勝利は悪役令嬢が為に
まず、初撃として放たれたのはアックス様やクレア様による最上級魔法だった。
流石はこの学園でトップクラスの魔術師達だと言うべきか、その魔法の構築は素早く、開始五秒も経たないうちに多大な魔力が私たちの頭上に練り上げられた。
そして襲い来るのは炎と光の雨。
これが直撃しようものならば、普通はこれ一撃で班は半壊するに違いない。
避けようとしても、ダメージカウンターの数値が減ることは必至であり、連携を崩すのにも有効打だ。
そういう意味ではとても良い戦略だった。
「けれど、相手が悪かったわね」
そう。でもそれは私たちが普通ならばの話。
生憎お嬢様やシャイン様のいるこの班が普通であるはずもなかった。
お嬢様は不敵に笑って、空を仰いだ。
直後、その笑顔を掻き消さんとするように、光と炎が私たちに向かって降り注ぐ……が。
「そのわたくしたちは偽物よ」
魔力の雨を受けた「偽物」の私たちの姿が揺らいで消えた。
その為、強力であるはずの最上級魔法は無意味に地面を叩くだけの結果となっている。
本当の私たちの立ち位置はもっと離れたところ、つまりは偽物の後ろにいたのだから、当たるはずがなかった。
敵の班の面々が今まで見ていたのは全てユリー様の幻に過ぎない。
アックス様のこの攻撃は事前に手に入れていた情報によって予測済みだったので、対策は万全だ。
私が後ろ暗い職業に手を染めていた為に磨かれた盗聴の技術が皮肉にも今は功を奏していた。
「驚いたな」
「道理で魔力の動きがおかしかったわけだ。込める魔力を抑えておいて正解だったよ」
これには殿下が感心したように頷いていた。
アックス様は苦笑しながらも、すぐに魔法を止めて無駄を省く。
こちらは流石に完全に騙し切ることは出来ていないようだったが、当たらなかったのだから十分と言える。
これで次に魔法を発動させるにはタイムラグが発生する。
チャンスは今だった。
「突撃!」
お嬢様の威勢の良い声が飛ぶと、前衛とそのフォローが動き出した。
私もお嬢様達と一緒に敵の陣へと飛び込んでいく。
混戦になれば、もう広範囲の魔法は使えなくなるので、これで一撃必殺の心配はしなくて良くなるはずだ。
すると、こちら側は前衛が強力なので、敵の戦線が僅かに押される。
しかし、決壊に至らないのは殿下の指揮力の高さと、背後に強力なバックアップがいるからこそだった。
「前衛っ! エレナリアとシャインを囲め! 二人は強力だ。他は後ろに任せろ」
敵の前衛は約八人。
あっち側にも殿下は言わずもがな、合宿時にいた見習い騎士など優秀な人材は豊富で、あっという間にお嬢様とシャイン様は包囲されていた。
フォローがそれを打開しようとするものの、その度に的確な後衛のアックス様達の攻撃が飛んでくる為、中々助けに入れなかった。
そこで頼りになるのは後衛だが、いかんせん敵に比べると威力が低いのは否めない。
ユリー様は最初に大規模な幻を展開した為に魔力切れを早くに起こしているし、三人では八人の前衛やフォロー役に対応するのは困難なことだった。
「仕方、ありませんか」
このままではジリ貧になってしまうのが目に見えている。
いくらお嬢様やシャイン様が強いとはいえ、それは一対一での話である。
あれだけの大人数に囲まれては、すぐには負けはしなくとも苦しい状況に違いなかった。
現にお二方は背中合わせになりながら、厳しい表情を浮かべている。
さて、ここで私はどうすべきか。
そんなことは明確だし、事前にお嬢様も指示を受けていたが、お嬢様をここで助けに入れないというのはなんとなく気が引けてしまう。
実際、その指示をこなせば結果的にお嬢様を助けることにはなるが、私としては不服だった。
でも、やることはなさなくてはならない。
無理にお嬢様から視線を引き剥がすと、ちょうど真正面から火の玉が飛んでくるところだった。
私は手を振るい、風魔法を行使して、その火を軽く揉み消す。
すると、魔法を放った人物と目があった。
言わずもがな、アックス様だ。
アックス様は私を見ると、途端に顰め面を作った。
私の強さを知っているからだろう。
彼はクレア様を含んだ他の後衛に攻撃を任せると、こちらへとやってきた。
