バズーカ娘は英雄となった
四話程度で完結予定の話になります。
よろしくおねがいします。
お母さん、ここは天国で地獄です――
「リン様、本日はいかがお過ごしになられますか?」
この城に迎えられてすぐに、あたしにつけられた侍女のミーミアが朝食の片づけをしながらあたしに今日の予定を尋ねてきた。
あたし専属の侍女であるミーミアは、明るい茶色の髪を左右にお団子に結わえた愛らしい容姿の少女だ。侍女としての経験は浅いらしいのだけど、あたしが年齢の近い侍女を希望した結果、ミーミアが選ばれた。ちょっとうっかりさんなところはあるけれど、基本的に仕事は丁寧でてきぱきしているし、受け答えもはっきりしていて気持ち良い、あたしにはもったいない侍女だ。
そんなミーミアのことは好きだけど、この様付けと敬語はいつまでたっても慣れない。あと、食事の準備や片付けをやってくれるところも。
あたしはどこぞのお姫様かお嬢様じゃないっての。
「そうだなあ。街に行こうかな」
「かしこまりました。では護衛の者を手配いたしますね」
「いや、いらないって」
だからあたしは姫でもお嬢でもないんだから、たかが町へ出かけるのに護衛なんてつけないでほしい。
あたしが拒否すると、ミーミアは困ったように眉をぎゅっと寄せた。
「そうはまいりません。リン様はこの国を救った偉大な方。そんなリン様をお一人にするなんて、何かあったら取り返しがつきません」
「それはわかってるけどさ……」
そう、あたしはお姫様でもお嬢様でもないけれど、この国を救った英雄だ。こんなことを言うと自意識過剰と思われるかもしれないけど、英雄だという自覚があたしにはある。
あたし、猫屋敷りんは、日本に暮らすごくごく普通の高校生だった。
成績は上の下、運動は下の上、部活は美術部という名の漫研、容姿は可もなく不可もなく、彼氏は次元の違う世界にいる十七歳女子と言えば、だいたいあたしのことはわかると思う。ちなみに部活でイラストを描くときは、版権キャラにまで勝手にけもみみを付ける無類のけもみみキャラ好きだった。
そんなあたしは、ある日気がついたらこのフレイヴァーユ王国に召喚されていた。いわゆる異世界トリップってやつである。
足元には魔法陣が描かれていて、あたしはローブを身に纏った数人の人々に取り囲まれていた。
そして混乱したまま王様の前に連れて行かれて、「さあ勇者よ旅立つがよい!」とかやられちゃったわけである。いやいや、「旅立つがよい!」ってよくないよ!
もちろん「旅立つがよい!」の前にあたしがこの世界に召喚された理由について、王様や大臣が説明してくれていたらしい。らしいのだけど、あたしはその説明をまったく聞いていなかった。「はあ」とか「へえ」とか言って聞き流していたのだ。
もちろん突然召喚されて混乱していたからというのもあるけれど、一番の理由は王様や大臣たちの姿に見入っていたからである。
なんとこの人たち、耳がはえていた。
もちろん、耳といってもただの耳じゃない。獣耳である。
形からすると犬耳でも狐耳でもなくて、猫耳っぽい。
異世界からやってきた人間をリラックスさせるためのジョークかな? とあたしは思った。だっていい歳したおっさんが猫耳つけてるんだから。
でも、「その歳で猫耳はないわー」と笑える感じだったかというと、そうでもない。このおっさんたちの猫耳はなんだか妙に似合っていたからだ。いや、似合っているというより、それが自然という感じか。
ところがその滑ったギャグにどう対応しようか悩んでいると、説明をしている大臣の耳がぴくぴくと動き出した。
あたしは当然びっくりして、動く耳を目で追うので精一杯。今はこれが精一杯。
そんなわけで、「旅立つがよい!」された時には、何も事情を把握していなかったのである。
気持ちを整理する時間が必要だろうということで、その日はそのまま個室に通された。
空間を無駄に使った感が満載の豪奢な部屋だ。調度品もさることながら、この空間の無駄さがリッチさを演出していると思う。
長椅子に座って「ところでここはどこなんだろう」なんて初歩的なことを考えていると、ドアがノックされて男の子が入ってきた。
当時十六歳だったあたしよりちょっと年下、十四、五歳くらいの少年だ。
あたしと同じくらいの背丈で、あたしより細いんじゃないかってくらい華奢っこくてしなやかな体つき。少し猫目気味の大きな瞳が金色に輝いていてとても魅惑的な、サラサラの黒髪少年は、王様たちと同様に髪と同色の猫耳が生えていた。
しかもこの少年、チラリと見えた耳の内側はピンク色だ! あたしは耳の内側がピンクの黒猫が大好きなんだよ!
