バズーカ娘は断固拒否した
「いや、お断りしますが」
リオのことは好きだけど、結婚なんていろいろと問題がありすぎて無理だ。
あたしが断ると王様は「え?」という顔をして、変な目でリオを見た。返事をしたのはあたしなのに、なんでリオを見てるんだろう。
あたしもリオを見てみるけれど、軽く顔を背けられていて横からだとまったく表情がわからない。
あたしが断ったことでほっとしたのか、尻尾のゆらゆらは収まっていた。
「リンよ、拒否する理由を聞こうか」
王様はあたしに視線を戻した。「聞こうか」って、また偉そうだなあ。別に言いたい理由なんてないんだけど。
理由かあ。「あんたの息子がハゲるからだよ!」とは、言えないんだよね。
結婚なんて話が出るってことは、リオはあたしのことが苦手もしくは嫌いだってことを王様に話したことがないんだと思う。あたしのことが苦手となった原因を、誰にも話したくないからかもしれない。そりゃ、あんな無体を働かれました、なんて人には言いたくないよね。
リオが隠したいのなら、あたしだって「ライオネル殿下が私のことを苦手としておられますので」なんて言うことはできない。
まったく、リオの方で適当になんでも理由つけて断わっておいてくれればいいのに。「あたしのことが好みじゃない」とか「貧乳お断り」とか「実はホモなんだ」とか「夕方のテレビの再放送見るので忙しい」とかさー。
まあこの国でも王族とか貴族とかって政略結婚が多いらしいし、そんな適当な理由で断ることなんてできないのかもね。
仕方ないから、あたしの方で理由をつけて断わりますか。あたしにはちゃんと、断る理由があるからね。
「理由はずばり、あたしは元の世界に帰るからです」
これだよこれ。あたしは元の世界に帰るって言ってるのに、なんでそれを無視して婚姻を結ばせようとしてるのかって話だよ。
帰る方法を探すって言ってから一年以上たったし、そろそろあたしが元の世界に帰るのを諦めたとでも思ってたのかな? でもあたしは一カ月に一回、元の世界に帰る方法調査の進捗を聞いてるんだから、諦めてないってことくらいわかっていたと思うんだけど。
「うむ、そのことは重々承知しておる」
あたしの言葉に、王様は重々しく頷いた。
「だが、そなたが異世界に帰る方法はまだ判明しておらぬ。そなたが帰る日まであといかほどかかるかはわからぬが、それまでの間、英雄であるそなたを蔑にしておくことなど、そなたに救われたこの国の王としてはできぬのだ。ぜひライオネルと婚姻を結び、王太子妃として過ごしていただきたい」
ふむ、あたしが断ったことによって、王様の偉そう度が少し下がった模様。さっきまでの偉そう度だと「王太子妃として過ごすが良い!」って言われただろうね。
うーん……王様としては英雄を王太子妃の座に据えて、国民の支持を得たり国民の士気を上げたいってところなのかな。あたしが元の世界に帰らずこの世界にとどまるからといって他国に出ていかないとは限らないわけだし、王太子妃として完璧にこの国の人間にしてしまいたいのかもね。結婚すればあたしが絆されて、元の世界に帰るのを諦めるとも考えているかもしれない。
でもそれは次期国王のハゲと交換だということを、この王様はわかってない。
リオを見ると、こちらを見ていたらしい彼と一瞬目が合って、すぐに逸らされた。また尻尾がゆらゆらしている。
心配しなくてもなんとか断るってば。まったく、リオは世話がやけるよ。
でもなあ、元の世界に戻る以外の断る理由なんて、特に思いつかない。
いや、一応大きな理由があるにはあるんだけど……リオがあたしのことが苦手なことを言いたくないように、あたしもこの「一番の理由」は誰にも言いたくないんだよね。
だからそれ以外で何か適当な理由をでっち上げないといけない。まあ、普通に
「他に好きな人がいるので、無理です」
ってところかな。
……ああ、言ったらちょっと虚しくなってきた。なにが悲しくて好きな人の前で「他に好きな人がいる」と言って、結婚話を断んないといけないのか。
それもこれも、リオが自分で断んないから……いや、あたしがあんな無体を……いや、もとはといえば尾耳鬼が悪いんだ! あのムキムキ毛玉!!
