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悪役令嬢に女神が微笑む

遂にサマーパーティーが開催される、夏季休暇七日目。

学園の敷地の一角にある、ホールではたくさんの生徒で溢れかえっていた。

会場は煌びやかに飾り付けられ、華やかな音楽が流れている。

流石は貴族の子弟が多く通っているということもあり、毎年サマーパーティーは豪華絢爛なのが常である。

今年もその例年に違わずに、沢山の費用が注ぎ込まれ、音楽団は一流なのはもちろん、並べられる食べ物も高級品、隅に飾られた花さえもこの辺りでは見られない珍しいものだったりした。


ダンスパーティーの開始は午後五時頃から。

今はその数分前とあってか、既に多くの生徒が会場に集まっていた。

お嬢様などは高位の貴族ということもあり、遅れてくるのが通例であるためまだ姿はないが、子爵家の者や男爵家の方々は楽しげに談笑している。

着ているものも学校の重要な行事ということもあってか、実に色とりどりで値のはるような衣装なども見受けられた。


一方で、私は会場の片隅で準備に奔走している。

一応、私はアックス様の相手になることになっていたのだが、どうやら今日はアックス様の体調が優れないのだとか。

あの真剣な眼差しに押し切られて決まってしまったパートナーだったが、来られないのならば私は出席する義務もないので侍女として走り回るのみだ。

ちょうど人手も足りなかったようなので、あのヒラヒラとしたドレスは着ずに済み、結局いつもの給仕服である。

本来ならば、私も特別に生徒認定を受けている為、出席しなくてはならなかったのだが、こうなったからこその今の処置である。

今更相手など決められない為、特別にお嬢様の侍女として動く許可を頂いたのだ。

もしかしたら、これがアックス様の狙いだったのかもしれないな、と思うあたりが怖いのだが。


まぁ、何はともあれ。


「そろそろ、ですか」


サマーパーティーはそろそろ幕を開けようとしていた。

伯爵家の方々も続々と姿を現し、思い思いにパーティーを楽しみ始める。

語らいあったり、ダンスをしたり、食事を楽しんだり。

することはそれぞれ違ったが、一様に言えるのは誰も彼もが楽しそうだということ。

会場は大いに盛り上がりを見せていた。


そして、大きな鐘の音がゴーン、ゴーンと鳴り響く。

パーティーの本格的な始まりの合図だった。

高位貴族しか通ることの出来ない中央の大きな扉が、遂に開かれる。

会場にいた全員の視線がそちらへと集まった。


「あら、既に随分と賑わっているようね」


まず現れたのはユリー様。

彼女は隣国の皇子、シュエル様にエスコートされながら、堂々と登場し、そんなことを言い放つ。

華美なドレスに身を包み、周りを睥睨すれば彼女を恐れる低位の令嬢達は身震いしていた。

流石はお嬢様と行動を共にしているだけはあって、相変わらずの悪役令嬢ぶりである。


「ええ、全く。楽しみですわぁ」

「今年も良いパーティーになると良いですわね」


続いて、その背後から現れるのは同じく侯爵令嬢のソフィア様とリリー様のお二方だった。

彼女達もユリー様に同調するように一言づつ言い放つと、こちらもまた容姿端麗な男性に手を引かれて会場へと入ってくる。

彼女達も如何にも侯爵令嬢らしく、威風堂々たる様相を呈していた。


だが、本命はこれからである。

お嬢様とクレア様なしでは、この学園の噂は語れまい。

私も忙しなく動かしていた足を止めて、扉の奥を見守った。

今日のお嬢様の姿はきっと、この場全ての目を奪うほど輝いていらっしゃることを、侍女たる私は知っているから。


