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悪役令嬢は王子と共に休日を 〜前編〜


「ねぇ、リオ? 私、義務的にいくって言ったわよね」

「はい。そうお聞きしましたが?」

「なら、これは何?」

「何、と言われましても。お似合いですよ」


王都アメリアの中心、噴水広場にて。

私とお嬢様はとある人物を待ちながら、会話を交わしていた。

本日の天気は晴れ。

強い日差しがジリジリと降り注ぎ、石畳の道の上には陽炎が揺らめいていた。

そんな中、そばにある噴水は勢いよく吹き出し、私たちの目にうつると清涼感を与えてくれていた。

そのせいか、周囲には同じように人待ち顔の人がいたり、子供たちが駆け回っていたりする。

お嬢様は今日もその中で一際、輝いておられた。


お嬢様の今日の服装は紫色のワンピースだ。

生地には肌触りの良い布が使われており、七分丈ではあるものの、着ていてもそんなに暑くならない。

また、レースのついたワンピースは上品で、風通しも良いので、今夏、貴族女性にとても人気のものである。

お嬢様の赤い髪や白い肌にはよくお似合いで、お嬢様を着飾った私も十分に満足していた。


だが一方、お嬢様は領地にいる時にはなかなかこういうものを着られなかったこともあり、恥ずかしそうなご様子だ。

それを隠すように、いつも通りの無表情に少し不機嫌さを漂わせていた。


「だから、そうじゃないわ。私が言いたいのは……って、あなた絶対にからかってるわね?」

「もちろんですとも。こんな時にお嬢様におめかししていただかなければ、いつしますか? 間違いなく今ですよ」

「もう。開き直らないで。あと、確かに着てしまった分は仕方がないけれど、慣れないのだから、無闇に褒めるのは止めてちょうだい。その笑顔、殴りたくなるから」

「どうせ当たらないと思いますが……」

「本当にムカつくわね」


お嬢様はあなたなんて知らない、と言わんばかりにくるりと背を向けてしまった。

その際に、手に持った日傘が僅かに私にぶつかりそうになる。

私はそれをさらりと避けてから、お嬢様にすみませんと謝った。


しかし、お嬢様は避けたことが気に入らなかったのか、完全にその言葉を無視。

振り返ることもせずに、噴水の淵に腰掛けると、手をその水面に浸して遊びだした。

これは懐かしき、いじけモードである。


昔は稽古の相手をして負けたあとは、いつもお嬢様はこうしていじけていたものだ。

最近ではアドバイスを聞くなどして、大人になってしまわれたと思っていたが、そういうとこはまだ残っているらしい。

この間まで喧嘩していたこともあり、私はそれが随分と懐かしく見えた。

もう一度謝りながらも、口元が緩むのを止められない。


お嬢様はそんな私に気がつくと、こちらを鋭い眼力で睨みつけてきた。

かと思うと、噴水の水をパシャリとかけてこようとする。

私はそれも難なく避けて、そこでようやく待ち人が来たことに気がついた。

人ごみの中でも、いつもと違う少し庶民に近い格好でも、どこか纏う雰囲気が違うその人物はすぐに目につく。


お嬢様にハンカチを差し出せば、お嬢様もその人物が来たことにすぐに気がついた。

素早く濡れていた手を拭くと、立ち上がって彼を出迎える。


「お待ちしておりました。殿下」

「ごめん。エレナリア。少し、遅くなってしまった」


そう。今日は殿下とのお出かけの日……つまりは、デートの日だった。


現れた殿下は目深に被っていた帽子を軽くあげると、お嬢様に一言謝った。

お嬢様はそれに頷いて、挨拶も兼ねて淑女の礼を取る。


殿下の今日の格好は、さながら裕福な商人の家の跡取りと言った風だった。

プラチナブロンドの髪を隠す帽子も、王家の者とは思えない服装もおそらく、殿下の顔が国民に割れているが故の措置だろう。

王都は別に治安が悪いわけではない。

むしろ、国の中心地である為、駐在している騎士も多く、国中では一番安全な場所だと言えた。

