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悪役令嬢のケジメ

することもなく、退屈な夏季休暇はダンスパーティーが終わってからというものの、思っていたよりも早く過ぎた。

パーティーの終わった学園は普段の賑やかさが嘘のように閑散とし、私とお嬢様は日々のんびりと穏やかに暮らしていた。

それは領地にいた頃はなかったような、平和で満たされた日々であった。

しかし、その一方でそれがどことなく寂しさの拭えないものだったのは否定できない。

時々、これまた王都をあまり離れることができない殿下が顔を見せる時だけはちょっと違ったが、それもほんの短い時間のことだった。

殿下だっていずれ国王になるのだし、学園を卒業する来年からは公務の本格的な手伝いをしなくてはならないのだ。

今年もその前段階として公務を手伝う殿下に与えられた時間は予想以上に少なかった。

それでも毎日贈り物をしてきたり、可能な限り顔を見せようとしていたのだから、彼の姿勢は大したものだと言える。

殿下はダンスパーティーでほんの少し近づいたように感じられる距離を更に詰めようと、熱心にお嬢様にアプローチをかけていた。

夏季休暇はそんな感じで、静かかつなんとも平和に過ぎ去ったのである。


そして、今は再び学園の始まった九月。

まだまだ厳しい残暑の中、今日生徒たちは一斉に魔道鍛錬場へと集められていた。


「さて。これは一体どういう巡り合わせなのでしょうね」


その中で、お嬢様は手元に握られた紙に視線を下ろすと、深いため息をつかれた。

そのため息は表情が無いのも相まって、非常に迫力がある。

お嬢様の周囲に集まった、十数人ほどの面々はそれに気圧されて、一様にびくりと肩を震わせていた。

表情には怯えと不安が入り混じっており、気まずい沈黙が流れている。

幾らお嬢様が最近変わられたとはいえ、悪役令嬢とされることは未だに変わっていないようだった。

いや、むしろ前よりも板についてきたとすら言える。

お嬢様はいかにも不機嫌です、と言わんばかりにゆるゆると首を振った。


さて、どうしてこういう状況になったのか。

それは、もうじき行われるイベントに関係していた。


「このメンバーで、学園魔道杯を戦うことになるとは。心強いと言うべきか、なんと言うべきか」


お嬢様はそう言って、くじ引きによって決まった、学園魔道杯を共に戦うメンバーの顔を見回した。

その面々は学園でも有数の魔力保持者と言われる者がかなり多い。

だというのに、誰も喜ばないのは一重にお嬢様の存在故だった。

なんと言ったって、メンバーの中には以前合宿でいざこざがあったアナ様を始め、ダンスパーティーで衝撃の告白をしてくれたシャイン様。

加えて、お嬢様に味方する気が強い悪役令嬢、ユリー様までいらっしゃるのだ。

この個性も強く、仲も良いとは言い難い関係がある中で、空気も最悪となろうものだった。


「あらあら、本当ですこと。なんで、アナ様はここにいらっしゃるのかしら。あれだけエレナリア様に迷惑をかけておいて、なんて厚かましいのかしら。笑っちゃいますわ」

「……その」

「ユリー様、そのあたりに。せっかく決まったのですから、揉めては空気が悪くなるばかりですわ。今でも、十分に悪いのですのに、これ以上は居心地が悪くなるだけですもの」

「そうですけど……でもまぁ、後ろから魔法を打たれては困りますものね。アナ様、今日はエレナリア様の優しいお心遣いに感謝することね」

「……はい」


こんな感じで本当にギスギスしっぱなしだ。

シャイン様はこちらを一向に見ようとしないし、他の生徒も触れぬ神に祟りなしと言わんばかりの態度を貫き通している。

