死神様はかく出会えり
リクエストのあった、黄泉と神楽の話です。
が、正直言ってオススメしません。
血が駄目な人は読まずに引き返した方がいいです。
俺の人生で、最初に記憶しているものは、薄暗い家の一室を紅く染める鮮血だった。
「…………」
特に驚きはしなかった。
むしろ、とても自然なことのように感じられた。
俺は目の前に転がった肉塊を眺め、やがてあることに気付いた。
――汚い。
見れば見るほど不潔で、不快な存在だった。
俺は自分の手に握られた刃物とその肉塊を交互に見て、やるべきことを発見した。
――ドンドンドン!!
「開けなさい!! 開けなさい!!」
「通報通りだ。凄い異臭だな……」
「やむを得ん。強攻突入を決行する」
――ドンッ!! ……ッドンッ!! バタンッッ!!
誰かが、介入してきた。
「……これは……」
「……う……っ!? おえ……っ!!」
介入者たちは、何やら俺と肉塊を見較べては騒いでいた。
煩い。
俺が次に見たのは、監獄だった。
「なんて子供だ……!!」
「本棚にあった医学書の通りに、自分の母親をバラバラにしていたらしい……」
どうも、俺の行動は他人にとって理解出来ないもののようだ。
「おい、あの母親、どうも外国人売春婦だったらしい」
「うげ、てことはこいつの父親なんか分からないってことか」
「母親譲りだな、あの髪は。真っ黒だ」
「不吉な色だよ……」
「噂によると、相手は貴族らしいぞ」
「じゃあお坊っちゃんじゃないか。信じられないな」
やらなければならないことはなかった。
やりたいこともなかった。
だから、毎日ただひたすら外の人間の話を聞いていた。
母親はやはり不潔な存在だったようだ。俺が感じた不快感は間違っていなかったらしい。
父親は高貴な人間らしい。顔も知らないが、一度会ってみたいものだ。
そうして、俺は暫くの時間を過ごした。
「おい、聞いたか。お前の人生も明日で終わりだ」
「馬鹿、滅多なことを言うな。こんなことが知れたら国中の恥だ」
どうやら俺は明日死ぬらしい。
どうでもよかったが、今になってあの家で読んだ医学書が気になった。
その日の夜、俺は初めて牢屋の中を動き回った。
別に意味はない。
ただ、最後に記憶の大半を埋め尽しているこの空間をもっと知っておきたくなったからだった。
――チャリ。
そして、その行動は俺の運命を変えた。
「……ナイフ……?」
俺が持っていた物ではなかった。
もっと細く、鋭い。
「…………」
それを眺めていると、不意にあの日の光景が蘇ってきた。
血の、匂い。
「…………」
そっと格子に手をかける。
――パキン……ッ!
偶然か、必然か、運命か。格子の鍵は少し力を加えただけで外れた。老朽化が原因のようだった。
「……なっ!? お前――カハッ!?」
「馬鹿な……!? や、やめろぉ!?」
……そして、俺は自由になった。
一振りのナイフだけを手に。
「あらボク、こんな夜中にどうしたの? よかったらお姉さんと遊ばない?」
自由になったと思った矢先、不潔な存在が近寄ってきた。
どうやらコレは1人ではないらしい。
「……んで……う」
「……え? なんて?」
遊んでもらおう。
「――ヒッ……!!」
首を切った後は大人しくなった。
だが相変わらず不快な存在だ。
どうすれば不快でなくなるだろう。
俺は医学書に書かれていた通りにその肉塊を切っていった。
俺がその生活を初めてどれだけ経っただろう。
俺は路地裏の一角に追い詰められていた。いや、追い詰められていたという表現は正しくないかもしれない。逃げている意識などなかったのだから。
「おい、本当にこんな子供の仕業なのか?」
「だだだって見ろよ、そのナイフ」
「信じられんな……」
どうもこの人間たちにとっては俺がしていることは許されないものらしかった。
「なら、俺を殺せばいい」
「……そういうわけにもいかない。最終的に処刑されるにしろ、お前は殺人犯として法廷で裁きを受けなければならないんだ」
俺はそろそろ嫌気が指していた。
どうもあの不潔な存在たちは俺一人の手に負える数ではないらしい。
永久にこんなことを続けるより、もっと効率の良い方法をその時閃いた。
だから、首にナイフをあてることに迷いはなかった。
「……え……!?」
おかしな連中だ。
誰もが動き方を忘れてしまったかのように呆然と立ち尽くしている。
まあいい。これで俺もようやく解放されるのだ。
――それでは困るのだよ。
声が、聞こえた。
そして、気が付くと、俺の体は地になかった。
「……何だこれは」
「不思議な体験だろう?」
目の前には、見たことのない顔立ちの男が浮いていた。俺も人のことは言えないが。
「さて、君は数多くの命を奪った。そう、数え切れないほどね」
説教でもするつもりか。
「では問題だよ。人の命とは何かな?」
考えたこともない。所詮有機物の集合体だろう。
「君は砂糖を溶かしたエタノールを命と言うのかね? 命が命であるというのは何と不思議なことか!」
何が言いたいのか分からない。
「さて、そんな君には人というものを知ってもらわねば困る」
「人ならもう知っている。中に何が入っているのかも」
「そんなものは人ではない!」
一瞬、空気が震えた。
「世界の創造主として君に命じる。罪を償い、彼女を救え」
世界の創造主とは何のことか、彼女とは一体誰なのか、見当もつかなかったが、その言葉が出鱈目だと断じる気にはならなかった。ただただ、目の前の男の存在感を肌で受け止めるのに精一杯だった。
「まずは名前を訊こうか。君はなんという名前かね?」
「……俺に、名前はない」
「そうだね。君に付けられたのは単なる記号だ。それは名前ではない」
記号。
そう、俺は記号でしか呼ばれない存在だった。
「だが残念ながら僕に君の名前を付けることはできない。君の名前はいつか誰かが付けてくれるだろう。それまでの間は記号で呼ぶことを許して欲しい」
「どちらでも構わない」
「そうかね。……しかし……」
その男は、真剣な顔で俺を見た。
「……しかし、君はまず裁きと罰を受けなければならない。話はそれからだ」
法廷、などというものよりも、この男の裁きという言葉の方が遥かに説得力があった。
「構わない。俺が知りたいのはこれから何をすれば良いかだけだ」
「……そうか。では行こうか。ジャック」
俺の人生で最後に見たのは、薄暗いロンドンの路地裏を紅く染める鮮血だった。
敢えて何も言いません。が、彼はそういう存在だった、ということです。
付け加えますと、19世紀後半に彼は人間としての生涯を終え、やがて死神となります。
その話は続けて書くかもしれません。
では、読んでいただきありがとうございました。




