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第三幕 第八章(中編)

【午後1時35分】 


 だんッ!


 ――一気に、血の気がひいた。


 フローリングの床に、裁ちバサミが突き立てられている。


 それも、胡座をかいている悠一の、脚と股間の間に、だ。


 急速に口の中が乾いていく。厭な汗が、額を伝う。


 どうしてこんな事態になっているかと言うと――話は、今から数十分前にまで遡る。


 藍土駅前で車を降りた二人は、近くのラーメン屋で適当に昼食をとり、そこから住宅街の方へ向かって、てくてくと歩き出す。この辺りは、登下校でいつも通っているだけに、土地勘があった。いわば、悠一のホームだ。大通りをまたぐ歩道橋に到達する頃には、もうほとんど雨も小降りになっていた。

 そうか……もう、こんな時間か。

「……オメェ、足下気を付けろ。滑るからな」

 珍しく、織田が優しい言葉をかける。

 ……と言うか、それは……。

「いつかみてェに、足滑らせて階段から転げ落ちンなよ。落ちたら、オレは笑うけどな」

「……やっぱり、あれは織田さんだったんですね」

 いつだったか、悠一が歩道橋から転げ落ちた時、少し離れた位置でゲラゲラ笑っていた男がいた筈。

 あれは、織田だったのだ。

 人が痛い思いをしているのを指さして笑うなんて……。

「そりゃ笑うだろうが。誰だって笑う。オレだって笑う。監視している人間が、目の前で転げ落ちたんだからな」

「好きにしたらいいですよ……」

 全く、ひどい男だ。この織田広樹に人間性を求めること自体が間違いなのだろうが……。


 目的地のマンションは、そこからさらに徒歩で五分くらいの距離にあった。二〇階建ての高層マンションに、二人揃って入っていく。

 四〇二号室。

 それが、並木慎次の部屋だった。

「シンジぃ、入ンぞー?」

「どうぞ、空いてます」

 インターフォンから、落ちついた青年の声が返ってくる。もっとも、織田は返事が返ってくる前から扉を開けていたのだけれど。

 間取りは2DK、になるのだろうか。学生の一人暮らしにしては、ずいぶんと贅沢な住まいだ。親が金持ちなのかもしれない。

 廊下を渡り、一番奥の部屋に入る。

 そこに――彼らはいた。

「お邪魔すんぞー」

「どうぞ」

 その青年――入江慎次は部屋の奥で、パソコンをいじっていた。カチ、カチ、と、マウスをクリックする音だけが定期的に響く。と言うか、仮にも客が来たというのに、こちらを振り向きもしない。ただ、憑かれたようにパソコンに向かい続けている。

 何だか、随分と痩せた男だった。カッターシャツとチノパン、足は裸足で、肩まで伸びた髪にはゆるくパーマがかかっている。顔立ちは……まあ、整っている部類に入るのだろうか。掘りが深く、鼻梁が通っていて、唇が薄くて――ちょっと、ハーフっぽい感じ。だけど――何だか――うまく形容できないのだけど……ひどく、『薄い』印象を受ける。確かにそこにいるのに、存在感が希釈と言うか、儚げと言うか、病弱っぽいというか。一度も視線を合わさないことから、こっちが勝手に暗い印象を抱いているだけなのかもしれないけど。

 そして、彼の真後ろに、女子高生が座っている。

 彼女が、麦原司だろうか。

 床に腰掛け、書架にもたれ、黙々と文庫本をめくっている。表紙には『七回死んだ男』と書いてある。言うまでもなく、悠一はその本を読んだことがないので、どういう内容なのかは知らないのだけれど。

 彼女が何故女子高生か分かったかと言えば、それは彼女が高校の制服を着ているからで――この制服は、確か樫尾(かしお)学園のモノだっただろうか。……と言うか、この()――。

「オラ、自己紹介」

 織田に突かれ、悠一は慌てて思考を中断する。

「あ……はじめまして。俺、小鳥遊悠一って言います。よろしくお願いします」

「…………」

「…………」

 無反応。

 ただ、並木がクリックする音と、司がページを捲る音だけが、虚しく部屋に響く。

「……えっと……」

「コイツ、新参リピーターでさ。ちょっと前から、オレらと一緒に行動を共にすることになったんだよ。まだ正規のメンバーになるかどうかは分かンねーんだけどな」

 困惑する悠一の横で、織田がフォローを入れてくれる。

「知ってます。鷲津さんからメールがきたんで」

 並木の声は、どこか無機質だ。まるでロボットみたい。

「鷲津さん? 新城さんじゃなくて?」

「あの人は一応、おれの上司にあたるんで。調査班って言うの? よく知らないけど、『グループ』の中にそういう部署があって、鷲津さんはそこのリーダーだから、おれはその部下って感じで。つっても、いつもメールの遣り取りばっかで、リアルにあの人に会ったのは二回くらいしかないんだけど」

 初めて、並木が長文を口にする。その間も、視線はパソコンに固定されたままなのだけど。

「――で、今回は何の用ですか? そこの人を紹介しに来ただけ?」

「半分は、そうだな。この周は、『グループ』のメンバーとか、おれらがよく知ってるメンバーとかに紹介してまわってンだよ。んで、この世界のこととか、『グループ』のこととかをよりよく知ってもらおうと思ってさ。――並木、よければ、お前の仕事のこと、コイツに教えてやってくれねェかな?」

「別にいいですよ」

 どうでもいいかのように、並木は頷く。

「えっと――ああ、ゴメン。何て名前だっけ?」

「小鳥遊です。小鳥遊悠一」

「おっけ。えっと、タカハシくん」

「タカナシ! 小鳥が遊ぶと書いて小鳥遊ッ!」

 まさか一日で二度同じ間違いをされるとは思わなかった。

「ああ、ゴメンゴメン。おれ、人の名前を覚えるの苦手で。別にどうでもいいんだけど」

 どうでもよくはないだろう。ナチュラルに失礼な男だ。

「ええと、何言おうとしてたんだっけ? ああ、そうそう。おれは、ネット上の『探索』を専門にしてる。リピーターになった途端に引き籠もっちゃうヤツ、けっこう多いらしくて――ネット依存の連中も、多い。そうじゃなくても、物理的に遠くに住んでる人間なんて、当然見つけられないし。そーゆーのを、おれは探してる」

「……ネット上で新参リピーターを探すのは、サハラ砂漠で砂金を見つけるようなものなんじゃないんですか?」

「お前、うまいこというね」

「や、今のは新城さんの受け売りですけど」

「あの人、そんなこと言ってたんだ。人にこんな仕事押しつけといて、相変わらずひでー人だな」

 新城保、何か、本気で人望がないっぽい。

「それでも、並木さんはずっとそれを続けてるんですよね?」

「それがおれの仕事だから」

「見つかるんですか?」

「見つかる訳ないし。そりゃもちろん、受け身でいたってしょうがないから、こっちからも色々アプローチはしてる。匿名掲示板とかSNSとか動画サイトとかツイッターとか、大手の有名所を狙って、スレッドとかトピックとかコメントとか、とにかく目立つ形で、リピーターだけが反応するようなアクション起こしたりしてさ。もしそれをリピーターが見たなら、メールの遣り取りができるように仕掛けたりして。だけど、ほとんどは徒労。千人が見たら、千人がクオリティの低い荒らしか何かだと思うみたい」

「それなのに、続けている?」

「そう。1000人が駄目でも、1001人目がヒットするかもしれない。おれは、それを待ってる。もちろん、待ちぼうけじゃ馬鹿みたいだから、絶えずこうやって、ネット上の動きを見守ってるんだけど。

 何時何分にどういうレスがされるか、どういうコメントをされるかって、ほとんど決まってる訳じゃん。もしもそこに違いがあるとしたら――どこかで、リピーターの動きがあるってこと。ま、これはリアルな世界でも同じことが言えるんだけど。おれはそれに目を光らせて、何かあったらすぐに鷲津さんにメールするようにしてる」

 並木は簡単に言ってるが、それは途方もない作業ではないのだろうか。広大なネット上を一人で見張るなんて真似、はっきり言って、物理的に不可能なように思えるのだが。

「――そりゃ、おれだって、この仕事を一人でやるのは理不尽だと思ってる。だけど、やらないよりは、やった方がマシかなって、そういうこと。これでも、いくらかの成果は上がってるんだし」

「え……そうなんですか?」

「まだ少ないけど。東京と京都、愛知、静岡、北海道、秋田、あとは島根だったかな? 住所を教えてもらってない人間も含めると、全部で十四人がヒット済み。暇を見てメールの遣り取りをやってる」

「そんなに……」

「おれの前は新城さんがこの仕事やってたらしいんだけど、あの人の話によると、香港とかフランスとか、海外からの接触も少なからずあったらしい。おれはその人たちのアド教えてもらってないから、どこまで本当かは分かんないけど」

 そうか――そう、なのだ。

 悠一は何となく、この現象はこの辺り一帯だけで起きているのだと認識していた。だけど、違ったのだ。リピート現象は世界規模で起きていて――世界のあちこちに、リピーターは、散らばって存在しているのだ。それも、現在進行形で。

 ただ、関東に住む悠一や『グループ』の人間たちには、それが確認できない。二十四時間しか時間が与えられてない以上、移動できる範囲には限界がある。北海道や島根くらいなら、頑張れば何とか行けるし――香港は、どうだろう? かなりギリギリな気がするが、不可能ではないだろう。だがフランスともなれば、完全にお手上げだ。どれだけ効率よく動いても、移動中にリピートが起こってしまう。監視はおろか、接触することすら難しい――リアルの世界では。

 その点、サイバースペースであれば、空間を乗り越えてお互いの存在を知ることができる。一度接触に成功すれば、メールのやりとりによって、お互いの現状把握が、そして情報交換が可能になる。徒労ばかりで効率が悪いように思えても、この途方もないネット巡回は、重要な仕事なのだ。

「――並木さんは、その全員の、メアドを暗記してるんですよね?」

「もちろん。別に難しいことじゃない。データとかメモとか、あらゆる記録媒体が意味を為さないのなら、記憶するしかないし。 仮に忘れちゃったとしても、鷲津さんと新城さんが覚えてるから、その都度、聞けばいいだけの話だし」

「メールのやりとりって――具体的には、どんな内容なんスか?」

「別に大した内容じゃない。お互いの現状把握と、情報交換。別に、友達じゃないし、こっちもそれほど信用してる訳じゃないから、それほど突っ込んだ話はしないし」

「……信用してない、んですか……?」

「当たり前。そりゃ、リピーターかどうかはすぐに識別できるけど、それ以上のことは、証明しようがないし。慎重にならないと、ガセの情報に踊らされる羽目になる」

「……同じリピーターなのに、そんな、人を騙すような人間がいるんですか?」

「甘いって。そんなヤツ、掃いて捨てるほどいる。向こうが騙すつもりがあってもなくても、関係ない。よくある話。リピーター同士でも、それは例外じゃない。まあ、そんなに簡単に騙されるほど、おれも馬鹿じゃないけど」

「大丈夫なんじゃね? 仮に並木が言いくるめられても、鷲津サンと新城がバックについてる訳だし」

 今まで黙っていた織田が横からフォローを入れる。

「おれは騙されませんよ」

 特に気分を害した風でもなく、平坦な声で並木が反論する。

「だけどよ、メールには慎重になれって、新城に一番注意するように、オメェ自身が言われたことだろ?」

「あの人も、何でわざわざそんなこと言ったんでしょうね。おれのこと、メディアリテラシーを欠いた情報弱者だとでも思ってるんでしょうか」

「そりゃ、オレなんかに比べりゃ、オメェは頭いいから大丈夫だろうけどよォ」

「織田さんと比べられてもね」

「……相変わらずカチンとくるやつだな……」

 そう言う織田もまた、苦笑するだけで、本気で気に障ったという感じではない。……さっきから気になっていたが、何だか、この男に関してはずいぶんと寛容な気がする。悠一を相手にしている時とは大違いだ。あるいは、各々の扱いが分かっている、というべきか。荒事専門とは言え、その辺りはさすが『グループ』幹部といった感じだ。

