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悪役令嬢は戦乙女と成る

王立マリアンヌ学園。

その貴族の子弟が通う、国内トップレベルの名門校は王都アメリアの中心地にあった。

歴史は古く、この学園が作られたのは五百年も前。

アメリストス王国が建国された時とほぼ同時期のことだ。


設立を発案したのは初代国王ルオン・アメリストスの妃、マリアンヌ・アメリストス。

彼女は当時、国民から高い人気を誇った方で、今でも憧れとされる女性だ。

そんな彼女は長い戦争で疲弊した王国を復興させるために、また人々が同じ過ちを繰り返さぬように、知識を身につける場所を作りたかった。

それで、夫である国王に相談したところ、この学園は設立されたのである。


そして、そのエピソードから、学園はマリアンヌ学園と名付けられた。

それがこの学園の成り立ちであり、今も生徒たちに高度な教育を施している。

現在の生徒数は一学年、七十人。

全校生徒はわずか二百人余りと広大な敷地に比べて、生徒はあまり多くない。


というのも、マリアンヌ学園の入学には多額の入学金とそれなりの学力が必要であり、行ける者が限られているからだ。

もちろん、特に優れた才能を持つ者はそういうものが免除されることもあるが、それでもそれは狭き門である。

学年にもほんの数人程度しかいない。

そうすると、必然的に通えるようになるのは幼い頃から英才教育を受け、多額の入学金も払える貴族だ。

近年では騎士団からの推薦枠や大規模商人の子息などが増えたため、六、七十人になったが、それ以前のひどい時などは一学年三十人になったこともあったという。


そして、今やこの学園は設立当初にマリアンヌが願っていたものではなく、皮肉なことに貴族のステータスや媚を売る場所と化していた。

もちろん、今では国内にある学校はここだけではないので、庶民もいけるにはいけるのだが、やっぱりやっている内容のレベルの差は歴然だ。

それは腐敗具合も比例していて、ここより腐った環境もそうそうないといえる。

お嬢様の二年生での編入もほぼコネで入れたのだから、権力が蔓延っているのは最早、目に明らかだった。


とはいえ、今日行われる魔道杯においては、重要なのはそこではない。

もちろん、相手に勝たせないために権力やら小細工やら仕掛けてくるものもいることにはいるが、長年プロの暗殺者相手にやってきた私にとっては子供のいたずらのようなものだ。