まさしくあたしが理想とするけもみみ少年がそこにいた。
あっさり一目惚れ。
彼はこの国の王子なのだと言う。
猫耳王子のライオネルは、一人異世界に召喚されて不安がっているだろうあたしの様子を見に来てくれたらしかった。あたしはそこで初めて、あたしが異世界に召喚されたことを理解したわけだが。
ライオネル……愛称リオに改めてあたしの置かれた状況を説明してもらうと、以下のことがわかった。
この島国フレイヴァーユ王国の近くの島に、尾耳鬼という鬼が住みついたらしい。
ちなみにあたしは、「おみみおに」って可愛い名前にちょっとときめいた。頭の中では額に一本の角が生えた真っ白なうさぎさんが、杵を振り回して踊っている。
心躍らせつつ話の続きを聞くと、そのキュートでラブリーなうさぎさんがこの国の国民を狩りと称して誘拐しているらしい。
この国はセリアンと呼ばれる半獣人たちの国だ。
セリアンは男性のみ獣耳と獣尻尾が生えているらしく、男性セリアンが尾耳鬼の狩りの対象になっているらしい。男性セリアンは捕えられると尾を切り取られ、奴隷として他国に売られてしまうそうだ。
尾耳鬼は切り取ったセリアンの尾を、自分の狩りの成績を示すアクセサリーとして身にまとう習性を持っているらしい。バイオレンスなうさぎさんだ。
このままでは国から男性がいなくなってしまうと危惧した王様たちは、尾耳鬼を倒すことが出来る人物を探すことにした。
その結果、あたしが召喚されてきたということらしい。
あたしはその時、片手にはうさぎさんからへし折った角を持ち、もう片手ではうさぎさんの両耳を
ぎゅっと握って、仁王立ちで高笑いする自分の姿が思い浮かんでいたさ。
うさぎさんを虐待する趣味はあたしにはないけれど、惚れた王子の頼みとあっては断れない。
そもそも、うさぎさんがセリアン狩りなんかをしなければ、うさぎさんも虐待なんてされなかったのだ。そこに情状酌量の余地があるかどうかは会話ができるなら聞くとして、このまま放置すればせっかくのけもみみパラダイスが無くなってしまうと知って放っておけるあたしじゃない。
一も二もなく、あたしは尾耳鬼退治を引き受けた。
あたしはなぜか、尾耳鬼はか弱いうさぎさんだと思い込んでいた。
なぜか? あたしが馬鹿だからだろうなあ!
人間と同じ体格を持つセリアンを狩っている鬼だ。セリアンがとんでもない虚弱体質でもない限り、強いに決まってるじゃないか。
尾耳鬼はムキムキマッチョでちょっと毛深いおっさんだった。可愛いところと言えば、小さい角かな。
「俺の角が小せえからって馬鹿にしやがって!」とか言ってくるあたりが、コンプレックスの塊っぽくてちょっと良かった。
まあどっちにしろ猟奇趣味の毛深いおっさんなんかに興味はないが。
尾耳鬼に最初に遭遇したのは、港町でのことだった。
リオと一緒に、尾耳鬼の住む島へ舟を出してもらう交渉に行ったのだ。
その町は、尾耳鬼の住処である鬼ヶ島(なんか別の名前があったけど、忘れた)に近い場所に位置していた。だから当然、尾耳鬼の被害も多発していた。
そしてその日も、日の高いうちから尾耳鬼が襲撃してきたのだ。
その町はしましま尻尾のセリアンが多かった。三毛もいた。そして町を歩くあたしの隣には、麗しのリオもいた。
あたしのテンションはうなぎのぼりだった。
この世の楽園を泳ぐように歩いていたあたしの前に、尾耳鬼が現れて住人たちを蹂躙し始めたのだ。
その尾耳鬼の姿にあたしは当然驚いたし、初めて見る残虐な行為に恐れを覚えた。でもそれ以上に、楽園に何するんじゃい! という怒りの方が強かった。
あたしは叫んだ。
「やめんかこらー!!」
と。
残念なことに、あたしには格好いい怒りの言語表現ができなかった。
今思い返せば、散々読んだ漫画やラノベにいくらでも格好いい激怒台詞はあったはずだ。
でもやっぱり、とっさに出てくるのはリアルの言葉らしい。「やめんかこら」なんて、うちのお祖父ちゃんの入れ歯安定剤のチューブにワサビを仕込んでるのを見つかった時に言われたことしかないはずなのに。
とにかくあたしは、怒りにまかせて叫んだ。