「それは、そなたの世界の者か?」
あたしが適当にでっち上げた理由に、王様が詳細を尋ねてきた。
ボロが出るから、根掘り葉掘り聞かないでほしい。
どこの世界の人にしよう。あたしの彼氏は二次元だったわけだけど、あれって元の世界の人ってことになるのか? いや、違う違う。元の世界の人って答えたら、「じゃあこの世界にいる間は婚姻を……」とか言われちゃいそうじゃん。そこを考えると、あたしの好きな人はこの世界の人ってことにしないといけない。
「この世界の人です。でも、誰かは言いたくありません」
よし、これで「どこの誰か?」とかは聞かれないだろう。
「さようか……」
あたしの発言の後しばらくの沈黙があって、王様が口を開いた。
王様はあたしとリオを交互に見て、
「わかった。だがリンよ、もう一度よく考えてみてくれ」
と言うと、あたしだけに退室を促した。リオとはまだ話があるということだろう。
退室の際ドアの前で一礼する時に見たリオの後ろ姿は、しっぽが真直ぐに下りていた。
結婚話を断ったその日は、なんだかもやもやしてイライラして、空にバズーカを二、三発撃っぱなした後、ベッドでゴロゴロして過ごした。
そしたら翌日にはなんだかすっきりして、いつもどおり城下町に遊びに行った。
やっぱりあたしはバイトしたいんだよね。1DKのお部屋とか借りて一人暮らししたいなー。
バイトするならカフェとかもいいなあ。街角のカフェの制服、格好可愛いんだよね。黒いベストに鮮やかなバッジがいっぱいついてて。それに、明るい茶トラの美形セリアンが給仕してるんだよー。
あたしが好きなのはリオだし、外見だってリオが一番好みだけど、それとは別腹で美形は何人いても良いものだ!
商店街にある八百屋さんも、アルバイトを募集してるみたいなんだよね。奥さんのおなかが大きくなってきて、そろそろ仕事をおやすみしたいみたい。
セリアンの赤ちゃんって可愛んだよねえ。大人セリアンよりも、獣度が高いの。背中にたてがみみたいに毛が生えててさあ。八百屋さんの赤ちゃん生まれるの楽しみだなあ。
それから、八百屋さんのお向かいにはお肉屋さんがある。
このお肉屋さんは、セリアンじゃない異国の男性が働いている。尾耳鬼ほど巨体じゃないけど、セリアンの男性に比べると体つきがガッシリしていていかにも力仕事ができそうな感じ。見た目どおり力仕事もどんと来いで、時々八百屋さんの荷物を運ぶのを手伝ってあげたりしている良い人だ。
そして重要なことだけど、このお肉屋さんのコロッケがおいしい。八百屋さんでバイトして、お肉屋さんでコロッケ買い食いして家に帰る生活ってのもいいよねえ。
忘れちゃいけない。本屋さんも良い所だ。
オッドアイの白猫風セリアンが店番をしている本屋さん。神秘的な美人さんがいるっていうのもポイント高いけど、本屋さんってやつが、あたしは好きなんだよね。異世界に来ても、やっぱりあたしは生粋の二次元好きだからさ。
さてさて、バイト先の目星はこれくらいにして、今日は不動産屋でも探しに行っちゃおうかな。家賃の相場とか知りたいしね。
ミーミアに出かける旨を告げて服を着替え、いざ出発しようとしたところ、ドアがノックされた。
この時間に尋ねてくるとしたら、リオかな。
結婚話の謁見からここ数日、まだ顔を合わせてないんだよね。若干気まずくて会いにくかったっていうのもあるけど、もともとリオがあたしの部屋に来た時以外、会うことなんてほとんどないのだ。
「はいはいー」
いつもどおり軽い返事をしつつドアを開けると、やっぱりリオが立っていた。
今日のリオはちょっと不機嫌そうだ。いつもは苦手なあたしのところに来る時でさえほとんど愛想笑いが崩れないのに、最初から不機嫌さを露わにしてるとは珍しい。
それだけ結婚話が嫌だったってことかなあ。嫌だろうっていうのはわかっていたけど、そこまで態度に表されるとさすがのあたしも凹む。
「また今日も出かけるつもりだったのか?」
言葉づかいもいつもより硬い。いつもだったら「出かけるつもりだったの?」って感じだもんね。
「うん、そのつもりだったけど」
リオはあんまり、あたしが出かけるのが気に入ってないみたいなんだよね。
たぶんあたしが外で問題を起こさないか、心配なんだと思う。心配してるのはあたしじゃなくて、あたしが起こした問題に巻き込まれる人々に対してなんだけどね。
ちゃんとバズーカは誰もいない方向に撃つし、昔リオにしたみたいな酷いことはもう誰にもしないから、心配しなくていいんだけどな。
「……今日もまた、あの喫茶店に行くのか?」
リオが不機嫌さはそのままに、あたしと目を合わせないで聞いてきた。
あの喫茶店って言うと、イケメン茶トラ黒ベストのカフェのことかな。
あたしがあのカフェがお気に入りだって、よく知ってるなあ。あ、前に話したっけ?