 ……しかし、騙すとか騙されるとか、ネット上での情報交換と言うのは、そんなにギスギスしたモノなんだろうか。もっと信頼関係を築いていくことが重要な気がするのだけど。


 ――人のこと、言えないか。


 馬鹿みたいだった。

 そう言う悠一自身が、『グループ』のことを疑っているのではないか。騙されているのではないか、利用されているのではないかと常に疑いながら、半ば無理矢理に、行動を共にしているのだ。気を抜くとそのことを忘れそうになるから危ない。

 流されてはいけない。

 丸め込まれてはいけない。

 分かっている、筈なのに。

 ……もっともっともっと、気を引き締めるべきだ。


「まあ、いいや。画面見ながらでいいから、オメェも一息つけよ。飲み物と、オメェの好きなヨーグルト、買ってきてやったからよ」

 コンビニで調達したそれらと一緒に、スプーンとグラスをパソコンデスクに置く織田。悠一たちが話している間に、勝手にキッチンから拝借してきたのだろうか。相変わらず、自由な男だ。

「ゆーゆー、何か、質問があるなら、今のうちに聞いておけよ?」

「あ……じゃあ、一つ。竹崎宗也って男を見つけたのって、並木さんなんですか?」

 竹崎宗也。

 フリーターのネット依存。

 ループ地獄に絶望し、孤独と退屈に蝕まれて、職場の店長を殴打して逃走した男。今は引き籠もって、ネット内でのみ暴れているという話だったが――。

「ああ、竹崎。あのバカ。……いや、見つけたのは、おれじゃない。新城さん。あの人が見つけてきて、その後の監視を、おれに依頼しただけ。アイツの出没する場所は分かり切ってるから、そんなに大変な仕事じゃないけど」

「でも、竹崎が出没する場所を見つけたのは、並木さんじゃなく、新城さんなんですね?」

「そう。でも、その後監視を続けているのはおれなんだけど」

 そこはどうしても譲れないみたいだった。まあ、今現在、監視しているのが並木、というのはいい。

 しかし――最初に見つけたのが新城、というのはどうだろう。

 ネット巡回は、以前は新城の仕事だったらしい。広大なネットを巡り巡って、海外含め、多くのリピーターを発見し――その新城が、竹崎を見つけたとしても、別におかしな話ではない。

 だけど。

 だけれど。 

 やはり――どうしても、違和感を感じてしまう。

 鷲津に話を聞いた時と同じ、都合がよすぎるがうえの、不自然。

 これは、何を意味しているのだろう。

「――その仕事、以前は新城さんがしてたって話ですけど……並木さん自身は、この仕事を初めてどのくらいなんですか?」

「えっと……二週間――じゃない、十四周くらいかな」

「けっこう最近なんですね……」

「シンジはさ、リピーターになったの自体が、最近なんだよ」

 的確なタイミングで織田が口を挟む。

「オメェ、今周で、何周目になるんだっけ?」

「二〇周ですね」

 それじゃ、悠一とそんなに変わらないではないか。

「ビックリしたべ? 『グループ』の中――ってか、それ以外のリピーターの中でも、シンジは一番の若手なンだよ。でもまァ、リピート回数なんか、関係ねェんだけどな。シンジは優秀だし」

「おれなんか全然ですよ」

「いや、オレじゃそんな仕事できねーもん。ホント、すげーよ」

「織田さんと比べられてもね」

「おぉ、まさかの天丼か。オメェ、三回目は、さすがのオレでもボコるぞ?」

 やはり、織田は並木には甘いらしい。今の台詞、悠一だったら、一回目でボッコボコだ。


 並木の解説が一段落したところで、部屋にはまた静寂が訪れる。どうも、この並木という男は自分から話を振ったりするタイプではないらしい。そこまで、こっちに関心がないのかもしれない。結局、彼の視線がこちらを捉えることは一度もなかった訳だし。

 ――と言うか。

「……あの、さっきからずっと気になってたんですけど……」

「ん?」

 並木と一緒に画面を覗き込んでいた織田が振り返る。質問に答えてくれるのなら、別にどちらでも構わないが。

「あの……そこの()は、俺にしか見えない存在なんスかね……」

 悠一と並木、織田が話しているその間、無言で読書を続けていた少女。発言もなく、反応もなく、まるで空気のように、家具のように、その場に鎮座するだけ。時々ページを捲るくらいしか、動きがない。

「オイオイ、座敷童みたいに言うなよ。ムギは、オレの大事な部下なんだぞ?」

 麦原司で、『ムギ』か。いや、それよりも気になったのが――

「織田さんの部下?」

「そう。遊軍っての? 言ってみりゃ、便利屋だな。緊急事態には活躍すンだけど、それ以外は、割と好き勝手に使われてる。実際、オレもこうやって、オメェの案内役をやらされてる訳だし」

 そんなポジションだったのか。

 何度も『荒事専門』を自称するもんだから、てっきりそういう役割だと思ってたのに。……でもまあ、よく考えてみれば、そうそう刃傷沙汰がある訳もないし、だったら、使い勝手のいいポジションにしておいた方が、少数精鋭の『グループ』としてはいいのかもしれない。

「……で、この――麦原さん、でしたっけ? この娘は、今、どういう仕事を……?」

 どう見ても、読書に没頭しているようにしか見えないのだけど。そう言えば、いつの間にか読んでいる本が変わっている。さっきのは読み終わったのだろうか。今度は、文庫本ではなく、もう少しサイズの大きい本。ちなみに、タイトルは『名前探しの放課後』だ。

「シンジ、ムギはいつも何やってンだ?」

 織田も把握していないらしい。何て無責任な上司だ。

「別に。おれの身の回りの世話をしてくれるだけですよ。買い出しに行ったり、食事の用意をしたり」

「それだけッスか?」

 その仕事は、果たして必要なのだろうか。

「あとは、思い出したように話しかけてきたり。おれは別に、一人でも構わないんだけど。……それ以外は、ずっとそうやって本読んでる」

 何だか、妙に突き放した言い方なのが気になる。この男にとっては、自分以外の人間は全員『他人』なのだろうか?

「オラ、ゆーゆー、自己紹介」

「え? でもさっき……」

「それは並木に対してだろ。ムギにもちゃんと挨拶しろ」

 変なところで筋を通したがる男だ。

「あの、はじめまして。俺、小鳥遊悠一って言います」

「知ってる。さっき聞いたから」

「…………」

 言わんこっちゃない。とんだ赤っ恥だ。そう言えば、この娘の声を聞いたのは初めてではないだろうか。

「ゆーゆー、ムギに、何か質問とかあるか?」

 空気を読んだ織田が円滑に進行していく。

「あ、そうそう。ずっと気になってたことがあったんスよ。――君さぁ、前に、俺に会ったことあるよね?」

「…………」

 無言で、悠一の顔を睨みつける司。そう、その顔だ。今はっきりと思い出した。

「あれは確か――そう、俺にとっての四周目だから……今から七周くらい前になるのかな? 藍土駅前の歩道橋の下で、君、俺のこと睨みつけてなかった?」

「買い出しの帰りじゃないの。その場所、近所だし」

「コンビニの袋提げてたから、多分そうだとは思ったんだけど……ってか、いや、問題はそこじゃなくてさ――何で、俺を睨みつけてたの?」


「わたしは貴方が嫌いだから」


「……………………何で?」

「莫迦は嫌いなの」

「何で、俺が馬鹿だって知ってる!? その時が初対面だろ!?」

「顔を見れば、莫迦かどうかは分かるから」

 何て言い草だろう。自分の頭に血が上っていくのを、悠一は自覚していた――が、もうどうにもならない。

「あっそう! じゃあさ、もう一つ聞いていいか? お前、何であの時泣いてたんだ!?」

「……泣いてない」

「泣いてたじゃん! 目の周り真っ赤にしてさ!」

「貴方の見間違いでしょ。頭悪いうえに、目まで悪いの?」

「ああそうかい! じゃあそういうことにしておいてやるよ! じゃあ、最後の質問な!」

 本当は、心の内に仕舞っておくつもりだった。だけど、言ってやる。ここまで言われて、黙って引き下がってなどいられるか。


「二人って、付き合ってンのか?」


「小鳥遊ッ!」

 瞬間、織田が悠一の袖を引っ張る。何だか必死な顔をしていたが――そして、言われた司は蒼白になっていたが――もう止められない。言われっぱなしは癪だ。どんな形でもいいから、一矢報いてやりたい。

「……別に、そういうのはないよ。おれ、あんまり色恋には興味ないし。ってか、麦原さんとは、会ってっからまだ二週間くらいしか経ってないし」

「並木さんはそうでも、こっちはどうでしょうね。だって、おかしくないですか? 大した仕事もないのに、せっせとこの部屋に通いつめるなんて」

「小鳥遊、マジでやめろ」

「やめません。なあ、お前さ、並木さんのこと――」


 視界の隅で、司が動いた気がした。


 ブレザーの内側に手を差し込んだ、と思った、次の刹那――


 彼女は、座った姿勢から急に飛びかかってきた。


 右手に大振りの裁ちバサミが握られている――と、悠一が認識できたのはそこまで。


 次の瞬間、目の前の床に、裁ちバサミが突き刺さっていた。


「――――ッ!」

「いいこと教えてあげる」

 ぐぅっと、顔を五センチの距離まで近付ける司。

「わたしは莫迦が嫌い。

 わたしは空気を読めない人間が嫌い。

 わたしは人の話を聞かない人間が嫌い。

 わたしはすぐに調子に乗る人間が嫌い。

 わたしは自分基準でしか物事を考えられない人間が嫌い」


 わたしは、貴方が大嫌い。


「…………」

「ちょっと。あんまり、床傷つけないで。賃貸なんだから」

 あわや刃傷沙汰だったと言うのに、並木は振り返りもしない。一体、どういう神経をしてるんだろう。

「問題ありませんよ。どうせリピートで元通りです」

 悠一から身を離し、床から裁ちバサミを引き抜いて、クールに返す司。その裁ちバサミは、再びブレザーの内側に。……どうやら、常に得物を携帯しているらしい。

「それもそうか」

 納得した様子の並木。この二人は、人として大切な部分が確実に欠けている。今のやりとりを見て確信した。

「悪ィな。なんか、騒がせちまって……」

 その場を取りなすように、織田が口を開く。『武器屋』の時も思ったが、相手が変人だと、相対的に織田が常識人に見えるから不思議だ。

「いえ、別に」

「…………」


 何事もなかったかのように、また、クリックの音とページを捲る音だけが、部屋に響き渡る。

「……帰るぞ」

 織田に引っ張られるようにして、部屋を後にする。結局、何も口にすることができなかった。言うべき台詞も思いつかなかったけど。


「――離してくださいっ!」

 扉を出たところで、織田の手を振り払う。

「一体、何なんですか……。あの女、一体なんなんですか……!?」

「オメェが何なんだよ。オレにしてみりゃ、オメェの方が信じられねェよ……」

 織田が呆れている。

「オメェさァ、なんで、人の話聞けねェの? オレ、やめろって言ったよな? アイツのことは、他の誰よりオレが一番よく分かってンだ。そのオレが、やめろっつったんだからさ……」

「だって、あの女が酷いことばっか言うから……」

「気持ちは分かるけどさァ……。分かっただろ? ムギは、普通の女子高生じゃねェんだよ。いつもはクールな文学少女を気取ってるが、本性は、そんなもんじゃない。とんでもない激情家で、すぐにキレる。ああ見えて、アイツ、剣道の有段者だからな」