叫んだら、空気砲のような衝撃派が出て、尾耳鬼を吹っ飛ばした。
そうしてあたしは、ファーストコンタクトした尾耳鬼を撃退したのだ。
検証の結果わかったことだが、あたしは萌えたり興奮したりテンションが上がったりすると不思議なエネルギーがチャージされて、そのチャージされたエネルギーを自分の意志で好きな方向に解き放つことが出来るらしい。
その解き放たれるエネルギーは、バズーカ並。
あたしはその力で、尾耳鬼を倒すことにした。
けもみみ男子への萌を力に変えてあたしはバズーカを撃ちまくり、鬼ヶ島に巣食う尾耳鬼を討伐したのだった。
実質、あたしが召喚されて三カ月くらいで鬼ヶ島の尾耳鬼は退治してしまった。
だけど、「これであたしはお役御免、名残惜しいけれど元の世界に帰ります」とはならなかった。
「元の世界への帰し方がわからない。でも頑張って調べるから待っててね」と言われてしまったのである。
そうかそうか、じゃあ帰る方法がわかるまではこのけもみみパラダイスを楽しんじゃおっかな、なんて思っていたさ。あたしだって、大好きなリオとお別れするのは嫌だったしさ。
でもいくらお気楽なあたしでも、そのまま放置されて一年たてば気づくのよ。
これ、あたしのこと返す気ないなって。
よく考えればわかるよね。
尾耳鬼っていうのは、突然鬼ヶ島に表れてセリアンを蹂躙し始めたわけ。この国の人たちはさ、いつまた尾耳鬼かそれに近いやつが現れてまた自分たちに害を成すんじゃないかって、結構本気で心配してるんだと思う。
でもあたしがいれば、バズーカ撃って即解決じゃん。そんなあたしを、みすみす元の世界に返すわけがないんだよ。
そこを考えれば、あたしが元の世界に帰る手段はあることはある。
「あたしを元の世界に返さないと、お前らをバズーカでぶっとばすぞ」
って言えばいい。
けもみみへの萌が原動力のバズーカだから、けもみみたちを倒せばテンションも下がるし実際は数発も撃てないと思うけど、脅しとしては十分なはずだ。
でもあたしとしては、そんなことはしたくない。
こんなこと言えば為政者たちがしたり顔だとは思うけど、一年以上この国で暮らすうちに、この国に大事な人がたくさんできちゃったんだよね。
今年から政治に参加し始めたリオが防衛力をあげる方策についても提案したりしてるみたいだし、惨劇の記憶も時間とともに風化して、いつかあたしを返してもいいってことになる日まで、まったり待とうと思うんだ。
とはいえ、毎日毎日お城でゴロゴロしているのはもう飽きた! 欲しいものがあれば、言えばなんでも用意してもらえる生活ももう飽きた!
町で仕事して一人暮らしとかしたいなー、なんて考えている今日この頃なのだ。
今日も良さげな職場ピックアップの旅に出かけちゃおうかな。なんて考えながら身支度をしていると、コツコツと扉を叩く音がした。
「はいはいー」
返事をしつつ、扉に向かう。
普通は侍女の方で対応するらしいのだけど、あたしはめんどいからそういうのはパス。お城に住んで侍女をつけられてるからって、あたしは貴族でもなんでもないからね。
ドアをあけるとリオがいた。
一年でぐっと背が伸びたリオは、今はあたしよりも頭一つほど背が高い。体はまだまだ細いけど、一年前の華奢な美少年から精悍な青年に変わりつつある。
お耳は相変わらずの黒とピンクのコントラストで超キュートなんだけど、リオの背が高くなっちゃったせいで前よりちょっと見にくくなってしまった。黒い尻尾はちょうど良い太さと長さで、つやつやした毛並がすごく綺麗。
おかげで、あたしは今日もリオに惚れ直している。
テンションあがるわー。あとでどっか空にでも向かってバズーカ撃たないと。
「リン、でかけるの?」
あたしの服装を見たリンが、すこし困った顔で聞いてきた。
その困り顔も大変よろしいです。
「そうだよ。なに? この服装どっか辺?」
あたしファッションセンスには自信ないからなあ。服に使うお小遣いなんてあるわけなかったし。
「いや……可愛い、けど」
リオはふいっと顔を背けると、耳をひくひくさせた。しっぽもゆらゆらしている。