「いや、今日はカフェは行かないよ?」
今日は不動産屋に行くつもりだったし。
「では精肉店か? それとも書店か?」
リオの声にイライラした様子が混じっているので、
「いや……そこも今日は……やめとこう、かな?」
あたしは今日は外出をとり止めることにした。
本当は不動産屋さんに行った後で本屋さんに寄り道して、最後にコロッケを買い食いして帰ろうかな、なんて考えてたんだけどね。
王子を廊下に立たせておいて立ち話もどうかと思うので部屋に招き入れると、ソファーに座ったリオは尻尾を揺らし始めた。
リオってあたしの部屋に入ると必ず尻尾を揺らすんだよね。つまり動揺してるってこと。
それを見る度に、あたしは居たたまれなくなる。英雄であるあたしを接待するために来ているとはいえ、毎回毎回そんなに心に負担をかけてハゲはだいじょうぶなんだろうか。
ローテーブルを挟んでリオの向かいに座ると、ミーミアがすぐにお茶を出してくれた。リオが部屋に来た時点で準備を進めてくれていたみたいだ。
あたしとリオの間にテーブルという物理的な距離ができたからか、ミーミアの美味しいお茶のおかげか、ようやくリオの尻尾の動きが収まった。
「今日はいい天気だよね」
沈黙もきついので、天気の話を振ってみる。
あたしの昨今の興味と言えばバイトと町での暮らしのことで、その話をリオに振るわけにもいかないのだから話題がない。二人の共通の話題と言えば先日の婚姻話なんだろうけど、それはお互い避けたい話題のはずだ。
「……そうだな」
しかしリオは、優しく天気の話題に食いついてくれるようなご機嫌ではなかったらしい。一言相槌を打つと、また黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が続く。
くそう、接待しに来たならもっと気合入れて接待してくれよう。それができないなら無理に来なくていいんだよう。
「リンは……」
カップに注がれたお茶が飲み終わる頃、ようやくリオが話し出した。
「いや……、リンが好きなやつって、誰なんだ?」
あー……そこ聞いちゃうのか。
ていうか、その話題は婚姻話に関るところだから、お互い触れない方がいい話題でしょうに。この王子、マゾなんだろうか。自分のハゲを促進したいタイプなのかなあ。
それにしても、あたしが好きなのはリオだけど、そのことリオは知らないんだっけ? たしかに面と向かって「好き」と伝えたことは無い気がするけど、あたしの態度から察しているものと思ってたわ。いや、やっぱり察してるはずだ。だからリオがあたしの接待に来るんだし。
とすると、この質問はどういうことだろう。あたしから何を聞き出したいんだ?
あ、もしかして王様にも「好きな人がいる」発言が嘘だって疑われてるってことかな。だからあたしとリオで、あたしが好きな相手は誰々ですって、口裏を合わせて置こうってことかな?
そうだなあ誰にしようかなあ。
考え込んだあたしが質問に答えないままでいると、リオが小さく溜息をついた。
「リンはひどいな……」
えーと、例の虐待のことを言っているなら、その通りだと思います。本当に申し訳ありませんでした。でも今回の婚姻の件の対応を言うなら、あたしはナイスプレイファインプレイだよ! ひどくなんてないはずだよ!
リオはカップのお茶を覗き込むように俯いていて、表情は見えない。だけど、さっき収まった尻尾の揺れが復活していた。
「リンは……私にあんなことをしたのに……それでも他のやつを好きだと言うのか?」
リオがかすかに顔を上げて、金色の瞳があたしを捕えた。
「あんなこと」を思い出して恥ずかしいのか、少し泣きそうな目をしていた。




