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拙い文章ですので、読んでいただけたら感想を頂けると作者のスキルアップに繋がるかもです。
深々と、紅い雪が積もる。
天には既に闇が映え、微かに零れる光が雲を型どる。
どれだけ手を伸ばしても、雲一つ祓う事は出来ない。
手にはただ、冷たく紅い液体が滴っていた。
ガン!
側頭部に痛みを伴わない衝撃を受けた。
すぐに原因を確かめるべく顔を向けようとして、初めて俺は自分が眼を瞑っていたことに気づいた。
「おはよう、雨杜詩図。私もな?別に講義中絶対に寝るなとは言わないさ。私なんか若い頃は講義を放って遊び歩いていたクチだからな。お前は学校に来ているだけ偉いよ。....でもなぁ、枕を持参してきて寝られたら、ゼミの主任である私は起こすしかないよな?ん?」
言っていることは物わかりの良い教師風の台詞だが、決して目は笑っていない。
...それにしても、枕か。俺はどうやら登校前から学校で寝る気満々だったらしい。
「すみません。調子に乗りました。」
ペコリ、頭を下げておく。
別に俺は不良生徒を気取っている訳でも、同じゼミの受講生たちの注目を一身に浴びたいと思っている訳でも無いのだ。
決して目の前の教師が握る、日常から見たら異常な熱を発する拳を恐れたわけではない、と誰にともなく自己弁護をしておく。
「うん、お前が警告の時点でしっかり反省してくれる生徒で良かったよ。先生もお前が憎くて怒ってるんじゃないだぞ?」
などと教師ならば一度は口にするだろうお前のためだよアピール発言をしながら、黒板の方へ歩いていく。
「ちっ、骨太女。」
「何か言ったか?」
「?僕がですか?」
決して何にでも反抗したい訳では無いのだ。
でもたまには、イライラが口を滑らすこともある。
「しーと君、まだ寝足りないの?」
浅い眠りについている俺の耳をそよ風の如く柔らかな声が打つ。俺は眠い時に他人に話しかけられるのが嫌いなタイプだが、例外はある。
その一つが彼女の声だ。
「くう先輩。ごきげんよう。」
「ふふ、なあに、それ。」
俺の妙竹林な挨拶がお気に召したのだろう。彼女は口元に片手を当てて、楽しそうに鈴の音のような声で笑う。
突然だが、俺は自分の容姿に自信がある。
間違いなく世間では美形で通る顔立ちに、185cm強の伸長。勿論腹など出ていない。まあ、それには理由が有るのだが。高校の女子クラスメイトは俺のことを王子様タイプと称した。事実、色気づき始める小学校高学年から大学2年の今まで、俺に群がる女性は絶えない。
しかし、そんな俺ですら、彼女と二人きりになるのは正直気まずい、と言うか気が引けるときがある。
俺が王子様ならば、彼女は王子すら袖にしたかぐや姫だろうか?
見る者全ての心を飲み込む闇のような深い黒色の長く艶やかな髪。
不自然な程大きくもなく、それでいて絶妙なバランスを保つ瞳。
揺ったりとしたワンピースタイプの服の上からでもわかるほどのスタイルのよさ。
まさしく絶世の美女。世が世なら、傾国とも呼ばれたかも知れない。
それが俺の目の前にいる女性、鷹木紅巴先輩、俺称くう先輩である。
「お昼ご飯。まだ食べてないよね?」
「ええ、学食の席をとったらご覧の有り様です。」
俺の座っているテーブルは、二人掛け用のミニテーブルだ。
一つの椅子に座り、向かいの席には荷物、テーブルの上には持参したらしい例の枕が置いてある。(ちなみにこの大学の食堂には、二人掛け用、四人掛け用、八人掛け用のテーブルが多数あり、席が埋まり尽くすことは学生人口上ほぼあり得ない。)
なぜ一番狭いミニテーブルを更に荷物で窮屈にしているかというと、相席をねだる女性が多いからである。空いているのに断るのは角がたつため、何とか荷物で埋めているのだ。(それでもしばしば相席を求めてくる女性はいるが。)四人掛け用、八人掛け用など論外である。
しかし、くう先輩は別だ。俺はすぐさま荷物を向かいの椅子から回収し、先輩に椅子を差し出す。