運良くお嬢様と同じ班になった私も、さすがにご令嬢方の間に入って行くわけにはいかず、ただただ見守ることしか出来なかった。

こんなことで、魔道杯を勝ち抜けるのか本当に不安である。

随分と先のことが思いやられる空気だ。魔道杯まではもう僅か五日ほど。

この空気がこの短期間で良くなるとは、今のところ思えなかった。


学園魔道杯。

それは年に一度、学園で行われる一大イベントだった。

学園ではサマーパーティーや冬のチェス大会と同列に扱われるほどの規模で、楽しみにしている者も多い。

学年関係なく、くじ引きで十二人のチームを組み、魔法を使って戦う、言わば体を動かす系のイベントだ。

魔道杯はトーナメント方式で行われ、優勝したチームのメンバーは王家魔道師団への推薦も受けられるというのだから、皆本気になる。

特に騎士階級の者たちは血眼になって、死に物狂いで戦うのだ。

推薦など要らない貴族も、社交界ではそれが一種のステータスになったりするので、大会にかける思いもそれなりのもの。

それくらい、この魔道杯というイベントは全体的に熱かった。


「さて、このままでいるわけには参りませんね。手始めに、自己紹介でもしますか?」


お嬢様は時間に立つにつれ、悪くなっていく雰囲気に危機を感じたのか、そう切り出した。

少しでもこの沈黙を破りたかったメンバーはそれに縋り付くようにして、自己紹介を始める。

まずはお嬢様からだった。


「エレナリア・ルルーシュよ。魔術は炎と闇を使うわ」

「ユリー・ガルロイですわ。幻影術を使うのが得意ね」

「アナ・ユーグです。植物を操ります」

「シャイン・ガイアレスっす。得意魔法は雷と炎です」

「リオと申します。家名はございません。風を扱わさせて頂いております」


そんな感じで自己紹介は進んでいく。

残る七人も剣術を習っていたり、魔道試験の成績上位者などかなり有力なメンバーが出揃っていた。

これはかなり優秀なメンバーだ。

そもそも、戦いに優れたお嬢様やシャイン様がいるだけで、だいぶ強い。

チームワークは最悪だが、ここの地力はどこよりも強いといっても過言ではなかった。

懸念といえば、やはりチームワークと他チームに殿下やアックス様、クレア様がいることだろうか。

これらは随分頭が痛い問題だが、果たしてどうなることやら。

私には想像が及ばなかった。


それから、自己紹介を終えると、再び何をすればいいのか分からなくなった。

普通ならば、連携をとる練習だったり、作戦を立てたりと、やらなくてはいけないことがたくさんあるはずなのだが、この空気では到底できそうにない。

こんなにもギスギスした雰囲気では、コミュニケーションをとるのは難しいし、そもそも集中できなそうだ。

先ずなすことといえば、この最悪な雰囲気を払拭するところからだろう。

切り出しにくいことではあるが、いつまでも逃げていても仕方がない。

お嬢様もそれがわかっているのか、口を開いた。


「あの、エレナリア様」


だが、その直前。違う声がその場に響いた。

一時は憎らしいほど可愛い声と形容としたその声は、今は真剣味を帯びている。

声の主は言わずもがな、アナ様だ。

途端に周囲の視線がアナ様に集まり、ユリー様は目に見えて不快そうな顔をした。

お嬢様は安定の無表情で、アナ様を見つめている。


「なんでしょう、アナ様?」

「私、ずっと前からエレナリア様にお伝えしなくてはならなかったことがあります。本当はもっと早く言うつもりだったのですが、随分と遅くなってしまいました。本当に申し訳ありません。何分あれから色々ありましたから……いえ、これは言い訳ですね。私の気持ちの整理が付かなかっただけです」