けど、流石に王族が街を出歩いているとなれば騒がれるのは目に見えているし、危険だ。

学園では警備が厳重で敷地内に入れる人も厳しく制限されている為、お嬢様狙うプロの暗殺者でも滅多に入れない。

だが、それに比べて王都は広い。人の出入りだって激しい。

だから、その分危険性は学園よりも高いのだ。

殿下の護衛もここからは見えない位置にひっそりと待機しているのが、気配でわかる。

殿下の遅れた理由はどうやら、防犯上のことを考えてのようだった。


しかし、お嬢様はそれに気がつきながらも、会って早々遠慮なく悪役令嬢モードを発揮しだした。

さっきまでのすねた様子のお嬢様はどこへやら。

呆れるほどのスイッチの切り替わりようである。

お嬢様は臆することなく、早速皮肉を放った。


「気にしておりません。女性を待たせるのは殿下だけの特権ですから」

「思い切り気にしているじゃないか。全く。君らしいよ」


殿下はそれにも、苦笑のみで返す。

そこから、「今日の服、とっても似合っている」と褒めた。

こちらもこちらでかなりのツワモノだ。

幾ら辛辣な言葉を投げかけられても、折れる気配が全く見えない。

それどころか、そんなお嬢様を熱っぽい目で見るのだから、最早手に負えないと思う。

本来なら護衛が付けづらく危険であるはずの今回のデートも、押し切ってしまうだけのことはあった。

私もこれだけは止められる気がしない。


などと、戦慄していると、お嬢様たちのやりとりも終わったようで、いよいよ街を歩き出そうとする。

私もこれ以上いてはお邪魔なので、二人に気がつかないよう、魔法を使って気配を消す。

これで、お嬢様がよっぽど私を認識したいと思わない限りは気付けなくなる。

アックス様と盗み聞きしていた時に使っていた魔法と同様のものだ。

一応、暗殺者等のことを考えて側には居させてもらうが、二人の時間に水を差す心配はこれでなくなる。


正直なところ、お嬢様に殿下とひっついて貰いたいとは思えないが、ここまで蔑ろにされている殿下を見ているとフォローくらいはしたくなるのだ。

また、クレア様の頼みのことを考えれば、お二人の距離が縮まるのは悪いこととは言えない。

それに……これが最も重要なのだが、お嬢様にはこういう青春のひと時を楽しんでいただきたい。

ならば、少しの間くらい殿下にお嬢様に譲るのも良いのかもしれない、と私は思ったのだ。


「じゃあ、行こうか。エレナ」

「……何やら、急に馴れ馴れしくなりましたわね」

「いいじゃないか。今日はデートなんだし……まぁ、本当のところはあんまり貴族だとばれたくないっていうのが本音かな。エレナリア、なんていかにも貴族っぽくないかい?」

「一理ありますわ。では、わたくしは殿下のことをなんとお呼びすれば?」

「ルース、とでも呼んでくれればいい。様はいらないし、会話も気を使わないでくれ」

「なんだか、上手いこと誘導されている気もしますが、致し方ありませんね」


お嬢様はハァとあからさまなため息を吐いた。

あれだけ殿下と近しい関係になるのを拒んでいたのに、いきなり話し方を変えることになるとは。

これは、大分距離が近くなることを錯覚させる。

殿下は以前からそれを望んでいたものの、今まではそうしなくても済んでいた。

だから、お嬢様はずっと他人行儀でいられたのだが、思わぬ形で逃げ道を塞がれた。

合宿の時といい、今といい、殿下は割と策士なのかもしれなかった。


「では……ルース。どこへ向かうの?」

「まずは商人通りかな。あそこは露店がたくさん出ている。珍しい異国のものがあったりするし、君もきっと気に入る。それとも、王家御用達の宝石店の方がいいかい?」

「宝石には興味ないわ。今ある見栄はるだけのもので充分よ」

「やっぱり、君ならそう言うと思ったよ。エレナ、こっちだ」


殿下はそこでさりげなく、お嬢様の手を取った。

今歩いている大通りは結構人通りが多い為、はぐれない為だというのはわかっている。

お嬢様は特に文句を言わなかったが、若干驚いているのがわかった。