「剣道の有段者は、いきなり裁ちバサミで襲いかかってきたりしませんよ……。お願いだから、そういう情報は前もって教えておいて下さい」

「言葉選ばないと痛い目見る、って言ったべ!? なのにオメェと来たら、アイツを挑発するから……」

「あんな大人しそうな娘が、そんな武闘派だと思う訳ないでしょうがっ!」

「オレの部下って言ったべ? 確かに遊軍とは言ったけど、それはポジションとしての話だ。メインはあくまでも荒事だよ。叩く殴る潰す蹴る切る刺す刻む――そういう行為でのみ、オレらの本領が発揮されンだよ。よく覚えておけ」

「……よく、覚えておきます」

 もちろん、覚えておくとも。さっきみたいな真似は、もうたくさんだ。

 話しながら、二人は移動を始めていた。エレベーターに乗り、マンションを出て、しばらく歩いて通りに出る。

「――で、結局、あの二人の関係はどうなんですか?」

「オメェも懲りなねェヤツだな……」

「今なら、教えてくれてもいいじゃないですか。あの娘、どう見たって並木さんのこと好きですよね? さっきの裁ちバサミだって、俺がそのことを指摘したからだろうし」

「否定も肯定もしねェよ。そのことは忘れろ。オメェも聞いたろ? 並木慎次と麦原司は、出逢ってから、まだ、十四周しか経ってない。片方はパソコン画面から目を離さない。片方は本から目を離さない。時々会話を交わしたところで――恋なんて、生まれようもない。ムギの気持ちがどうかなんて関係なく、な」

 考えてみれば、おかしな話ではある。いくら一日一緒にいるとは言え――いくら、並木がそこそこの男前とは言え――一日中モニターに向かっているような男を、好きになるものだろうか? それも、たった十四周――現実世界に換算すれば二週間足らず――で、だ。司の態度は明らかに不審だったが、やはり悠一の勘繰りすぎだったのだろうか。

 会話が一段落したところで、ようやくタクシーが捕まる。今度はどこに向かうのだろうか。例によって、何も教えてもらえない。もう諦めたが。


「あと、オメェさ。ムギとはホント、仲良くしてくれよ。アイツ、難しいし不器用な奴だから誤解されやすいけど、悪い人間じゃねェんだからよ」

「とてもそうは見えませんでしたけど……」

 何しろ、激昂して裁ちバサミで襲いかかってくるような女だ。

「あの女、俺のことが嫌いみたいだし」

「嫌いっつーか……まあ、嫌悪とか、そういうのじゃねェから」

「嫌悪じゃないなら、何だってんですか?」

「――憎悪?」

「より悪いじゃないですかッ! 俺があの女に、一体何をしたって言うですか!?」

「……まあ、お互いに思うところはあるだろうけどさ。ここは大人になって足並み揃えてくれよ。な?」

 よりによって、織田からそんな台詞を言われるとは思わなかった。

「…………」

 座席のシートに沈み込みながら、ふて腐れた表情をしてしまう。

「この後、ムギと一緒に行動することになるンだからよ、仲悪いままじゃ、やりにくいだろ? まぁ、初対面であんなこと言われて、ムカつくオメェの気持ちも分かるけどよォ」  

「――は!? 何、今、何て……え? 今、何て言いました?」

「初対面であんなこと言われて――」

「その前ですッ」

「次の人間に会ったその後、オメェはしばらくムギと一緒に行動を共にすることになるんだから、仲悪いままじゃやりにくいだろって、そう言ったんだよ」

「何をさらっと言ってるんですか!? そんな話、聞いてませんよ!?」

「聞いてないも何も、話すタイミングなんてなかったじゃねェかよ。ムギの紹介が終わった後で話そうと思ってたのに、あんなことになっちまうし……」

「え、何で織田さんいなくなるんですか!? あの女と二人きりにしないでくださいよッ!」

「オレは別の仕事があるんだっつの。忙しいんだよ、これでも。夕方の時間帯、オレは抜けて、ムギがその代役を務める。これは決定事項だ。今さら、オレのスケジュールも、ムギの代わりも見つからねェ」

「どうにもならないんですか?」

「ならねェな。こっちは六人で、何とか回してンだ。今さら変更する余裕なんざねェよ」

「六人!? ――って、え!? 『グループ』って、六人しかいないんですか!?」

「いちいち大きな声出すな。言ってなかったか? 新城、美智代、オレ、鷲津さん、それにムギと並木で、全員だ。少数精鋭って言ったべ?」

 それにしたって、いくら何でも少数すぎるのでは。

「ま、そう言う訳だから、うまくやってっくれよ」

「……そんな……」

 一気に気が重くなる。あの女と二人で、悠一はどんな話をすればいいと言うのだ……。

「ま、そんなにヘコむなや。大丈夫だっつの。オメェは、ムギの後についていけばいいだけなんだからよォ」

 織田の口調はどこまでも軽い。……全く、他人事だと思って……。


【午後2時10分】

「オラ、ついたぞ。降りろ」

 いつしか、タクシーはどこかの住宅地に降りていた。

 目の前には何の変哲もないマンション。次の人物は、ここに住んでいるのだろう。

「今度はどんな人なんですか。できるだけ詳しく教えて下さい」

烏丸(からすま)英雄(ひでお)宮脇(みやわき)(あん)――っつーんだけど……まァ、名前は覚えなくてもいいや。オレらは、二人まとめて『カップル』って呼んでる」

「リピーター同士の恋人なんですか」

「おお、よく分かったな」

「その程度のことも分からない人がいるのなら、呼んで下さいよ。こんこんと説教してやりますから。――じゃなくて、俺は、もっと詳細な情報をくれって言ってるんですっ!」

「その必要はねェよ」

 涼しい顔をして、織田は歩き始める。

「どうせ、部屋にも入れてもらえないだろうから」


 織田の言う通りだった。

 数分後、二人はマンションの一室の前にいた。

「……オメェはオレの脇に隠れてろ。間違っても、口を挟むんじゃねーぞ」

 そう釘を刺して、インターフォンを押す織田。

「――何?」

 扉を開けたのは、二十代半ばの、精悍な顔立ちをした男だった。この男が烏丸英雄だろうか。どちらかと言えば筋肉質で、短髪、鼻が大きく唇が厚く、無精ヒゲを生やしている。しかも、タンクトップにボクサーパンツと言う、あまりにもラフな服装。寝起きなのか、ひどく不機嫌そうだ。

「いつも通りの、定期巡回だ」

「あっそ。……じゃあ」

 言うが早いか、さっさと扉を閉めようとする。

「待て待て待てッ! たまには、茶の一杯でも飲ませろって」

「何を厚かましい……。アンタらに付き合ってるほど暇じゃないんだよ、こっちは」

「――ネエ、誰ー?」

 部屋の奥から、甘ったるい女の声が聞こえてくる。あれが、宮脇杏か。

「いつもの連中だよ。すぐに帰す」

「早くしてよお。待ってるんだかねえ?」

「……なるほど、大層お忙しそうで」

 溜息混じりに、露骨な皮肉を言う織田。

「どうせ女とヤってるだけだろ? (さか)りやがって。よく飽きないな」

「……帰れ」

「待てって。何か変化はなかったか、それだけ聞かせてくれ」

「何もないよ。だから帰れ。……ウザいんだよ、アンタら」

 不愉快な捨て台詞を残し、織田の鼻先で扉を閉める烏丸。

「ったく、仕方ねェな……」

 呟く織田だが、あまり残念さは感じられない。どちらかと言えば、もう諦めているといった感じだ。

「……何なんですか? 今の人たち」

「見ての通りだよ。リピーターのカップルだ。どうやって知り合ったのかは把握してねェけど、近所に住んでるらしくって、毎周女が男の部屋に通い詰めては、ヤリまくりだ。今のところ、他のことには興味がないみてェだな」

「ヤリまくりって……」

「ったく、マジで、同じ相手とばっかでよく飽きねェよな。どんだけぶっ飛んだプレイしてンだか。今度聞いてみようかな」

 下品な発言をしながら、部屋を後にする織田。悠一は慌ててその後を追う。

「え、あの、織田さんは結局、ここに何をしに……?」

「言ったべ? 定期巡回。何か変わったことがないか、把握してるリピーターのトコを回ってンの。『グループ』以外のリピーター――『武器屋』とか『教授』とかのトコ行ったのだって、定期巡回の一環なんだぜ? ま、大抵はいつも通り、何も変化なし、って答えなんだけどな。仮にあったとしても、それを『グループ』に言うとは限らないし」

「さっきの人たちの場合、それ以前の問題に見えましたけど……」

 分かりやすく門前払いを喰らったのだ。信頼関係がどうのという域にすら達してない。

「大概のリピーターは、あんなモンだ。どいつもこいつも、テメーのことしか考えてねー。刹那主義、享楽主義、ってのか? 今、自分たちが楽しければそれでいいんだよな。それで、朝から晩までセックス三昧。サルだ、サル。ま、奴らはまだ真面目な方だけどな。大人数集めて、酒とドラッグ用意して、それで延々と乱交パーティーやってる連中もいるくらいだ。そんな奴らも、リピーターはリピーターだからな。放っておく訳にもいかねーだろよ」

 ――そんなもの、なのかもしれない。

 いや、むしろそれが自然な姿なのだろう。時間を共有する相手がいて、時間を埋める術があるのなら――そしてそれが快楽や享楽に直結するのならば――きっと、何も問題はないのだ。永遠に続くその状態に飽きなければ――その状況に、一抹の不安も、一ミリの不満も感じなければ――の、話ではあるのだけれど。

 もちろん、そんなことは有り得ない。

 有り得ないのだけど……きっと彼らは、そう考えていない。あるいは、意図的にそう考えているのを避けているのか。

「――長続きするわきゃ、ねェんだけどな……」

 静かだと思ったら、織田も悠一と同じことを考えていたらしい。二人揃ってエレベーターに乗り込み、一階を目指す。

「オメェさ、どう思う? 同じ女を相手に、来る日も来る日も、一日ぶっ続けで、ずっとヤり続けることなんて、できると思うか?」

 訂正。

 織田は、悠一とは違う角度から考察を巡らせているようだ。それも、かなり下品な方向に。

「……そんなの、俺に聞かないでくださいよ……」

「それもそうか。オメェ、童貞だもンな」

「それが言いたかっただけでしょ!?」

「――いや、真面目な話、な。オメェくらいの年頃ならさ、元気ってか、精力ってか、性欲ってか――そういうの、有り余ってるわけじゃねェか。で、仮にいい相手が見つかったとして――そしたらそれで、無限の時間を埋められるモンなんかな?」

「だから、知りませんよ」

 女を知らない悠一に、答えられる訳がない。想像することはできるけど、それはどこまで行っても、想像の域を出ない。聞く相手を間違えている。

「第一、質問の目的が分かりません。俺に何を言わせたいんですか」

 エレベーターを降り、通りに出る。タクシーを探しながら、織田はいつもの軽い調子で答える。

「世間話だっての。あんま深く考えンな。オメェだったらどうする、って話」

「さあ……どうでしょうね。カワイイ娘がいて、その娘がたまたま近い場所に住んでて、リピーターで、その上、お互いの気持ちが通じ合って恋人同士になって――そんな可能性、限りなく低いような気もしますけど」

 答えたくなくて、わざと理屈をこねてやった。

「だけどゼロではない、だろ? 現に、烏丸英雄と宮脇杏という『カップル』が、こんな近い場所に存在している。なら、オメェにもそういう出逢いがないとは、言い切れない。違うか?」