特に意に介するほどのものではない。

私が思う重要な点とは、その人数なのだ。

この学園での全校生徒は二百人余り。

そのうち、数人は極端に魔法を操れないか、出ることに対する意義が全くないかのどちらかなので、出場しない者もいる。

なので、今回は一班十二人の十六班が今回のトーナメントに出場することになっていた。

つまり、五回勝利出来れば優勝になるのである。


私は試合開始前に渡されたトーナメント用紙を眺めながら、改めてそれを確認した。

ここは班の控え室。

待ちに待った魔道杯に、部屋の中の空気は心なしか熱を含んでいるような気がした。

隣で目を閉じて集中するお嬢様や、剣の素振りをするシャイン様を見れば、やる気は十分だ。

意外なことに上手くやっているアナ様とユリー様は作戦の最終確認を行っているし、他のメンバーも各々で試合前の準備を整えていた。

今は第一試合が行われているので、第二試合の私たちはあと少しだ。

初戦の相手はあまり強くないとはいえ、この数日間の成果を試すには今日は重要だった。

初戦は今後の流れや士気にも関わってくるので、その価値はかなり高い。

私もいつも通りお嬢様の世話をしながらも、期待と不安でほんの少し顔がこわばってしまっていた。


「リオ」

「はい、なんでしょう?」


そんな時、目を閉じていたお嬢様に声をかけられた。

私はハッと我に返り、咄嗟に笑顔を浮かべる。

お嬢様は完全に戦闘モードに入っているのか、既に纏う雰囲気が違った。

まだ試合が始まっていないので表情の変化はそこまでないが、気迫が全く違う。


「リオ。今回の魔道杯なのだけれど、あなたはどれほどの力で行くつもりなの?」

「私、ですか。全力はおそらく、出さないとは思いますが」

「でしょうね。あなたが全力を出せば、一人で試合が終わってしまう。それはあまり良いとは言えないわ」

「はい。わかっております」

「わかっているのなら、それでいいの。一応、確認しただけだから。リオは全体のフォローをお願いね。二、三人なら倒しても構わないから」

「承知しました」


そんな会話を交わしていると、遠くの方で試合が終わる合図が聞こえた。

ついで響く大きな歓声と、悔しがる声。

第一試合の勝負が決したようだった。

ついに私たちの出番が来るのである。

私たちは一度会話をやめると、部屋の中央へと集まった。

作戦の最終確認をするためだ。

先ほどまでそのことについて話し合っていたアナ様とユリー様がそれぞれの役割分担を話しだした。


「まず、今回のフォーメーションですが、前衛二人、そのフォローを四人。後衛も四人で、その守りを二人で行うという形にしたいと思います」


いわゆるバランス型のフォーメーションといったところだろうか。

しかし、実はこのフォーメーションは下手をすれば攻撃も守りも中途半端になってしまうという欠点がある。

だが、きっと私たちの班なら大丈夫だろう。

私は事前の聞かされていた作戦と一致しているのを確認しながら、頷いてみせる。

周囲も同じように頷いていた。


「まず、前衛ですが、ここは剣術の得意なシャイン様とエレナリア様にお願いしたいと思います。今回の作戦はお二人にかかっているとも言えるので、重要な役割ではありますが」

