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第二幕 第七章

10


【午前6時30分】

 次に目を覚ました時、すでにリピートは終わっていた。

 目覚ましの音、自室のベッド、かすかに聞こえる雨の音――何もかもがいつも通りなのに、何だかひどく久しぶりな気がする。それだけ、九周目の密度が濃かったということなのだろうが。

 身支度を整えながら、今日やるべき事を頭の中で整理する。

 まずは、ちゃんと学校に行く。

 美那の問題を解決し、テストを受ける。意味のない行動であることは分かっている。どうせ、何をしたって全てはリセットされてしまうのだから。

 だけど――悠一は、意味があると信じたい。学校へ行き、入江や美那と下らないおしゃべりをすること、家族と共に食事をとること――日常のそんなことが、実は一番大切なことなのだ。『グループ』と共に行動していれば、そりゃ退屈することはないだろう。新城も、そのことは強調してした。だけど、『グループ』に依存するつもりもない。リピーター同士で固まらずとも、入江や美那と同じ会話を楽しむだけで、充分に孤独を癒すことはできる。自分は、絶対に皆を(ないがし)ろにしない。周囲を切ったり、しない。入江に言われて、そう決めたのだ。


 テストが終わったら、『グループ』の誰かと行動開始だ。何者が現れるのか、どんな調査をするのか分からないけど、とにかく心の準備はしておくべきだろう。

沙樹(さき)ッ! 悠一ッ! いつまで寝てるのーッ! いい加減起きないと、遅刻するよッ!」 

 母親に呼ばれて部屋を出て、姉を起こし、ダイニングで朝食をとる。

「何だ、顔色が優れないな。昨日はあまり寝てないのか?」

「寝たよ。七時間ばっちり。全然勉強してないけど」

「……だから普段からしっかり勉強しておけと言っているのに……」

「アンタさ、今度赤点とったら、分かってンでしょうね! 本気で家庭教師雇うからね!」

 家族と交わされる会話はいつも通り。朝食のメニューも、天気予報も、占いの結果も、全部全部――いつも通り。以前の悠一ならうんざりした気持ちで接していたであろうそれらが、今は何だか無性に懐かしい。

 悠一はひどく久しぶりに、平和な気分で朝食を終えたのだった。


 この時間なら、余裕で間に合う。勿論、電車が定刻通り来れば、の話だが……まず、大丈夫だろう。五周目から九周目にかけて人身事故は起きていないのだ。十周目の今日になって事故が復活するとは考えづらい。

 靴を履き、紺の傘を掴んで、玄関の扉を開け――


「おっはよぅ!」


 即刻、閉めた。

 ……疲れているのか?

 何か、おかしなモノが見えた気がする。頬を両手で軽くはたき、今度はゆっくりと、扉を開ける。

「ちょっと、何で閉めるのよぅ」

 そこには、美智代が立っていた。細身の体型にダークカラーのスーツ――前の周と全く同じだ。

「……何でここにいるんですか!?」

「一緒に滝なゆたの調査に行くって、先周約束したじゃない! まさか、忘れたとは言わさないわよぅ?」

 せんしゅう――『先週』ではなく、『先周』か。

 永遠に今日が続く壊れた世界では、周単位で日を数えるらしい。

「いや――いやいやいやいや。ちょっと待ってくださいよっ! 確かにそういう話でしたけどっ! だけど、まさか朝イチで、それも人ン家の前で待ち伏せしてるなんて思わないじゃないッスか!?」

「思う思わないは小鳥遊クンの勝手でしょう?」

「それに、何で美智代さん何ですか!? 『グループ』の誰かをやるって言ってたのに……」

「あれぇ? 私だって『グループ』の誰か、だけどぉ? 私を除く誰か、なんて一言も言ってないじゃないよぅ」

「どういう理屈ッスか……。まぁ、いいです。行くなら行きましょう。あまり時間がない」

「物分かりがいいじゃない?」

「……何言っても無駄だって、分かってるからな……」

「何か言った?」

「いえ、何も」

「よろしい」

 すっかり美智代が主導権を握っている。

「じゃ、乗って?」

 美智代は車で来ていたらしい。小鳥遊家に乗り付けるように、古びた国産車が駐められている。

「車なんて持ってたんですね……」

「父親のだけどね」

 悠一が助手席に乗り込んだのを確認して、キーを回す美智代。大きく身を震わせて、エンジンがかかる。

「中古のポンコツで乗り心地は悪いかもだけど、勘弁してねぇ? これでも自転車よりは速い筈だから」

 一抹の不安を覚えないでもなかったが――今は、彼女に任せておくことにする。

「あと、私ペーパーだから、ちょっと運転がアレだけど……ま、死にはしないから安心して」

「いや、死なないからって――うあッ!」

 急激に座席に押しつけられて、頓狂な声をあげてしまう。美智代が急アクセルを踏んだからだ。

「ハイ、出発進行ー」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってッ! もっとゆっくり――うああ、危ねェーッ!」

 閑静な住宅街を切り裂くようにして車が駆け抜けていく。電柱やガードレールをかするようにして、ぐんぐんスピードを上げていくポンコツ車。座席にしがみつきながら、悠一は、自分の選択を激しく後悔していたのだった。


「――――」

 五分後、美智代の運転する車は、紫苑駅近くに路上駐車していた。線路のすぐ脇に位置する場所で――ここからなら、ホームがよく見えるという訳だ。

 ちなみに、悠一の家から紫苑駅まで、通常なら、車を使っても十五分はかかる。十五分だ。もう一度言う。十五分はかかる距離なのだ。それが、五分で到着したということは――詳しく言わなくても分かるだろう。何故、助手席の悠一がぐったりしているのか……どうか察してほしい……。