近づくほどにはっきりする表情は苦笑に近いものだった。
「ははっ、君はやっぱりエレナリア様と一緒のチームなんだね。全く、どんな工作をしたのやら」
「工作なんて卑怯な真似はしていませんよ。していたらお嬢様に怒られてしまいます。せっかく戦えたかもしれないのに、と」
「それもそうだね。ということは運命かな。こちらとしては君を敵に回すなんて、とんだ運命だけど」
「御愁傷様です。ですが、手加減するつもりは毛頭ございませんので。私はあくまでも、お嬢様に勝利を捧げなくてはなりませんから」
私は満面の笑みでアックス様に微笑みかけた。
アックスは完全に顔を引きつらせている。
そんなに私は恐ろしいだろうか。
まぁ、確かに最近は何かにつけてアックス様を揺すっていたりするので、思い当たる節がないわけではないのだが。
でもそれも、半分くらいは信頼故のことだ。
もう半分の反応が面白いからというのもあるが、それだって彼が愛想をつかさないのがわかっているからこそ。
彼もそれを多分承知の上だ。
じゃあ、なぜ恐れるか。
それは今更愚問というものだ。
そんなこと、とっくにわかりきっている。
私に叩きのめされる未来に、だ。
「行きますよ」
そんなことを考えているようでは私の中で勝ちは決まったも同然だが、彼だって一応未来を実力者。
油断し切るわけにはいかない。
まずは小手調べだ。
私はタガーを体の前で構え直すと、地面を蹴りだした。
先ずは単純に一直線での攻撃だ。
もちろん、それだけではいい的になるだけなので、素早さは我ながらそれなりのものだ。
「させないよ」
それを見たアックス様は魔力増強用の杖を振るって、魔術を発動させた。
私とアックス様の間に立ちはだかるのは大きな砂嵐。
風と土の魔術の合成魔法であるそれは滅多なことでは使えず、幾つもの属性を持つアックス様ならではの術だ。
私の「視た」限りだと、そこに込められた魔力は相当なもの。
仮に普通の生徒がこの出力で放ったなら、五発とも持たないだろう。
それでもアックス様は余裕を見せているのだから、その魔力の膨大さが窺い知れた。
「さすが、ですが」
でも、この程度ならば私もまだ対処し切ることが出来る。
私は体に風魔法を纏わせると、それを真正面から突き破った。
一瞬視界が悪くなるが、無事に通り抜けることが出来た。
とはいえ、アックス様もそれを予想していないわけがなく、砂嵐の中を突っ切った後に広がった視界には無数の火の鳥が突撃してくるのが見えた。
火の鳥は逃げ場など与えないと言わんばかりに私とアックス様の間の空間を埋め尽くしている。
私は大勢の観衆の目の中なので、舌打ちしたくなるのを堪えながら、襲ってくる鳥を油断なく睨みつけた。
時間差をつけて、断続的に襲ってくるそれは、最早嫌がらせにしか思えない。
私はステップを踏みながらかわし、いなし、打ち消した。
時折服の裾を焦がされたが、直撃はギリギリのところで免れる。
一秒の間に十羽を処理すると、上へと大きく飛び上がった。
すると、先ほどまでいた場所に五羽ほど突撃し、地面に大きな焦げ目をつけた。
残る数十羽はその私の姿を追うようにして、こちらへくちばしを向けてくる。
面倒なことに追尾機能が付いているようだ。
「鬱陶しいですね」
アックス様は本当に優秀だ。
同時に火の鳥を数十羽操るその技術はまさに時期王家魔導師筆頭候補に相応しい。
この世界に果たしてそんなことが出来る人間が何人いるか、というレベルである。
魔導の天才とは名ばかりでないのは明らかだった。
私は己の口から悪態が溢れるのを抑えきれなかった。
これは生半可に戦っていい相手ではないと、本能が警鐘を鳴らしている。
少しでも気を抜こうものなら、現役時代のスイッチが入ってしまいそうなのが怖かった。
出来ればあんな姿を大勢の前では晒したくないし、個人的にあの状態の自分はあまり好きではないのだ。
私は黒く纏わりついてくる気配をなんとか理性で押し込めながら、体にさらなる風魔法を施した。
こっちも出来れば使いたくなかったが、こちらは一度皆の目に触れているものだから、隠すのも今更というもの。
アックス様は一筋縄ではいかなさそうだし、この際は思い切り使わせてもらうことにした。