「出逢い――ですか。俺の出逢った異性のリピーターなんて、饒舌で胡散臭い女教師と、寡黙で凶暴な文学少女しかいないんスけど……」

 まあ、二人とも見てくれは悪くないのだが……中身が、問題だ。ストライクゾーンがどうこうと言うレベルではない。ワイルドピッチ――いや、デッドボールだ。

「じゃあ、仮定の話に戻すか。もし仮に、そういう相手が現れたとしたら――オメェは、どうする? 二人だけの世界に引き籠もるか?」

 是が非でも、織田は悠一から答えを引き出したいらしい。世間話と断った割に、ずいぶんなしつこさだ。

「えっと……そうッスねぇ……」

 それは想像するしかないのだけど。

 想像の域を出ないのだけど。

「そりゃあ、そんな相手がいたら最高でしょうけど……」

 自分好みの可愛い娘がいて、その娘も自分と同じリピーターで、お互いの境遇を理解し、共有することができて、好きなだけ、その躰を――肉体を、重ね合わせることができるのなら。

 それは多分、一つの理想型ではあるのだろうけど。

「だけど――ずっと、二人きりの世界に籠もりきり、ってのは、どうでしょうかね……」

「って言うと?」

「世界の中で、リピーターが二人しかいないのなら、それでもいいと思うんスよ。ってか、それしかないのかもしれない。

 だけど、他にもリピーターはたくさんいて、そこにはリピーターだけの『社会』があって、そんな中で、自分たちのことだけ考えて好き勝手やるのは、どうなのかなって……」

「なるほど?」

「それって、つまりは――『エゴ』な訳じゃないですか。何か、そういうのって正しくないって言うか、許されないって言うか――ごめんなさい、言ってる意味分かりますか?」

「分かる分かる。よく分かるよォ?」

 悠一の答えを引き出したことで満足したのか、いつかみたいに、織田は少年っぽい笑顔をこぼす。


「オメェは――成長したなあ」


 そんな言葉を、吐く。

 どうやら、悠一は正解をはじき出したようだ。少なくとも、織田は悠一の返答で満足している。あんな、言葉の足りない、よく分からない答えで――織田は、満足してくれたらしい。

 だけど、実際、どうなのだろう?

 今まで恋人のいたことのない悠一には、男女の機微など分からない。恋愛のことなど、分からない。何が正解かなど、分かろう筈もない。何が正しいのか、何が善なのか、何が許され、何が許されないのか――頭の悪い悠一には、分からない。

 いや、頭の善し悪しなど関係ない。

 ただ、考えてないだけだ。

 深く考えることを、避けている。

 だから、浅い。

 だから、薄い。

 考えるんだ――自分の、頭で。

「よかったよかった。オレも、ここまでオメェを引きずり回した甲斐があったってモンだ」

 だけど、満足した織田は悩む悠一など気にもせず、さっさと話をまとめてしまう。まるで、それ以上の思考を禁止するかのように。弾き出した返答以外は、正答と認めない、とでも言うかのように。

 何が、目的なのだろう。

 大人しく追従していれば何か分かるのでは、なんて甘い考えを持っていたのだけど――どうやらそれは間違いだったようだ。引きずり回され、様々な人物に会わされ、様々な事実を突きつけられ、様々な言葉に触れさせられて――だけど、肝心なことは何一つ分からず終いで。

 織田は何やらずいぶんと満足しているようだが……一体、この密度の濃い一日に、何の意味があるのだろう。ストレートに問い質したところで、答えてもらえないのは分かり切っているし……。

「うし、やっと捕まった。行くぞ」

 タクシーに乗り込み、二人は次の目的地を目指す。

「……くれぐれも、仲良くしてくれよ」

 そしてそれは、あの女との再会を、意味しているのだった。


【午後2時50分】

 その店には、もちろん先客がいた。

「待たせたな」

「いえ」

「いや、思ったより道が混んでてさ。オレ、この時間帯にこの辺り来ンの、初めてじゃん? だから、道路状況とかイマイチ把握してねェんだよな」

「そうですか」

「……もう、準備はできてるのか?」

「ええ」

 大宮郊外のマックにて。

 麦原司は、端の席で文庫本に目を落としていた。織田が来ても、目を上げようともしない。誰に対してもこういう態度らしい。

「じゃあ……頼むぞ?」

「はい」

「それから――」

 チラリと悠一の顔を見た後で、織田は司に耳打ちをする。

「くれぐれも、小鳥遊と仲良く、な? あと、道中とか、頑張ってトークを盛り上げてくれよ」

 部下に無理な注文をしている。織田はこっそり耳打ちをしているつもりなのかもしれないけど、地声が大きいせいで、丸聞こえだ。聞こえてないふりをしたけれど。


「――悲しいお知らせと、悲しいお知らせと、そうでもないお知らせ、どれから聞きたい?」

 十分後、マックを出て織田と別れた二人は、郊外の住宅街をてくてくと歩き続けていた。次の目的地は徒歩圏内にあるらしい。そう言いながら、また二キロも三キロも歩かされるのでは、などと一瞬思ったのだけど……それはないだろう。美智代や織田が相手ならともかく、今回の案内役は、文学少女の皮をかぶった導火線最短女――麦原司なのだ。

 裁ちバサミを床に突き立てて、無表情で悠一を(なじ)りきった、この女――何事もなかったかのように、無表情で、無言で歩いている。並木の部屋にいた時は学校の制服姿だった筈だが、今は何故か私服に着替えている。薄手のジャケットに膝丈のスカート。構造的には織遠学園の制服と大差ない気がするのだが、何か意味はあるのだろうか。何の説明も何の解説もない。ただ、ひたすらに歩みを進めている。『わたしに話しかけるな』とでも言うかのような、厚く冷たい壁を――殻を、膜を、鎧を――その身に纏いながら。

 そして、この質問である。

「じゃあ、悲しいお知らせから」

「やっぱり、わたしは貴方が大嫌い」

「……知ってる」

「忘れているかと思って。ほら、貴方、莫迦だし」

 怒ってはいけない。

「じゃあ、もう一つの、悲しいお知らせってのは?」

「わたしは貴方と仲良くするつもりはない。絶対に、無理」

「どうして?」

「じゃあ、失礼を承知で、逆に質問。……貴方は、わたしと仲良くできる自信があるの?」

「……無理、だな」

「でしょう。織田さんに言われたからって、無理なモノは無理だもの。その確認をしたかっただけ」

「じゃ、最後の『そうでもないお知らせ』、ってのは?」

「わたしは貴方が嫌いだし仲良くするのも無理だけど、トークを盛り上げる努力は、する。貴方から質問があれば答えるし、わたしの知っている限りのことで、話せることは話すつもり。本当は一言だって言葉を交わしたくないのだけれど――仕事だから」

「喜ばしいのかどうか、微妙なお知らせだな」

「だから、『そうでもないお知らせ』って、言ったでしょう? 知ってる? 莫迦は人の話を聞かないから莫迦なのよ」

 ……怒っては、いけない。

「うし。じゃあ、馬鹿がガンガン質問してくから、ガンガン答えて俺を馬鹿じゃなくしてくれ」

「貴方を莫迦じゃなくすることは不可能だけど、質問に答えるだけなら」

 半歩先を歩きながら、決して目を合わせずに、司はクールな口調でそう告げる。顔を見る頻度や目を合わせるタイミングまで、常に計算して行っている美智代や、何も考えず、自然に笑い、自然に声を荒げる織田などとはずいぶんと違う。『グループ』の人間は変わり者揃い――と言っていたのは、誰だったか。今なら、その意味が

分かる気がする。


「これから俺らが会うのは、どんな人間だ? また『グループ』の連中か?」

『武器屋』、鷲津、『教授』、並木・司、『カップル』と――今までは、『グループ』以外の人間と『グループ』の人間とを交互に訪れている。パターン的に、今度は『グループ』の人間となる筈なのだが……。

「外れ。『グループ』の人間じゃない。白石(しらいし)(じゆん)っていう、ゲーム好きの中学生。貴方よりは頭が良くて、貴方よりはリピート回数が多い」

「基準が低いよ! それじゃ、凄いのかそうでもないのか、よく分かンねェじゃねーかっ!」

 自分で言って情けなくなる台詞だ。

「自分で言って情けなくならない?」

 まさかの同調(シンクロ)。少しでも隙を見せると、容赦なく罵倒してくる。自分のことを嫌いな人間と会話する時は、魂を削られるのを覚悟しなければならないらしい――およそ役にも立たないであろう教訓を得た。

「……それで、その白石ってのは、どういう奴なんだ?」

「どういうも何も。今言ったとおり、ゲーム好きの中学生だけれど」

「危険はないか、って聞いてるんだ。下手に刺激して、また裁ちバサミで襲いかかられちゃ敵わねェからよ」

「大丈夫。カッとなったからって、いきなり裁ちバサミで襲いかかってくるような人間、わたしは一人しか知らない」

「奇遇だな。俺も一人しか知らねェよ」

 要するに目の前にいる女のことなのだけど。

「まあ、裁ちバサミどうこうは冗談だとしても、実際どうなんだ? ソイツは人畜無害な奴なのか?」

「人畜無害かどうかは疑問だけれど。少なくとも今は、危険はない筈。接し方を間違えなければ、だけれど」

「それを教えろっつってんだよ! どういう人格で、どういう個性で、どういう境遇を経て、今どういう状態にあるのか、それを詳しく話せって、俺はさっきからずっとそう言ってンだッ!」


「絶対に、厭」


「はァ……?」

 思いもよらない拒絶だった。

「それを話すのは簡単だけど、それじゃ意味がない。貴方自身が接して、話して、それを学習しないと――意味がない。織田さんも筒井さんもわたしも忙しいのに、貴方のためにわざわざ時間を作ってるんだから」

 ……今の発言に対し、大きく三つの疑問が同時に沸き上がったのが、悠一は整理して、一つずつ片付けていくことにする。

「俺のためにって何だよ。俺自身が学習しないと意味がないって――俺は何を学習しなきゃいけないんだ?」

「それをわたしが言っても意味がないって、さっきからそう言ってるの。自分の頭で考えて。じゃないと、貴方は、未来永劫、莫迦のまま、なのだから」

「噛んで含めるように人を罵倒してンじゃねーよ……」

 とは言え、司の言うことは正論だった。美智代も新城も織田も、質問は何でも受け付けると明言しておきながら、肝心なところは誤魔化してばかりいた。恐らくは、司と同じことを考えていたのだろう。悠一自身が気付かなければ――学習しなければ――意味がないのだと。

 一体、どういうことなのだろう?

 悠一を利用するつもりなら、洗脳するつもりなら、そんなまどろっこしいことせずに、適当な言葉を並べて丸め込めば済む話だろうに。

 ――それとも、前提が間違っているのだろうか。

『グループ』は悠一を何らかの形で利用するつもりで接触してきている――という、入江の推理が、間違っている……? 

 いや、そんなことはない。奴の考えが間違っているとは思えないし、実際、『グループ』の連中が何かを企んでいるのは間違いない。間違いないのだけど――どうしても、そこから先が分からない。

 考えても、分からない。

 何を信用すればいいか――分からない。

 それこそ、司の言うように、リピーター達に、接して、話して、自ら学習しなければ、ならないのだろうか……。


 悠一は軽く頭を振り、次の質問事項に移る。

「じゃ、別の質問な。今、『織田さんも筒井さんもわたしも忙しい』っつったけどさ、何でそこに美智代さんが出てくンだ? あの人、少なくとも今回は無関係じゃねェのかよ?」

「筒井さん、今はわたしの代わりに並木さんの所にいる。わたしの代わりに、並木さんの傍であの人の世話をしている。本当は、わたしだって代役を立てたりしたくなかったんだけど――並木さんを置いて、貴方みたいな人間の相手なんてしたくなかったんだけど――それが、新城さんの指示だから」

 それ程までに、並木の世話と言うのは重要な職務なのだろうか?