「あら、どうってことないじゃないの」


こぼれ落ちた言葉は傲慢そのもの。

しかし、それ以上に無機質な声は、聞き間違いなどあるはずもなく私の主人の声だった。

会場はお嬢様の声を聞いた途端に一気に静まり返る。

音楽団も楽器を奏でる手を止めて、唖然としていた。

私はしたりとその沈黙の中で密かに微笑む。

皆お嬢様の姿に釘付けになっていた。


「あら、どうされたの?」

「エレナリア様……」


お嬢様が尋ねても、周囲は目を見開いたままだ。

それもそのはず、お嬢様の姿はあまりにも美しいからだ。

お嬢様を着飾った私でさえ過去最高の出来栄えに、一目見たときは感動したのだから当然だ。

沈黙は次第にさざめきに変わり、会場はお嬢様の名で埋め尽くされた。


「エレナリア様、なんて素晴らしいのでしょう」

「ああ、あれが噂の令嬢なのか。想像以上だ」

「隣にいらっしゃるのはシャイン様? 殿下にも誘われていたのではなくて?」

「いや、でもよく似合っていらっしゃる。美しいだけでは形容できないな」


次々と上がる感嘆の声。

お嬢様はまさに注目の的だった。

隣に立つシャイン様も誇らしげに、お嬢様をエスコートしている。

あれから少し影の目立つ表情をしていた彼も、今日ばかりは嬉しくてたまらないようだ。


お嬢様の今日のドレスはシャンパンゴールドの身体にぴったりとしたドレスだ。

今の貴族の文化からは少々異質とも言える、身体のラインがはっきりと出るそれは、スタイル抜群のお嬢様の魅力を最大限に活かしていた。

アップにした赤い髪と、スリットが入ったドレスの隙間から見える白い肌、ドレスのゴールドのコントラストは本当に絵になる。

いつもは冷たく見える気だるげな無表情さえ、今は妖艶さを醸し出していた。

例えるのなら、美の女神とでも言おうか。

いや、私の中では美の女神でさえ霞んでしまうほどの魅力が今のお嬢様からは感じられた。


「ふふ。皆様、お言葉がお上手ですわ」


お嬢様は優雅に口元に手を持って行きながら、謙遜する。

笑みはうまく表現出来ていなかったが、溢れ出る雰囲気がそれを補っていた。

いつもは嫌われ気味のお嬢様だが、今日ばかりは皆の中心のようだった。

称賛の声が飛び交い、一度静まった会場の賑やかさを更に増す。

再び流れ出した美しい音楽はお嬢様に合わせたのか、高雅で何処か激しさを感じる一曲だった。


「リオ、これは一体どういうことだ?」

「これはこれは、殿下」


そんなお嬢様を見守る中、近づいてきたのは殿下だった。

殿下は何処か不機嫌そうな様子で、会場の中心でダンスに興じるお嬢様を見つめている。

人目の多いこの場でたかだか侍女でしかない私に話しかけるのは、本来考えられないことだが、流石にお嬢様の事となると我慢できなかったのだろう。

幸い、そろそろ私と殿下がお嬢様関係でそれなりに気安く話しているのは学園でも知れ渡り始めているので、周囲も特に気にする様子はない。

殿下はなけなしの意地で少し距離を置いていたが、声には明らかな不機嫌さが入り混じっていて、私を口早に問い詰めた。


「態度は気にしなくてもいい。取り敢えず、エレナリアの事を聞きたい。もう一度言う、あれは一体なんだ? どうなっている?」

「どうなっている……と言われましても。お嬢様の決められたことですから、私は何とも」

「それくらいは僕だってわかっている。だが、聞きたいのはアイツがどんな手を使ったのか、ということだ。難攻不落と言って過言ではないエレナリアをこれだけ短い時間で誘えるなど、訳がわからない。本当に腹立たしい」