お嬢様がこうして他人と手を繋ぐのは私以外では初めてだったりする。

私は微かな嫉妬心を抱きつつも、口を挟んではいけないと自分に言い聞かせながら、黙って二人の跡をつけた。


街を歩く殿下とお嬢様。

その後をストーカーのように……否、影のようについていく私。

前を向けば見える殿下は想像以上に街を歩き慣れているようだった。

人ごみの避け方も上手いし、道に迷う素振りも全く見えない。

それどころか、お嬢様が人とぶつかりそうになると軽く手を引いたりして庇っているあたり、相当なものだ。

その足取りは王都に住む住人と遜色ない。


お嬢様もしばらく歩くうちに、同じことに気がついたのか、殿下に疑問を投げかけた。


「で……いえ、ルース。随分と街を歩き慣れているようね」

「ああ。僕は小さい頃から何度も城を抜け出しては、街へ遊びに来ていたからね。それで、しょっちゅう周りの者から怒られていたものだよ」

「なるほど。お忍びってわけね」

「まぁ、そういうことだね。……よし、ここだ」


大通りを下って歩くこと、十数分。

殿下は脇道に一本逸れたかと思うと、一度足を止めた。

私もお二方の背中から視線を外し、その向こうを覗き込んで見れば、そこには多くの露店が立ち並ぶ通りが続いていた。

道の端では商人魂を見せつけるかのように大声を張り上げる者や、帳簿とにらめっこしている者、また商品を慌ただしく運ぶ者など大通りとは一味違う光景が広がっている。

大通りでは基本、飲食店や雑貨店のオシャレなお店が多かったの対し、こちらは雑多で実に様々なものが売られていた。

殿下の言っていた、異国のものと思われるものもゴロゴロと陳列されている。

正直、圧巻の一言だった。


「ここが……商人通り」

「なかなか新鮮なところだろう? 珍しいものがそこかしこにあって、見ているだけでも楽しい。気に入ったかい、エレナ?」

「ええ。面白そうなところね。退屈でお上品なお店とは全く違って、興味をそそられるわ。ルース、早速見て回りましょう?」

「もちろん」


殿下は笑顔で頷くと、お嬢様の握ったままの手を引いて、商人通りを歩き出した。

お嬢様もあまりの自然さにそのことをあまり意識していないようで、当然のようにそれについていく。

たぶん、お嬢様の意識が完全にこの通りにある物に向かっているのも原因だろう。

今のお嬢様は落ち着きなく、しきりにキョロキョロと周囲を見渡していた。

まるで小動物のような動きである。


殿下はお嬢様の悪役令嬢モードが解けかけているのを見てか、クスリと笑った。

特に驚いた様子もなく、ずっと前から知っていたかのように、幸せそうに、ただ笑った。

もしかして、殿下はお嬢様の悪役令嬢さながらの態度が、偽物だと気がついていたのだろうか。

この数ヶ月、お嬢様に付きまとう中で、その本質を見抜いてしまっていたのだろうか。

私はそこになんとなくもやもやとしたものを感じたが、何も言えない。

こんな小さな違和感をデートの邪魔をしてまで、いちいち報告するような無神経さなど、私は持ち合わせていないのだ。


「ねぇ、ルース。ここなんかいいと思わない?」

「どれどれ……ああ、なるほど。確かに面白い」


私が無言のまま考えこんでいると、再びお二人の会話が聞こえてきた。

今はそんなことを考えていても仕方が無いと思い直し、私は顔を上げる。

お嬢様が立ち止まったのは異国の細々とした雑貨などが並べられた店だった。

雰囲気からして、隣国ヴァストレイア帝国の物に違い無い。

店主も黒髪に青い瞳の寡黙な感じのヴァストレイア人だった。

顔立ちはアメリストス人に比べて、鼻が低く、薄っぺらい。

肌の色は黄色く、体つきもあまり背が高くなく、細かった。


「……いらっしゃい」


それでも、さすがは商人といったところか。

彼の口から零れ出たのは、少し訛りが混じっているものの、流暢なアメリア語だった。

彼はお客さんの品選びに必要以上の口を話すつもりは無いらしく、それっきり目を閉じて黙り込んでしまう。

