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さて、何故大学2年生の二十歳である俺に小学5年生の娘がいるのか。
丁寧に、死ぬ程丁寧に記そう。
じゃないと非常に不味い事態が目に浮かぶ...。
現在進行形でソファーに座る俺の膝の間に座ってドラマを見ているいる少女、名前は雨杜 熾九良。先述の通り、11歳の小学5年生。好きなものはおしゃれ、嫌いなものは暴力。髪はくう先輩に勝るとも劣らない深い黒色(小学生のうちから色染めするなんておとーさん許しません!)。髪型は毎日変えたりと忙しいが、俺が一つの髪型を褒めるとそれしかしなくなるので、最近はある特定の褒め方しかしない。背は同い年の子達より頭半個分小さいが、それもまた魅力的である。将来は俺に似て、とっても美人さんになるだろう。しかし、そうなったら周りの雄どもが放っておかないはずだ。シーちゃんはやらんぞ、どうしても欲しければ俺を倒してみせろ!ただし!シーちゃんは暴力が大嫌いだがなぁ!はっはっは!
...............。
さて、そんな俺の天使たるシーちゃんは、実は、というか当たり前というか俺の実娘ではない。
しかし、俺はそんなことは何も気にしていない。くさい言い方になるが、シーちゃんはシーちゃんであり、血の繋がりなど全く関係ない。だから俺は彼女を引き取ってからのこの3年半、目一杯の愛情を注いできたつもりだ。
今はまだシーちゃんもわからないかもしれないが、きっといつかは分かってくれる日が来る...いや、分かってくれなくてもいい。
ただ彼女が元気にしていてくれれば、俺はそれだけで十分だ。
「おとーさん。空腹...。」
膝の間に座っている位置関係上、振り向きながら見上げるという少しキツい体勢をとっているシーちゃん。
「そうだね、ちょっと早いけどご飯にしようか。シーちゃん、お皿を並べてくれるかい?」
「理解~♪」
シーちゃんはしばしば変な言葉遣いをする。これは癖みたいなものだから仕方ないと思う反面、将来的にはあまり良いことではないので、注意すべきか目下悩み中である。
夕飯を食べ終えた後は、一緒にお風呂に入って、シーちゃんを寝かしつけた。まだ9時を少し過ぎたくらいなのだが、彼女にはいつもだいたいこの時間に寝てもらっている。
さて、週末提出のレポートを仕上げるか...。
~~、~~、~~~~~♪
俺の携帯が電話の着信を報せてきた。
「....げっ。」
ディスプレイに表示されている名前をみて、一気に不愉快になる。
この男からの電話が、俺の不快感を煽らなかったことは一度もないのだ。
数コール分出るか否かで悩んだが、面倒ごとだったら後回しにしたくないのでおとなしく出ることにした。
『もしもし、あ・な・た?』
「死ね。何の用だバカヤロー。」
『もうヒドイ!野郎だなんて......すまん、調子に乗った。怒りを静めてくれ。』
「さっさと用件を言え、デイ・ノウ。」
形容し難い怒りを押し殺し、あくまで冷静に仕事仲間に尋ねる。
しかし男にもたらされた情報は、そんな感情など一瞬で吹き飛ばした。
『朗報だぜ?...【原初の親】の居場所を捉えた。』
「!!おい、ホントか!」
『ああ。情報もらって俺も確認してきた。間違いねえ、奴だ。』
「何処だ!教えろ!」
俺の中の冷静な部分が、落ち着けと伝えてきているが、今回ばかりは止められない。
今の俺にとって、【原初の親】に関する話は最優先事項の1つなのだ。
『俺がお友達に貰った情報は、ここ3週間の間に、奴がスイスからイタリアへ、イタリアからペルーへ、ペルーからアトクラフへ移動していたという事だけだった。そこで俺は考えた。滅多に行方を掴ませない奴が、そんな見つかる危険性を犯してまで強行軍を行っているのは何故か?それを奴の行き先から推測すると...。』
「【眷王】、しかもその中で特に強力な【子供たち】に会いにいった、ということは、恐らく力の貯蓄と協力の要請が目的だな。」
『やっぱわかるんだなぁ。俺は資料を照らし合わせて初めて気づいたのに。』
「ああ。奴の行方をお前に頼んでいる分、奴に関する他のことはほとんど頭に入れてある。あまり言いたくないけど、一応お前には感謝してるよ。...つまり、奴が今いるのは....。」
『ああ、奴がずっと欲しがっていた魔地、ブランシュウッド公国。』
「戦争を..始める気か...!」