「承知の上よ。任されたわ」

「同じく。了解っす」


そう。このお二方がいるからこそ、この作戦は成り立つのだ。

お嬢様とシャイン様はこの学園の剣術では共に一、二を争っている。

それくらいの二人でなくてはたった二人で相手に切り込むことなどできない。

後ろの層をその分厚くして、後ろから叩くという作戦なのだから、数の不利にも相手の攻撃の嵐に耐え、なおかつ攻撃を与えられる力量の持ち主ではなくてはならないのだ。


「それからそのフォローですが、リオさん、アナ様、そして……」


そして、そのバックアップも重要だ。

さすがに二人きりでは決定力にも安全性にも欠けてしまう。

だから、私やアナ様はお嬢様たちの攻撃を邪魔してくる者達の殲滅役になるのだ。

本来なら私一人でも務められる役回りだが、流石にそれでは目立ちすぎてしまうのでお嬢様とも相談して、こういう形になった。

このフォロー役には主に剣術を学んでいるものを配置している。


そのほかにユリー様はは後衛の守りで、幻で相手の気をそらしたりする役目を負っている。

後衛は前衛等の攻撃メインのもの達が攻撃している間に、油断しているものを的確に撃ち抜くため、かなりの集中力が必要になるのだ。

だから、それを隙を守るためにもその守り役がいた。

これが私たちの基本的な布陣である。


こうして、私たちは最終確認を終えた。

お嬢様は数日前のようにメンバーそれぞれの顔を見回して、それぞれの意思を確認した。

それから、激励を飛ばす。


「いいこと。もうここまで来たからには言うことは一つよ。それが何だか、わからないものはいないでしょうね?」

「もちろんです」

「勝利あるのみ」

「全力を尽くします」


お嬢様の呼びかけには力強い答えが返ってくる。

誰も彼もがやる気満々だった。

まぁ、当然だ。ここ数日はお嬢様による厳しい特訓も敢行されていたのだ。

最早、勝たねばその悔しさも辛さも全てが無駄になる。

ならば、彼らにとっての勝利は絶対だった。

ほんの少し前までは空気がどん底に悪かった班とは思えないほどの団結力が今ここにはある。


お嬢様はそんなやる気に満ちた彼らの表情を睥睨すると、深く頷いた。

そして、右手を大きく手を振り上げる。

周りもそれに習って片手を空に向かって突き上げた。

これはこの国に長く続く、戦いの前に士気をあげるためのポーズだ。


「絶対に、勝つわよ!」

「おうっ!」


私たちは試合会場へと駆け出した。

腕に100と書かれた腕輪をはめ込むと、各々の装備を身につけた。

この100と書かれた腕輪はダメージカウンターだ。

魔法などの攻撃を受けると、数値が徐々に減っていき、この数値がゼロになるまでは魔法を受けても無効化されるという便利な代物である。

とはいえ、その効果は結界の中に限られるので、実戦では中々使えないのだが。

ダメージカウンターを持てる財力があり、かつ結界を張りやすいコロシアムを持つ、学園だからこそのものだ。

ちなみに、今回のルールでは安全性の面から50になればそこでその人は失格になる。

一般人が魔法を全力で放つとおよそ30ほど減るので、受けてもいいのは五、六発程度か。

毎回全力で放てばすぐに魔力切れになってしまうので、通常の攻撃はおそらくその辺である。

もちろん、私は一発も食らうつもりもない。


私は腕輪に表示される数値が100になっていることを確認すると、お嬢様達の後に続いて会場へと入った。

現在、会場である魔道鍛錬場は改造されており、コロシアム状になっている。

舞台へ続く階段を上がると、観客席にはまだ試合までに余裕がある生徒達や試合を終えた生徒達がこちらを見守っていた。

反対側からは相手班の十二人が階段を上ってくる。

私たちは舞台の中心で睨み合った。


「これより学園魔道杯一回戦、第二試合を行う。互いに礼!」