「ゴメンねぇ? ホント、ポンコツ車でさ。乗り心地悪かったでしょう?」

 分かっているのかいないのか、美智代は見当外れの謝罪を口にしている。

「……問題は、車よりも運転手にあるんじゃないッスかね……」

「七時か……うん。何とか間に合ったね。事故があったのは、十五分くらいだったものね」

「おぉ、無視ですか。アンタが男だったら、グーが飛んでますよ?」

「ほら、よく見て? 通勤ラッシュで人いっぱいだけど、ここからなら上りのホームがよく見えるでしょう? 不審な人間がいたとしても、すぐに気が付くことができる」

 是が非でも、自分のペースを乱す気はないらしい。悠一はわざとらしく溜息を吐いた。

「俺、もうこの駅で事故は起きないと思うんスけど……」

「起きないかもしれない。でも、起きるかもしれない。この五周、事故が起きなかったからと言って、今周起きないとは限らない。それは犯人にしか分からない。リピーターが関わっている以上、それは私たちにも予測不可能。そして、万が一それが起きてしまったら、私たちは重要なヒントを逃すことになる。そうでしょう?」

 ホームに目を向けたまま真面目な口調で語る美智代。反論のしようがない。

「それはそうかもしれませんけど……そうだ、ホームに行かなくていいんですか? こんな風に車から見張ってただけじゃ、事故を未然に防ぐことなんてできませんよ?」

「ホームにいたって、事故を防げるとは限らないじゃない」

「でも、俺らがウロウロすることで、犯人への牽制にはなる」

 実際、四周目ではその方法で事故を防いでいる。

「小鳥遊クン、さ――何か勘違いしてるんじゃなあい?」

 振り向き、悠一の目を覗き込みながら、美智代が言う。

「何がですか?」

「私たちは滝なゆた殺害のヒントを探してるんであって、決して、事故そのものを防ぎに来てるんじゃないの。見殺しにする、って言ってるんじゃないよ? これは、優先順位の問題。私だって、できれば事故なんて起きてほしくはないけど……でも今は、それより少しでも多くの情報を得ることの方が大切なんだよね。仮に彼女が事故で命を落としたとしても、リピートされれば、どうせ蘇る。今までそうだったみたいに、ね。

 ここは、壊れた世界なの。

 この世界では、『命』ですら『取り返しのつくもの』なの。

 だけどリピーターの行動は、そうじゃない。私たちがそうであるように、犯人もまた、記憶を継続させて行動している。その行動は毎回違っていて、予測が不可能。だからこそ、この周の彼女の命を犠牲にしても、犯人の尻尾を掴まなければいけないの。分かる?」

 分からなければ――いけないのだろうか。

 我々は、一日を何度も繰り返す、壊れた世界に生きている。疵も、罪も、死さえ、リピートが起これば、全て元通り。だからこそ、滝なゆたは何度も殺されている。

 この世界では、普通の価値観、倫理観など通用しない。リピートによって復活するモノになど、大した価値はないのだ。

 それよりも、情報だ。

 リピートによって、全てが復活する世界――だけど、悠一たちリピーターはその制約を受けずにいる。記憶を継続し、一日を無限に繰り返すことで、永遠に近い時を彷徨い続けなければいけないのだ。リピーターは悠一だけではない。美智代がいて、新城がいて、その他にも多くのリピーターがいる、らしい。この世界の秩序を守るために奔走する『グループ』のような人々がいる一方で――リピーターの『既知のアドバンテージ』を活用して、己の欲望を満たそうとする人間がいる。孤独、退屈に耐えきれず、自暴自棄になる人間がいる。美智代は、彼らのような人間を怪物(モンスター)と表現した。滝なゆたを殺し続けているのも、その怪物(モンスター)の一人なのだろう。だからこそ、情報が大切なのだと、美智代は言う。滝なゆたの命はリピートによって復活する、所詮は『取り返しのつくもの』だ。だが、怪物(モンスター)に関しては、そうではない。同じリピーターである以上、奴らも悠一たちと同じ時間軸で思考し、行動している。

 リピーターの行動は、リピートされない。

 奴らの行動は常にその場限りで――だからこそ、情報が重要視される。奴らの行動を見逃すことは、『取り返しのつかないこと』なのだ。

 優先順位の問題なのだと、美智代は言った。滝なゆたの命を蔑ろにしている訳ではない。だけど、それよりも大事なのは、怪物(モンスター)を追い詰めるための情報なのだ。そういう世界に、我々は住んでいるのだ。

 理屈は分かる。多分、その通りなのだと思う。七千回近い今日を生きている彼女が語っているのは、この世界の法であり、ルールなのだろう。

 分からなければ――いけないのだ。

 だけど、どうしても釈然としない。

 困惑と混乱を内側に封じ込め、悠一は通勤ラッシュでごった返す上りホームに視線を固定する。時刻は七時七分。今のところ、不審な人物は見当たらない。……滝なゆたはどこにいるのだろう? そう言えば、自分は未だに彼女の顔を知らないのだ。美智代たちは知っているのだろうか? 

「実際のトコ、小鳥遊クンは、この事件をどう見ているのかな?」 だけど美智代の方が一瞬早かった。彼女が新たな話題を振ってきたため、悠一の疑問は簡単に霧散してしまう。

「どうって……いや、何も分かりませんよ。どこかの誰かが彼女に恨みを抱いていて、それで線路に突き落としたって、そういう話じゃないんですか?」

「よく考えて。犯人はリピーターなんだよ? リピートが起きれば彼女の命も元通りだって、ちゃんと分かってる筈。なのに、犯人は彼女を殺し続けている。殺害そのものに意味なんてないって分かってるのに、少なくとも三回は彼女を殺している。そこには、どんな意味があるんだろね?」

「意味……?」

「そ。先周は詳しく話せなかったけど、この事件には、必ず何らかの意味が隠されている。私はそう信じている。今日を何度も繰り返してきたリピーターが、通勤ラッシュで混み合う紫苑駅で、滝なゆたという女性を何度も殺さなければならない意味――そして、小鳥遊クンが阻止に入ったその周を境に、パッタリと殺害をやめた意味――」