「行きますよ」
火の鳥が宙に浮き、隙だらけの私の元へと突っ込んでくる。
私はそれを見極め、ギリギリのところで宙を蹴った。
まるでそこに地面があるかのように、空中でステップを踏んで、火の鳥を難なくかわす。
その後も絶え間なく襲ってくる火の鳥も前傾姿勢になると、その脇をすり抜けて、大群の中を突き進んだ。
さしものアックス様も宙で自在に動く私の動きにはついてこれないのか、一羽も当たらない。
これは、魔術テストの時の空飛ぶ魔法をもっと実用化したものだった。
名付けるとするなら、「空踏」といったところか。
風の魔力を微妙な加減で体に纏わせることで、空中でも自由な動きを可能とした。
おそらく、これも世界初の技術に違いない。
私は後々の面倒のことを思い出さないように努めながら、炎の中をくぐり抜けて、アックス様の元へと急接近した。
アックス様は焦ったように杖をこちらに向けてくる。
火の鳥だけでなく、攻撃に雷撃が加わった。
同時に攻撃性の強い魔法を発動させるのは、だいぶ技量のいることだが、彼はそれを難なく巧みに操りきっていた。
空間という空間がアックス様の攻撃で埋め尽くされていると錯覚してしまう程だ。
しかし、私はその中でもほんの少しの隙間を見つけて、距離を詰めていく。
流石に全てをかわしきることは出来ずに、服の袖が焦げたりもしたが、何とか直撃は免れていた。
「左に重心。そこから、右足を踏み出して、前へ。飛び上がって、一回転。空を蹴るっ!」
一つ一つのタイミングと、動作に細心の注意を払う。
もし当たれば、彼の全力でない攻撃でも魔力の濃さが高いために、ダメージはかなり大きいはずだ。
コンマ一秒で動いていく展開の脳を全力で回転させながら、距離は着実に近づいていた。
あと、三メートル程だ。ここまでくれば、あと一息。
「こいつは斬りはらい、体を捻って、身を低く。ここで、アックス様は雷撃を放つから……」
事前に予測したアックス様の行動パターンはどうやら、かなり一致するようで。
私がそれを口にした次の瞬間に、私の頭上を雷撃が通り抜けた。
私はそれも避けると、動揺して隙を見せたアックス様にニヤリと笑いかけた。
アックス様は対照的に、悔しそうな表情だ。
でもまだ諦めてはいない。
アックス様は私が風の魔力で数十倍まで威力を引き上げた蹴りを受け止めようと、杖を前に翳した。
体には魔力を循環させて、耐久力を上げている。
さらに言えば、足も土魔法で固定していた。
たった一瞬でここまで 何個も魔法を構築する技術は、やはりどこまでも素晴らしい。
「ぐうっ」
とはいえ、すべての威力を相殺することは不可能だ。
アックス様は一撃を受け止めたものの、威力を殺しきれずに杖を取り落とした。
今こそチャンスだ。
私はガラ空きになったアックス様の懐にも潜り込まんと、再び空を蹴った。
だが、しかし。
「ッ!」
「そう来ると思った!」
蹴り出そうとした足が、全く動かなかった。
慌てて足元に視線をやれば、そこには大地から突き出た大きな手が私の足を掴んでいた。
これはアックス様の土魔法だ、と気がついたときにはもう遅い。
アックス様の歓喜の声が耳に届いた。
私の周囲には最上級魔法を発動させる為の魔力が既に構築されていた。
杖が無いのと数が多いため、一つ一つの威力こそ最初には劣るものの、たった一人を倒すのには十分過ぎる。
逃げ場など、どこにも無かった。
私がそれを認識した瞬間、普通なら目に見えない状態の魔力が炎と雷へと具現化した。
攻撃性を帯びた数多の光は私の目を焼かんと……否、その命を散らさんばかりに私を取り囲む。
オーバーキルと言っても過言では無い程の威力だ。
もしまともに受けようものなら、ダメージカウンターも振り切れるか、振り切れないかギリギリの所だろう。
私がそれなりの実力者だとアックス様に知られていることが完全に裏目に出ていた。
油断も隙もあったもんじゃ無い。
「でも……」
私は襲い来る魔力を前に、ギリリと唇を噛み締めた。
途端、血の味が口内に広がり、過熱していた思考が少しクリアになる。
ほんの一秒が何倍にもなり、私に思考の余地を与えてくれた。
自分の汚い部分が追い詰められて、表に出てきたのだ。