両班の間に立つ審判こと、先生は厳しい声で互いに挨拶を促した。

こういうのは稀にわがままなものがそれを守らずに、早速戦い出してしまうことがあったからである。

私たちの場合はそんなことは全くなかったが、その間に流れる空気はどの試合と比べても比較にならないほど殺伐としていた。

それが主にお嬢様のせいであるのは間違いない。


「それでは、始める」


先生がそう声を張り上げた瞬間、両チームの生徒達が武器を構えた。

木剣を使うことは魔法を纏わせれば許可されているので、前衛とフォロー役は剣を、後衛とその守りは魔力を効率よく使える杖を構えた。

空気が張り詰め、会場がシンと静まり返る。

私はタガーを構えながら、お嬢様を狙う敵の目を探した。


「用意。始めっ!」


試合開始。その直後、お嬢様とシャイン様は一気に前へと切り込んだ。

学園では有数のスピードを誇る二人の動きは、敵の前衛を一撃で破綻させる。

シャイン様は剣に雷を、お嬢様は炎を纏わせて、前衛を次々に薙ぎ払っていた。

最早フォローの必要もないほど、苛烈な攻撃だ。

私は間を抜けて来ようとしたそれなりの実力を持つ敵を、風を纏わせた蹴りで地面に叩きつけながら、お嬢様の様子を見守った。


今の戦況は圧倒的にこちらが押している。

それもそのはず、お嬢様とシャイン様が生徒の中であまりにも実力が突出しているせいだ。

後衛もバランスを崩した敵を軽々と仕留め、守り役はほとんど出番がないと言ってもいい。

始まりからはまだ一分も経っていないというのに、既に前衛の五人のうち二人がダウンしていた。

今の所最低限、ラインを保ててはいるがそろそろ早くも限界が見え始めている。

後ろの攻撃もお嬢様達の動きにはついていけずに、なかなか当たることはなかった。

例え当たっていたとしても、ほんのかする程度。

攻撃らしい攻撃はほとんどなかった。


「まさか、その程度かしら?」

「くっ、強すぎる! そこっ、もっと押し込め。集中するんだ」

「あなたも、ねっ!」

「ぐあっ!」


そうこうしている間にも、また一人前衛の一人が落ちた。

残る二人も一対一となれば勝てるはずもなく、苦戦を強いられていた。

お嬢様の剣の重さは並の男子では受け止めきれない程に凄まじい。

相手はすぐにバランスを崩し、隙を見せるハメになった。

その間ももちろん、お嬢様の苛烈な攻撃は止んでいない。

彼は程なくして地面に倒れこむ結果となった。


一方、シャイン様の方も優勢だ。

あの磨き抜かれた技で相手を圧倒している。

相手は反撃のチャンスすら見出せずに、防戦一方だった。

雷の魔法は予測がしにくい動きをする為、扱いにくいところがある反面、相手も避けにくい。

そこに更にシャイン様は雷を自由自在に操れるとくるのだから、相手のダメージカウンターの数値はみるみるうちに減っていった。

必要最小限の効率の良いやり方で、シャイン様は相手を撃沈させることに成功したのである。


これで、相手で倒れていないのは、あと七人になった。

とはいえ、その全員が後衛や守りなどで接近戦には慣れていない者達だ。

ユリー様が幻を見せると、錯乱して連携はすぐに崩れてしまった。

我を忘れて逃げ惑う彼らをこちら側の後衛が簡単に撃ちぬき、それを逃れた者もお嬢様達によって蹂躙されていく。

これほどの敵の慌て様をみると、どんな幻を見せているのか非常に気になることだが、よっぽど恐ろしいのは確かだった。


何はともあれ、私の出番はほぼ無いまま、試合は終わってしまった。

どうやら、お嬢様の心配も杞憂に終わったようだ。


かかった時間はたった三分。

先生に事前に説明されていた過去の試合と比較しても、間違いなく最速だった。

最早試合としての体を成していたのかさえ疑問である。

それくらい、この試合は一方的だった。