「あの、俺には何を言ってるかサッパリなんスけど……」

「分からない? じゃあ、おねーさんが一つ、仮説を聞かせてあげましょう。例えば――そもそも、彼女の命を奪うことがメインの目的ではなかった、ってのはどうだろう?」

「もっと分かりやすくお願いします」

「うん、だからさ、滝サンが憎いから殺したんじゃなくて、彼女がいると邪魔だから、不都合だから――それで消したってこと」

「彼女がいることで起きる不都合って何スか?」

「君、さっきから聞いてばっかだねェ。まあいいわ。じゃあ、更に仮説を広げましょう。滝サン、ここで事故に遭わなければ、どうなるのかな?」

「どうって……別に、普通に電車に乗って、大学に行くんじゃないですか?」

「そうだね。彼女には彼女の日常がある。彼女には彼女の今日がある。……だけど、それが犯人の望まないモノだったとしたら?」

「滝なゆたの今日が、犯人にとって不都合だった……?」

「一日全部ではないよ。ごく限定された一部分。例えば、電車で、大学で、彼女は誰かに会い、何かを話す――それが、犯人にとってひどく不都合なことだとしたら、どうだろ。その接触が、その会話が、この先望ましくない状況に発展することを、犯人は知っていた。だからこそ、それを阻止したかった」

「それで、殺害……ですか」

「力業ではあるけどね。俗に言うところの『フラグを折る』ってやつよ」

 やつよ、と言われても、悠一にはその表現の意味するところが分からない。

「フラグ……『旗』? 『旗を折る』……?」

「ああ、ゴメン。深く考えないで。今のは流してくれていいから」

「でも結局、それって美智代さんの仮説なんですよね? それが真実とは限らない」

「もちろんそうだよ。これはあくまで、私の考えた仮説。だけどね……この仮説を進めてくと、ちょっと面白い結論が見えてくるんだよねェ」

 口角を上げた、すでにお馴染みとなった悪戯っぽい表情。ただし、目線だけはホームに向いている。

「……それは、聞けってことですか?」

 ホームに視線を戻しながら、悠一は先を促す。

「おかしいと思わない? 滝なゆたが誰かに会う、何かを話す、それが不都合だから、今の時点で彼女を消しておく――何でそんなことをするんだろね?」

「え、だから、犯人にとって、それが不都合だからでしょ?」

「質問が悪かったね。こう言い換えてみましょう。滝なゆたが誰かに会って何かを話して、何故それが不都合な状況になったりするんだろう?」

「そんなの、俺に分かる訳ないでしょ」

「思考停止しないで。よく考えて。彼女が誰と会おうが、誰にどんな影響を及ぼそうが、そんなの、リピートが起きたら全部なかったことになっちゃうんだよ? それなのに、犯人は彼女の命を奪うという力業まで使って、それを阻止しようとしている。きっと、その不都合は継続するんじゃないかな? リピーターである犯人には、そのことが分かっている。つまり、滝なゆたが出逢い、何らかの影響を与え、将来的に不都合を起こすであろうその人物もまた――」

「リピーターである、って言いたいんですか!?」

「ご名答。第三の人物の登場だね。私たちが把握してないリピーターが、あと二人もいるのよ。仮に犯人をX、滝なゆたが接触する人物をAとしましょうか。彼女はこの先、Aと会い、話すことで、何らかの影響をAに及ぼしてしまう。結果、AはXにとって何か不都合な状況を作り出す。Xはそのことが分かっていて、それを阻止するために、彼女をこの駅で殺し続けていた。

 だけど、同じくリピーターである君が、それを更に阻止しに来たため、この駅での殺害を断念せざるを得なくなってしまった。仕方なく、Xは別の方法を選ぶことになった。別の、恐らくはもっと平和で、だけど遙かに面倒な方法で、滝なゆたとAの接触を阻止することにした。そしてそれは今も継続している――」

「仮説、ですよね?」

「あくまでね。だけど、面白いでしょう? この事件には二人の未知のリピーターが絡んでいて、しかもそれを調べている私たちもリピーター。そして、それら全ての中心にいるのが、滝なゆた。ほら、面白い構図じゃない」

「面白い、ッスか……?」

 何が面白いものか。メチャクチャ複雑じゃないか。犯人Xだけでも面倒だと言うのに、更に未知のリピーターAまで登場するとあっては、もうお手上げだ。

「第一、未知のリピーターとか簡単に言いますけど、『グループ』も把握できないリピーターが、そんなに沢山いるんスか?」

「そりゃ、『グループ』だって神の目を持ってる訳じゃないもの。目立っていつもと違う行動をしている人間がいれば見つけることも容易だけど、ほとんどのリピーターは、そうじゃない。街に溶け込んでる人がほとんどだし、家に引き籠もっちゃう人もいる。意識的に、自分がリピーターであることを隠して生きている人間もいるくらいだもん。この件に未知のリピーターが絡んでるとしても、私は不思議じゃないな」

「……くどいようですけど、仮説ですよね?」

「指標は必要でしょ? 滝サンの身辺調査だけじゃ限界があるし。ある程度の仮説を指標として動くのは、決して愚かではないと思うけれど?」

「見込み捜査で冤罪、ってことにならなきゃいいですけどね……」

 美智代の言うところの『仮説』は、調査の指標とするには、あまりにも飛躍している。正直、不安しか覚えない。もっとも、悠一の頭では、説得力のある仮説など立てられないのだけれども。


「――結局、事故は起きず、か……」

 七時十五分、扉を閉めて発車する電車を眺めながら、美智代が一息吐く。

「ま、何もないのが一番だけど――やっぱり、情報が何も得られないのは痛いね。しばらくは滝サンの身辺調査するしかないのかなァ……」

「ってか俺、未だに彼女の顔知らないんスけど……」

「え、そうなの? ちょっと、そういう大事なことは早めに言ってよぅ。彼女、電車に乗って行っちゃったじゃない。言ってくれたら、彼女がいるトコ教えてあげられたのに……」