そう言って、王子としてはあるまじき舌打ちを打った。

生徒のお手本、否、国民のお手本として完璧な所作と笑顔を保ち続けていた殿下からの舌打ちだ。

そこに余程の焦りと苛立ちがあるのが容易に分かる。

現に、目は鋭くシャイン様を睨みつけており、今にも視線だけで射殺してしまいそうだった。

最早隠す気など更々ない。


まぁ、気持ちは分からなくもない。

殿下にはきっちりとした期限があるのだ。

だというのに、他の男の元へ行かれたというなら、ショックなことこの上ない。

今の殿下がそうなってしまうのは当然とも言えた。

私だって、シャイン様のことは腹立たしいのだ。

これで、お嬢様が自ら言ったことでなければ、早々に痛めつけてやったというのに。


なんて、物騒なことを考えながら、私はため息をついた。

それから、殿下に事情を話す。

全てを話す必要はない。

だが、彼もお嬢様を思う身。

少しぐらいヒントを上げなくては、気持ちが収まらないに違いなかった。


「殿下、これにはかくかくしかじか、訳がありまして」

「なんだ、言いにくいことなのか?」

「言いにくい、といえばそうなのでしょうね。なにせ、お嬢様がシャイン様の手を取られたのは、過去が関係ありますから」

「過去、というとウェンデブルか」

「ええ。彼は過去にお嬢様にあったことがおありのようで。直接的ではないにしろ、負い目を感じていたようなので、本人の要望通り少々、締めてやりました」

「ほう? それで、どうしてああなった」

「お嬢様はお優しいですからね。その締め方に罪悪感を感じられたようです。その埋め合わせだとか」


そんなことしてやる必要など、ないのですがね。と、私は目を細めてお嬢様を見た。

シャイン様の手を取り、踊るお嬢様は穏やかな目をシャイン様へと向けていた。

まるで、その奥にある何かを見透かすかのような瞳は、優しさ故のものだ。

だが、果たしてそれをこの場の何人が知っているのだろう。

誰にも気付かれなくても、別に構わない、とは思う。

私さえわかっていれば、そこに意味はあるのだとわかっている。

でも、お嬢様はちょっと報われなさ過ぎるのではないか、と考えてしまうことはやめられない。

だからいつか、きちんとそれをわかってくれる人が現れてほしいと、切に私は願ってしまうのだ。


「……これを、不毛と言うのですか」

「リオ、何か言ったか?」

「いえ、何も。それより殿下、お相手は?」

「ああ……クレアだ。あいつとは幼馴染でな。こうなった以上、あいつ曰く義務的に組んでもらった。まぁ、僕が気にせずとも、あいつは手駒を増やそうと必死だろうが」

「そうでしたか」


私は淡々と答えたものの、意外な気持ちだった。

まさか、クレア様と殿下がそんな関係だとは知りもしなかったのだ。

学園ではそれが噂になったことはないし、互いにそんな素振りを見せたこともなかった。

殿下のクレア様のことを語る表情はまるで苦虫を噛み潰したかのようであり、恐らくその事情は大体察することが出来る。

クレア様は中々にしたたかな方であるし、過去に何かあったのかもしれない。

お嬢様のことを抜きで殿下がこういう表情を見せるのは、中々珍しいから、よっぽどのことなのだ。


「それよりも、エレナリアだ」

「まだあるんですか?」

「もちろん。今の話を聞いて、エレナリアが実はお人好しで、シャインが甘たれた奴だというのはわかった。だが問題は、ここからだろう。それを許容する訳にはいかない、ということだ」