「ちょっと、何よ。グダグダ喋っていないで、早く要件を言いなさい。エレナリア様の時間を取らせてるんじゃないわよ!」

「ユリー様。待ってください」

「エレナリア様、どうしてです?」

「取り敢えず、話を聞きましょう。文句を言うのはそれからでも遅くないはずです」


ユリー様は語り出したアナ様に苛立ちが募ったのか、厳しい言葉を飛ばした。

それは立場の関係上、確かなことではあったが、お嬢様がそれを制す。

お嬢様は幾ら悪役令嬢っぽくても本当は優しい方だ。

きちんと、アナ様の言葉の奥に秘められた決意を敏感に感じ取ったのだろう。

オレンジ色の瞳をわずかに潜めながらも、お嬢様はアナ様に真正面から向き合った。


「さぁ、続きを話してごらんなさい。あんまりくだらない事だと、承知はしないわよ」

「ありがとうございます、エレナリア様。私がお伝えしたいのは、感謝の意と、謝罪なのです。合宿の時に起きた事、まだ何もお伝えできていませんでしたから」


アナ様はそこで一拍置いた。

そして、ゆっくりと息を吐き出すと、お嬢様に向けて深々と頭を下げた。


「今までの自分勝手で、身分不相応の振る舞い、申し訳ありませんでした。沢山のご指導をしていただいたのにもかかわらず、私は何も聞かず、愚かな幻想を抱いておりました。今思えば、我が身が恥ずかしい限りです。多大なご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます。それから、あの時魔物から私を助けて頂き、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません。無礼な振る舞いも今後長い時間をかけて、償わせていただきます」