「美智代さんは彼女の顔を知ってるんスか!?」

「――小鳥遊クン――この十五分間、何を見張ってたの……? これでも私、真剣に彼女の周囲に目を光らせてたんだけど……」

「あ、いや……あの……不審人物がウロウロしてないか、とか……」

 本気で呆れてる美智代に対し、悠一はしどろもどろになてしまう。今回ばかりは、完璧に彼女が正しい。

「線路脇に車とめてホーム見張ってる私たちが一番不審だろって話だけどね……。まあいいわ。じゃ、これから時雨大に向かおうか。そこで彼女の顔、確認すればいいわ」

「これから、ッスか?」

「何か問題でも?」

「いや、俺、学校があるんで……」

「……学校行って、何をするの?」

「テストとか……友達も心配するし……」

「……何のために? テスト受けて、友達と遊んで、それが何の意味があるの? 学校行ったって、どうせ、今まで同じ今日が待ってるだけでしょう?」

 やや強めの口調で、美智代が追い詰めてくる。悠一の言葉が心底理解できない、といった感じだ。もちろん、彼女がそう言ってくることは分かっていた。予測できていた。だから、返す言葉も用意してある。

「俺……自分がリピーターだからって、周囲の人間を蔑ろにしたくないんです。友達も家族も、確かに同じことばっかだけど――だからって、それで周囲を切りたくない。俺は、自分の日常を大切にしたいんです」

「……そう」

 最初こそ目を見開いて驚いていた美智代だったが、悠一が真剣なのを感じ取ったらしい。

「なら、好きにしたらいいんじゃない? 私たちには、何の強制力も持たない。君を止める権利なんて、誰にもないものね」

 最終的に、折れてくれる。

「ありがとうございます。じゃ、そろそろ俺行かないと、電車に遅れるんで」

「せっかくだから、学校まで送るわよぅ?」

「電車で行きます」

「遠慮しなくてもいいってば。雨だって降ってるんだし」

「電車で行きます」

「でも時間だって――」

「電車で行きます」

「……全力で拒絶しなくても……」

 美智代の運転する車になど、二度と乗りたくない。遊園地の絶叫マシーンの方が、身の安全が保証されてる分だけ数段マシというものだ。

「分かった。じゃ取り敢えず、ここで一旦お別れだね。学校が終わってから、また落ち合いましょ。藍土駅前の噴水広場で待ってる。一時くらいで、いい?」

「……いえ、二時でお願いします」

「了解。じゃ、また」

 思ったよりあっさりと、彼女は去ってしまった。エンジンを唸らせ、タイヤを軋ませながら、非常識な急アクセルで去っていくポンコツ車。……事故らなければいいのだけど。


【午前7時58分】

 その後の流れは、四周目とほぼ同じ。 

 八時前には学校に到着し、松本に話を通し、テストを受ける。何も変わりがない。今までと全く同じ、日常の風景。美那は松本にフラれず、テストは完璧にこなす。何も問題はない。何もかもが、パーフェクトだった四周目と同じ流れ。

 唯一の違いがあるとすれば、入江に相談を持ちかけたことくらいだろうか。大事な話がある。二人きりで話がしたいから、テストが終わった後の時間を空けておいてほしいと、テスト直前に声をかけたのだ。

「何だよ。テスト勉強の誘いだったら、喜んで受けるけど?」

「悪ィ。ちょっとばかし、面倒な話なんだ。この場では、その内容は明かせない。放課後になったら、話す」

「……分かった」

 悠一の様子から何かを察知したらしい。それ以上の追及もなく、入江は大人しく自分の席へと戻っていった。

 そして、その時はあっという間にやって来た。


【午後0時30分】

「で、話って何? 言っておくけど、お金は貸せないよ? あと、女の子の紹介もできないから、それ以外の要件でお願いします」

「んなの、言われなくても、最初から入江に頼んだりしねェよ……」

 もちろん、入江が本気で言ってないことくらいは分かる。きっと、悠一の顔が強張ってるのを見て、緊張を解すために言ってくれているのだろう。それが分かったから、悠一も軽口で答えたのだが……。果たして、うまくいっただろうか。頭の中がパンパンで、まるで余裕がない。どうしても固い言い方になってしまう。

「それで、何なのさ? 僕でどうにかなる問題だったら、いくらでも相談に乗るよ?」

 ――さあ、ここからだ。

 放課後、今は使われてない教室に、二人はいた。ここなら誰に邪魔されることもない。すでに大半の生徒は帰宅を済ませていて、テスト期間は部活も休みになるため、やたらと静かだ。二人の声だけが妙に響く。

 悠一は唇を舐め、九周目の入江との遣り取りを頭の中で何度も反芻しながら、おもむろに口を開く。

「いや……正直、お前に相談してどうにかなる話でもないんだけど、さ……」

「何ソレ。もしかして、ヤバいことに巻き込まれちゃったりしてる? だったら、尚更自分一人で背負い込んでちゃダメだよ。親なり学校なり警察なり、しかるべき場所に相談しなきゃ」

 状況はまるで違うのに、何故か、九周目のそれをなぞるようにして、同じ台詞を吐いている。忘れかけていた。この世界には収束機能があるのだ。でもこれなら、前周の流れに持って行くことも簡単かもしれない。

「いや、そういうことじゃなくてさ。大人に相談して、どうにかなる問題でもねェんだよ……」

「何言ってんだよ!? 全然意味が分からないよっ! 小鳥遊が相談事があるっていうから来たのに、何なんだよ、ソレ……。僕じゃ、信用できない?」

「どうせ、お前は忘れてしまうから」

「はァ? 何言ってンの? 親友の一大事を、僕が忘れたりする訳ないじゃん! いくら小鳥遊でも怒るよ!?」

 完璧だった。

 完璧な、導入だ。

 何かもが、前周と同じ流れで、ここまで来ている。

 一度リピートを挟んだため、入江の記憶も綺麗にリセットされている。だけど、相談は可能だ。他でもない入江自身が、そう保証してくれている。


「その時は、今日と同じような導入で、僕に相談を持ちかければいい。だって、結果はすでに出ているんだから。僕という人間が、小鳥遊の話を信じ、興味を持って真剣に考えて、それなりのアドバイスを与える、っていう結果がさ。まず間違いなく、僕は今日と同じ台詞を吐くと思う。その上で、お前は過去に一度相談したという事実を明かし、僕が言うであろう台詞を先取りし、そして、そこで初めて自分が発見した新事実を披露すればいい。そうやって、どんどん僕の見解を引き出せばいい」