ブランシュウッド公国。彼の国はかつて我が国、日ノ本の領土として蝦夷地と呼ばれていた土地だ。473年前、西暦では1608年。蝦夷地の原住民は突如侵略を開始してきた日ノ本本土の支配下に置かれていた状況だったが、別のルートから航海してきたヒスパニック系の旅団、ラ・オルティスが本土の兵を襲撃。原住民はこれに歓喜し、本土からの蝦夷地の奪還を条件にラ・オルティスへの従属を約束。当時最先端の技術をもって製造された戦艦と武器を有するラ・オルティスの船員126名と、蝦夷地に駐屯兵として派遣されていた日ノ本の兵6000名との戦争は、人海戦術などお構いなしに日ノ本の大敗で終結した。もともと駐屯兵たちは派遣されたことを左遷と捉えており(事実その通りだったのだが)、忠実に任務を全うする兵士はおらず、その上半治外法権状態だったことをいいことに怠惰な日々を送っていたため、突如攻めてきた未知の軍勢に最初から戦意喪失していたのだ。
一方、ラ・オルティスの戦力は戦艦と武器だけでなく、一人一人の戦闘力も非常に卓越していた。特に船長を務めていたカナハ・ユースタッフの勁技は、人々の理解の及ばぬ領域で繰り出されていた。
『一度腕を空に掲げれば雷鳴が轟き、その腕を振り下ろせば大地が鳴動し、羽虫を薙ぐかの如く腕を振るえば100の兵が地に臥した。』
捕虜にされた駐屯兵は、このように当時を振り返ったという。
戦死者は駐屯兵3296名に対してラ・オルティスの船員僅か7名。
結果からしてはもはや戦争などではなく、虐殺と言えるほど圧倒的なものだった。
その後、捕虜として拘束された状態だった1700人弱の駐屯兵と引き換えに、カナハ・ユースタッフは蝦夷地の返却を日ノ本に要求してきた。当時の政府は国内統一が成ったばかりであり、国家の基盤は脆弱なものでしかなく、おとなしく強敵の要求を受け入れる他なかった。
やがて、その三カ月後に正式に蝦夷地は原住民を従えるラ・オルティスへ権利を譲渡されたのだ。カナハは当初、原住民のリーダー格たち数人を蝦夷地の代表とし、蝦夷地の未開の地故の広大な資源の母国との優先貿易を承認させるだけのつもりであったが、原住民たちは国家確立までの助力をラ・オルティスに懇願し、約三年に及ぶ協議の末、カナハ・ユースタッフが『初代皇帝』を戴冠しカナハ・オルティス・ユースタッフとなり、原住民のリーダー格たち十数人を評議会、国民は国籍問わず各国の難民を豊富な資源を元手に受け入れることで、ブランシュウッド公国が誕生した。
そして、500年近くたった今でも制度は変わらず、第8代皇帝サルメ・ヲ・オルティス・ユースタッフが君臨し、いまだ豊富な、いや、豊富過ぎる資源を貿易の武器として、世界的に強力な発言力を持つ。
『彼処は世界有数の亜神域。物理的に何かが作用する訳じゃなく、《恩恵》という概念が確約された地。あれだけ無理矢理木々を植えては伐採しを繰り返しても、一向に養分は尽きず、成長速度は損なわれない。まさに魔地だな。』
「だから奴が前から欲しがっていた。....だが、千載一遇の好機だ。距離も遠くはない、すぐに向かうぞ。」
最早レポートだなんだと言っている場合ではない。俺は直ぐに荷物に纏める、が、【原初の親】に関することと対を成す俺の最優先事項について、今になって頭を悩ませる。
「しまった...。シーちゃんを.....。」
『だな。お前の奴に対する怒りを侮る訳じゃないが...あの子を1人置いてこれるお前じゃない。なんせあの子は...。』
「いい。言うな。...分かってる。信頼できる人に預けよう。あの子は嫌がるだろうけど...。」
『ま、仕方ねーな。危険に晒すよりは駄々捏ねる位マシだろ?』
「ああ。じゃあ詳細データを送っといてくれ。二日後に発つ。」
『了解!さっきの話で分かっただろうが、【赤】、【青】、【白】も同行してる。...死ぬんじゃねーぞ?』
「...任せろ。」
電話の向こうで苦笑する声が聞こえた気がしたが、構わず切った。
....心拍数が高い。体全体が震える。武者震い?いや、只の恐怖だ。奴と初めて対面したとき感じた、あまりの自身の無力感。これまでの人生で味わったことのない屈辱。そして、絶望。
何一つ忘れたことなどない。
だが、此方ももう、四年前の俺ではないのだ。
この日のために力を磨いた。
只の怨みであろうとも、アイツだけはこの手で殺す。
俺のために。
そして。
誰よりも愛した彼女のために。