アナ様はそう、言い切った。

態度は少し前とは打って変わって、立派な貴族令嬢としての振る舞いと、言葉遣いが身についていた。

表情には反省と感謝がありありと浮かんでおり、言葉にも誠実さがうかがえる。

まるで、長い間の夢から目覚めたかのように、夢見る乙女は貴族の淑女となっていた。

私も驚く程の変化である。


これではまるで別人だ。

なんて、失礼とも取れる感想を胸中で思い浮かべながら、私はアナ様をまじまじと見据えた。

だか、そこには演技っぽさのかけらもないし、その場しのぎな嘘をついているようにも見えない。

もし、これが表だけのものなら、とんだペテン師だと言えるだろう。

それくらい、彼女の言葉と態度からは誠実さを感じられた。

これは、一体。


「アナ・ユーグ子爵令嬢」

「はい」


私が戸惑っている中、お嬢様が不意にアナ様の名前を呼んだ。

私はそれにつられるようにして、隣にいるお嬢様の顔を見てみる。

お嬢様はいつも通りの表情だった。

アナ様の態度に驚いた様子も、呆れた様子もない。

いたって普通の態度だ。

お嬢様はアナ様の変わりようをなぜ疑わないのだろう? と、私はその傍で不思議に思った。


「愚かな幻想から目は、醒めたかしら?」

「はい。エレナリア様のおかげで、どうやら現実に戻ってこれたようです。もう、全てしでかした後でしたけれど」

「そう。ならいいわ。一生、私に対する非礼を償い続けなさい。愚かな過去は決して消える事はない。それをゆめゆめ、忘れてはならないわよ」

「承知しております」


アナ様はお嬢様の理不尽にも聞こえる言葉にも、しっかりと頷いた。

そこには、二人だけに通ずる何かがあるのだろうが、私にはよくわからない。

ともあれ、あの時の事はもう終わり。

一応、そうしようとしている事はわかったので、ユリー様も最早口を挟む余地はなさそうだった。

悔しそうな顔をしてはいるが、彼女も侯爵令嬢。

彼女の慕うお嬢様が許したからには、ユリー様もアナ様を許さなくてはならない事をしっかりと理解していた。

親しくなるかは別にして、争いはアナ様がよほどの粗相をしない限りは生まれないだろう。

それも、今のアナ様の様子を見ていれば、気にする必要はなさそうだ。


となると、残る問題はシャイン様の事だけだ。

こちらも厄介だが、なんとかしなければならない。


「それと、シャイン様も」

「……リアさん」


シャイン様は怯えるようにして、お嬢様に表情を伺っていた。

これまで、お嬢様を傷つけてしまったために、再びそうなってしまうことを恐れているに違いない。

自分がいれば、お嬢様のことをまた傷つけてしまう。

そんな恐怖を体現するかのように、シャイン様の立ち位置はお嬢様から一番離れた位置にあった。


お嬢様はそんなシャイン様につかつかと歩み寄った。

そして、逃がさないと言わんばかりにその距離を強引に詰める。

シャイン様はあからさまに逃げ出すわけにも、真正面から向き合うこともできずに、その場に立ち尽くして、視線をそらしていた。


「シャイン様、こちらを向いて」

「でも、おれがいたらリアさんはっ……」

「はぁ。でも、わたくしは別にあなた自身にはなんとも思ってはいないわよ」

「そんな、こと」

「信じられないかしら? でも、まぁ確かに『アレ』を話された後すぐは複雑ではあったけど、今はちゃんと落ち着いたわよ。あなたも別に、気にしなくてもいいわ」

「それ、本気ッスか?」


シャイン様は繰り返し、尋ね返した。

その瞳の奥には未だ不安が色濃く残っており、激しく揺れ動いている。

それだけ、殿下に言われたことがショックだったのだろうか。

それとも、お嬢様の大丈夫が一度、大丈夫じゃないとわかって、疑心暗鬼になっているのだろうか。

シャイン様の反応は過剰と言っても過言ではないほどの怯えようだった。


「本当よ。でなきゃ、一度たりとて、手を取ったりはしないわ。むしろ、あなたとの約束を放り出してしまったことが申し訳ないほどよ。ああなるのなら、最初から変に気を使わない方が良かったのだわ。わたくしらしくもなく、変に甘くしてしまったようね。最後までもっと厳しく接するべきだったわ」

「今思えば、リアさんの気持ちは当然のものッス。おれの方は全く気にしてないんすけど……本当の、本当に?」

「本当の本当。さっきからそう言っているじゃないのよ。わたくしもいずれは『アレ』とは決別しなくちゃならないの。だから、いつまでも『アレ』を腫れ物を扱うようにしていても、いけないわ。あなたにも普通でいてほしい。このままじゃ、魔道杯も勝てないでしょうし、ね。良い?」


お嬢様は一度、シャイン様から視線を逸らした。

そして、魔導杯のメンバーの顔を一人一人見回した後、再度シャイン様に視線を戻す。

今や、お嬢様は剣を握った時のように、獰猛に目を光らせていた。

纏う雰囲気もガラリと変わり、皆が注目する目の前で傲慢な態度で言い切る。


「良いこと? わたくしは負けるのは嫌いよ」


ビクリ、と全員が大きく震えた。

お嬢様から溢れ出る迫力がその言葉の重みを増して、より緊張感を与える。

誰もが押し黙り、お嬢様の言葉に耳を傾けていた。

一番真正面から見据えられたシャイン様はゴクリと息を呑んでいる。

お嬢様はそれを確認して、言葉を続けた。


「だから、この魔導杯も負けるつもりは毛頭ないわ。目指すのは優勝だけ。やるなら全力で取り組むのが、わたくしの侯爵令嬢としての矜持よ。だから、皆様には自分の持てる全力をだして頂きたいの。おわかり?」

