バズーカは好きの証明
リオを置いて自室を飛び出したあたしは、中庭に向かった。
中庭ならば空が見えるし、ある程度開けている。
あたしは一刻も早くバズーカを撃たなければならないのだ。
中庭に着いたあたしは、周りに人がいないこと、上空を鳥が飛んでいないことを確認し、拳を天に突き上げた。掛け声は
「萌えるな危険!」
で決まりである。
あたしの掛け声という名のシャウトは、放たれたバズーカの爆音で掻き消された。
今日の爆音はいつもに比べて、当社比三倍だ。あたしは日々この中庭でバズーカを空撃ちしているけれど、今日はあまりの音量に何事かと様子を見に来る女官もいる始末だった。
本当に、萌えるな危険である。マジで危なかった。
セリアンがいれば無敵と言われた(あたしが勝手に言ってた)バズーカにも、ひとつ欠点がある。それは、エネルギーをため過ぎると暴発するということだ。
バズーカは放つ方向をわたしの意志で決めることができるが、暴発するとそうはいかない。あたしの周囲を球形に衝撃が走ることになる。
つまり暴発した時のあたしは、爆弾と一緒なのだ。
暴発しても、あたし自身は無傷である。だけど巻き込まれた周囲はひとたまりもない。
あたしが最初に暴発を起こしたとき、あたしの周囲半径三メートルが荒れ地と化したのだ。
それは、城の裏にある小高い丘に、リオと少しの護衛と一緒に出掛けた時だった。あたしがフレイヴァーユに襲撃してきた尾耳鬼を返り討ちにしたことが原因か、尾耳鬼の襲撃がピタリとやんだ時期があり、その時、その束の間の平穏を楽しもうと、あたしとリオは丘にピクニックに行ったのだ。
当時のあたしは、自身のエネルギーの許容量どころか、暴発する危険があるということさえ知らなかった。あたしは数日バズーカを撃っておらず、知らぬ間にエネルギーが限界まで溜まっていた。
そして、丘でのんびりしていたリオの尻尾に蝶が止まって、リオがそれをからかう様に尻尾をふりふりした時、あたしの萌チャージは限界点を突破してしまった。
あたしの足元にあった柔らかく短い草が生えていた地面は、抉れて土がむき出しになり、周囲に土ぼこりが舞い散った。
幸いあたしの側に人はいなかったので、誰かが怪我をすることはなかったけれど、もし近くにいたら、尾耳鬼と同様に吹っ飛ばしてしまっていたはずだ。
それ以来、あたしは暴発には細心の注意を払っているのだ。
さっきは危なかった。
好きな人に好きだと言われて、結婚してほしいと言われて、キ……キスされそうになったのだ。
キスしたらたぶん、暴発してリオを吹っ飛ばしていたと思う。一瞬で限界値までエネルギーが溜まってしまうような、それくらいの萌力があったのだ。
結婚するということはリオがあたしのものになるってことで、それってつまり……。
そこでいったん、あたしは空に一発砲撃する。
キスだってするだろうし……。
第二発目発射。
こ……子作りとかも、しちゃったりするかもしれないわけで……!
三発目。四発目。
ただの妄想でさえこれだ。
「だからやっぱり……結婚はできないんだよなあ」
計五発のバズーカを撃たれてさえ何も変わりないすがすがしい空を見上げて、あたしはバズーカ並の溜息をついた。
部屋に戻るとミーミアはおらず、なぜかまだリオがいた。
「ああ、おかえり」
「帰らなかったの?」
やばいなあ。リオを見るだけで、二人きりだと思うだけで、今までの倍くらいのスピードでエネルギーが溜まっていってるのがわかる。これは……あたしもう、長くないかも、なんて。
「一度戻ったけど、リンに言うことがあって戻ってきたんだ」
あたしに告白して、でも断られて吹っ切れでもしたのか、リオは普通の表情であたしを見て、ニコリと笑った。一年前、あの凌辱事件が起きる前のリオみたいだ。
その笑顔に胸がきゅんきゅんする。
長くないかも、なんて冗談考えてる場合じゃない! 本当に長くはもたん!
