バズーカ娘は無体を働いた
「あんなこと」「あたしがリオに働いた無体」「虐待」――
それは、鬼ヶ島で起こった出来事だ。
あたしは萌えたりテンションがあがったりすることで、バズーカを撃つためのエネルギーを蓄える。けもみみ好きのあたしにとって、セリアンの国であるフレイヴァーユはどこにいても無限にエネルギーをチャージできる無敵の場所だった。
だが、フレイヴァーユに襲撃してくる尾耳鬼たちは鬼ヶ島を住家としていた。
鬼ヶ島には、誘拐された者以外にセリアンはいない。誘拐されたセリアンは尻尾を切られ、尾耳鬼の女たちによって奴隷用に調教されているという。
いくらあたしでも、そんな状態のセリアンに萌えられるほど腐ってはいない。つまりあたしは、鬼ヶ島ではバズーカが撃てないのだ。
それでも、鬼ヶ島の尾耳鬼を一掃しなければフレイヴァーユに平和は訪れない。
あたしは、あたしの最萌であるリオに一緒に鬼ヶ島に来てもらうことにした。
リオと二人で鬼ヶ島に降り立ったあたしは、傍らのリオを眺めつつバズーカを撃ち尾耳鬼を蹴散らしていった。
だがさすがは尾耳鬼の本拠地。次から次へと湧いてくる尾耳鬼に、チャージが間に合わなくなってきた。
そこであたしは、リオにあるお願いをした。「耳と尻尾を触らせてほしい」と。
視覚だけでは萌えチャージが間に合わないというのなら、触覚からも萌えを補給するしかない。
リオは躊躇ったけれど、迫りくる尾耳鬼を見て同意してくれた。
あたしは最初、リオの耳を撫でていた。だけどあたしと同じくらいの身長があるリオの耳は、あんまり撫でやすい場所じゃなかった。
あたしたちは固定砲台じゃない。移動しながら敵の大将を探していたのだ。耳を触りながら移動するのはちょっと大変で、あたしは早々に目標を尻尾に切り替えた。
尾の中ほどに触れると、リオの尻尾がビクリと跳ねた。
猫も尻尾を触ると嫌がる子が多い。リオも不快なのかもしれないと思いつつも、あたしはリオの尻尾を握って手を離さず、好き勝手いじりまくった。
根元から先っぽまで握った手をスライドさせるようにして撫で擦って、あたしはフワフワでツヤツヤですべすべの毛並と力強い尻尾の動きを満喫し、そこから得るパワーでバズーカを撃ちまくった。
途中チラリと見たリオは眉を顰めて唇を噛んでいたけれど、鬼を倒すためにはやるしかないのだと、リオにはあとで謝ればいいと、そう考えていた。
あたしは知らなかったのだ。
耳と尻尾が、セリアンの性感帯だということを――。
つまりあたしは、一応は合意の上とはいえリオを凌辱しまくってしまったのだ。
合意の上とは言うけれど、あの状況、リオが断れるわけがなかった。「命が惜しければヤらせろ」と言ったようなものである。
鬼ヶ島に行くまでのあたしとリオは、結構仲が良かったと思う。
リオは乳兄弟である幼馴染以外に気安く喋れる同年代の知り合いがいなかったらしく、気安く話しかけては町や城の案内をせがむあたしの存在が嬉しかったみたいだ。
だけどその凌辱事件のせいで、あたしとリオの関係はぎこちなくなってしまった。リオはあたしに会うたびに気まずげに目を逸らして尻尾をゆらゆらするようになったし、あたしもあたしで、自分のしでかしたことにどう対応していいかわからなかった。
それでも……徐々に、じょじょーに関係は修復されているような気がしていたのだ。
だんだんまた目が合うようになってきて、接待ということで時々リオがあたしの部屋に遊びに来るようになってからは会話も少しずつ戻ってきた。最近ではかなり普通に会話もできるようになってきたと思っていたというのに、それなのにここで結婚話とか、王様はあたしとリオの関係をまた真冬のプールに誘いたいのか。
「リンは……私にあんなことをしたのに……それでも他のやつを好きだと言うのか?」
テーブルを挟んだ向かい側に座るリオが、潤んだ瞳であたしを睨むように見つめている。
おかしい。リオはあたしがリオのことが好きだと、知っているはずなのに。
でも違うのか。リオはあたしのリオへの好意を知らないのか。
「誰なんだ? 喫茶店のウェイターか? それとも書店の店主か? もしかして、精肉店の男なのか? 彼はリンと同じでセリアンではないから……?」
だってこの質問はどう考えても、あたしがリオ以外に心を寄せることを責めている。
まあ、気持ちはわからなくもないか。国を救うためとはいえ、王子たる自分の体を好きにさせたというのに、その王子の体にメロメロにならずに他の男が好きだとか言われたら、ムカつくか。
あたしが相変わらず黙ったまま思考を巡らせていると、リオはカップを皿に置き、両手を膝の上に乗せるとぎゅっと握りしめた。
「……リンは……リンは、ひどいやつだ……。私にあんなことをして……私はあれ以来、リンを見ると……ド、ドキドキして、そわそわして……ちっとも落ち着かないというのに。リンは……ちっとも私に……ふれて、こない……」
ん? んん?