負けるわけにはいかない。
その思いが黒い魔力を身に纏わせる。
最早、躊躇している暇はない。
勝つためにはこれに頼るしか無かった。
どれだけ自分がこれを嫌悪していようと、お嬢様と後の自分の身を天秤にかけた時、傾くのは絶対的にお嬢様の方だ。
もし、ここで私が負けてしまおうものならば、お嬢様はきっと今後私に戦うことは許してはくれなくなるはず。
負けるということは、死ぬ可能性が大いにあるということを示しているに他ならないのだから。
この間はまだ結果としてあの魔物を倒すことが出来たから良かったものの、二度目はお嬢様は決して許さないはずだ。
あの方はどこまでも優しい。
私の身のことを第一に考えて下さるに違いないから、私があの方の剣であり続けるためには勝たなければいけない。
私は許された刹那の思考の中で決意を固めた。
そう。私のことなど構うものか。
何れは同じことになるのだから、それが少し早まろうがそんなに関係ない。
「あの時」まで持ち堪えられるのなら、それでいい。
「しゃあねぇな」
私は攻撃に備えた。
黒い魔力が私の身体を中心に渦巻き、私を守ろうとする。
今こそ、私のもう一つの属性の魔法を使う時だ。
私が穢れたモノである証の「影」の魔法を。
光はもうすぐそこまで迫っていたが、どうにか間に合いそうだった。
「これで!」
アックス様は期待と懇願が入り混じった声で叫んだ。
直後、雷と炎がぶつかり合い、大爆発を起こす。
普通まともに食らっていたなら、生きてはいられないレベルの魔法だ。
会場も騒然とし、戦っていた生徒たちも思わずといった様子で、剣を振るう腕を止めている。
お嬢様もいつもの無表情の上に微かな不安を滲ませているののが、ここからはよく見えた。
魔法で作られた雷や炎は派手に散った後、再び魔力のあるべき姿へと戻っていった。
しかし、その影響で舞った粉塵までは元に戻すことは出来ず、視界は悪いままだ。
その中で私は「影」から這い出ると、自分の状態を確かめた。
今の一瞬、私は自分の影の中に潜んでいたのだが、これは普通の魔法ではない。
自分の体の性質を一時的とはいえ、そのものを変えてしまうので、影響が及びやすいのだ。
だが、幸いにして目立った外傷は無い。
今はまだ、動けそうだった。
そうこうしているうちに、粉塵も晴れてきた。
私はスッと気配を消すと、悪い視界の中に必死に目を凝らしているアックス様の背後へと回りこむ。
完全に仕留めたと思っているようで、その立ち姿は隙だらけだ。
いや、流石にここまですれば魔力を使い切ってしまっているし、何も出来ないというのが正解だろう。
今の魔法に全力をかけていたようだった。
「やった、か?」
「いえ、残念です」
「ッ!」
視界が落ち着いて、アックス様はそこに私の姿を見つけられずに、困惑したように首を傾げた。
やり過ぎたかと不安そうなアックス様に、私は背後からタガーを突きつけることで、返答を返す。
アックス様は流石に背後に回られていたとは予想できなかったらしく、ビクリと大きく肩を震わせた。
それから、思わずといった調子で呟く。
「……どうして?」
「どうして、と聞かれると流石に答えられませんよ。けど、ちょっと特別な魔法で避けたのは確かです。それよりまずは、失格になってもらいましょうか」
私はいつまでも会話をしておくわけにもいかなかったので、早速隙だらけのアックス様に風の魔法を撃ち込んだ。
本来ならば、対象を切りつけることのできるその魔法は、ダメージカウンターの数字を失格の数値を少し超えるまで減らす。
もちろん、体への直接的なダメージはカウンターに守られているので、及ばない。
とはいえ、失格は失格。
しかし、そうなった段階でも、アックス様は呆然と立ち尽くしていた。
「では、聞きたいことは?」
「君は……助けに行かなくていいのかい? 君の大切な主を」
「そうしたいのは山々なんですが、生憎それは出来そうにありません。これを見てください」
私はアックス様の目の前にスッと腕を差し出した。
そこにはダメージカウンターがはまっている。
アックス様は怪訝そうな表情でそこに表された数値に目を向けた。
それから、あっと小さな声を上げる。