「……何をなさるおつもりです?」


私は少したじろいだ。なぜなら、殿下の目が爛々と輝いていたからだ。

それはまさに、初めてお嬢様に出会った時のそれ。

何か行動を起こすつもりだ、と明らかに目が訴えていた。

私が色々考えていたことまで、ズバリと当ててしまうのだから、その気概が凄まじいものであることは私にも伝わってくる。

でもまぁ、シャイン様に納得がいかないという点でも同意なので、取り敢えずは話を聞いてみることとした。


「何を、なんて今更じゃないか」

「まさか」

「そう、奪い返すさ。エレナリアをあいつに渡しては置けない」


殿下はさも当然のように言って、颯爽と歩き出した。

だが、私もそれを見過ごすわけには行かない。

お嬢様の決めたことにあまり深く介入するべきではない、というのが感情論を抜きにした私の意見だからだ。

ここで殿下が出て行こうものなら、騒ぎになるのは決まっているし、余計な火種を生むだけだ。

声をかけても止まろうとしない殿下に、私は気配を消しながら近づくとその腕を掴んだ。

この行為が失礼にあたるのはわかっているので、それが周囲にばれないようにする為の措置だ。


「お待ちください。殿下。それを許すわけには参りません」

「何故だ」

「お嬢様がそれを望まれていないからです。お嬢様は今、シャイン様とカタをつけようとなさっている。それを邪魔させるわけには参りません」

「だが」

「お気持ちはわかります。ですが、『殿下では』いけないのです」

「僕では? どういうことだ」


そこで、殿下はようやく足を止めた。

未だ、シャイン様の手を取り続けるお嬢様を気にしているものの、私に訝しげな顔を向けてきた。

殿下は嫉妬のあまり、衝動的な行動に出たものだと思っていたが、それを見る限りだと思いのほか冷静だ。

ただ、静かな怒りがチラついてはいる。


私はジッと殿下を見据えた。

今の殿下は結構本気だ、とわかっていたから中途半端に適当なことを言うわけにはいかなかった。

覚悟を決めて、口を開く。


「お嬢様は、あえて今の殿下と距離を置いておられるのです」

「……やはり、そうか」


殿下も薄々感づいていたのだろう。

サマーパーティーまでの数日間、お嬢様は殿下のことを意図的に避けていた。

殿下は私の言葉を聞いて、確信を得たように俯く。


「ですが、別に嫌いになったわけではないのです。お嬢様はきっちりと約束を守られる方です。少なくとも、殿下が卒業するまでは殿下の好意を無視することは無いでしょう。それだけは断言できます」

「では、どうして」

「お嬢様は殿下の好意に今、少しでも向き合おうと努力なさっているのですよ。案外不器用なので、それが少し空回りしているのは否めませんが。中途半端な姿勢は許されないとわかっているからこそ、あえて殿下と距離を置くことで、好意と言う名の感情の正体をかみ砕こうとしているのです」

「そうか」


殿下はそこで一瞬、躊躇う様子を見せた。

殿下もお嬢様のことを引き合いに出せば、弱みを見せる。

それは確信していたので、いい兆候だ。

ただ、まだお嬢様の元へ行く気は失せていないようで、もう一押し必要だと私は脳内で言葉を選び始める。

どうすれば、殿下は今の気持ちを抑えてくれるだろうか。


「ですから、殿下。もう少しだけ待ってはいただけませんか。お嬢様にはまだ時間が必要です。押してダメなら、引いてみろとも言うではないですか。お嬢様のことを信じて、どうかこの場では耐えてください。それが、お嬢様の為ですから」


それから、視線を送り続ける。

殿下はこのことを分かってくれるだろうか。

正直可能性は五分五分だ。

殿下のお嬢様の想う心が強いのは、今更もう否定できない。

激昂して、私を振り払う可能性だって多いにある。

何がお嬢様の為かなんて、人それぞれなのだ。

殿下の正義が何処にあるのか、それ次第だと思う。


数秒置いて、殿下は顔を上げた。

其処には確固たる意志が伺える。

果たして。


「リオ。君の考えはよくわかった」

「なら」

「だが、だからと言って、あれを止めないわけにはいかない」

「……ッ」


なら、多少の実力行使も辞せないか、と私は鋭く息を吸い込んだ。

掴んだままだった腕に力を少しずつ込める。

もし、殿下が飛び出して行こうものなら、この腕を掴んで離さないでいるつもりだった。

魔力を使えば、いくら殿下の方が体格が恵まれていようと、決して逃れられないはず。

万が一逃げられても、殿下の気配を強制的に消して仕舞えば、殿下はお嬢様にもシャイン様にも気づかないように出来る。

私は、割と本気だった。


「待て。物騒なことはしなくていい」

「殿下が出て行かないでくれるのでしたら、それも考えましょう」

「話を聞いてくれ。確かに君の気持ちはわかる。侍女としても個人としても、エレナリアを思い、尊重していることは本当に理解しているつもりだ」

「なら、やめてください」

「だがな。僕と君は違うだろう」


殿下はきっぱりと反論してきた。

王家特有の紫色の瞳の中には、険しい表情の私をしっかりと捉えている。

殿下に対して、それなりに圧力の魔力はかけているつもりなのに、殿下はそれを意に介す様子は全くない。

むしろ、いつの間にか気迫では殿下に押されていた。

これは一体なんだと言うのだろうか。

そんなに強い魔力は感じられないのに、私は次第に口を開けなくなってしまう。

殿下の周囲には厳かな雰囲気がピンと張り詰めていた。


「僕には時間がない。それは君もわかっているだろう。僕は君とも、シャインとも違ってエレナリアと永遠に一緒にいることなどできないのだ。この一年で彼女の心を掴まない限りは、な」


