接触と面影
転校生は美少女、とはなんとも漫画のような話だ。
そんな彼女が俺を見て笑ったとなると、なんとも主人公の気分だ。いや、自意識過剰なだけかもしれないが。
これで席が隣なら完璧に漫画だな、とバカな事を考えていると、担任が口を開いた。
「じゃあ質問攻めに合わないよう何か言いたい奴居るかー?」
やる気の無い担任の声が響くと、こういう時は大体が漫画では質問の為に手が上がるものの、彼女に気圧されたのか、それとも面倒なのかは知らないが中々手が上がらない。
そんな中、勇気あるバカが居た。
「はい!なんで相川は男言葉なんだ?」
「男言葉、なるほどな。私はそんなつもりはないのだが、癖、かな?私の家は道場を経営していたのでついこの言葉が板についてしまったようだ」
「へー!ありがとう」
誰もが気になったであろう口調をいとも簡単に尋ねる高倉とそれをさも気にしていない様子で語る相川。見ていて面白いが、他に質問があるんじゃないのか、と呆れてしまう。
しかし高倉が尋ねたおかげか、そうしている間に次々と手が上がっていき、その質問一つ一つに丁寧に答える姿を見ていると彼女は親しみやすい人間だという事がわかった。
まるでシャロットの様だ、と少し口元が緩んだ。
HRも質問で終わり、そのまま始まった担任の授業も終わると高倉が声を掛けてきた。
「なあ、さっきHR中に何にやついてたんだ?気持ち悪かったぞお前」
「高倉が言うな」
「しかも機嫌悪いし、俺が隣の席の転校生と仲良くしてるからって当たるのやめろよー」
「当たってない!」
そう言いながら他の女子に質問攻めに合っている彼女を見て、すぐに顔を背ける。
そう、結局転校生は俺の隣の席ではなく、高倉の隣になった。
転校生である相川自身も、一番最初に質問をした高倉に安心したのか、それとも元々気が合うのか授業中だというのに彼らは仲睦まじく会話をしていた。
それ自体は良い事だと思うし、高倉は良い奴だ。
誰とでも仲良くなれるし、リーダーシップもあり、ムードメーカーでもある。少し不器用でがさつだが、顔立ちも整っていて、女子にも優しく、会話だって面白い。まあ本人は女子に興味が無いようだし、友達と居る方が楽しいと言っているのだけれど。
「大丈夫か?」
「ああ、ごめん」
「おう!なあそれより昨日のサッカー見たか?」
こうして友達想いの良い奴だし、何より空気も読める。彼女と彼が仲良くするのも頷けるのに自分の中に苛立ちが募った。そんな俺の様子を見て転校生の話題を嫌そうにしているのを感じ取ったのか、高倉はそれ以降触れては来なかった。
授業中、高倉に言われた事を考えてみた。
先程も否定したように、別に高倉と仲良くしていようがどうでもいい。では何故こんなにも苛立つのだろうと考え、気づいた。
そうだ、少しだけ期待したのかもしれない。彼女がもしかしたら、シャロットではないのかと。
そして前世の記憶を持った自分に話し掛け、この記憶を共有したかった。期待していたのだ。俺のこの退屈な日常を、壊してくれるのではないかと。
「ま、有り得ないよな。それこそ中二病だ」
「何がだ?」
「あーなんでもないよ」
「そうか」
「おう、ってもう授業終わったのか。高倉、ノート貸してくれ」
「高倉ならトイレだぞ?」
「ああ、そうなのか…って、え?」
なら俺は誰と会話してるんだ、と横を見るとそこにはあの転校生が居た。
黒曜石のような、輝いた意志の強そうな目が、俺を見ている。
周りの女子や男子はちらちらとこちらに視線を向けているが、誰も踏み込もうとはしなかった。何せ彼女が自分から話し掛けに行くという事が不思議だったのだろう。
何より、ただならぬ雰囲気とはこの事なんだろう。
「初めまして、高倉の友達だな?相川皐月だ」
「知ってる、初めまして。田中浩平です」
ふふっと不適に笑う彼女はやはりどこかシャロットの面影があった。
「浩平と呼んでも?ああ、私の事は好きに呼んでくれ」
「どうぞご自由に、俺は相川って呼ばせてもらう」
「つれないな、まあいいだろう」
少し残念そうに言う彼女に、何か用か?と声を掛ける。
「実は君と話してみたかったんだ、駄目だろうか?」
「なぜ?」
接点と言えば、高倉だろうか、それともまさか、なんてぼんやり思うと彼女はそうだな、と少し迷った素振りでこちらをちらっと見た後、人の良さそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「高倉から聞いて興味が出た」
「…そうか」
その言葉を聞くと少し落胆している自分に気づいた。やはりどこか心の奥底で期待してしまう自分が居ることに、酷く虚しさを感じてしまう自分に苛立った。
今更だ。あの夢に魘され、悩まされ、田中浩平という人間としての自分を見失いそうになった事もあった。
もし、仮に前世の記憶を持った知り合いに会ったとしても、今の自分ではなくなるのではないか、という恐怖もあった訳で、前世だとか関係無く、あの夢は夢として、田中浩平の人生を歩むべきだと結論付けた筈じゃないか。
何を期待しているんだ、と心の中で思う。これでいい。この相川皐月は似ていただけなのだ。そう何度も自分に言い聞かせていると、彼女が少し考えた素振りを見せた。
「田中、次の休み時間、少し案内してくれないか?」
「あ、ああ、いいけど」
なぜ自分が、そう思っていると彼女は困ったように笑い、高倉が面倒だと言ったそうだ。
そしてなぜか俺に案内してもらえと丸投げしたそうだ。
「すまないな」
「女子とはいかなくていいのか?」
そう聞くと、少しだけ困った顔をして女子は苦手なんだ、と小声で言ってきた。
苛めでも受けていたのか、と思って少し顔が歪む俺に対し、彼女は前の学校ではお姉様と呼ばれていてな、と困ったように言う。
お姉様、ってどこぞのお嬢様学校なのか、という視線を思わず送ると、相川皐月は乾いた笑いをするだけだった。