あたしは今来た道を全力で逆走すると、中庭で本日六発目のバズーカ砲を放った。
「リン、だいじょうぶ? さっきから何発も撃ってるみたいだけど……」
リオは、無言で逆走したあたしを追いかけてきたらしい。ダッシュしたため肩で息をしているあたしの背中を優しくさすってくれた。
だから本当に、そういうのはやめてほしい。
リオは横に立って背中をさすりながら、あたしの顔を覗き込むようにして言った。
「リン。私はあきらめないよ。リンに好きな人がいても、いつか私の方が好きになってもらえるように
頑張ろうと思う」
覗きこまれて否応なく、リオの金色の瞳を見つめてしまう。真剣な目つきだけど、頬はほんのり赤味を帯びている。
ぐ……くそう……。
萌えるな危険! この王子、あたしに何秒おきにバズーカ撃たせる気なんだ……!
あたしは左腕でリオを後ろに押しやると、右腕を斜め前上空に向けて突き出した。
「あたしが好きなのはリオだっつーの!!」
告白まがいの掛け声をあげつつ、本日七発目。
どうせ爆音に掻き消されて聞こえないから、何を叫んでもいいのだ。
だから、言いたいけど言えない、リオへの想いを口にしてもいい――はずだった。
「今の、本当?」
万が一にもバズーカ砲を当てないように後ろに追いやっていたリオが、爆音の余韻でビリビリする鼓膜にもよく通る心地好い声で言った。
「リンは僕のことが、好きなの?」
「へ? なんで?」
爆音で聞こえなかったはずなのに。
「なんでって、今言ってくれたよね? 『あたしが好きなのはリオだ』って」
「いや……どうして聞こえてるの……?」
「どうしてって……」
振り返ってリオを見ると、リオは耳をぴくぴくさせてちょっと考え込んだ。
そして穏やかな笑みを浮かべてきっぱりと言い切った。
「僕がリンの声を聞き逃すはずないじゃない」
信じられない思いでリオをまじまじと見ると、リオはふいっと目を逸らした。尻尾が揺れ始める。
「そんなに見つめられると……その、照れるんだけど……」
そっぽを向いたまま、リオがぼそぼそと言う。
「あ、照れてたんだ?」
「うん」
もしかして今までの嫌がってると思っていた尻尾の揺れの中にも、照れてるだけの時もあったのかもしれない。
しばらく尻尾をゆらしていたリオは、チラチラとあたしを見てそれから意を決したようにあらためてあたしに向き直った。
「リンが僕のことを好きなら、私と結婚してくれるよね?」
と、真剣な、でも一度断られているからか不安そうな顔で問うてくる。
どうしよう。「元の世界に帰るから」も「他に好きな人がいる」も使えない。
あたしとしては、「あんたにハァハァしすぎて暴発すんねん」とは、なんかちょっとはしたない感じがして言いたくなかったんだけどなあ。
なんていうの? いくら好きな女の子が相手でも、その子が自分とスキンシップするたびに鼻血でナイアガラを作っていたら、百年の恋は冷めなくてもやっぱり引くでしょ。
まあでも、そうだな……リオの命には代えられないし、それに一度断ったのにそれでも気持ちを伝えてくれたリオに不誠実なことはできないかな。
「あのね、リオ――」
あたしは意を決して、本当の理由を話し始めた。
あたしの話を聞いたリオは、無言で膝の間に頭を入れるようにして蹲ってしまった。
やっぱり引く、よねぇ……。
それにしても、「好きな人に引かれるなんて耐えられないから絶対言えない」って思ってたけど、よく考えれば、ついさっきまであたしはリオに嫌われていると思ってたんだった。だから今、リオにどん引きされても案外平気だ。こんなことならもっと早く本当の理由を言っておけばよかったかな。
いや、リオに嫌われてると思っていた時は、「これ以上リオに精神的な負担はかけられない」と思ってたから、やっぱり言えなかったんだっけ。
「えーと……そういうわけだから……その、なんていうか……ごめん……」
変態でごめん。
それはそれとして、城の中庭とはいえ一国の王子が頭を抱えて蹲っているのはいただけない。誰かに見られたら何事かと思われるはずだ。
「リオ、立って」
そうしていたい気持ちはわからんでもないけど、立って。
引っ張って立ち上がらせようとリオの手首に手を伸ばす。だけど、手が触れた瞬間リオがビクリとしてあたしの手を払いのけた。