あたしは猫の仕草には詳しくないけど、猫耳っぽいからってセリアンは猫ではないらしく、しっぽの仕草の意味も猫と同じではなく人それぞれだ。
リオの場合、動揺するとしっぽがゆらゆら揺れる。
動揺するってことは嘘ついてるのかなー。嘘ついてまで「可愛い」とか言ってくれなくていいんだが。王子ってやつはリップサービスしないといけなくて大変だね。
「リオはどうしたの? あたしに何か用事だった?」
リオは特に用事がなくても、あたしのところに遊びに来てくれる。
接待ってやつなのかなーって、あたしはなんとなく思っている。なんてったって、あたしは一応英雄だしね。
接待だと思う理由は、尾耳鬼を倒しに鬼ヶ島に行った際、あたしはリオにたいへんな無体を働いたからだ。それはもう、言うもおぞましい虐待の嵐だった。
だからリオが好んであたしに会いに来てくれるとは思えない。
あたしがリオを気に入っていることは周知の事実だし、現状の最終兵器であるあたしを逃がさないための餌として、リオが時々あたしの部屋に派遣されてきてるんだと思う。
事情はわかるけど、王子に身売りのようなことをさせるのってどうなのかなあ。
「ああ、大事な話があるからちょっと来てくれないか」
逸らしていた視線を戻して、リオはあたしを真直ぐに見て頷いた。
ふむ、大事な話とな。なんだろう、さっぱり想像がつかない。
あたしの推測だと、あたしを元の世界に返すって言いだしてくれるまで、あと三年はかかるはずだ。
元の世界に帰る話でないとするなら、あ、まさかまた尾耳鬼的なものが現れたとか? そっちの方があり得る。すごいあり得る。
「わかった、いこう」
すぐいこう!
こうしている間にもどこかの三毛さんやトラさんが尻尾を毟られてるかもしれない。
あたしは急いで行こうと、とっさにリオの手を掴んで歩き出した。
つかんだ瞬間、リオの手がビクッとする。
「あ、ごめん」
あたしはぱっとリオの手を離した。
「い、いや……」
リオの耳がぴくぴく、しっぽがゆらゆらしている。
そんなに怖がんなくてもいいじゃんかー。
もうあんな酷いことはしないってば。
リオと並んで玉座の間に入ると、王様がにっこにこ顔で出迎えてくれた。
「英雄リンよ、よくきたな」
そのまま歳をとればさぞ好々爺だろう表情とは裏腹に、言葉遣いはRPGの王様風である。つまり偉そう。
命を救った英雄の方が偉いような気がするのに、どうして救われた王様が偉そうなんだろう。
まああたしは、「あたしが英雄じゃーい」なんて権力を誇示したいわけじゃなし、どっちかというと町でバイトとかしたいなーって思ってる方だから、別にいいけどね。
「リンよ、ライオネルとは仲良くしておるかな?」
ライオネルっていうのはリオのことだ。ライオネルをリオって呼ぶのは、あたしとリオの幼馴染くらいらしい。
それにしても、「仲良く」……ねぇ。
「はい、良くして頂いております」
決して埋まらぬ心の溝を抱えつつ、表面上はとっても大事にしてもらってますよ。リオが可哀想だからもうあたしに近づけない方がいいんじゃないかな、ってあたしは思うけど。
そりゃ、あたしは見た目だけじゃなくて仕草とか、性格とか、全部ひっくるめてリオのことが好きだから、会えなくなったら悲しいけどさ。
それでも、あたしのせいでリオに十円禿げとかできたら、あたしは泣くからね? 泣いて手当たり次第バズーカ撃たないとは限らないからね?
横目でチラリとリオを盗み見ると、視界の端にゆらゆら揺れるリオの尻尾が見えた。
正面に視線を戻すと、王様は満足気に短い顎鬚を撫でていた。
王様の顎鬚は一年前は生えていなかった。リオに聞いた話によると、尾耳鬼襲撃によるストレスで髭部分に脱毛が生じ、仕方なく全部剃っていたらしい。そのストレスに弱い血筋を引いているのだと思うと、あたしはリオの円形脱毛がいつ発症するか心配でならない。
王様は自分の髭をひとしきり撫でて満足すると、ようやく口を開いた。
「そうか。仲良くやっておるか。ではそろそろ二人の婚姻の儀を執り行おうと思うのだが、婚姻にあたってなにか希望はあるか?」
…………は?
待て婚姻だと待て。それって結婚ってこと?
この父親、どんだけ息子に禿げこさえたいのさ!