 導入には成功した。

 あとは、話すだけだ。

 前周と同じ遣り取りを何度か繰り返して、悠一は語った。前周と全く同じ内容の話を、根気強く。


「――と、これが、俺の身に起きている現実なんだけど……」

 二人は適当な席を陣取り、お互い向かい合うようにして座っている。向かいの入江は、机の上で両手を組み、完璧に俯いてしまっている。つまりは、場所が違うだけで前周と全く同じ反応な訳だ。

「俺の話、聞いてた?」

「聞いてたよ――聞いてたよ、聞いてたさ……だけど……うーん……」

 言い淀み、髪をガシガシと掻く入江。ここも、九周目のそれと全く同じ。二十四時間前の遣り取りをトレースするかのような、その光景。どうやら完璧にパターンに入ったらしい。どこでネタばらしをするか考えつつ、悠一はもう少し様子を見ることにする。

 困惑、信用、『ループモノ』の解説、そして二つの提言。

 諦めの早すぎる悠一への苦言。

 滝なゆたが鍵を握っているのではないかという推理。

「滝なゆたに、接触してみなよ。何か分かるかもしれない」

「分かった。やってみるよ」

「OK。何か分かったら、また教えてよ」

 そろそろいいだろう。悠一は脳内で素早く台詞を組み立てながら、慎重に口を開いた。


「――じゃあ、早速教えてもらおうかな――」


「ん? 何? まだ言ってないことがあったの?」

「新しくできた」 

「……と言うと?」

「お前にこの話をした時は、さっきまでの話で全部だった。……だけど、その後色々あって、相談すべきことが増えちまった。そんで、俺は今、ここにいる」

「……ちょっと待って……」

 左手人差し指をこめかみに当て、眉間に皺を寄せる入江。ちょっと分かりにくかっただろうか?

「えっと、うん、あのさ……僕、小鳥遊が思ってる程、スペック高くないんだよね……」

「すぺっく?」

 また知らない単語が出てきた。入江との会話ではこういうことがよくある。きっと悠一の語彙が少ないだけなのだろうけど。

「言い直す。僕は、お前が思ってるほど頭が良くない。だから、そんな僕でもよく分かるように、もっと噛み砕いて説明してくれ」

 やはり言葉が足りなかったようだ。どこかの誰かさんの影響で、勿体ぶった言い方が染みついてしまったのかもしれない。

「つまり、さ……俺がこの話をするのは、二回目なんだよ。今と全く同じ遣り取りを、俺はすでに一回経験している。その時の記憶を頼りに、全く同じ遣り取りを再現したんだ」

「一度、リピートを挟んでるってこと? 世界はリセットされた。

誰も、前の五月十三日のことを覚えていない。もちろん、僕も例外じゃない。だけど、小鳥遊はその間に色んなことがあって、僕に相談したいことができて――だから、僕の理解が追いつくよう、わざわざ一から説明し直した――そういうことかな?」

 入江の『リセット』という言葉で、前周の新城との遣り取りを思い出してしまう。だけど、ここは流しておこう。リピーターでない入江に対して言葉の訂正を求めることなど、全く無意味な行為だ。

「そうそう。……入江、やっぱ頭いいじゃん。メチャクチャ理解早いなっ!」

「……今はそんなコト、どうでもいいよ」

 憮然とした面持ちで吐き捨てる入江。

「んだよ、怒ってンのか?」

「怒ってはいなけど……ただ、僕がどんな反応して、どんな台詞を言うのか、小鳥遊は最初から全部知ってたってのが……ちょっとだけ、悔しいと言うか、恥ずかしいと言うか……」

「しょうがねェだろ。必要なことだったんだから」

「一つ、言っていい?」

「んだよ」

「もうちょっと早い段階で言ってくれてもよかったんじゃない? 僕が恥ずかしいってのもあるし、それより何より、随分なタイムロスだよ。僕の予想だと、こういうことはこの後も何度かありそうだから……真面目な話、作業の効率化は考えておいた方がいい」

「分かった。考えとく」

 できれば、入江への相談はこれっきりにしておきたいところなのだけど……。そういう訳にもいかないだろう。信頼できる人間は絶対に必要だ。入江がリピーターだったなら完璧なのだけど……この際、贅沢は言っていられないだろう。

「――さて、じゃあそろそろ聞かせてもらおうかな。一回目の相談の後、小鳥遊の身に何が起きたのかを――」

 机に肘を突いて両手を組み、その上に顎を乗せ、微笑む入江。だいぶ落ち着きを取り戻したらしい。 

「かなり長くなると思うけど、順を追って話していくわ。

 ええと、まず俺は、滝なゆたと接触するために時雨大学に向かって、そこで――」


 悠一は全てを話した。


 筒井美智代と名乗る女性の登場。

 彼女が語る、壊れた世界の真実。

 何人もいる、リピーターの存在。

 そのリピーターの、基本ルール。

 彼女が所属している集団の存在。

『グループ』の、目的と存在意義。

 無限ループに発狂する怪物たち。

 

 滝なゆたの人身事故に関する謎。

 人為的なものでは、という疑惑。

 見え隠れする未知のリピーター。

 怠惰な『グループ』への、怒り。

 自分で調査しては、という誘い。

 口車に乗せられてしまった悠一。


『グループ』を束ねる新城の登場。

 記憶が全てだという、彼の言葉。

 それを裏付ける、道中の出来事。

 青信号ばかりが続く十七の信号。

 屋台、タクシー、エレベーター。

 新城と美智代の能力への、屈服。

  

 ブラックコーヒーと新城の談話。

 無人島に比喩される壊れた世界。

 リピーターを蝕む、孤独と退屈。

『リセット』という表現への苦言。

 救いになる『グループ』の存在。

 