 あの男は一日中ネット世界を監視しているだけだし、世話と言っても、せいぜい食事の用意をするくらいのものだろう。現に、悠一が訪れた時、世話係を自認する司は読書に没頭していたではないか。代役を立ててまで重要視する仕事とは思えない。そしてそれは、『わたしも忙しい』という発言に対する、三つ目の疑問とも重なるのだけど――いや、この質問は自重しておこう。今の言葉からも分かるように、司は並木に対して、何かしら特別な感情を抱いている。

 つまり――そこが、彼女の導火線なのだ。

 下手に火を点けたら、瞬く間もなく、ボカン、だ。

 ならば、触るべきではない。

 ならば、障るべきではない。

 学習するってのは、きっと、こういうことを言うのだ。


「……質問は、それだけ?」 

 悠一の葛藤など知らずに、司はどこまでも冷淡な調子で、そう告げる。

「いやいや、聞きたいことは山ほどあるっつの。ガンガン聞くから、お前もジャンジャン答えろ」

「……莫迦って、どうして擬音(オノマトペ)が好きなんだろ……」

 溜息混じりの独白など耳に入らない。ようやく分かりかけてきた。流せばいいのだ、流せば。

「何でお前、私服に着替えてンの? さっきは確か、学校の制服を着てたよな?」

「新城さんの指示は前の周で出てたから、並木さんの所に行く時に、着替えを一緒に持って行ったの。勿論、着替えは別室でしたけど」

「理由を聞いてンだよ」

「設定が、あるから」

「設定?」

「そう。貴方が今まで訪れたのは、一人暮らしのマンションかアパートばかりだったでしょう。正面から訪れても問題なかったかもしれないけど――今回は、違う。白石純は中学生で、親と同居している。専業主婦の母親は、リピーターなどではなく、私たちの事情など知らない。息子に打ち明けられることもない。そんな所に押しかけていくんだから、当然、口実が必要になる。……ちなみに、彼は今日、仮病を使って学校を休んでいる」

「なるほど、読めたぞ。つまり、俺らは学校を休んだ友達を見舞いに来たクラスメイト――っていう設定なんだな? で、うまいことお母さんをやり過ごして、それで部屋に上げてもらおうって訳だ」

 だから、私服なのだ。件の白石がどこの中学に通っているかは不明だが、司も悠一もその中学の制服など持っていない。だけど私服ならば、一旦家に帰ってから見舞いに来た風を装うことができる。司と悠一が中学生に見えるかどうかは怪しいところだが――少なくとも、美智代や織田、新城に比べれば、遙かに歳が近い。

「よかった。この程度も分からないようなら、わたしは貴方をサル認定するとこだった」

「……そりゃよかった。サル認定されなくて、本当によかった」

 本当に、よかった。

 と言うか、『サル認定』って何だ。

「そういう訳だから、彼の部屋では、あまり怒鳴ったり暴れたりしないで。すぐ下に母親がいるんだから」

「肝に銘じておくよ。……じゃ、次な。織田さん、何か忙しいって言ってたけど、何の仕事しに行ったんだ? 竹崎宗也関連じゃないよな?」

「それをわたしの口から話すのは簡単だけど――だけど、それはまだ、話すべきではない。まだ、その時期じゃない」

「ンだよ。それもまた、俺が自分で気付かなきゃ意味がない、ってのか?」

「そうは言ってない。こればっかりは――考えて分かることではないから。いくら何でも、そこまでは言わない。ただ――まだ話す時期じゃない、ってだけ。隠してる訳じゃない。ただ、伏せてるだけ」

「なんじゃ、そりゃあ……」

 全く意味が分からない。

「お前、さ……なんだかんだ言って、俺の質問の半分も答えられてないじゃねェか」

「それだけ貴方が核心に近付いてるってことじゃないの。喜びなさい。貴方程度の人間でも、真実を掴むチャンスはあるのだから。誰も、貴方に真実を伝えないとは言っていない。ただ、今はその時期ではないだけ。時期になったら――厭でも、真実を知ることになる。それまで、グラム数の足りない脳味噌をフル稼働させて、せいぜい思い悩んだらいい」

 この女は天性のサディストなのだろうか。涼しい顔をして、言葉の合間合間に罵倒を差し込んでくる。望まない言葉責めなど、ただ不快なだけだ。

 悠一は司の伝えたいことだけを受け取り、残りの罵詈雑言は全力で受け流すことにする。

「じゃあ、さ……これ、織田さん相手じゃ聞けなかった質問で――お前に聞いても、どうせまた『自分で考えろ』だの『時期が来たら話す』だの言われちゃうんだろうけど――」

「前ふりが長い。答えられることなら答えるから、さっさと聞けばいい」


「あの、滝なゆたのこと――」


 刹那、風を感じた。


 目の前で、司が躰を一回転した所までは――視認できた。

 次の瞬間、あの裁ちバサミが――悠一の喉元に突き付けられていた。


「――――ッ!」

 全身の汗腺が一気に開く。あまりの事態に、あまりの状況に、絶句する。全然、見えなかった。あまりに速すぎて、目が追いつかなかった。普段は冷淡で物静かなくせに――導火線に火が点いたら、数瞬を待たずに攻撃に移っている。(はや)きこと風の如く、(しず)かなること林の如く、(おか)(かす)めること火の如く、動かざること山の如し――一人風林火山。

 何も言えないでいる悠一に対し、司が静かに口を開く。

「……二度と」

 彼女は、目の奥に青い炎をたぎらせ、

「その名前を、わたしの前で口にしないで」

 じぃっと、悠一を睨みつけていて。


「――わたしは、あの女が大ッ嫌い」


「…………」

 ――『何をすンだよッ!』とか、

 ――『滝なゆたを知ってンのか?』とか、

 ――『お前と彼女の間に何があったンだ?』とか、

 言いたいこと、聞きたいことは山ほどあったのだけど、その質問のどれもが、彼女の怒りに火を注ぐことが明らかで――結局悠一は、

「……その裁ちバサミは、常に携帯してるのか?」

 なんて言う、間抜けな質問をするに留まってしまう。

「……ただの、護身用」

 悠一の発言に毒気を抜かれたのか、司は逆手に握っていた裁ちバサミを喉元から外し、大人しく、ジャケットの内側に収める。彼女としては、それで牙を引っ込めたつもりなのだろう。もちろん、悠一としては、それで引き下がってなどいられないのだけれど。

「いや、護身用ってレベルじゃねーだろッ! 裁ちバサミだぞ!? お前、それ、立派な凶器なんだかんな!?」

「大丈夫。人間、ハサミで刺されたくらいじゃ、死にはしないから」

「死ぬね! 絶対に死ぬね!」

 ましてや、喉など致命傷だろう。

「わたしだって、素人じゃないし。絶命するギリギリのラインは――ちゃんと、見極めてるから」

「へえ、奇遇だなあ! 最近、それと全く同じことを言う人間に会った覚えがあるよ!」

 それはつまり、司の直属の上司・織田広樹のことに他ならないのだけれども。

「……あんまり、大きな声出さないでもらえる? もう目的地に着いてるんだから」

「……は?」

「そこにあるのが、白石純の家。母親がいるから怒鳴ったり暴れたりしないでって言ったの、もう忘れたの。ブロイラー並の記憶力」

「大量飼育してンじゃねェよ……」

 と言うか、目的地の目の前で、裁ちバサミ振り回すのは『暴れる』ってことにはならないのだろうか。それこそ喉元までその台詞が出かけたが……何を言っても無駄だと判断して、無理矢理呑み込む。怒ってはいけない。全て、流すのだ。何だか、色々と試されてる気分だった。

 まあ、期せずして、道中のトークはかなり盛り上がったのだけれど。――悪い方向に、ではあるが。


【午後3時27分】

「純! お友達が来てるわよーっ!」

 数分後、二人は白石家の玄関に上がり込んでいた。司は相変わらずの無表情で、そのうえ棒読みだったのだが、応対した若い母親はニコニコ顔でそれを迎え入れてくれて――普段、あまり友達が遊びに来ないのかもしれない――思ったよりあっさりと、二人は目的の人物との面会を許されたのだった。


 二階の奥にある勉強部屋は――何と言うか――一言で言えば、ゲーム機器で溢れかえっていた。棚に収められた数々のゲーム機――まず、据置機で言えば、ファミコン、ディスクシステム、PCエンジン、メガドライブ、スーパーファミコン、セガサターン、初代プレイステーション、ドリームキャスト、ゲームキューブ、プレステ2、Wii、Xbox360、プレステ3――その他にも色々なマイナーな機器があるのだけど、悠一に分かるのはここまで。さらに、携帯機はと言えば、初代ゲームボーイに始まり、ゲームギア、ワンダースワン、アドバンス、PSP、DS――と、取り合えず、悠一が知っているゲーム機は全て網羅されている。

 ハードでさえ、そうなのだ。ソフトともなれば、その比ではなく、あらゆる種類のゲームソフトが部屋いっぱいに溢れかえっている。部屋の隅には無数の段ボールが積み上げられているのだけど、恐らくは、千単位のゲームソフトが詰め込まれているのではないだろうか。レイアウトして値付けすれば、今すぐにでも中古ゲームショップが開けそうな――そんな部屋だった。

 言うまでもなく、机の上に乗っているパソコンは最新型で、その脇には、これまた無数のソフトが、一部は包装されたまま、一部はCD―ROMが剥き出しのままで放置されていて――まあ、有り体に言えば、ゲームのために用意された部屋のような……そんな様相を呈していた。

 悠一が次の人物の個性を聞いた時、司は『ゲーム好きの中学生』だと答えた。なるほど、間違いない。この部屋の主は――一片の曇りもなく――ゲーム好き、だ。


「アンタらって、ぼくのトモダチだったんだ?」

 

 その部屋の片隅に、その人物はいた。

 パソコンの前に座ったその子供は、髪が長く、顔が青白く、小柄で痩せていて、いかにもインドアといった感じ。前髪で半ば隠れた顔立ちはどこか幼さを残していて、下手すれば小学生に間違われてしまいそう。とてもではないが、悠一の三つ下とは思えない。

 コイツが、白石純か。

 パソコンは入り口に背面を向ける形で置かれていて、悠一たちの立ち位置からは画面を見ることが出来ない。パソコン画面を見たまま、純は二人を招き入れる。

「違う。貴方はわたしたちの友達なんかじゃない。今のは、ただの方便」

 対する司は、相変わらずの絶対零度。年下に対しても、その言葉遣いは変わらないらしい。

「んや、そんなの分かってっけどさァ……」

 少しむくれて、白石純は再びパソコンに向き直る。

 ――何だか、カワイイ奴だな……。

 それが、悠一の抱いた第一印象だった。

「んで、今回は何しに来たの? ってか、アンタすげー久しぶりじゃね? あン時以来だっけ? あれ、今日は……あの人、いないんだ」

「いない。今回は、わたしと、この小鳥遊悠一だけ」

「あぁ、新参の人? どうも、よろしくです」

 キャスター椅子に座り、足をプラプラさせながらぞんざいな挨拶をする純。

「こっちこそよろしく。……『あの人』って誰?」

 挨拶もそこそこに、早速気になったことを聞いてみる。

「ほら、『グループ』にいるっしょ? 中学の先生」

「美智代さんのことか?」

「そ。もちろん、ぼくの学校の先生ではないんだけど、何か、あの人がぼくの担当みたいでさ。最近は、ずっとあの人が部屋に来てたんだよねー」

「――オイ、麦原」

「何」

 悠一を紹介したことで仕事は終わったと思ったのか、司はさっさと部屋の隅に腰掛け、また別の文庫本を捲っている。タイトルは『リプレイ』。どこかで聞いたタイトルだ。

「確か、美智代さんって、今お前の代わりに並木さんのトコに行ってるんだったよな?」

「よく覚えてるわね」

「ちょっと前に言われたことを、そんな簡単に忘れるかよ。……ンなことはどうでもいんだ。……じゃなくて、何で、美智代さんじゃなくてお前が案内役なんだよ。美智代さんがコイツの担当なら、わざわざ面倒な真似しないで、素直にあの人を呼べば済む話だったんじゃねェのかよ」