「それは……もちろん」

「その言葉に偽りはない?」

「はい、誓って」


シャイン様は腰につられた剣の柄に手を置いて、深く頷いた。

お嬢様の問いかけに応えようとするその表情に不安はない。

剣術の授業で相対した時のように、闘志に溢れた目をしていた。

それは、少し合宿の時に見た王国騎士たちの姿に重なって見える。


「騎士シャイン。わたくしはもうあなたには遠慮しないわ。勝つ為なら、その好意さえも利用する。それがこれからのわたくしとあなたの関係よ。構わない?」

「もちろん、リアさんの側にいられるなら」

「なら、決定ね。他の皆も魔導杯に対する心構えはよろしくて?」

「もちろんですわ、エレナリア様。同じ侯爵令嬢として、わたくしも同じ思いです」

「同じく。エレナリア様の少しでもお役に立てるのなら、私も全力を尽くさせていただきます」


ユリー様、アナ様を筆頭に、メンバーもお嬢様の意志にしっかりと応えた。

お嬢様はどこか満足気に頷くと、途端にスッと無表情へと戻る。

それから、これからの方針をそれぞれへと伝えた。

シャイン様には騎士としての知識をいかして、作戦の立案と指揮を。

ユリー様には全体の詳しい把握と、メンバーの確認。

アナ様も剣術で戦い方を学んでいるので、連携の練習を考えてもらうことになった。

お嬢様はそれら全てを繋げる役目。

所謂リーダーのようなものだ。

そして、私は足りないところのフォローに回るのが役目になった。


各々に分担が振り分けられると、それぞれやるべきことを成すために一度解散となった。

再集合は明日で、練習に励むことになる。

私とお嬢様はようやく二人きりになり、寮へ戻ろうと足を進めた。

今日から魔導杯までは授業は免除されているので、一応自由だ。


「お嬢様、よろしかったので?」

「何が、かしら」


私の問いかけに、お嬢様はとぼけるように機械的に首を傾げた。

意味は分かっているだろうに、この態度を取るというのは私を試している証拠なのだろう。

でも、私はそれを無視して単刀直入に聞いた。

今は真実の方が知りたいという気持ちの方が大きかったのだ。


「シャイン様とアナ様のことです。アナ様には後少しで死ぬかもしれない目に遭わされましたし、シャイン様には思わぬ過去のことがありました。これで、お嬢様は納得できるのですか?」

「出来るわ。そう言ったじゃない」


お嬢様はどこまでも平然としていた。

それは、一ヶ月前のパーティーでの様子からは想像できないような割り切りぶりだ。

いつもはお嬢様のことは分かるはずなのに、今はどうしてだか、お嬢様の考えていることがわからなかった。

私は未だ納得出来ずに、更に問い質した。


「何故です? 私はまだ彼らのことは割り切りがたいです。別に懲らしめてやりたいとまでは思いませんが、良い印象は抱けません。なのに、お嬢様はまるで気にしていない」

「私なりに思うことがあるのよ……と言ってもあなたは納得しないのでしょうね」

「もちろんです。是非、教えてください」


私は即答した。

お嬢様はそうねぇ、と呟いてから、少し遠い目をした。

それから、言葉を選んでいるのか、ゆっくりと話し出す。


「アナ様は、今まで少し壊れていただけ、とでも言おうかしら。リオ、あなたも今日のアナ様の変わりようを見たでしょう?」

「ええ、確かに驚きました」


あの無知で夢見る愚かな娘、といった印象を抱いていたアナ様がまさか、あんなきちんとした態度になっているとは思いもしなかった。

それもまるで別人と言わんばかりの変化なのだから、これに驚かずにはいられない。

先程もアナ様に一体何があったのかと訝しんだものだが、お嬢様は何か知っているのだろうか。


「アナ様はね、もともと清楚で控えめでなご令嬢だったのよ。そう、さっきあなたの見たような感じのね。夢が覚めた、と言っていたでしょう? だから、今の姿が本当の彼女の姿なの」

「まさか、愚かな態度が演技だったとでも?」

「初めはそうだったのでしょうね。でも、次第に彼女は『そうしなくてはいられない』ようになってしまったのよ。彼女の、家の理由でね」


家の理由。

そう聞いて、私は随分と前に聞いたユーグ家の話をふと思い出した。

確か今代のユーグ家当主……つまり、アナ様のお父上は家の格を上げることにかなり躍起になっているのだとか。

それで、周りの子爵家も時折強引なユーグ家から迷惑を被っていたりしていて、嫌われているというのを聞いた覚えがある。


なら、そんなユーグ卿に育てられたアナ様はどう言いつけられて大きくなったか。

私はその先を考えて、眉を顰めた。

まさか、アナ様は格を上げるために……。


「無邪気を演じて格上の者に気に入られようとした、のですか」

「彼女は不器用だから、本で学んだらしいのだけどね。それが裏目に出てしまったみたい。親の期待を裏切ってしまう恐怖。そのせいで気持ちもかなり追い詰められて、合宿の日それが爆発した。彼女に罪はないわ。悪かったのは、この腐った貴族社会なのだから」