ありがと、と微笑みながら先輩も気兼ね無く腰を下ろしてくれる。
「しーと君、八重洲先生を怒らせたら怖いよ?ゼミの単位貰えなくなっちゃうかも。」
唐突な話の入り方だが、先輩のこれは言葉通りの忠告ではない。
俺と先輩が出会った頃から変わらない、軽口のスキンシップである。
「それは困りますね。先輩との学年差は一つで十分です。」
端から聞くと、俺が先輩に対して失礼な口を利いている様だが、このくらいこの先輩は気にしない。
「じゃあ私が留年してみようかなぁ。そうすればしーと君と一緒に卒業出来るもんね。...あれ、本当に良い考えかも。」
そう言って考え込む先輩。
このくう先輩と言う人は、一見優等生の常識人のように思われるが、その実意外とお茶目な人なのである。
「先輩、愛が重いです。卒業研究手伝いますから、立派に飛び立ってください。」
「もう、女の子にここまで言わせておいて。しーと君はとてもイジワルなのです。」
可愛らしく頬を膨らませて拗ねたポーズをするくう先輩。
一応明言しておくが、俺はくう先輩と男女関係的な交際をしているわけではない。俺はくう先輩に一定以上の好感を持っているし、自惚れでなければくう先輩もそうだろう。
惚れている、とまでは言わないが、学友たちがくう先輩に赤くなった顔で必死になって話しかけたりするのも分かる気がする。
しかし....。
「しーと君、今日はくう先輩にご馳走してくれちゃう日ですよね?おととい白ひげ危機十発で決めましたよね?しーと君が一回目で飛ばしましたよね?」
「う。覚えていましたか。...仕方ありません。何にします?」
「わーい!しーと君のおごりー!いくつ食べようかなぁ♪」
思考を一時停止にして、昼ご飯を買いに行くため席を立つ俺のあとを、スキップでもしそうな様子でついてくるくう先輩。
いつの間にか先輩の中ではいくつでも俺がおごるという話になっているようだが...。
でもまあ....いいか。
千円程度でこの人の喜んだ顔が見れるなら。
「で、先輩。さっきも少し触れましたが、卒業研究のテーマは決めましたか?」
俺は何故か財布から消えてしまった樋口さんのご冥福を祈りながら、樋口さんのカタキでもあるくう先輩に尋ねる。
「うん、一応ね!聞きたい?」
「...ええ、是非。」
正直、くう先輩の満面の笑みに嫌な予感しかしないが、話題を振ってしまったのは俺だ。仕方なく話を促す。
「【天智十席】の正体について!間違いなく、先生も生徒も釘付けよ!」
楽しそうに語るくう先輩に、嫌な予感だけは必ず当たるものだなぁ、と俺は痛む頭を抱えた。
【天智十席】。この名を語るには俺の世界の説明をしなければならない。
まず始めに、この大学の名前は聖一都間大学。
聖、などとついてはいるが別にミッション系の学校ではない。
この場合の『聖』は『魔』の相対的概念によって付けられたものである。
『魔』とはつまり、この世の命持つ正しくないモノ。人や動物、植物を正しいモノとした場合、鬼や妖怪、霊子が正しくないモノとなる。
しかし、この世にはたくさんの『魔』が存在する。当然『聖』側に属する人間は、『魔』に対抗するべく、戦闘方法を編み出した。
人間には、『勁絡』と呼ばれる不可視の脈管が体内を巡っている。
これが第六感の直感を司る正体であり、唯一の『魔』への攻撃手段である。勁絡から生み出される力を勁、勁を使った全ての技法を勁技、そして勁技を扱うことに長け、国に資格を与えられた国家直属の公務員を勁技能士と呼ぶ。
つまり、この大学のみならず『聖』の名を頂く勁技能士を育成する学校は全て国立であり、将来をほぼ確約されているとも言える。
勁技能士は戦闘のみならず、勁技を使い国家へ奉仕する職業。例えば火災などでは防災課、犯罪を取り締まる刑事課、負傷者を医師の元へ送るまでの応急処置や救助活動を行う救急課など、全て勁技能士の管轄であり、個人の能力に沿った部署に配属されている。故にかなりの実力主義の縦社会。
勁技は系統に分類され、操速系統、変並系統、引斥系統、残響系統、複製系統、調律系統、未知系統の7つ。