「それだと、まるでわたしより筒井さんの方がよかった、って言ってるみたいに聞こえるけど」

「みたいじゃなくて、はっきりそう言ってるんだっ!」

 決して美智代と話すのが得意という訳でもなかったが、司相手よりはマシだ。

「わたしたちは新城さんの指示で動いているだけだから。――だいたい、貴方」

 ページを捲りながら、司は淡々と言葉を紡ぐ。

「前の周で、あの人の約束をすっぽかしているんでしょう。自分が拒絶しておいて、今さら逆指名なんて、何様のつもり。少しは恥を知ったらどう」

「……それは」

 言葉に、詰まってしまう。確かに、悠一は入江のアドバイスを受ける形で、美智代との約束を蹴った。それは『グループ』の出方を窺う、という意味合いがあったのだけど――向こうにしてみれば、裏切られた気分だったのかもしれない。だからこそ、織田のような男に寝込みを襲わせたのだろうけど……だけど……それにしたって、司の言い草はあんまりではないだろうか。今さらではあるが、彼女、悠一に対して辛辣すぎる。『馬鹿だから嫌い』なのだと、彼女は言う。それにしては、度を超してはいないだろうか? 流せばいいのだろうけど、そろそろそれも難しくなってきた。

 いい加減――納得のいく説明がほしいところだ。

「ねェ、どーでもいいんだけどさあ……」

 純の間延びした声が、悠一の思考を遮る。

「言い争いなら外でやってくんないかなあ。ま、この部屋防音効果バッチリだから、ちょっと騒いだくらいじゃお母さんも気付かないと思うけどー」

 机に顎を乗せ、足をプラプラ。だらけた姿勢で場の流れを戻す。

「わたしにばかり質問してないで、その子の相手でもしてあげたら。淋しがってるし」

「んや、淋しいとか、別にそんなんじゃないんだけどさあ――」

 思い出したように身を起こし、画面に目を移しながらマウスをクリックする純。


「何か……………………すっごい、退屈なんだよね」


 退屈という病は、人を壊す。

 白石純も、その病に冒されている。

 こんな、ゲームに囲まれた部屋で暮らしていても――退屈を、感じてしまうのだ。

「えっと……」

 何を言うべきだろう。今までは、織田が場を回してくれていた。初対面のリピーターと悠一との、橋渡しの役割を果たしてくれていたのだ。だけど、司にそれは望めない。そんな器用なことができる人間じゃない。自ら相手との距離を縮めていかなければならない。さて、どうするか。

 幸い、今回の相手は、ゲームマニアというだけの、人懐っこい中学生だ。変態でも偏屈でもなく、こちらに敵意を抱いている訳でもない。歳も近い。あまり身構えずに自然に接する方が、向こうも親しみを覚えてくれるのではないだろうか。

 悠一は簡単に考えをまとめ、取り敢えず、思ったことを口にする。

「……この部屋、すっげーな。これって、全部お前のなの?」

「今はね。ファミコンとかの古いゲームは、従兄弟のお兄ちゃんから貰った。その人、もう古いのはいらないって言うから。まあ、新しいのは、全部ぼくのだけど」

「はァ、すげーな。お前ンちって、金持ちなん?」

「そんなことないよー。医者って言ったって、勤務医の給料なんて大したことないし」

「親父さん、医者なのかよ。すげーじゃん」

「すごくないすごくない。ホント、普通の家と変わんないだから。……んや、普通の家以下、かな。なんかやたらと忙しいみたいで、ほとんど家に帰ってこないし。遊んでもらった記憶なんて数えるほどしかない。……だから、その罪滅ぼしのつもりで、こうやってゲームを買い与えてるのかもしんないけど」

 天真爛漫に見えるコイツにも、色々と思うところがあるらしい。だけど、取り敢えず今は余所の家庭の事情にまで口出しするつもりはない。何も聞かなかったことにして、話題を元に戻す。

「いやー、俺もゲームはやるけど、ここまではないわ。俺が持ってるのなんて、せいぜいWiiとか、PSPくらいだもんな」

「なに、モンハンとか?」

「やるやる。友達ンち行ったら、ずっと狩り三昧」

 そこからしばらくゲーム談義に花を咲かせるのだけど、長くなるので割愛。

 純と話して分かったこと。

 ゲームマニアだけあって、そっち方面の知識は半端なくあるのだが――それ以上に、コイツは頭がいい。回転が速く、集中して話さないとすぐに置いてかれてしまう。年下の中学生だからと言って、子供扱いしない方がよさそうだ。

「でもさ、お前、さっき退屈だって言ってたけど……この部屋にあるゲーム、全部クリアしたワケ?」

「もちろん。当たり前じゃん。ってか、かなりやりこんであるし。……その位、暇だったってことなんだけどサ」

「マジでか、すげーな。お前って、リピート回数、どの位なん?」

「6522――だったかな。最初の方、ちゃんと数えてなかったから、下二桁はあまり自信ないけど」

 言いながら、近くの壁に視線をやる純。その壁には、マジックで大きく『1488』と書き殴られている。

「その数字は――」

「ああ、これ? これは……まあ、あれだよ。ぼくが引き籠もってからの、日数。何か学校とか、メンドくなっちゃってさ。だったら、一日家でゲームやってる方がいいかなって。お母さんに嘘吐いて、ずーっと、この部屋で引き籠もりやってンの」

 ひきこもり――か。

 今では珍しくもない事柄だが、リピーターにとっては、少し意味合いが違ってくる。世間一般のそれと違い、たった一日、学校や仕事をズル休みするだけで、引き籠もりが成立するのだ。考えてみれば、『武器屋』もそうだし、並木もそうだし、『カップル』の片割れ――烏丸と言ったけか――も、そうだ。将来的な不安もなく、経済的、社会的な不自由もない。インドアな人間にとっては夢のような環境なのだ――やることがあれば、の話ではあるが。

「引き籠もる前は、近所のゲームショップに置いてあるゲーム、片っ端から攻略してったりしてたんだけどねー」

「え、でもさ、一日しかないんだから、RPGとか無理じゃね?」

「んなことないよ。攻略方法さえ知ってれば、どんなゲームでも一日でクリアすることはできるって。ま、セーブデータは残らないから、やり込み要素コンプリート、ってのは、さすがに難しいけどね。……で、神ゲーからクソゲーまでやり尽くして、ぼくはやることがなくなった、ってわけ」

「ゲーセンとかは?」

「ああ、アーケード? あれも面白いんだけどさァ……昔、池袋で遊んでる時に補導されたことあって、それ以来行ってない。ぼくのこと、小学生と間違えたらしくてさ。ひどくない? こっちはもう十四歳だってのにさ!」

『もう』ではなく『まだ』の間違いだと思ったが、ここは聞き流しておく。だけど、確かに、小柄な純が私服で遊んでいたら、小学生に間違えてしまうかもしれない。勿論、中学生でも、そして高校生だって充分に補導対象にはなるのだけれど。

「俺はパソコン持ってねェからよく知らねェんだけど、ネットゲームとかって、あるじゃん? ああいうのはどうなんだよ」

「ネトゲ? まあ、それもある程度はやったけど――うぅん、何か、つまんないんだよねー。結局、同じことの繰り返しな訳だし。どれだけレベル上げようが、レアアイテム集めようが、リピートが来たら、全部なかったことにされちゃう訳でしょ? いくらネット上の出来事でも、リピーター以外を相手にしている以上、それはリアルでのそれと変わりないよ」

 そんなもの、なのだろうか。

 並木と話している時もそうだったのだが、悠一はそっち方面には疎いので、あまり的確な相槌も打てず、ただ黙って聞いているしかできない。

「第一さ――ンなの、ただのチートじゃん。他の奴らがどう動いてどうなるかなんて、全部頭に入ってる訳だし、そんな中で優位に立ったって――つまンないよ。

 だったら、まだリアルの方がマシかなー、なんて一時期は思ってたんだけど……ダメだね。全然ダメ。全然つまンない。前から、現実(リアル)なんてゲームバランス無視した究極のクソゲーだと思ってたけど、こんな風になって、ますますその度合いが強くなった。ただの覚えゲーだもん。ユルゲーで、バカゲーで――やっぱり、究極のクソゲー。クソゲー・オブ・ザ・イヤー。

 そりゃ、何でもできるよ? 少なくとも自分の周りで起きることは全部分かってる筈だし? 惨劇を回避することだってきるし、魔女に対決を挑むこともできる。ヤンデレヒロインの暴走を食い止めることも、陽炎と血飛沫と共に消えた猫を抱えた少女を救うことも、一緒に夏休みの宿題を片付けることも、魔法少女になるのを食い止めることも、応援団を再建することも、戦死するたびに戦闘力をアップすることだってできる。世界線を移動して助手を助けることだってできる。何だってできる。イケメン運転手のタクシーの力を借りずともね。……だけど、そんなの……なーんにも、意味なんてないんだよね」

 恐らくそれは何らかの作品の引用なのだろうけど、やはり、悠一には分からない。

 そこまで語ったところで、純はパソコンに向けていた視線を俯ける。

「クリアしたって、コンプリートしたって、結局は強制リセットだもん。人生にリセットボタンがあったら――なんてモチーフ、今じゃ漫画でも小説でもゲームでも珍しくなんてないけど、それがいざ自分の身に降り掛かると――正直、凹むよね。それも、一日限定の強制リセットだってんだから――ったく、これがクソゲーじゃなきゃ、何だってんだろ。マジ、退屈でしょうがないよ」

 それは――。

 かつて、悠一も感じていたことだった。

 何をしても、何もしなくても、全てはやり直し。途方もない、退屈と孤独――そして、絶望。

 だけど。

 だけれど。

「そうは言ったって――お前は、ここに生きてるんだからさ。折り合いつけて生きてくしかねェんじゃねえの?」

 柄にもなく、説教臭い台詞を吐いてしまう。そんな資格、ないのに。そんなこと言える程、自分は偉い人間ではないのに。

「『ここに生きてる』――ね。多分、ぼくに一番足りないモノは、この世界に生きているっていう実感なんだろね……。

 すっごい、ぼんやりしてる。

 何をしても、何を見ても、ゲームの延長にしか感じられないんだもん。んで、そのゲームは、クソゲーで覚えゲーでユルゲーでバカゲーときてる。救われないよね。逃げられるモノなら逃げたいけど――筒井さんが来る限り、それも許されない。あの人は僕の吐く嘘なんてゼンブお見通しだから――」


 死にゲーしたいんだけどね、僕は。


 吐き捨てるように、純はそう言う。

「ゲーゲーうるせェな。何だよ『死にゲー』って。どんなゲームだよ、それ」

「……『死にゲー』? ……ああ。面白いこと言うね。『死にゲー』か。そりゃいいや」

 自分で言った言葉に自分で受けている。意味が分からない。

 頭を切り換え、話を元に戻す。

「お前、退屈でしょうがないって言うけどさ……だったら、自分で楽しくすればいいだけの話じゃないのか?」

「……先生と同じこと言うねー」

 さすがに、悠一が言うような台詞は、すでに美智代が言っていたらしい。

「だけど――ムリだって。何をしたって、うまくいかないし……ちょっと頑張れば、怒られるしさ……。どうにもなんない」

「そりゃ、お前一人でやろうとするからだろ!? 一人じゃ、そりゃ、つまんねぇだろうさ。考えて見ろよ。

 お前は、一人じゃないだろう?