ただ、それは険悪なものではなくて、こちらを迎え入れるかのような柔らかさのある沈黙だった。


お嬢様と殿下は互いに顔を見合わせると、頷いて、店内へと足を踏み入れる。

この店は他の店とは違い、奥にある建物と連結させているようで、それなりの奥行きがあるのだ。


店内は少々薄暗かった。

外には眩しいばかりの太陽が照らしているのに、こちらにはまるで届かない。

オレンジ色に光るランプだけが店内に暖かな光をもたらしていた。

それに、空気もどこかひんやりとしていて、気持ちがいい。

魔法で空気を操っているのかもしれなかった。


私も置かれているものは中々見たことないものばかりで、店内を興味深く見回した。

置かれているのは、赤みがかった木の低い机や、複雑な文様が刻まれた木のしきり、紙に近い素材に四方を囲まれたランプ等々。

どれも繊細で、落ち着いている雰囲気の木のものが多かった。

その他にも、乾燥させた丈夫な草で編まれた籠や、深い赤の妖艶な民族衣装、細かい装飾のなされた木彫りの置物など、目をやるところに見慣れたものは何一つない。

異国とはこんなに違うものかと、改めて感心させられる。

この国についての汚い部分や、深い部分には多く触れてきたつもりだったが、私の知っている世界とはなんと小さいことか。ちょっと、反省だ。


「お客さん、もう一人、いるね?」


そんな中、ふと店主がそんなことを言い出した。

自信なさげな、それでも何か確信めいたものを感じられる声音。

少し離れたところにいるお嬢様達には聞こえていないようだが、私にはハッキリと聞こえた。

私は驚いて、自分の姿と店主を交互に見つめる。

確かにいざという時にはお嬢様が私のことを発見できるように、設定を緩めているし、自分自身では気配を消してい無いので不完全ではある。

だが、常人……それも、一介の商人程度には到底、私の存在は見抜けようはずもないのだ。


一体、これはどういうことか。

私が思わず警戒心を高めていると、相手はますます声を潜めた。


「なに、俺は君に敵意があるわけじゃない。どうせ、勝てっこないしな。ただ、あのお嬢さん達はいいところの子そうだから、狙っているのかと思ってな。別に、姿を表したくなければ、構わ無いが」


取り敢えず、彼からは敵意は感じられない。

それから、私がどこにいるのかハッキリとしたことも把握しきれていない様子だった。

確かに彼の言葉通り、危険な人物、という感じは全くしない。

じゃあ、なにが目的なのか。

私は彼の真意を探るべく、彼の前にのみ姿を現した。


「何かご用ですか?」

「やはり、か。君は何者だ?」

「私はあの赤髪の少女の侍女です。現在は護衛させていただく為、気配を消させていただいております」

「なるほど。格好を見る限りだと、そのようだな。侍女には思えないほどの実力だが、嘘を言っているようにも見えない」

「逆にお聞きしますが、貴方は何者です? 私の気配を察するなど、一介の商人には出来るとは思いませんが」


質問は出来る限り直球に。

さすがに商人を相手にして、駆け引きなど出来るはずもないのだ。

戦いでの駆け引きならまだしも、彼から敵意が感じられない以上、そういう風には持ち込めない。

だから、回りくどい過程は省いて、軽い威圧を放ちつつ尋ねた。


「これ、だな」


しかし、意外にも店主ははぐらかす気はないようで。

少し上がった床に足を組んで座る店主は、その横に置かれていた筒を差し出してきた。

なにやら、側面には小さな花びらや小鳥が書かれた布が巻かれており、片側の丸い面には小さな穴が空いている。

底には魔力を流し込む為の虹色の石がはめ込まれていることから、魔道具なのはわかるが、何に使うのかは見当もつかない。


「店主、これは?」

「それは、万華鏡。筒を回しながら穴を覗き込むと、中の模様が変化して見えるという代物だ。ヴァストレイアからさらに東にある小さな国で手に入れた。本来はただの芸術品、またはおもちゃだ」