それらの説明は今は割愛させてもらうが、要は『魔』は人間にとって敵であるということ。
そしてくう先輩が言う【天智十席】とは、四年前、ピラミッド型に分けられている『魔』の分類の頂点、接触禁忌級に指定されている吸血鬼、しかも真祖と呼ばれる純血種の吸血鬼をイギリスにて葬ることに成功した、たった四人で構成された非公式組織。
組織の名前と人数は明かされているけれど、それ以外は学生程度には何一つ情報は入ってこない。恐らく国直属の精鋭の勁技能士たちでも正体はつかんではいないだろう。
非公式組織は実はかなりの数が存在しているが、【天智十席】のように強力な戦力を有する組織は数えるほどしか無く、現在は筆頭である5つの組織を五閃と数える。
ーーー閑話休題ーーー
「くう先輩。それは無理ですって。学生が調べられることじゃないでしょ?」
くう先輩は優秀で、我らが八重洲ゼミの主席候補であり、全生徒の中でもトップ10には入っているはずだ。と言ってもその優しい性格から、模擬戦闘の成績はトップ集団より少し劣るが、勁技の器用さは群を抜いており、戦闘力という考え方なら十分高い。
ちなみに俺は...まあ、有能(決して優秀、という意味ではない。)だ。レポートなんかは嫌いで、くう先輩によく手伝ってもらったりしている。出来ることなら恩を返す意味でも協力したい。
とはいえ、今回のくう先輩の発言は支持できない。
【天智十席】は五閃の中でも、四年前の真祖の吸血鬼討伐により、世間での人気が異常に高い。しかし、これは非公式組織としては異例なことである。故にその世間への影響力を危惧した各国の政府は血眼になって情報を集めようとしている、らしい。
少なくとも学生レベルが気軽に探るような内容では無いのだ。
「でもでも!噂ならネットとかに色々出てるし、一つずつ当たっていけば何か分かるかも...。」
「噂を一つずつ!?途方もない時間の無駄遣いですよそれは!」
【天智十席】については俺も軽い気持ちでネット検索をかけたことがある。内容は【天智十席】の拠点がドーバー海峡の狭間だとか、はたまたスフィンクスの中だとか。
いったい先輩は卒業研究に何十年費やすつもりなのだろうか。
「【天智十席】に拘る事ないでしょう?もっとやり易いことにしましょうよ。例えば未知系統の論理的分類とか...。」
未知系統とは、他の6つと違い、正確に分類出来ない勁技を総称して呼ばれる。未知系統を自らの考えで論理的に説明すると、正解は確定されていないので、誰も間違いとは言えない。そういった点から卒業研究にはとても人気なテーマなのだ。
しかし、俺の提案は失敗だった。
「拘りますぅ!私はどうしても...!!」
先輩は急に立ち上がり、ダン!とテーブルに手をついた。その美しいお顔は今までほとんど見たことがない程陰りが見えた。
正直冗談の類いだと思って話題を流そうとしていた俺は面食らってしまう。幾度かくう先輩とは喧嘩したこともあったが、いきなり声を荒げるようなことは記憶になかった。
「...あの、すみませんでした。」
とりあえず混乱した俺はまず謝るという社会的下策を講じてしまう。しかし、先輩もハッとしたように表情を戻して、
「あ、ううん。謝らないで。しーと君は何も悪くないよ。こっちこそごめん...。」
身ぶり手振り、若干早口でそう言って来るのは、自分でもらしくないことをしたという思いが有るからだろう。
この程度のことで互いに気まずさで無口になってしまうほど浅い付き合いではない俺たちは、そのあとの休み時間を何事もなかったかのように、くだらない話で浪費していくのだった。
妙に引っ掛かる違和感を胸に秘めて。
「ただいま。」
大学を終え、俺が帰ってきたのは築8年の一等級住宅街にそびえるマンションの一室。2LDKで家賃は月々24万円と大学生の身分からしたら不釣り合いもいいところだが、それには訳がある。
その訳とは、細かく分けるならばたくさんあるのだが、根本的な理由としては....。
「おとーさん、帰宅~♪」
満面の笑みで駆け寄ってきた、目の前の我が『娘』だったりする。