 ネットカフェでの――リピート。


 朝イチから家を訪問する美智代。

 絶叫マシーンと化すポンコツ車。

 七時、紫苑駅での張り込み開始。

 情報に優先される滝なゆたの命。

 壊れた世界特有の倫理と価値観。

 美智代が披露する飛躍した仮説。

 不都合な未来の鍵を握るなゆた。

 未知のリピーター、XとA登場。

 これを指標にするという美智代。


 結局、今回も起きなかった事故。

 登校する悠一に対し驚く美智代。

 周辺を蔑ろにしないという宣言。

 次に会う約束をして去る美智代。

 

 そして――再び、入江への相談。

 

 そこまでを一気に語りきる。

 長々と語る悠一に対し、入江の顔色が少しずつ悪くなっていくのが分かる。『グループ』や新城の箇所を話していた時など、はっきりと眉間に皺を刻ませていた程だ。何か気に障ったのかと心配になったが……それでも、悠一は語ることをやめなかった。できるだけ詳細に、かつ簡潔になるように、絶えず頭の中で内容を整理しながら話す。かなりしんどい作業だったが……きっと、それを聞かされる入江の方がしんどいに違いない。

 全てを語り終わった時、深い溜息を吐いたのは、悠一ではなく、入江の方だった。

「……これが、この二十四時間に起きた出来事の、全てだ」

「…………」

「どう、かな? 入江がどう思うか、できれば感想を聞かせてもらいたいだけど……」

 気遣うように、恐る恐る伺いを立てる。

 だけど対する入江は、再度、深く深く溜息を吐いて――

「……ゴメン。ちょっと、整理する時間がほしい。そうだな。三分……うん、三分だけ時間をくれ。その後で、僕の意見を言うから」

 悠一の了承を得るより早く、両手で顔を覆い、長考に突入してしまう。顔を手で覆ったまま、時折ブツブツ呟いたり、髪をガシガシ掻いたりして、自分なりの意見をまとめている。見方によっては苛ついているようにも見えたが――さすがに、それは悠一の穿ちすぎだろうか。

「OK。待たせたね。……かなり率直な意見を言わせてもらうよ。それでもいい?」

「もちろん。何でも言ってくれ」


「正直――かなり、胡散臭いね」


 聞き直さずとも、それが『グループ』のことを指しているのだと分かった。

「やっぱ、そう思うか?」

「思うね。……と言うか、小鳥遊、お前騙されてるよ。この際だからはっきり言わせてもらうけど、そいつらは、お前を利用しようとしている。間違いない」

「断言するか……」

 思いもよらない強い口調に、半ば予想していた筈の悠一も、若干怯んでしまう。

「するね。断言させてもらう。あまりにも胡散臭すぎる。小鳥遊ってさ――実は真面目で真っ直ぐじゃない? 純粋と言うか、正義感が強いと言うか、責任感が強いと言うか――」

「んなことァねェけどさ……」

 言いながら、思わず俯いてしまう。

「ホラ、そういうとこ。自分を肯定してくれる相手に、すぐ心を許しちゃうでしょ。だから、つけ込まれる。だから、騙される。その、最初に会った――筒井美智代だっけ? その女が使ったのが、全く同じ戦法なんだよね。基本、ふざけた態度をとりながら、要所要所でシリアスに相手の心に入り込んで――最終的に、心をこじ開けてしまう。しかも、その女はコールドリーディングを効果的に使っているっぽい」

「コールドリーディング?」

「占い師や霊能力者がよく使うテクニックだよ。誰にでも当て嵌まる事項を、さも相手の心を覗き見たかのように言って、相手を信頼させるんだ」

「『コールド』っってことは、『ホット』もあるのか?」

「ホットリーディング? 勿論あるよ。そっちはコールドリーディングと違って――ああ、いや、今はそんなことどうでもいいんんだよ。話をコールドリーディングに戻すね。

 例えばさ、占い師とかは、好んでこんなことを言ったりする。

『自分自身、あるいは周囲の状況に対して不満がありますね?』

『周りに誤解されやすい方ですね?』

『やろうと思いながら、まだ手をつけていないことがありますね?』

 ――こういうのを引っくるめてストックスピールって言ったりするんだけど……その女は、そういうテクニックを使って、小鳥遊を籠絡したにすぎない」

 確かにそうかもしれない。だけど。だけれども。

「いや……うん、そうかもしれねェけどさ……でも、そんなの俺だって分かってるっての。美智代さんは口がうまいし、新城さんだって、そうだ。俺は、あの二人の口車に乗せられたにすぎない。それは、俺だって、ちゃんと自覚している。筒井美智代は『グループ』の説得・交渉係で、話術に優れてるって、新城さんも言ってたしさ」

「……なんで、その新城って男は、わざわざ筒井美智代が『話術のスペシャリスト』であることを強調したりしたんだろう? 『巧みに人心を掌握して巧みに相手を籠絡させる』――だっけ? 新城は筒井のことをそんな風に評したんでしょ? なんで、小鳥遊のいる前で、わざわざ身内のテクニックを明かすような真似をしたんだと思う?」

「そりゃあ……俺の、信頼を得るために……」

「違う。いや、半分は合ってる、のかな? だけど意味するところは、全然違う」

「どっちだよ」

「つまりさ――筒井が話術を弄して小鳥遊の心を開こうとしていることなんてのは、ちょっとしたことなんだよ。新城は、そのちょっとしたことを明かして、自分たちの正直さ、誠実さをアピールしたにすぎない。そしてお前はそれに嵌ってしまった。新城が正直に身内のテクニックをバラしたことで、逆にお前は相手を信用に足る人物だと捉えてしまった。

 だけど、奴らはそれよりももっと大きな嘘を隠している。その嘘を悟られないように、敢えて小さな嘘をバラしたんだ。そうすればお前の信用を得られると、計算してね」

 小さな嘘と、大きな嘘……?

