ハッと息をのんだ。
その靄を注意深く睨みつけていると、そのうち靄は何かを象っていく。
人型、なのだろうか。
だが、すぐにそれが誰であるかは分かった。
当たり前だ。それはかつて、何処までも唾棄していた姿だったのだから。
「僕の、幻影か」
「よくぞお分かりで。正しくは、過去の貴方ですがね」
ピエロの隣に立っていたのは、短い銀色の髪と虚ろなスカイブルーの瞳をした、過去の僕だった。
格好も少年っぽく、鼻より下は青いスカーフで隠されている。
生きる意味も見出せず、異常を抱えたまま狂っていた、たった七歳の殺人鬼。
僕はその姿を見て、苦虫を噛み締めたかのような表情になるのを抑えきれなかった。
ああ、なんて。
「穢らわしい」
「そこまで自分を卑下なさらなくても。むしろ、美しいではありませんか。暗黒の神、イリアに寵愛されし者。死と悲しみを撒き散らす、銀色の狼。それが貴方でしょう」
「お前たち、随分と酔狂な価値観をしているな」
あの頃からこいつらの考えはわからなかったが、今になって聞いてみると輪にかけて狂っているように聞こえた。
僕は最早呆れ果てて、言い返すことも出来ない。
弱っていない頃の自分と戦うというのはかなり厳しいが、所詮は幻。
意思なき人形に負けるわけにはいかない。
ピエロの実力を見るに、再現度は高いだろうが、それだけだ。
ピエロは決して折れることのない僕を見て、興味深そうに画面の奥の目を細めた。
そして、手を上げて、部下たちに合図を出す。
「さて、全盛期の貴方に勝てるのでしょうか? ついでに私たち八人も相手にしなくてはなりませんのですが。貴方を連れて帰るという主直々の命です。遠慮なく行かせて貰いましょう」
ピエロはスッと手を振り下ろした。
その瞬間、過去の僕が一歩を踏み出す。
気がつけば、すぐ目の前にその姿があった。
手にしたタガーが目にも止まらぬ早さで振り抜かれる。
「クッ!」
僕はそれを何とか受け止めた。
しかし、その威力と早さは今の僕には知覚するのも難しいほどだった。
かつての僕はここまで強かったのだろうか。
僕は改めて今の自分が弱体化していることを認識させられた。
だが、それに歯噛みしている間もなく、刃が切り返される。
死角からは他のロエルが近づいてくる気配もあった。
これは想像以上にマズイ。
影の力という切り札も最早、出し惜しみしている場合ではなかった。
でなくては、十秒後には地面に倒れているかもしれないのだ。
僕は過去の自分の攻撃を避け、自らの影の中へと入り込んだ。
過去の僕はそれを警戒して、一歩下がる。
実はこの時の僕はまだ影の力を扱いきれていないのだ。
というのも、あれだけこの力を忌み嫌っていたせいでもある。
だが、ロエルを離れてからは衰弱していく中、そうも言ってられず、使わざるを得ない状況を何度か体験した。
身体に負担が大きいので、多用は出来ないだろうが、今は仕方がない。
過去の僕に勝つには、唯一のアドバンテージであるこれを使うしかないのだ。
まずは、背後に迫っていたロエルの者の影の中へと乗り込み、背後を取って一人を刈り取る。
その一瞬再び地上に現れた隙を狙って過去の僕が攻撃するものの、それを何とか躱した。
そうして、また影の中へと退避する。
しかし、全身に凄まじい痛みが走り、次の攻撃までに間ができた。
たった一撃でこれだ。
これであと過去の僕を含めた八人を倒さなければならないとなれば、おそらく身体が保たない。
僕は痛みに耐えながら、何とか次の影へと乗り移った。
瞬間、さっきまでの影のあった場所へ膨大な魔力が降り注ぐ。
影の中にいれば身体が魔力になるので、物理的な攻撃とある程度の魔力は無力化できるが、強い魔力だとやはりダメージを受けるのだ。
あれが当たっていれば、今頃僕は霧散していただろう。
流石は過去の僕だ。まずはコイツをどうにかせねばならない。
その為には、この幻を作り出しているピエロを討つことが先決だ。
僕は意を決して、ピエロの影の中へと忍び込んだ。
「おやおや、優秀ですね」
しかし、元の姿に戻り、タガーを突き立てようとした途端、ピエロはニヤリと笑った。
気がつけば、すぐ背後に過去の僕が迫っていたのだ。
主人の危険に対しては一番敏感らしい。
僕は背後を取られていたことに驚きながらも、振り返るなんて馬鹿な真似はしない。
今ここで振り向いたところで迎撃には間に合わないだろう。なら。
「主人を狙うまで」
一撃を食らうのは覚悟の上だった。
幻を生み出した本人を倒せば、それ以降の過去の僕は攻撃出来ない。
あとに残る六人を相手するのは厳しいだろうが、一か八かの賭けだ。
これより上手くいく方法も思いつかないのだから、お嬢様の元へ帰るにはこれしか道が残されていない。
幸い、ピエロも過去の僕が守ってくれていると思っているのか、こちらを向いていない。
いや、向けないのだろう。
僕は振り上げた勢いをそのままに、首を落とさんとタガーを振り下ろした。