「触って欲しかったの?」
今の言い方だと、まるであたしに触られるのを期待していたみたいに聞こえる。
「そっそんなわけあるか!」
「あ、そうなの。よかった」
リオが被虐趣味に目覚めちゃったのかと思って焦ったわ。
顔を上げて真っ赤な顔で叫んだリオは、あたしの言葉を聞くとまた俯いてしまった。
「…………よかったって……やはり、触れたくないのか……」
リオは俯いたまま、何かをぼそぼそと呟いた。
うーん……今一つリオが何を言いたいのかよくわからないけど、このままじゃ埒があかないなあ。
今までの話を総合して考えると、「オマエにハァハァしてるんだ!」なんて面と向かって言ったら、リオの心の傷をさらに広げちゃうと思ったからあたしは今まで黙ってきたけれど、言わなきゃ言わないでリオのプライドが傷つくということだと、推測する。言わないだけでリオにハァハァしてることなんて周知の事実だし、だったらリオのプライドを守りましょうかね! あたし言っちゃう!
「リオはとっても素敵だよ。黒い毛並は艶々して綺麗だし、耳の中はピンクで色っぽいし。尻尾の長さも太さもベストのバランスだと思うよ」
「そ……そうか……」
リオの尻尾がまたゆれだした。
「リンも……その……可愛いと思うぞ。黒い瞳も、小さな鼻も、すごく愛らしい」
「そ……そっか、ありがと」
いきなり何を言い出したんだこの王子!
いやわかってるよ? 褒められたら褒め返す癖がついてるんだよね? たとえあたしから性的な目で見られているのを目の当たりにして動揺していても、リップサービスは忘れないんだよね!?
そしてまた沈黙。気まずいなあ、もう。
「……よし。リン!」
気まずかったのは当然あたしだけじゃなかったようで、リオが突然立ち上がった。
「あ、はい」
帰る? お帰りはあちらですけど、ドア開けようか?
あたしも立ち上がろうとすると、それをリオは手で制した。そして、ローテーブルを回ってこちらのソファにやってくる。
リオはあたしの隣に腰かけると、あたしの手をとった。
一昨日ちょっと握ってしまったけれど、それ以外だとリオと手を重ねるなんて久しぶりだ。一年前よりも大きくて骨ばった手になっている。
リオはあたしの手を握ったまま、じっとあたしを見つめてきた。
リオとこんなに長く見つめ合うのは初めてだ。
最近のリオはあたしと目が合うとすぐに目を逸らすことが多かったし、昔は、あたしの方がくらくらしちゃって長く目を合わせるなんて出来なかった。
リオの金色の瞳に魅了されたようにぼんやりしていると、リオがはっきりとした声であたしに告げた。
「リン。きみに好きな人がいるとしても、私はリンが好きだ。私と結婚してほしい」
…………。
な、なんだってー!?
言われたことを理解するのに、たっぷり十秒を要した。
リオさんあなた今まで全然そんなそぶりなかったじゃない。それにさっきも触られたいのか聞いたら全力で否定したじゃない!
あたしがそう指摘すると、リオはばつが悪そうに目を逸らした。
「それは……だって……」
だってとか言っちゃうのかこの王子は。
でもそうだった。最近背が伸びてあたしより背が高くなったとはいえ、年齢はあたしより年下のリオは、本当はちょっと甘えたなのだ。政治に関り始めてからは大人っぽい言葉遣いが増えたけど、一年前はもっと子どもっぽい言葉づかいをすることが多かった。自分のことも、素だと「私」じゃなくて「僕」って言うんだよね。
「リンを見ると、ドキドキして……どうしていいかわからないし、なんだか恥ずかしくて……。でも! でも、僕はちゃんと、リンに可愛いって言ってきた、ぞ……?」
ええと……そんなこと言われたっけ?
ああ、言われた! 言われてた! ずっとただのお世辞だと思ってたやつのことね!
「それから……リンに触れられるのが、嫌なわけじゃないけど……でも僕は男だから、触れられるより、その……リンに触れたいんだ……」
そう言うとリオは、あたしの手の甲をそっと一撫でした。
手の甲から、甘くぞわりとした感覚が脳に伝わる。
これは……これは、よろしくない。
「リン……」
リオの手があたしの手から離れてほっとしたのも束の間、リオの右手があたしの左頬に触れた。
リオのまぶたが降りて行き、金の瞳を長い睫毛が覆っていく。
ゆっくりと近づいてくるリンの唇に、あたしは――
「ごめん、無理」
あいた手でリオの顎を押し返しつつ、あたしはソファから立ち上がった。
「リオと結婚は、無理。それから、あたし早急に行かないといけない所があるから、悪いけど適当に帰って! じゃ!」
そう言い捨てると、あたしはリオを置いて部屋を飛び出した。