会場は元に驚きのあまりかシンと静まりかえっている。

審判たる先生も判定や試合終了を告げられずに、呆然と目を見開いていた。

いや、無理もない。これが我が自慢の主人の本気なのだから。


「審判。試合は終わっているぞ」


会場が静寂に包まれる中、そう告げたのは今の試合をすぐ近くで見ていたローナ先生だった。

剣術の教師として私たちの実力を先に目の当たりにしていたローナ先生は呆れた顔をしながら、審判の先生に声をかける。

学園にとっては特別な日である今日は儀式用の騎士服に身を包んでいたが、金色のポニーテールだけは今日も健在だった。


そんな一味違うローナ先生の声に審判を務めていた先生はそこでようやくはっと我に帰った。

それから、慌てたように判定を高らかに告げる。


「しょ、勝者エレナリア班!」


すると、生徒たちもようやく現実を受け止められたようで、再び騒がしくなった。

嘘だろう、強すぎるなどといった声が飛び交い、賞賛と畏怖の眼差しがこちらへと向けられる。

中には戦意を喪失したのか、半眼でおざなりな拍手を送る者もいた。


「ふふっ、エレナリア様がいらっしゃるのだから、当然の結果ですのにね。皆様何を驚かれているのでしょう?」

「やはり、過去最速の決着ですからね。無理もありませんよ」


ユリー様はそれはまぁ、悪役令嬢らしい高笑いを自慢げにしてみせる。

その横でアナ様は控えめな感想を述べながらも、勝ったことを喜んでいるようだった。

他の面々もこんな結果が出るとは思わなかったのか、驚きながらも表情に喜びを滲ませていた。


「お疲れ様です、お嬢様」

「リオもご苦労様。どう、今回の試合は?」


そんな中、私はお嬢様に声をかけた。

お嬢様は試合が終わるなり、闘志が抜け落ちたように無表情に戻っている。

それでも、どこか達成感を覚えているのか、満足げな雰囲気を漂わせていた。

アドバイスを求めてくるあたりは次の試合もきちんと意識しているのだろう。

私はお嬢様に微笑みかけながら、深く頷いた。


「バッチリです。お嬢様、更に腕を磨きましたね。私の出番がほとんどありませんでした」

「ありがとう。でも、一人討ち漏らしてしまったのは残念ね。リオが叩きのめしてしまった、あれよ」

「お嬢様、人をあれ扱いはあんまりかと。でも、それも仕方ありませんよ。あれだけ大人数を相手に戦っていたのです。一人くらい逃して当然でしょう」

「それでも、リオなら一人残らず叩きのめせたはずよ。それが出来ないのはまだまだ未熟者の証ね」


もっと鍛錬しなくちゃ、と呟くお嬢様は剣術に完全にのめり込んでいる証拠だった。

少なくとも、貴族の……しかも侯爵家の令嬢が呟くことではない。

私はお嬢様にどうしても苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

お嬢様がこうなってしまった責任の大半は私のせいでもあるのだから、顔が引きつるのは止められない。

全く、どうしてこうなってしまったのか。


お嬢様はそんな私を見てか、少し不機嫌そうに数ミリ眉を寄せた。

それから、もうすぐ次の試合が始まろうとしている会場を私の腕を引っ張りながら後にする。

班のメンバー達の背中を追いながら、お嬢様は私を軽い調子で叱った。


「リオ、何を遠い目をしているの? これから次の試合のことも考えなくちゃならないのよ。クレア様や殿下、アックス様の試合もきちんと見なくちゃいけないし、やることはたくさんあるわ。ぼうっとしてる場合じゃないのよ」

「いや、わかっています。ただ、これからのことを考えると頭が痛くてですね」

「何を訳のわからないことを。良いこと? 今はちゃんと試合に集中してちょうだい。確かに貴女は手加減をしなくちゃいけないから、退屈なのはわかるけど……。それでも、やる気だけは共有してくれないと、班の士気が下がるわ」