 てか、リピーターは一人だけじゃない。『グループ』の人間もいるし、それ以外にも多くの人間がいる。俺が知ってる限りでも、十一人――俺とお前を含めれば十三人――ものリピーターがいる」

 登場順に挙げれば、小鳥遊悠一、筒井美智代、新城保、織田広樹、『武器屋』、鷲津吾郎、竹崎宗也、『教授』、並木慎次、麦原司、烏丸英雄と宮脇杏、そして白石純、となる。まあ、そのほとんどは、この周、織田に紹介してもらった人間なのだが。

「十一周目の俺でさえ、それだけのリピーターと知り合えたんだ。6532周のお前なら、もっとだろ? いくらゲームに熱中してたっつっても、ネトゲもやるんなら、さらに知り合う機会も増えるだろうしよ」

「たくさんのリピーターと知り合いだったら、何なの?」

 視線を俯けたまま、純はそんなことを言う。

「いや、だからさ。お前が退屈を感じるのは、周りが同じことしか喋ンなくて、自分の悩みを共有できねェからだろ? だったら、リピーターと遊ぶようにすれば――」

「タカナシさんって……きっと、友達が多いんだろうね」

「……え?」

 いきなり、何を言い出すのだ、コイツは。

「きっと、クラスでも中心的な存在なんだろうね。友達がたくさんいて、ガッコが終わったあと、一緒に遊びに行ったりすんだろね。……ぼくの言いたいこと、分かる?」

「え? ああ……」

「分からないね。分からないよ。タカナシさんみたいな人には。

『知り合い』と『友達』は違う。

『孤独』と『孤立』は違う。

 さっき、麦原さんがぼくのお見舞いに、って来た時、お母さん、嬉しそうだったでしょ? ぼくン家に友達が来るのなんて、これが初めてなんだ。これまでぼくを訪ねて来た人なんて、先生くらいしかいなかったんだよ? 笑うでしょ? リピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートしてリピートして――それで初めて来た『友達』が――『グループ』の人たちだってんだから」

「…………」

 何と、言葉をかけていいか分からない。

 自分は、また不用意なことを言ってしまったらしい。

「そんな顔しないでよ。ぼくだって、クラスの連中となんて友達になりたくないし。むしろ、頼まれたってヤだよ、あんなバカな連中。ぼくにはゲームがある。ぼくは――それで、充分なんだ。それで、充分だったんだよ」

 純の言葉は頑なだ。悠一には、友達のいない人間の気持ちなんて理解できない。気持ちが分かる、なんて口が裂けても言えない。どこか純の言葉は達観している風でもあったし――

 だけど。

「でも、それじゃお前……どうすンだよ? こんな世界に迷い込んで、出る方法も分かンなくてさ。好きなゲームもやり尽くして。で、他のリピーターともやっていけないってんじゃ――救いがねェじゃねェか」

「ンなことないってば。確かに、ほとんどのリピーターとはやってけないよ? 『グループ』の人たちは正論ばっか。筒井さんはその中でもマシな方だったけど、いつも適当なことばっか言って人の心に入り込んでくるから、信用できない」

 美智代の話術は、この聡明な中学生には通用しなかったらしい。

「その他の連中は、みんな自分のことしか考えてない。……だけど、中には、面白い人もいてさ。馬が合う、っての? それで、お互い盛り上がって、これから面白くなる――ってとこだったんだけど……そう、思ってたんだけど……」

「だけど?」


「ぼくは、この部屋から出られなくなっちゃった」


「…………」

 それは、どういうことなのだろう。

 物理的に出られない、という訳ではないだろう。扉を開け、階段を降りて玄関を出ればすぐに外だ。あの若い母親が息子を監禁してるとも思えない。

 つまり――精神的な理由、という訳だ。

 巷の引き籠もりがそうであるように――人が怖い、視線が怖い、世間が怖い、社会が怖い――そういった理由で、この、ゲームに囲まれた部屋から出られなくなってしまったと――そういうことなのだろうか?

「何が……あったんだ?」

 今の文脈からすると、ごく一部の心を許したリピーターとの間に、何かしらがあったように受け取れるのだけれど。

「ま、過ぎた話はいいじゃない。タカナシさんには関係のない話だよ」

「気になるじゃねェか」

「人には触れられたくない過去があるってこと。……ほら、麦原さんが怖い顔で見てるから」

 言われて振り向けば、本から顔を上げた司と目が合ってしまう。無表情のまま、こちらのやりとりを眺めている。

「何だよ、麦原。お前は、何か知ってるのかよ」

「スチュワート・マカウワン」

「……はァ?」

「今、ちょうどスチュワート・マカウワンが、アンタレス人について語ってる所。読書の邪魔しないで」

 何かと思えば、今読んでるSF小説の内容に関してだったらしい。本気で、どうでもいい。

「……誰も邪魔なんてしてないし」

「…………」

 悠一のツッコミにも無反応で、司は再び文庫本へと視線を落とす。全く、本当に何を考えているか分からない女だ。

「えっと……何の話だったっけ?」

「ぼくの過去なんて、どうでもいいって話。実際、ぼくはそれほど不幸って訳でもないんだよ? ほら、ぼくにはこれがあるし」

 と言い、目の前の最新式パソコンをトントンと叩く。

「ネット、か? ……ああ、お前も、並木さんみたいに、世界のどこかのリピーターと、繋がってるって訳か」

「並木? ああ、あの引き籠もりのネットオタ? あんな暇な奴と一緒にしないでよ。ぼくはただ、たまたま知り合った人とネット上で対戦してるだけなんだから」

「そういやお前、さっきから何やってンだ……?」

 純とはずっと正面から話していたため、パソコンのモニターは見えなかったのだ。ちなみに、司の座っている場所からも、パソコン画面は見えない。

「見ていいか?」

「どうぞ」

 断りを入れて覗き込むと、そこには画面いっぱいにチェス盤が広がっていた。

「……チェス?」

「そ。ネット上で、チェス対戦してんの。こう見えて、将棋とかオセロとかもやるからさ、時々こうやってネット上で対戦してんだけど、そこでたまたま、リピーターの人見つけて。んで、最近は暇なもんでほとんど毎日――じゃない、毎周、こうやってチェス対戦してる。これがなかなか強くてさー。今、負け越してンだよねー」

「何者なんだ?」

「分かンない。教えてくんないんだもん。名前とか住所は当たり前だけど、メアドすら教えてくんないし、世間話にすら応じてくれないんだからなー。しつこく聞いたら、『あんまり詮索するようなら、二度と対戦しない』って怒られた。それはぼくもヤだから、チェス対戦するだけの相手になってンだけどねー」

 軽い口調で、純はそう語る。

 しかし――本当に、何者なのだろう。

 この壊れた世界において、ネット上で知り合った相手に対し、秘密主義を貫くと言うのは……? 確か、並木も『ネット上の相手は信用出来ない』みたいなことを言っていた。いや、それは新城の受け売りだったんだっけか。いずれにせよ、せっかく巡り会ったリピーターを信用出来ず、仲間と認められないのは、悲しい気がした。


 もちろん、そんなことを言う権利など、悠一にはないのだけど。


 悠一は、『グループ』の人間が信用出来ないでいる。

 と同時に、最近ではそう提案した入江の推理すらも信じられなくなっている。

 何を信じればいいのか。

 何に従えばいいのか。

 教えてほしい。

 誰でもいい。

 何でもいいから。

 ――真実を、教えてほしかった。


「タカナシさんはさ、この世界――一体、何なんだと思う?」

 仕切り直しとばかりに、純が話題を変える。

「ンなの、俺に分かる訳ねーし」

「ヤだなあ。思考停止しないでよー。ちょっとした思考実験じゃん。真実はどうあれ、想像するのは自由、でしょ?」

 中学生に注意されてしまった。だけど、不思議と嫌な気がしない。きっと、どこかの誰かに罵詈雑言を浴びせられ続けたおかげで、耐性ができてしまったのだろう。嫌な耐性だ。

「うーん、そうだな……」


『たすけて』


「……え?」

 緩やかな回転を始めた悠一の頭は、そこで唐突にストップをかけられてしまう。

 パソコン画面に突如としてテキストウインドウが表示され、そこに大きなフォントで妙なメッセージが表示されたからだ。


『声をあげないで。

 あの女が見てる。

 何気ない風をよそおって、

 ぼくの話にあいづちをうって』


 タカタカとキーボードを打つ純と、それと同時に表示されるいくつもの文字列。

 司からは、この画面が見えない。

 と言うか、今も彼女は読書に熱中している。

「例えば、仮に、この世界が誰かに造られたモノだとして、誰か造った存在がいるんだとして――ぼくは、この世界がプログラムか何かなんかじゃないかって思うんだよねー」

 画面に対峙する純は相変わらずの軽い口調で、自説を展開し始めている。初っ端からずいぶんと飛躍していて、どこからツッコんでいいか分からない仮説だが――だけど、今はそれどころではない。悠一の意識は、次々と打ち出されていく文字列に向いていた。

「……どういう、ことだよ」

 純の指示通り、何気ない風を装って、適当な相槌を打つ。少し声がかすれてしまったが、幸い、司はこちらに全く注意を払っていない。

「だからさ、この世界も、この世界で生きてる僕らも、全てはただプログラミングにすぎない存在ってこと。そう考えると、少しユカイじゃない? 冗談でもなく、比喩でもなく――この世界はクソゲーだった、ってことになるんだから」


『ぼくはずっとこの部屋に閉じ込められてる。

 本当は出て行きたいんだけど、

『グループ』のやつらが許さない。

 ずっとぼくを監視してて、

 勝手な行動をしたら、ひどいことするって脅すんだ』


「……そ、そんなの、ただの妄想だ」

「かもね。でも、そしたらこの世界――無限ループに陥った、この世界のこと、どう説明つける? できないでしょ? だけど、ぼくの説なら、この世界の現象にも説明をつけることができる。だって、この世界はプログラムなんだから。バグか――それとも、深刻なエラーか――その判断は、誰にもできない。でも、少なくともぼくは違うと思う。今、ぼくたちに起こっているこの現象、バグでもエラーでもなく――そういう仕様なんだと、思う」


『たすけて。

 やつらは悪魔だ。

 逃げようとしても無駄なんだ。

 リピートすれば元通りだからって、

 ひどいやり方でぼくに拷問するんだ。

 やつらからは逃げられない。

 一人じゃ、どうにもならない』


「どういう……こと、だよ」

 頭が痛くなってきた。目の前の中学生は、ヘラヘラと軽薄な表情を浮かべながら電波なことを口走っているが――それと並行して、悠一に助けを求めている。表情も口調も変えず、ただ悲痛なSOSをその指先に乗せて、驚くべき事実を、悠一に伝えているのだ。

「つまりさ、最初から――今日一日しか、造られてなかった、ってこと。ぼくたちはみんな、今日の0時0分に現れて、今日の十二時五十九分五十九秒に消えているんだ。記憶も記録も、全部そういう『設定』として、後から付け加えられたものだったんだよ。

 そうなると、ますますユカイだよねー。僕たちが異常だと思っているこの現象は、実は正常で、リピーターの人たちは、ただそれに気付いただけ、なんだから。むしろ、リピーターじゃない奴らの方が愚鈍、と言うべきかな。何も気付かないで、知ろうともしないで、自分たちは昨日まで生きてきて、明日以降も生きていけると信じ込んでんだからさ。NPC(ノン・プレイヤー・キヤラ)以下の愚かさだよ」


『高梨さんの力が必要なんだ。

 今この場では無理でも、

 いつかぼくをたすけてほしい。

 これからアドレスを教えるから、

 それを覚えてほしい。

 連絡をとりあって、

 作戦を練り上げて、

 それでいつか『グループ』の奴らをやっつけ』


 刹那。


 プツン、と――画面がブラックアウトする。


「え、あれ!? 停電!?」

 ――違う。

 停電なんかじゃ、ない。

 純は画面に齧り付いていたから、気が付かなかったのだ。パソコンの裏側――いつの間に近付いたのか、司が小柄な躰を屈めている。


「――しょうもないこと、しないで――」


 その手には、すでにお馴染みとなった裁ちバサミ。彼女はそれで、パソコンの電源ケーブルを切断したのだ。

「あ――」

 短い感嘆符を発した純の顔から、みるみる血の気が引いていく。

 本に夢中だと思っていたのに。

 こちらには無関心だと思っていたのに。

 まさか――気付いてるなんて。

「心配しないで。パソコンなんて、リピートすれば元通りなんだから」

 今までの言動から察するに、どうやらこの女、十二時になってリピートが起これば全てが元通り=物理的には何をしても構わない、と思っている節がある。いや、確かにその通りなのだけど――純が青ざめているのは、恐らく、パソコンのケーブルを切断されたからなどではない筈で。

「……いつから、気付いてたの?」

 声が固い。随分と、動揺している。

「莫迦にしないで。貴方のやることなんて、バレバレだから。人が見てないと思って、コソコソと……気が付かないとでも思った? これでもわたし、監視役としてここにいるのだけど」

 平坦な口調で淡々と話す司。

「それから、わたしからも一つ質問。本当はこれが本題だったんだけど、貴方達の話が盛り上がってたせいで、なかなか入れなくて」

 問答無用でパソコンのケーブルを切る人間の言う台詞ではない。


「貴方――外出、した?」

 

「し、してないよッ!」

 純は慌ててかぶりを振る。そんなに必死になって否定することもないだろうに。外出したから、どうだと言うのだろう。第一、純は過去に負った傷が元で、この部屋から出られない筈だが……?