「本来、というとこれは違うのですね」

「ああ、それは特別でな。魔力を流し込むと、少し先の未来が見える」

「未来、ですか」

「そう。だから、お前さんが来るのはわかっていた。その時、俺がそれを渡すことも、な。だから、それはくれてやる」


正直、未来が見えるなどとは信じ難い。

いかなる魔法を以ってしても、それだけは今まで出来なかったのだ。

それと同じく出来ないことと言われている空を飛ぶ、という失態を犯して以来、その辺りは詳しく調べたので確かなことだ。

通常ならば、詐欺だと鼻で笑い飛ばせるだろう。


だが、それを語る店主の眼差しは真剣だった。

確かに、この店主の言う通りに未来でも見られなくては私の気配は見つけられまい。

それを考えれば、あながち嘘とも言い切れないのが現状。


「なら、確かめてみればいい。あのお嬢さんの未来も、きっと見られるはずだ」


それでも、受け取るのを警戒し続けていると、店主はそんなことを言った。

更にずいっと万華鏡を差し出して、渡そうとする。


お嬢様の未来、か。

私はその一言で、万華鏡を受け取ってしまった。

別に自分の未来などは興味ないが、お嬢様の未来はどうしても気になった。

幸せになれているかどうか、心配だった。

もっと、警戒すべきだと理性は警鐘を鳴らすが、手は操られたかのように勝手な動きで虹色の石に魔力を流し込む。

私は万華鏡の穴へと目をあてた。


「……お嬢、様」


中を覗き込むと真っ白な光の中、こちらに背を向けるお嬢様の姿が見えた。

私はその場にいるかのような錯覚にとらわれ、その背に向けて手を伸ばす。声をかける。


お嬢様は赤い髪を揺らした。

それでも、こちらを振り返ることはない。


まぁ、当たり前だ。

これは万華鏡で見ていることなのだから。

こちらの声など聞こえるはずもないのだ。


お嬢様はこちらを振り返る代わりに顔を横へ向ける。

よく見れば、お嬢様の隣には誰かいるようだった。

誰か、ということまではわからないが、体格からして男だろう。

お嬢様はそちらを向いて、「笑顔」を向けていた。

あの無表情で、私にだって一度も向けたことのない笑顔を、相手に向けていた。


誰だ。お嬢様を笑顔にしたのは誰なんだ。

私はその先へ必死に目を凝らす。

お嬢様と仲睦まじく話す、彼の正体をどうしても知りたかった。

もし知れれば、お嬢様は幸せになれるかもしれないのだ。

だとしたら、彼は誰なのかきちんとわかっておきたかった。


でも、幾ら眼を凝らそうと、手を伸ばしてみようと、人影はハッキリしなかった。

それどころか、お嬢様を連れてどんどん遠ざかっていく。


見たい。きちんと正体を知りたい。


知らず識らずのうちに、手にこもる魔力が強くなる。

それでも、見えない。


「お嬢様っ……」

「そこまでだ」


ついに、景色が眩む、というところで店主に声をかけられた。

そこで、私はハッと我にかえる。


そうだ、私は。


「気をつけろ。それには人を魅せる力がある。使い過ぎると、魂を抜かれるぞ」

「そう、でしたか。ありがとうございます」

「構わない。大体、渡したのはこっちだ。それはやるが、くれぐれも取り扱いには注意しろ」

「はい」


そんな危険なもの、とは一瞬思ったが、私は自分が万華鏡を強く握っていたことに気がついた。

手放したくない、という奇妙な思いが私に取り付き、突き返すことが出来ないのだ。

多分、私はまだあれが見たいのだ、とはなんとなく分かった。

大人しく頷いて、腰にある小さなポーチにしまいこんだ。


「店主」


そうこうしていると、お嬢様と殿下も店の様々なものを物色していたようで。

その中で何か質問でもある様子で殿下が店主に呼びかけた。

万華鏡を覗いていたせいで、やけに長い間ここにいたような気がしたが、壁にかかる時計をみれば、まだ入店から五分程度しか経っていない。

当然、お嬢様達は未だ飽きることなく、店の物に心奪われていた。


「なんだね」

「この箱なんだが……」


私は殿下と店主の会話が始まりそうなのを察して、「ありがとうございます」とだけ告げるとその場から気配を消した。

店主も私が彼らに気づかれたくないのをわかっているのか、頷くだけで礼を受け取る。

殿下の質問にも丁寧に答えていた。


「なるほど、そういうからくりだったわけか」

「ああ。山間部は静かなものだからな。こういう作風が生まれやすいのだろうよ」