 入江の言っていることが、すぐには理解ができない。『グループ』の連中が、自分に何を隠してると言うのだろう。

「いや、だけど、あの人たちの能力は本物だぞ? 大学から駅までのこと、ちゃんと話しただろ? よほどの記憶力と処理能力がなきゃ、あんなことは――」

「それって、そんなに難しいこと?」

 悠一が震撼した事実を、入江はいとも簡単に切って捨てる。

「いや、お前――無理だろ!? 十七の信号を全部青信号で渡って、たこ焼き屋もタクシーもエレベーターも、待ち時間ゼロなんて!」

「少なくとも、信号を全部青信号で渡るなんてのは、そんなに難しいことじゃないよ。信号ってのは、一部の特殊なモノを除き、全部規則的に動いてるんだ。数回そのルートを通って調べれば、僕だってそのくらいのことはできる」

「他のは? 信号と違って、たこ焼き屋、タクシー、エレベーターなんてのは、よほど細かく記憶してなきゃ無理だぞ?」

「細かく覚える必要なんてないよ。行列が途切れる瞬間、タクシーが通りかかる瞬間、エレベーターが降りてくる瞬間、その三つの時刻だけを覚えて、それに間に合うように足並みを整えるだけの話だよ。第一、『グループ』ってのは、その二人だけじゃないんでしょ? たこ焼き屋、タクシーの運転手、エレベーターから降りてきた会社員、そいつらが全員グルって可能性もある。全員で示し合わせてタイミングを合わせれば、そんなに難しい作業でもないよ。その二人は、その大したことない事柄を、大仰に語ってるだけ。結局は演出。だけどそれって、まるっきり詐欺師のやり方なんだよね」

 ……言われてみれば、確かにそうだ。冷静に考えれば、自分は何に驚いていたのだろうと、馬鹿らしい気持ちになってくる。

「……でも……だったら、さ……俺は、何に利用されようとしているんだよ。あいつらの隠してる大きな嘘って、一体何なんだよ……」

「うーん……そこなんだよね……。話を聞いただけじゃ、確信を持って言うことはできないんだけど……強いて言えば――」

「何だよ!?」


「奴らは、ルールについての、何かを隠している」


「『何か』……?」

「そう、何か。

 午後十二時になったら、全ての事柄がリセットされる。

 物理的、身体的、精神的、社会的、金銭的な全てがリセット。

 成功も失敗も、記録も記憶も、疵も恥も罪も、人の命でさえ――

 全てが、リセット。

 ただしリピーターの記憶は除く。

 全てが、五月十三日0時0分の状態に戻る。

 記憶を継続するリピーターは複数いて、ある日突然、リピーターの仲間入りを果たしてしまう。リピーターによって、そのリピート回数は様々。リピーター同士は同じ時間軸の上で生きていて、一度リピーターになった以上、皆一律にそのリピート回数を稼いでいく。

 世界は一定の形を持っていて、リピーターが干渉しない限り、その形が崩れることはない。仮に、リピーターが少しくらい形を変えたところで、収束機能みたいなものがあって、容易に形が戻ってしまう。

 ――以上が、筒井や新城から教わったルールなんだよね?」

「……そう、だな……」

 頷きながら、悠一は改めて戦慄を覚えていた。考えてみれば、入江は一時間程前に初めてこの話を聞いたのだ。その筈なのに、今ではすっかりこの壊れた世界のルールを熟知している。少なくとも、悠一よりは、ずっと。いくらフィクション世界などで『ループモノ』に慣れ親しんでいるとは言え、この理解力は驚異的言える。

 ――コイツ、なんで俺と同じ高校にいるんだろう……。

 今まで何度か思ったことではあったが、入江明弘の驚異的な頭脳を目の前にして、悠一は改めて嘆息するのだった。

「隠し事があるとすれば、まずそこだね」

「は? その、世界のルール自体に!? ……いや、そりゃねえって。俺だってリピーターなんだぜ? そこに嘘が混じってたら、いくら俺でも気が付くっての!」

「嘘とは言ってないよ。隠し事。言葉が足りない、説明が足りないのは、決して嘘にはならない。――つまり、まだ小鳥遊の気付いてないルールがあるんじゃないかってこと」

「俺が、まだ気付いてない世界のルール……? まさか、あの人たち、すでに明日へ到達する道を見つけてる、ってんじゃないだろうな!?」

「断言はできないよ。僕だって、確信を持って言ってる訳じゃあない。それこそ、あくまで仮説の話だ」

「また仮説かよ……。今回は朝から仮説ばっかだな……」

「いやいやいや。小鳥遊さ、仮説って言ったって、そう馬鹿にしたもんじゃないよ? 仮説を幾つも並べて、その幾つかを消去して、残った幾つかを並べ、それを事実と照らし合わせて真実に至る――帰納的論理ってのは、そういうもんだ」

「お前の言うことは、俺にはサッパリ分からん……」

「ウン、今のは我ながら面倒くさい言い回しだったね――ゴメン」

「謝ることねェけどさ……」

 顔を上げた。

 入江の背後には教室の窓ガラス。雨はとうに上がっていて、蒼く高い空には、いつか見た虹が架かっている。

「――俺、どうすりゃいいのかな……」

「その台詞を、この短い時間に二回聞くとは思わなかったよ……」

 苦笑する入江。自分でも、入江に依存しすぎだとは思う。だけど悠一の頭では……もう、どうしようもない。単純だから、すぐに騙される。馬鹿だから、すぐに利用される。

 仲間だと思ったのに。

 救いだと思ったのに。

 新城や美智代ら、『グループ』の連中が悠一に何か大きな隠し事をしていて、その上でさらに利用しようとしているのだとしたら――もう、何を信じればいいか分からない。

 信用出来るのは、信頼出来るのは、もう入江しか残されていないのだ。

「これから、筒井美智代と会うって言ってたっけ?」

「ああ。二時に、駅前の噴水広場で待ち合わせしている」


「それ、すっぽかそう」


「え? すっぽかすって――逃げるってことか?」

 しかし、奴らからは逃げられない。すでに家も知られてしまっているのだ。十二時になれば強制的に家のベッドに戻ってしまうというルールがある以上、『グループ』からの完全な逃亡は不可能に近い。部屋の出入り口にバリケードを築いて引きこもりを決め込むか、或いは『二十四時間耐久かくれんぼ』のようなことでもしない限り、奴らからは逃れられない。