わかっている。

それくらいは、ちゃんと見ていたし知っている。

でも、だからって、お嬢様の気持ちを蔑ろにしていいわけじゃないだろう。

なんて、言いたいことはいっぱいあった。

けれど、それらは全て喉の奥で急に消えてしまう。

今はただ、殿下の腕を掴んでいるのが精一杯だった。


「だから、僕は彼女を手に入れるために手加減はしないと決めた。ここで引けば一生後悔すると、わかっているからな。そのために王子だから、命令もするし、勝手だってする。とはいえ、エレナリアを傷つけるつもりはない。だが、正直、君の話を聞いている限りだと、僕がたとえ振り向かれなくても、今のシャインには彼女は相応しくはない。君も思わないか」

「はい」

「だったら、行かせてくれ。僕はエレナリアを落とすと宣言した。待っているだけなんて、出来るわけがない。わからないなら、分からせるだけ。たったそれだけだ」


殿下は其処で、真剣な表情から一転、優しく微笑んだ。

いつもお嬢様を口説こうと必死になっている時の、あの笑顔だ。

私はスルリと手から力が抜けていくのを感じた。

なんというか、悔しいけど、この人は何処までもお嬢様が好きなんだって、わかってしまった。

いや、分かりきっているから、再確認させられたと言うべきか。

本当に今自分がしていることは正しいのか、自分でもちょっと自信がなくなってきてしまった。


「殿下……」

「大丈夫。僕は決してエレナリアのことを傷つけたりはしない。何にでもそれを誓う。だから、少しあのお人好しを止めてくる」

「はい。くれぐれも……いえ、何もありません」


私は、その先を言おうとして止めた。

殿下だって既にわかっているに違いない。

これ以上をいうのは流石に野暮だろう。

私は首を振ると、一歩下がり頭を下げた。


殿下は深く頷くと、お嬢様の元へと歩みを進めていく。

シャイン様とお嬢様はちょうど、三曲目を踊り終えたところだった。

シャイン様はお嬢様と目が合うと楽しそうに笑い、お嬢様もそれに少し俯く。

はたから見れば、お嬢様は恥じらっているようにも見えるが、その実は戸惑っているのだった。

罪悪感と、義務感と、諸々の感情の狭間で。

殿下はそんな二人の間に割って入った。


「シャイン。エレナリア。少し良いか?」

「ああ、殿下。どうしたんッスか?」

「殿下。御機嫌よう」


二人は特に気にした様子もなく、殿下に挨拶をした。

殿下も仮面のような笑顔でずっと微笑んでいる。

一見平和に見えても、何処か不気味な空気に周囲の視線が自然と集まった。

観客たちは修羅場か、と密かに見守る。

私も彼らの間に混じって、その様子を伺い続けた。


「エレナリア、今日は一段と美しい。そのドレス、大人っぽくてよく似合っている」

「お世辞でも、お褒めいただき光栄ですわ、殿下」

「お世辞なんてとんでもない。君は美しい。美の女神だって、裸足で逃げ出すほどにな。僕も一目見た時はわれを忘れて、見とれてしまった。それくらい、素晴らしい。君の容姿には非の打ち所がない」