「そうなのか」


その間でなされる会話は中々芸術に関する知識が無ければ理解できないような言葉が飛び交っていた。

流石に殿下は王族ということもあって、そういうものをたくさん目にしてきたのか、教養がある。

根っからの平民……それも、汚れた裏社会の住民だった私にしてみれば、内容がさっぱりだった。


さて、お嬢様は何を見ているのだろう? と興味がわいたので、私は二人の会話から意識を逸らした。

お嬢様は先程からジッとすることなく、あれこれ手にとっては興味深そうに眺めていた。


お嬢様が手に取るものはどれも綺麗な模様や可愛らしい装飾がなされているものばかりだった。

今日の服装もなんやかんや、嫌がっていたわりには気に入っているようだし、お嬢様は意外に乙女趣味なのだ。

あの屋敷では無理矢理殺風景な部屋にいさせられたものだから、多分その反動で慣れないだけだ。


殿下も店主と会話を交わしながら、そんなお嬢様を微笑ましそうに眺めていた。

やっぱり、このことも知っているのか。全く、殿下には抜け目がない。


「ねぇ、ルース」


でも、だからからかお嬢様が振り返った時にも笑みを隠しきれていなかった。

お嬢様は殿下の表情に、若干眉を潜めてから、手元に視線を下ろす。

そこで、ようやく自分の持っているものが、ウサギの絵が端に小さく描かれたコップだと気がつくと、パッとそれをその場に置いた。


「違うわよ? これはその……ただ、目に入ったから」

「なんだい、別に隠さなくていいのに」

「だから、違うと言っているでしょう? 違うわよ。断じてそういう趣味はないから」


お嬢様は無表情ながらも必死に否定するが、それが言い訳に聞こえないのは明らかだ。

殿下はクスクスと無邪気に笑ってそれを面白がる。

殿下の王家特有のアメジストのような紫色の瞳が、キラキラと輝いていた。

こっちもこっちで、いつものいい人を演じたものではなく、純粋な感じか現れている。


お嬢様はバツが悪くなったのか、ツイと視線を横に逸らした。

お嬢様にとっては慣れない場所ということもあってか、今日は完全に殿下のペースだ。

お嬢様は始めの悪役令嬢モードを完全に発揮できずに、苦戦していた。


「駄目だわ。リオと仲直りしてから、なんか調子付かないわね」

「そういう君も可愛いと思うけどね。いいじゃないか、今日くらいはいつもと違うところを見せてくれたって。僕は君のそういうところも、好きだよ」


可愛いだとか、好きだとか、よくもまぁ簡単に言えるものだ。

殿下がお嬢様につきまとうようになってから、三ヶ月ほど経つが、今日も本当にストレートだ。

殿下はお嬢様を好きだという思いを余すことなく伝えてくる。

最初は本当に冷たく返していたが、最近は諦めがついたのかあまり口を挟まなくなって、エスカレートしている。

その熱心さゆえ、今日の学園ではお嬢様に洗脳されているのでは、という噂が流れるほどである。

お嬢様はいつも適当にあしらっていたが、今日はいつもと違うこともあり、ついていけていないようだった。


「もう、いつもそういうことばかり」

「事実だよ。でも、そういうことなら、これはどうだい?」


殿下はサラリと好意を認めると、今度は先程お嬢様が買うか迷っていた物のなかの一つを差し出した。


それは、裏に赤く美しい大きな華とそこにとまる紫色の蝶の絵が彫り込まれた手鏡だった。

花びらの一枚一枚がとても丁寧で、蝶の羽にも複雑な模様が彫り込まれている。

実に美しい絵だった。

可愛らしい、とは言い難いがお嬢様の好きそうな綺麗な感じは出ている。

お嬢様の中で妥協できるラインギリギリをいった、まさに理想とも言える品だった。

事実、お嬢様はそれを目にした瞬間、まじまじと魅入っていた。


「綺麗」

「君が好きそうかな、と思ってね。これでも良いかい?」

「ええ。嬉しいわ。ありがとう、ルース」

「礼には及ばないよ。僕は君が喜んでくれるなら、それでいい」


殿下はサッと会計をすませると、お嬢様に手鏡を手渡した。

お嬢様はそれを慎重に受け取って、胸に抱く。

それから、再び裏の絵を眺めていた。

漂う雰囲気が嬉しそうなのは、例え笑顔でなくとも、最早隠しようもない。

お嬢様はもう一度、呟いた。


「ありがとう」


私はそんなお嬢様に、万華鏡で見た彼女の姿をほんの一瞬、幻視した気がした。

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