「嘘は吐かない方がいい。貴方には、監視がついている。筒井さんやわたしみたいな人間とは別に、外で見張っている人間がいるの」

「監視なんてブラフだ! そうやって、ぼくを恐怖で縛り付けてこの部屋に閉じ込めてるだけだ! そんな、二十四時間ぼくを監視するほど、アンタたちも暇じゃない筈だ。だ、第一ぼくは、定時報告だってちゃんとしてるしっ!」

「一時間ごとの定時報告に関しては、美智代さんから聞いてる。貴方は、確かに毎時しっかりと報告していた。だけど、それは携帯電話からでしょう? 生存確認にはなっても、在宅確認にはならない」

「表示された番号は、ケータイのじゃなくて、家電からになってた筈だっ!」

「転送機能を使ったんでしょ」

「う、後ろでゲームの音がしてた筈だっ! あの人に聞いてみてよっ! ぼくは、ずっとこの部屋にいたんんだってっ!」

「ゲームの音? そんなもの、どうにでもなるでしょう? 携帯音楽プレイヤーを使ってもいいし、訪問先にパソコンがあったなら、それを利用したっていい。そんなトリックに、私たちは騙されない。下手な嘘は、すぐにバレる」

「そっちの方が嘘じゃんかっ! 二十四時間監視し続けるなんてことが、物理的にできる訳がないっ!」

「誰も二十四時間とは言ってない。でも、監視がついているというのは、本当。探偵の鷲津さん、知ってるでしょう? 仕事中毒で、いつも何かしら働いてるような奇特な人なんだけど――あの人、早朝は貴方の監視に当たっているの。で、今回、人目を盗んでどこかに出かける貴方の姿が、はっきりと目撃されている。本当は出かけた先のことも分かってるんだけど、そこまでわたしの口から言った方がいい?」


 カタン、と、音がした。


 そこからはまさに一瞬の出来事。

 ハサミを振りかぶった司が飛びかかってくる――

 その勢いを利用して悠一を突き飛ばす――

 腕を振ってハサミを一閃――

「うッ……」

 振り返ると、純が右手を押さえて蹲っている。押さえた手の間から赤黒い血がポタポタとこぼれ落ち――続いて、ガタン、と黒光りする小型の機械が、フローリングの床に落下する。

「やっぱり、スタンガン、貴方が持っていたんだ」

 さほど意外でもなさそうな顔で、司が呟く。床に落ちたスタンガンを拾い上げ、ジャケットの内側に収める。

 どうでもいいが、この女、悠一や純のことを決して名前で呼ぼうとしない。『貴方』とか『この人』ばっかりだ。ある程度の好意や信頼がないと名前で呼ばない、と肝に銘じているのだろうか。

 ……この状況で、本当にどうでもいいのだけれど。

「それ、『武器屋』から借りたんでしょう? 織田さんから聞いてる。三時半くらいにあの人のとこ行ったら、レンタル可の武器の中に、スタンガンが入ってなかったって。貴方が予約してたから――織田さんには、貸せなかった。実際、『武器屋』の家に向かう貴方の姿が、鷲津さんに目撃されてる。よりによって、あの『武器屋』に協力を仰ぐなんて――本当、いい度胸。それとも、ただの莫迦なのかな」

 ハサミに付いた血を手近にあったティッシュで拭き取りながら、何でもないかのように、司は無表情で話す。

「さて――莫迦には、それ相応の罰を与えないと」

 ゆっくりと純に近付きながら、司はジャケットの内側を探る。

 出てきたのは、銀色に光る特殊警棒。

 コンパクトサイズのそれを一振りすると、硬質な音と共に、一気に三十センチ程の長さになる。

「ちょ――待てよ麦原! 俺にも説明しろって! コイツ、お前らに監禁されてるっつってたぞ!?」

「監禁じゃなくて、軟禁」

「どっちでも同じだ! いいから理由を説明しろ!」

「話さないなんて言ってない。でも、それは、後で。今は、この子を戦闘不能状態にするのが、先決」

 特殊警棒を握りしめながら、底冷えのする声で、恐ろしいことを言っている。

「どいて」

「どかない。俺は、コイツに『たすけて』って言われたんだ。どうしてもどいてほしいなら、俺を倒してから痛ェッ!」

 言葉の途中で太腿を叩かれた。一切の躊躇がない。

「お願いだから引っ込んでて。莫迦な上に、何も事情を知らないんだから。中途半端な正義感とか、適当な使命感とか、見苦しいし恥ずかしいし、凄い迷惑。お願いだからやめて。この子に何を吹き込まれたか知らないけど――簡単に、何でもかんでも鵜呑みのしないで」

 その声に、悠一は僅かな違和感を覚える。目線は純に固定されたままで、どこまでも平坦で冷淡な声音ではあったけれど。


「お願いだから――耳を傾けるべき人間を、間違えないで」


 その言葉は、どこか――訴えかけるように、悠一には聞こえて。

「どういう――」

 意味か、と聞こうとしたが……聞けなかった。

 白石純を見下ろす司の表情に、立ち姿に、その小柄な躰から沸き上がる黒いオーラに――思わず、息を飲む。

「しょうもないこと、しないで」

 そして、彼女は同じ台詞を繰り返す。

「貴方は反省ができないの?」

 言葉と共に、得物を一閃。純の顔を打つ。

「――――ッ!」

 厭な音がして、部屋の隅に何かが吹き飛ぶ。折れた歯だろうか。

「どうして貴方は学習しないの?」

 続いて一閃。今度は頭だ。

「どうして、同じことを繰り返すの? 規定の日まで、この部屋に閉じ籠もっている約束でしょう? どうして、言うことが聞けないの? どうして逆らうの? どうして、私たちに勝てるなんて考えるの?」

 一語ごとに、淡々と特殊警棒を振り回す司。その声は、低く冷たく静かで、ただ――肉を打つ音だけが――骨を打つ音だけが――このゲーム部屋に響く。

 部屋の隅に追いやられた純は、腕を伸ばし足を使ってその攻撃を防ごうとするが、そんなものは抵抗にすらならない。腕を叩き折られ、腿の皮膚を破られ、小柄な躰が疵で塗り潰されていく。


「どうして――貴方はそんなに莫迦なの?」


 特殊警棒を握った右手を下げ、最後にポツリと呟く。残されたのは、(むくろ)寸前の白石純と、無数の返り血だけ。そんな姿を見ても、司は眉一つ動かさない。仕置きマシンのような冷徹さで、彼女はさらに一言を付け加える。

「あと、このことは全部、織田さんに報告するから」

「――――ッ!」

 半殺しにされ、力なく床に伏せていた純が、声にならない悲鳴をあげる。

「反省の色もなく、スタンガンで武装して、この人を唆して、逃亡を企てようとしていたことを、わたしは、詳細に、織田さんに伝える」

 一語一語、噛んで含めるように、少しずつ毒を染み渡らせるように、彼女はそんな台詞を吐く。

「や……めて……それだけ、は……」

 ほぼ全ての歯を折られ、頬骨を砕かれ、額を割られ、顔中を血まみれにしながら、それでも、白石純は必死に言葉を吐く。嘆願をする。懇願を、する。

「先に約束を破ったのは、貴方。もうしばらくこの部屋で大人しくしてれば、貴方の罪も帳消しにしてあげられたのに。新しい人間を連れてきた途端に、これだもの。

 織田さん相手では、力で敵わない。

 筒井さん相手では、言葉で敵わない。

 だけど、わたしとこの人相手だったら、適当に騙して、スタンガンで脅して――楽に要求を通せると思ったんでしょう? こっちはわざと隙を与えてるって言うのに、そんなことも知らずに調子に乗って――本当、救いようがない」

 顔や躰に付いた返り血をティッシュで拭いながら、冷たく切り捨てている。横の悠一は、さっきからずっと置いてけぼりだ。全く意味が分からない。

「オイ麦原――いい加減、説明してくれよ!? コイツは一体、何をしたんだ!? で、お前は、織田は、いや『グループ』は、それに対して何を――」

「話すと長くなるから、後で。それより、今はこの場を離れる方が先決」

「は? 何でだよ」

「筒井さんの情報によると、四時十六分に、母親がおやつを持ってこの部屋を訪れることになってる。つまり、あと三分。……この惨状を見られると、多少ややこしいことになるから」

「やったのはお前だけどな」

「だから、その前に帰る」

 裁ちバサミと特殊警棒を服の中に収め、さっさと帰り支度を始める。どうでもいいが、その服はどういう仕組みになっているのだろう。確認できているだけでも、裁ちバサミと特殊警棒、さらにはスタンガンが、そのジャケット内に収められている筈なのだけど。……なんて、今はそんなことどうでもいい。

「は? え、でもお前、コイツがこんなことになってるの見たら、間違いなく通報されっぞ?」

「大丈夫。わたしたちの氏素性は把握されてない。この子の同級生を名乗ってるんだから、そこから足が付くことは、まずない」

「でも顔見られてンじゃん」

「それだけの情報では、わたし達に辿り着けない。少なくとも、今日中は。だから急いで。身の安全は、わたしが保証する」

 そう語る目の前の女は、今現在、世界で一番信用出来ない相手なのだけど――だからと言って、他に活路も見出せなくて。

「できるだけ、何でもない風を装って。大丈夫。わたし達に疚しいところなんて、何もないんだから」

「……うん。確かに、俺にやましいところなんて、一ミリもないんだけどな」

 実際、悠一は何もしていない。ただ、目の前で白石純が血祭りに上げられているのを、傍観していただけ。


 二人は何でもない顔をして、部屋を出る。途中、紅茶とクッキー載せたトレイを手にした母親とすれ違うが、そこでも、何でもない顔をしてやり過ごす。そして二人は、何事もなかったかのように、白石家を出て行ったのだった。

 悠一は不安と緊張で動悸が収まらなかったというのに、司はどこまでも平静だ。白石純を半殺しにし、その服の中に数種の得物を隠し持ったこの女は、本当に何も感じてないらしい。

 何だか、無性に腹が立った。

この小説を書いたのは2010年ですが、このパートの純のとある台詞のみ、随時加筆しています。今後も長くなっていく予定です。

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