お嬢様はまるで聞く耳を持たなかった。

もう、どうしたって手遅れらしい。

お嬢様の狂戦士(バーサーカー)ぶりには自覚症状が伴わない時点で、相当深刻化していた。

私は深いため息の後、反論は諦めて頷いた。


「わかりました。今後は気をつけます」

「良い返事ね。それじゃあ、お願いするわね。貴女は私達の班の大切な切り札なのだから」


お嬢様はそう言うと、ポンと私の肩に手を置いた。

それから、さっさと歩き出してしまう。

その先にはアナ様が立って、お嬢様を待っていた。

それに応えようとするお嬢様の後について、私も歩き出す。

どうやら、もうじき始まる第四試合がクレア様や殿下の班の試合であるらしい。

魔力の適性が五つもあるアックス様も同じ班だそうなので、敵状観察も兼ねて見なくてはならない試合だ。

あちらがどういう戦い方をするのか、見極めて作戦を立てていく必要がある。


私はお嬢様の言葉通り、すっと気を引き締めた。

対人戦ではかなりの自信がある私だが、やっぱり魔術を巧みに操るアックス様のことは油断できない。

何分、彼はそこの読めないところがあるのだ。

何をしてきてもおかしくはない。

私は彼に今大会で最大限の警戒を抱いていた。


また、殿下も見る目がおありだし、メンバーの力を最大限活かせる作戦を立ててくることは間違いない。

クレア様もかなりの策略家でしたたかであるのは経験済みだ。

このメンバーを見る限りだと、純粋な実力もそうだが搦め手で来る可能性がかなり高い。

一応、メンバーの総合能力ではこちらも負けてはいないので、一番の争点はそこになりそうだった。


「こちらも、連携力を高めていかないとね」


実際、試合を見終えたお嬢様の感想も第一声がそれだった。

作戦の立案役たるシャイン様も神妙な顔をしている。

お嬢様が指摘した連携部分を担当しているアナ様も、悩むようにため息をついていた。

現在、見ていた班のメンバーは全体的に重々しい雰囲気を漂わせていた。

この状況を一言で言うのなら、憂鬱といったところだろうか。

誰一人晴れ晴れとした顔をしたものはいなかった。


それもそのはず、殿下達の班は私たちの過去最速記録をサラッと更新し、見事に勝利したのだから。

そのやり方も、まさに圧巻の一言である。

どこから情報を仕入れてきたのか、相手の動きや特徴を十全に理解していた前衛は、開始数秒で敵の前衛を突破していた。

その突破時にできた道を後衛が全力で魔術を叩き込む。

アックス様とクレア様の魔力はこの大会でも一、二を競うほどに強力で、誰も太刀打ち出来ないままにやられてしまう。

後衛のフォローも、連携も消え失せた前衛に残された道など破滅のみだ。


そんな感じで、試合はものの二分程度で終了していた。

これには、審判の先生も呆然を通り越して、気を失いかけていた。

さすがのローナ先生だって、顔面蒼白である。

私たちもこんなものを見せられては沈黙する他なかった。

ようやく言葉が出てきたとしても、この惨状である。


お嬢様も流石にあれを見せられてはなんとも言えないのか、考え込むようにして俯いていた。

堪らぬ雰囲気に周りの視線は自然とそんなお嬢様へと向く。

皆、一回戦をあんな形で勝てたのはお嬢様の影響力故であることを既に感じていたためだろう。

縋るような視線が四方八方から突き刺さっていた。

お嬢様はその中で、そっと口を開いた。


「どうも、簡単には勝てそうにないわね」


だが、お嬢様の口からこぼれたのは、皆が期待していたような強気の言葉ではなかった。

これには、周りはがっかりした様子を見せる。

わかってはいるが、もっと希望の持てる言葉が欲しかったと言った顔だ。

しかし、お嬢様の言葉はそれだけでは終わっていなかった。


「でも、簡単にというだけで、全くというわけじゃあない」


その瞬間、メンバーの顔がパッと輝いた。

皆の目に光が戻り、やる気が満ち始める。

お嬢様は中心で不敵な表情を浮かべていた。

雰囲気が既に戦闘モードだ。

あの試合はお嬢様にとって、脅威ではなかったようだ。

むしろ、狂戦士(バーサーカー)としての本能が触発されてしまったらしい。

お嬢様はこれまでにないほどワクワクしたように、口元を歪めていた。


「考えがあるわ。別に特別なことをしようってわけではなくて、至極単純な戦い方よ。それがわかってさえいれば、わたくしたちはきっと勝てる。だから、その為にまずは確認するわね」


お嬢様は人差し指を立てた。

それから、こてりと首を傾げる。


「さて、わたくしたちの武器は何?」





それから、二日後。

私たちは無事にトーナメントを勝ち抜き、決勝へと駆け上っていった。

最後の試合。

その相手はもちろん、殿下率いるクレア様やアックス様の班である。

私たちも相手の班もここまでの試合は快勝ばかり。

流石に相手も勝ち抜いてきているということもあり、最速記録が塗り替えられることはなかったが、それでも圧倒的な勝利だった。


私たちは今、彼らと向かい合っている。

コロシアムには張り詰めた空気が流れており、シンと静まり返っていた。

その中で両者は互いに自信に満ちた表情を浮かべていた。

勝つということに対する意志の強さはどちらも負けず劣らず。

純粋な実力も伯仲しているのは、この場の全員が理解していたことだった。

この試合の行方がどうなるのか、それは神のみぞ知るというわけだ。

私もお嬢様にそれなりの力を出して良いと言われているので、それがどれだけ厳しい試合になるかは安易に予想出来る。


審判の先生も最早驚くことはなく、今日は冷静に進行を務めていた。


「では、これより決勝戦を行う。両者、礼」

「よろしく頼むよ、エレナリア」

「殿下こそ、お手柔らかに。負けるつもりは微塵もございませんので」


挨拶をするだけでも、両者の間には火花が散る。

いつもはお嬢様に対しては笑顔を浮かべている殿下も、厳しい表情をしていた。

お嬢様の方もいうまでもなく、獣が獲物を狙うような目をしている。


私は一方で、アックス様を見つめていた。

アックス様はさすがは時期王家筆頭魔導師候補ということもあってか、溢れ出る魔力が半端ではない。

今回の私の役目はこの彼を抑えることなので、その魔力量に少し戦慄を覚えた。

彼が何をしてくるか、それも警戒しておかなくてはならないので、不安の要素は増えるばかりだ。


互いに挨拶を終えると、お互いに審判の指示で武器を構えた。

その瞬間、また一段と緊張感が高まる。

審判は大きく手を振り上げた。


「それでは、始めっ!」


そうして、その声が響いた瞬間、膨大な魔力がその場に溢れ出たのだった。

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