「これは……」
表示されているのは51という数字。
まさに本当に失格寸前の数値だった。
先ほどのアックス様に攻撃は身体にこそダメージは入らなかったものの、ダメージカウンターにはその余波が当たってしまったようだ。
これではほんの少し魔法が掠っただけでも、すぐさま失格になってしまう。
これではお嬢様を助けに行くにしても、下手をすれば失格になってしまう危険性があった。
これも負けた時と同様にお嬢様の不安材料になりかねない。
なら、無理に手出しをするよりも本当に危ない時に切り札として攻撃するくらいが丁度良いのだ。
たかだか普通の生徒には掠りすらさせないつもりだが、何事にも予想外はあるだろう。
今日ここであの力を使う羽目になったのもまた然り。
私は再び戦闘体制に入った殿下のチームとそれに抗わんと背中合わせになるシャイン様とお嬢様の姿を眺めていることにした。
もちろん、タガーは構えたままだ。
魔法もいつでも発動できるようにはしておく。
これで、いざという時への対応準備は万全だ。
私はアックス様向けて、微笑んだ。
「と、いうわけです」
「なるほど。そういうわけかい」
「ええ。ですから、それまでは質問にはお答えできますよ。もちろん、取捨選択はさせていただきますが」
「じゃあ、早速聞かせてもらうけど、さっきなんの魔法を使ったんだ?」
「お答え出来ません」
「……空飛ぶ魔法の仕組みは?」
「お答え出来ません」
「君、昔は何をしていた」
「お答え出来ません」
「君は実はあっち系の……」
「違います」
「って、結局何も答えてくれないじゃないか!」
「はい。どれもお答え兼ねますので」
私が平然と返すと、アックス様は呆れた様子で首を振った。
私が自分の身の上話をしようとはしないことにようやく気がついたようだ。
呆れの中には諦めも含まれており、私が答えないことはそれなりに予想していたことらしい。
私は目の前で、殿下とシャイン様、お嬢様と七人の生徒が斬り結ぶのをジッと見つめながら、そんなアックス様に一つ提案することにした。
「では、一つだけ、アックス様の質問には答えることにしましょう。もちろん、何でも、正直に」
「いいのかい?」
「まぁ、条件はありますよ。私のする質問に、アックス様も答えて下さるという条件が」
「……呑もうじゃないか」
「後悔はなさいませんね?」
「俺の秘密なんて、たかが知れてる。君に聞かれて困るようなことはないさ」
「では、交渉成立ということで」
私とアックス様は握手を交わした。
そして、まずは私のターン。私
は試合中に掴んでいた違和感の正体をどうしても聞きたくて、この約束を交わしたのだ。
頭の中で丁寧に言葉を選び取りながら、さっそく質問をアックス様に投げかけた。
「早速お尋ねします。アックス様は何故……」
そこで一拍おく。次に出す言葉が最も重要だ。
どう表現したら良いものかと、私は刹那逡巡した。
その思考の海から最適な言葉を選び取ると、乾いた唇を少し濡らして、再度口を開く。
「そう。アックス様は何故……この試合で私を『殺そう』としたのですか?」
問いを口にした瞬間、お嬢様が生徒の一人を打ち倒した。
その一方で、シャイン様はクレア様から飛んできた魔法を避けようとして、殿下に攻め込まれる。
攻撃こそ食らってはいないものの、形勢が一気に殿下へと傾いた。
アックス様もその光景を目の当たりにしながら、おもむろに口を開いた。
その表情はどこまでも険しい。
普段のチャラチャラとした感じはなりを潜め、鋭い眼光を放っていた。
「別に殺そうとしていたわけじゃないさ」
「そうは思えませんでした。あなたの魔力ではダメージカウンターを壊すことは可能です。それをあなたは躊躇いなく私に向けてきた。それも、戦略を綿密に練り上げた上で。あの瞬間のあなたには殺意すら感じました。これは否定のしようもない事実であるはずです。私はそれなりに汚い世界で生きてきましたからね。そういう感情には敏感なのです。言い逃れはしないで下さい。これは契約ですから」
私はアックス様の否定にも怯むことなく、冷静に反論した。
根拠としては些か弱いことは否定出来ないが、ここはあくまでも強気でいく。