「ぐっ」
刃があと少しで届く、というところで背中に激痛が走った。
切られたのだ、とは考えるまでもなく解る。
僕はそれに耐えながら、タガーを握り続けた。
痛みで目の前が真っ白だ。
そんな中でも、僕は刃先がブレないようにすることにただ集中した。
「終わりだ」
風を纏った刃は深々とピエロの首に突き刺さり、そのまま首を落とした。
ゴトンという重々しい音がその場に響く。
途端、背後で過去の僕が消えた。
部下たちも返り血を浴びる僕を眺めて、呆然としたように立ち尽くしていた。
僕は吐く息を荒げながら、その場に膝をついた。
最早、魔力は残っていない。
身体も度重なる影の魔法の使用と、背中に受けた傷のせいでボロボロだ。
また、何日かすれば戻るだろうが、戦い続けるのはかなり難しい。
それを察したピエロの部下たちはやがて、ゆっくりと動き出した。
僕の身体の限界はとうに訪れていたが、それでも諦めるわけには行かず、何とか立ち上がろうと試みた。
血が喉元からせり上がってくるのを飲み込みながら、足に力を込めて行く。
でも、上手くいかない。
次第にロエル達が距離を縮めてきていた。
「やめなさい」
ああ、厳しいな、と思い始めたその時だった。
先ほど首を落としたはずのピエロの声がその場に響いた。
それには僕だけでなく、部下たちも驚いたように動きを止める。
僕の脳裏にまさか、仕留め損ねたかと最悪な予想が過るも、すぐさま自分でそれを打ち消す。
いや、僕は確実に彼をヤッた。
事実、彼は僕の側で屍と成り果てて、転がっていた。
なら、これは何なのか。
僕がふと顔を上げてみると、そこにはピエロの魔力の残滓が一箇所に集まり、ピエロの幻影を形成していた。
幻のピエロは口を開き、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「やめなさい。これ以上の攻撃は我らが主人の兵器を壊すだけ。それは今回連れ帰らないことよりも怒りを買うことです。私が死んだ以上、撤退しなさい。これは最期の命令です。もし従わなければ、この私の魔力がお前達を殺すでしょう。さっさと立ち去ることです」
「はっ」
そうして、その場から部下たちはすぐに消えていった。
やはり、上位者の言うことは絶対、という文化をこのピエロは随分上手く乗り切っていたらしい。
そこは僕よりも上だったようだ。
しかし、ピエロは部下たちが去って尚、僕の前から消えなかった。
「銀狼、よくぞ生き残りましたね。褒めて差し上げましょう」
「はっ、光栄だな」
「ただ、貴方は途轍もなく愚かな選択をした。もし、大人しくこちらについて来たのなら、あの女はもっと幸せに生きれたかもしれないのですがね」
「……待て、どういうことだ」
「革命にはね、やっぱり悪役が必要、ということですよ」
ピエロはそこで、不気味にカラカラと笑った。
僕が焦っている様子を楽しんでいるのか、動けない僕の周りをくるくると歩いて回る。
僕はピエロの言葉に疑いようのないほどの不安を抱いていた。
「革命というは新しい組織が古い組織を倒すことによって成される。そして、大抵は強大な方が正義とされ、弱きものは悪とされる。違いませんか?」
「勝ったものが歴史を作る、というわけだな」
「そうです。それが今回の場合、まぁ革命を起こす側が勝つでしょう。最終的には我らが壊すとはいえ、一時的には。不正三昧のルルーシュ家はもちろん、悪と見なされる」
「だが、お嬢様にはクレア様の庇護がある。子が父親の過ちを正したいと思うのは不自然ではない。それに、お嬢様の場合は殿下のお気入りでもあるからな。関係無い」
「でも、ルルーシュ家が彼女を同じ道に引きずろうとしたら? 聞いたところ、彼女はあの家の駒ではありませんか。……実はですね、私たちはルルーシュ家からも依頼を受けているのですよ。他の部隊がもうそれを成しているはずです」
「まさか」
「そう、そのまさかです」
私は戦慄した。このままでは、お嬢様の身が危ない。
お嬢様の自由がまた奪われるなんて、そんなことあって良いはずがないのだ。
私はなんとか立ち上がろうとした。
でも、やっぱり上手くいかない。
それどころか、無様に地面に倒れてしまった。
身体がもう限界だ。
「あーあ、貴方の大切なヒト、ルルーシュ家に連れ戻されちゃったみたいですね。また道具のような扱いとは、可哀想に。きっと、共に滅びてしまうのでしょうね」
ピエロはそう言ってケタケタと笑うと、ふっと消えていった。
同時に私の意識が遠のいていく。
いけない、助けに行かなくては、と思っているはずなのに、目の前が霞んでいく。
絶対に帰ると、決めたはずなのに、彼女との距離はどんどん開いていくようだった。
「お嬢……様」
ああ。私はどれほど情けない騎士なのだろうか。
私は自分への失望と共に、暗い闇が広がる意識の底へと飲まれていった。