「ダメ、触らないで……」
リオが顔を上げないまま、微かに震える声で拒絶した。
「うん……ごめん……」
案外平気って思ってたけど、やっぱり拒絶されると、ちょっときつい。
一度好きって言われて、欲が出ちゃったかなあ。
「あたし、部屋に戻るね」
このままあたしがリオの側にいてもリオも落ち着かないだろうし、あたしも微妙に凹んできちゃったからベッドで不貞寝したいし。
それなのに踵を返すと、
「待って」
とリオが言った。
振り返るとしゃがみこんだまま、リオが顔を上げていた。
その顔は、あたしの予想に反して真っ赤だった。どん引きしているというより盛大に照れているみたいな。
「近い。あと三歩離れて」
「あ、はい」
目が合うとリオは、睨むような目をしてあたしに命令した。
赤い顔のまま睨まれても怖くもなんともないんだけど、言うとおりに三歩下がる。
あたしが離れると、ようやくリオは立ち上がった。
そして目を閉じて軽く深呼吸をすると「よし」と言って目を開けた。若干顔の赤さは残っているけれど、落ちついた顔つきに戻っている。
リオが一歩近づいてくる。
あたしは一歩下がった。
「何で逃げるの?」
「リオが近いって言ったから?」
「僕が近づく分にはいいの。動かないで」
「あ、はい」
なんなんだよもー。
リオは一歩一歩近づいてくると、あたしの正面に立ってあたしを見つめた。
見つめられたあたしは、その綺麗な顔に萌えればいいのかこのよくわからない状況にただ戸惑えばいいのかわからない。
とりあえず
「リオは今何してるの?」
と聞いてみた。するとリオは
「慣れようとしていたんだ」
と答えた。
「リンが私のことをそこまで好きだとは思っていなくて、その……動揺して、嬉しくて、舞い上がって……。リンに近づいたら、理性を失ってしまうんじゃないかと思ったんだ。でも、私はリンと結婚するからリンと離れておくことなんてできないし、それに私はリンと離れておくなんて嫌だ」
リオはキラキラと、ともすればギラギラと光る瞳であたしを見ている。
体の横におろしたあたしの手を、リオはそっとすくい上げた。
「良かった。もう触れられる。さっきはとてもじゃないけど、リンに触れられるとは思えなかった。リンのことが好きすぎて。ほら、わかる?」
リオはあたしの手のひらを、リオの胸に導いた。手のひらから、リオの鼓動が伝わってくる。
「ね? ドキドキしてる」
リオは「ね?」と首を傾げてはにかんだ。
うん、もうあかん。
あたしはリオの手を振り払って三歩後ろに跳躍すると、空に盛大にバズーカ砲を放った。
「八重歯も可愛いんじゃー!」
エネルギーを解放して一旦落ち着きを取り戻したあたしがリオを見ると、リオは「えへへ」と満面の笑顔で笑っていた。
「僕もリンが好きだよ」
「え? どしたの?」
そしてなぜか告白された。
「リンの砲撃は、僕のことが好きって意味でしょう?」
「あー……えっと……そう……そう、かな」
「うん。だから僕もリンのことが好きだよって」
うん。リオはあたしがリオに興奮しまくりの変態だと知っても、あたしのことを嫌いになったりはしなかった。
それはわかった。
でもね――
「でもあたしはリオとは結婚できないよ。今はなんとかバズーカを撃つのが間に合ったけど、結婚なんてしたら、ぜったい暴発してリオのこと吹き飛ばしちゃう」
それだけは、何がなんでも避けなければいけない。
「うん、僕もさっき、リンに近づくなんて無理って思った。でも、近づけた。触れた。すっごくドキドキして理性が焼き切れそうだったけどね」
リオはそう言うと、あたしの右斜め後ろに回った。右手で右腕を掴まれて、バズーカを撃つ時みたいに持ち上げられる。左手はあたしの左肩に置かれている。
「だからきっと、リンもだいじょうぶ。ゆっくり僕に近づいて、ゆっくり僕に触れて欲しい」
右腕がなにかおかしいけれど肩を抱かれるような体勢に戸惑って、首を回してリオを振り返ると、
「慣れてね」
リオは悪戯っぽく笑った。
そして右の頬に柔らかい感触。
頬へのキスを受けて、あたしの右手から過去最大のバズーカ砲が放たれた。
掛け声は日本語にはならなかったけど、
「うん、僕もリンが大好きだよ」
掛け声よりも能弁な、あたしのバズーカ。
読んでいただきまして、ありがとうございました。