もし、彼が敵に回ろうものなら、こちらもこちらでそれなりの対応はしなくてはならない。
とても惜しいことではあるが、私の優先すべくは、お嬢様の身の安全。
それだけはどうしても譲れなかった。
アックス様は私の言葉に、まいったなと小さく呟いた。
それから、真剣な面持ちはそのままに、頭を軽く掻く。
そこにいるのは全く以って、普段のアックス様とは別人のように私には思えた。
「いや、本当だよ。君を殺そうとしていたわけじゃない。ただ、今回の試合は勝たなきゃいけなかったんだ。勝つためには君に殺すくらいの勢いじゃなきゃ、どうしたって勝てないからね。殺意はそれだけだよ」
「なら、何故そこまでして勝とうと?」
「……二つ目の質問は卑怯だよ。でもまぁ、ここまで抽象的だと、君も納得しないだろうから、オマケしよう。それは、全て君の為だ」
「私の……為? あれがですか」
「そう。前にも言っただろう? 今の状況はとても不毛だと。それをどうにか止めようとして、今回は勝とうとしたんだ」
「……一体、何のことですか」
「それは君が一番分かっていることだと思うよ。そうだね、例えば君には負けられない理由があるんじゃないかな。君が負ければエレナリア様に戦わせて貰えないということの他に、ね」
アックス様はニッコリと笑顔を浮かべた。
しかし、その明るい表情の奥には真っ黒な何かが潜んでいるようで、私は思わずゾッとする。
鋭い眼光を放つ瞳がまるで私の心の中を見透かしているようで、気味が悪かった。
私はお嬢様が苦戦し始め、シャイン様もいよいよキツイという段階に入っているのに、そこから完全に意識を引き離してしまった。
代わりに、大半をアックス様の不気味な笑みが支配する。
いつか見た、途轍もない威圧の魔力が、もう既に魔力切れを起こしているはずのアックス様から放たれていた。
「じゃあ、俺からの質問」
「待って下さい」
「嫌だ。待てない」
「……そんな」
「じゃあ、聞くよ。君はさぁ、その声に魔力を含ませているよね。これは何の意味を持つのか、教えてもらっても良いかい?」
「ッ!」
私は反射的に、口元を押さえた。
常日頃からしていたことだから、今更そうしたって意味がないのはわかっていたけれどそうせざるを得なかった。
だって、これだけはどうしても話したくなかったから。
もしこれが誰かにバレたらそれこそお嬢様の傍にはいられなくなる。
それだけでなく、それを聞いたアックス様の身にも危険が及ぶことは間違いない。
私は咄嗟に首を振っていた。
「止めてください。それだけは。知らない方が、貴方の為です」
「へぇ、逃げるんだ。なら、俺は一向に構わないけどね。簡単に分かる方法もあるわけだし」
アックス様はそう言うと、私にツカツカと歩み寄ってきた。
私は彼に気圧されて、一歩二歩と下がる。
それでも、大きな魔力が私の感覚を狂わせて、それ以上の後退は許してくれなかった。
アックス様の腕はあっという間に私の手首を捉える。
私は大きくビクリと震えた。
「やめろっ!」
「あれ、君らしくないね。それなら、確かめさせてもらうよ」
「てめぇ……」
我慢し切れずに、私はちょうど手にしていたタガーを振り上げようとした。
しかし、その時だった。
雷撃が身体に落ちたような、激しい衝撃が私を襲った。
直後、ガクッと力が抜けて、その場に膝をついてしまう。
グラグラと視界が歪み、頭が割れるように痛い。
身体も焼けつくようにして痛み、呼吸が出来なくなった。
身に覚えのある感覚。
まさか、このタイミングでくるとは思わなかった。
別に、これはアックス様のせいではない。
現に、遠くでアックス様の戸惑う声が聞こえる。
これは、さっき使った「影」の魔法の副作用だった。
「リオ!」
「グッ……くっ! ゴホッゴホッ」
私は激しく咳き込む。口内に血の味が広がり、零れ出たそれが手を真っ赤に染める。
いつかのあの日のように、私の手を赤黒く穢してゆく。
ああ、ちょっと今日は無理していたのがいけなかったのかな。
何てことを考えて、私は微かに自分を嘲笑するように、口角を上げた。
そうして、こちらに手を伸ばそうとするお嬢様の姿を最後に視界はブラックアウトし、意識を手放した。