「お上手ですこと。アックス様直伝ですか」

「まぁ、少しね。アイツはこの手に慣れているから」

「でも、その発言には問題もありましてよ。容姿だけなんて、酷いんじゃありません?」


お嬢様は冗談めかして言い放つ。

悪役令嬢ぶりはいつもどおり出てくるが、チラチラと横のシャイン様を気にしているのがわかる。

あれだけ仲の悪い二人だし、どうなるか気にしているのだろう。

実際、お嬢様にも話しかけ続ける殿下に、シャイン様は眉を顰めていた。


「そうッスよ、殿下。リアさんは性格だっていい。こんなおれにも優しくしてくれる」

「ほう。お前もわかっているじゃないか」

「当然。おれもリアさんのことが好きッスからね」

「じゃあ、聞くが。なら、何故その優しさに付け入るような真似をする?」

「……へ?」


シャイン様は殿下の言葉に、ポカンとした表情をした。

意味がわかっていないようで、間抜けな顔をしている。

殿下はそんなシャイン様を見て、嘲るようにフンと鼻を鳴らした。

それまでなりを潜めていた静かな怒りが徐々に露わになる。

殿下はお嬢様の前に庇うようにして立った。


「まさか、気づいていないわけではあるまい? 貴様がどうしようもないせいで、エレナリアを傷つけているのだ。好きだと言うのなら、分かって当然だよな」

「あの、おれなんのことかさっぱり。それより、リアさんを返してください。リアさんは殿下じゃなくて、おれのパートナーッスよ?」


シャイン様もお嬢様を奪われて、苛立ちを露わにした。

それから、殿下越しにお嬢様を見ると、手を差し伸べる。

殿下の言うことは知らないという態度を貫くようだった。


一方で、お嬢様は無表情で歩き出した。

お嬢様はうつむいていたが、一度決めたことはやり遂げるつもりのようで、シャイン様の手を取ろうとする。

殿下はもちろん、それを制した。


「エレナリア、無理はしなくてもいい」

「無理、とは? 殿下が何を仰りたいのか、わたくしにもわかりませんわ」

「いいや、君はわかっているはずだ。僕は大体の話をリオから聞いた。君は別に悪くない。突然、あんなことを言われて戸惑うのは普通だ。それでこいつがどんな目を見ようと、君にはその権利があった。何一つ、悪くはない。むしろある意味で、正しいとも言える。それを気に病む必要はない。君は優しすぎたんだ」

「そんなこと」


お嬢様は反論しようとした。けれども、言葉が出てこない。

殿下の意見は何一つ間違ってはいない。

私も同じことを思うし、殿下の声もまたひどく優しかった。

お嬢様はそれらを全て理解した上で、まだ自分を傷つける方法を探していた。

シャイン様を許す、という決断を。

そして、罰してしまったことに対する謝罪をしようとしていた。

そんなもの、お嬢様の為には何一つならないのに。


「それでも、わたくしは」

「わかっている。君は諦めない。優しくあろうとするのだろう」


お嬢様は震える声でなんとか言い募った。

しかしそれも、瞬時に遮られてしまう。

殿下はお嬢様を責めるような目で見ていた。

そこには悲痛な感情が綯い交ぜになっていて、見ている者の心をギュッと締め付ける。

デートの日、夕暮れに照らされた表情にも似ているそれは、今。

私なんかではなく、その本人に向けられていた。


「でも、それは僕が許せない。そんな顔、見ていられない。傷つく君なんて見たくないんだ」

「……殿下」

「だからもし、それでも貫くのなら、僕が無理にでも引き剥がす。忘れさせる。君の代わりに本音を叫び、したいことをする。君が傷つくことは誰よりも僕が苦しいって分からせるさ。だから」


殿下は一呼吸置いた。


「もう、無理しなくてもいい」


まさに暴論だ。と事情のわかる私は思う。

周囲の生徒はわからないながらも、殿下がお嬢様の何かに訴えかけたのだ、と感じているに違いない。

観客は息を飲んで、静かに二人を見守る。

お嬢様がシャイン様の手に向けて伸ばしていた手は既に、降ろされていた。


お嬢様は殿下をじっと見つめていた。

オレンジ色の瞳に映るのは、何の感情か。

私は少なくとも、見たことがない色だった。


「シャイン様、ごめんなさい」

「リアさん?」

「わたくし。やっぱり、今日はお誘いには乗れないわ」

「えっ?」


シャイン様は、突然の宣言にショックを受けた顔をする。

だと言うのに、お嬢様はさっとそれに背を向けると、歩き出してしまう。

殿下もそれを追って、シャイン様を置き去りにしようとした。

そこで、ようやくシャイン様は我に返って、声を上げた。


「ちょっ、殿下。待ってください。一体なんなんッスか。幾ら自分がパートナーに選ばれなかったからって……」

「お前、まだわかっていないのか」

「分からないのも、当然ッスよ。多分、おれがパートナーになった経緯について話していたんだろうな、ってのはかろうじてわかったんですけど。それ以上は何も」

「はあっ。なら、一つだけ言っておこう。過去の話を掘り出して、エレナリアの心を引っ掻き回すのは止めろ。エレナリアを傷つけるのは許さない」

「……ッ!」


シャイン様はようやく、これまでの会話の意味を理解したらしい。

顔が目に見えて、サッと青ざめた。

今までの勢いはなくなり、わずかに震えだす。


「まさか、おれ。リアさんに無理させていたんスか」

「そうだ。……でもまぁ、確かに僕が嫉妬してやったというのも、あながち間違っちゃいない。始めの動機はそれだったしな。だがな、お前もお前で自分よがりな理由でエレナリアを縛らないでくれ。エレナリアは優しすぎる。傷つくのは、お前も彼女が好きならわかっているだろう」