「そう、だったのですか」


なるほど、そういうわけか。

私はここまで聞いて、ようやく腑に落ちた。

それならば、彼女のあの態度も今では仕方がないように思える。

よくよく思い返してみれば、彼女のあの無邪気さはどこか空虚だったようにも見えてくるのだから、きっとそうなのだろう。

おそらく、お嬢様も似た境遇を持つ者として、アナ様には同情していたに違いない。

私はそのこの世界の理不尽さに、知らず知らずのうちに呟いていた。


「……皮肉なものです。己の利益の為に、娘の人生まで歪めてしまうとは」

「そう思うわ。今のこの世界はあまりにも腐敗し過ぎている。私も、彼女ももっとまともな 世界に生まれたなら、こうはならなかったでしょうに」


お嬢様は私の呟きに同意するように、深く頷いた。

自分の頬に手を当て、あまり動くことのない頬の筋肉をほぐすようにして、貴族社会の穢れを嘆いていた。

私はそれを見て、本当に今のこの国は万人の幸せとは程遠い位置にあることを改めて確認していた。

お嬢様の鉄仮面も、アナ様の道化も、すべてその醜い欲望と横暴な権力による副産物なのだ。

こんなあり方が間違っているのは最早明白。


しかし、そう思っていたとしても私のできることは限られているのだ。

いくら考えていても、今すぐにどうこうなることでもない。

今は落ち着いて、時を待つだけだ。

ということで、私は話を変えることにした。


「では、シャイン様の方は?」

「あれこそ、そのままよ。彼にはまだ利用価値があるし、個人的にも彼自身のことは嫌いじゃないの。あなたや殿下は彼をあまりよくは思っていないようだけど、彼はそんなに甘えたでもないわ。現に何かしようとやり方を模索して、頑張っている。ちょっと私がいじめ過ぎたから、今は冷静ではないようだけどね」

「確かに、彼には極端なところはありますが、意志だけはありますね」

「そうでしょう? 何か思っていても、実際に行動を移せる人は中々いない。そんなのができるのはごく一部の、本当に強い人だけよ。彼だって別に弱いわけではなくて、あれが普通なの。その中で、成長できるのは素晴らしいことよ。彼の潜在能力はきっとすごいのだって、私は信じている」


お嬢様の言葉はやっぱりどこまでも優しかった。

殿下も私もその優しすぎることが心配なのだが、それはきっともう変えられないのだろう。

この優しさはお嬢様のお嬢様たる所以だ。

変えることはこの先ずっとかなわないに違いない。

だって、それが私のお嬢様なのだから。


「だからね、リオも先入観には囚われず、彼のことは見ていてあげてほしいわ。いずれは私の永久の騎士になるかもしれない人のうちの一人なのだから、私に半端者がつかないようにするためにも、彼にはもっと出来てもらわないと困る。あなたは私が一番信用している人よ。だから、あなたに彼のことは任せたい。もちろん、厳しめでお願いね。私も彼をどうするかは決めたわけだし、これ以上は甘やかすつもりはないから」

「承知しました」


私はお嬢様に一礼した。

これだけ言われてしまっては、断るなんてことが出来るはずも無い。

いや、頼まれた時点で放り出すつもりは毛頭無いのだ。

彼を好意的に見ることはもうしばらくかかりそうではあるが、ちょっとは評価を上方修正くらいはしてやってもいい気にはなる。

これからはお嬢様の身を守る者としての心得を色々と教え込んでやろうと、私は密かに画策した。


これからのことを考えてほくそ笑みだした私に、お嬢様はやれやれと言わんばかりに首を振った。

それから、わずかに闘志を滲ませると、訓練用に持ってきた剣を軽く振り始める。

どうやら、今度は魔道杯に向けて訓練がしたいようだ。

私はそれを正確に察して、腰から鞘がついたままのタガーを取り出す。


「リオ」

「はい」

「取り敢えず、魔道杯は勝つわよ」

「もちろんです」


直後、私とお嬢様の武器が交わりあった。

この日は結局、日が暮れるまで鍛錬を続けたのであった。

投稿スピード重視のため、少し雑です。

今後、改稿する予定がありますのでご了承下さい。

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