「……はい」


シャイン様は青い顔のまま、静かに頷いた。

自分の足元を見つめたまま、歯を食いしばっている。

シャイン様は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

流石に殿下も可哀想に思ったのか、後半は優しい声音で語りかけていた。

言うこともそれ以上なくなると、その場をサッと離れる。

私も見ていられないまま、気配を消して殿下の後を追った。


二人を追うと、外に出た。

月明かりが眩しい夜で、広い芝生の校庭は明るく照らし出されている。

そこに並び立つ二つの影があった。

赤い髪の美の女神と、この国の未来を担う紫色の瞳の若人。

実に絵になる光景だ。


二人はそのまましばらく、月を見上げていた。

しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないとわかっているのか。

やがて、お嬢様が口を開いた。


「どうして、ですか」

「なんだ?」

「わたくし、そんな素振りは見せていませんでした。なのに、どうして」

「傷ついていたのが、わかっていたかって?」

「はい……」


それは私も知りたかった。

私は殿下に対して、本当に最小限のことしか話していないし、状況を理解することさえ難しかったはずだ。

だというのに、殿下はお嬢様の心情を正確に理解したばかりか、無表情なお嬢様から、傷ついていることも読み取って見せた。

私はまだ何年と、付き合っていたからわかる。

けれど、殿下はまだお嬢様に出会って三ヶ月少ししか経っていないのだ。

私も、殿下には驚かされていた。


「それは……もちろん。君のことを見ていたからじゃないか」

「それだけ、ですか」

「多分。好きになったら、その人のことを考えてしまうのは当然だろう? 君が時々見せてくれる素直なところも、僕は全部きっちり覚えているんだ。普段から王子として周りの目を意識していたこともあって、そういうところは中々鋭い自信がある。そのせいだな」

「なるほど」


お嬢様は納得したのか、頷いた。

それから、もう一つ質問を投げかける。


「この学園で、初めてお会いした日。殿下、仰いましたよね。私が強くも儚い、ちぐはぐな人間だから好きになったのだと。わたくし、あなたの思っていたほど強い人間でも、儚くもありませんわ。事実、シャイン様の話した過去に憎まなかったとはいえ、失望しましたし、傷つきました。受け止めきれなくて、八つ当たりもして、後悔もしました。私は弱い人間、なのかもしれません」


お嬢様は殿下に内心を吐露した。

そして、自分が弱い人間なのだと、はっきりと言い切る。

最早そこには悪役令嬢の面影はない。

いるのは十七歳の侯爵令嬢だった。

私は息を止めて、お嬢様と殿下を見つめた。

こんなに素直に話すお嬢様は私も、中々目にする機会はない。

ましては第三者になど、少し前までならありえない話だ。


なのに、殿下は驚いた様子もなくそれを冷静に受け止めた。

静かに、一言だけ言って、頷く。


「知っている」

「それでも……殿下はわたくしのことを好きでいていただけているのですか」

「当然だ。むしろ、さらに好きになった。君の強気の発言は、君の盾。揺らがない無表情は、君の傷。剣を持つのは、君の武器。……儚さは今はあまりないな。あの頃の君とは変わっている。それでも、この心は揺らがない。まだ焦がれるほど君が好きだ。軽薄に聞こえるかもしれないが、永遠に変わることがないように思えるよ」


殿下は胸に手を当て、微笑んだ。

相変わらず、ストレートな言葉をぶつけてくる人である。

恥ずかしげもへったくれもあったもんじゃない。

お嬢様はそれを聞いて、軽くそっぽを向いた。

その頬が軽く赤いのは踊り疲れたせいだろうか。

それとも、夏の夜の暑さのせいだろうか。


「本当、物好きな人ね」


そう言って、お嬢様は口元をほんの少し緩めた。

それがなんとも自然に見えたのはほんの一瞬。

だが、確かに自然な笑みを見てしまったような気がした。

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