 もちろん、入江とてそんなことは分かっているようだった。

「いやいやいや、逃げるんじゃないよ。『グループ』とかリピーターからは、物理的に逃げられないルールになってるみたいだし。そうじゃなくて――反応を見るんだよ」

「反応を見る?」

 さっきからオウム返しばかりだ。芸がないと自分でも思うのだが、入江が言っている意味が分からないのだから仕方がない。

「そう。『グループ』が本気でお前をどうこうしようとしてるのなら、きっと、奴らはお前を逃がさない。僅かでも逃げる素振りを見せようものなら、必死になって追いかけてくる――僕には、そんな気がするんだよね。だから、ここで一度、相手の出方を試すんだ。『グループ』のナンバーツーであるところの筒井美智代の約束を蹴って、電話やメールにも応じないって態度を見せたら、『グループ』の連中はどういうリアクションを起こすのか。その対応如何で、奴らの本性が垣間見られるって仕掛けだよ」

「どういうリアクションだったら、大丈夫なんだ?」

「普通の対応だったら、取り敢えずはセーフ、かな? 明日、普通に家に来て、『昨日はどうしたの?』とか『約束を破るなんてひどいじゃない』みたいな台詞を吐くんだったら、まあ、常識の範囲内だ。『小鳥遊悠一と協力して滝なゆたの調査をする』っていうお題目も、取り敢えずは信用出来る。あくまで、取り敢えず、だけどね?」

『取り敢えず』を殊更に強調する入江。どうであれ、『グループ』を完全に信用する訳ではないらしい。

「じゃ、アウトのリアクションは――」

「お前が『グループ』と縁を切ろうとしていると考えて――力尽くの行動に出るかもしれない。帰り道にムリヤリ拉致られたり、二度と反抗できないように何らかの形で恐怖を植え付けたり……洗脳や催眠術を使うって手も有り得るね」

「んな馬鹿な。それじゃ、まるっきりヤクザかカルト宗教じゃねェかよ」

「僕は、『グループ』をそういうのと一緒だと考えている」

 表情を消した顔で、さらりと怖いことを言う。

「だったら……俺、ヤバくね? 拉致られて洗脳されたりしたら、もう終わりなんですけど」

「うん……まぁ、正直、今のは大袈裟に言いすぎたかな。さすがに、奴らもいきなりそんな態度に出るとは思えない。せっかく得た信用を自ら放棄するほどの馬鹿集団とも思えないし。ただ――もう二度と、学校には来られないかもしれない。暴力的な手段ではなく、奴らお得意の口車で巧みに誘導して、お前の行動を制限してくるってのは、充分に考えられる展開だね」

「だから、そうなったら俺はどうすりゃいいんだっての」

「心を強く持つ――しかないかな。何を言われても、決して奴らに心を開かない。信用しない。毅然とした態度で、ノーと言う。これしかない」

 入江は簡単にそう言うが――果たして、自分にそれが可能だろうか。すぐに騙されてしまうと言うのに。すぐに、流されてしまうと言うのに。

「あと、小鳥遊は、もっと僕を信用してほしいんだ。もっと、頼ってほしい」

「信用してるし。メチャクチャ頼ってるっての」

「違うね。確かに、事の成り行きを全て話して、アドバイスを仰ぐくらいには、信用してるし、頼ってる。だけど、それだけだ。所詮僕はリピーターではない。リピーターではないが故に、お前の悩み、苦しみを真に理解できない――と、お前は思ってる。だから、口では頼り切ったような言葉を吐きながら、その実、僕との間に薄い線を一本、引いてしまっている。……平たく言えば、小鳥遊はまだ、僕に心を開ききっていない。違う?」

「…………」

 返す言葉がない。ある訳がない。入江の言ったことは、事実で真実だったからだ。

「大事なことだからもう一度言う。もっと、僕を頼って、信用して――そして心を開いてほしい。多分、今の段階では、世界の中でただ一人だけの――お前の、仲間なんだから」

 入江の目を見なければ、と分かっているのだけど、自然と顔が俯いてしまう。こんなにも真摯に、誠実に語りかけてくる親友の顔を見ることが、今の悠一にはできない。本当の言葉を、垂れた前髪越しにしか聞くことができない。それは、罪悪感なのだろうか。それとも羞恥心か。分からない。

 一つだけ分かるのは――自分は、最悪だということ。

 親友を信頼せずに、適当に利用しようとしていたのだ。自分のオツムでは何も分からないけど、聡い入江なら何らかのヒントを与えてくれる筈と――期待し、甘えていたのだ。なんて身勝手で、なんて幼稚な了見なのだろう。自己嫌悪で吐きそうになる。

「……顔を上げてよ。暗い顔なんて、小鳥遊悠一に似合わないよ? お前は僕らのムードメイカーでしょう?」

 入江の声はいつも、優しく、柔らかく、温かい。

「今だから言うけどさ、僕は、お前にずっと憧れていたんだよ? 落ちこぼれのレッテルを貼られながらも、いっつも明るくて、純粋で真っ直ぐで――少しだけ、バカで。だけど本当は、真面目で優しい性格をしてる。お前のことを、僕は、親友として誇りに思ってたんだ。小鳥遊は逆に僕のことを過大評価してるみたいだけど、僕なんて――本当は、臆病だし、卑怯だし、打算的で計算高くて……いつも、人に好かれるようにしか振る舞うことができない。本音を言うことが、できない。だからこそ、いつも真っ直ぐで、自分に嘘を吐かない、芯のブレないお前に――少なからず、憧れてた。

 だから、こんな風にお前の力になれて、僕は本当に嬉しいんだよ」

 やめてくれ。

 やめてくれ。

 やめてくれ。

 悠一は顔を俯けてまま心の中で叫び続ける。そんな人間じゃない。自分は、そんな大層な人間じゃない。悠一だって、臆病だし、卑怯だし、自分に嘘を吐くし芯だってブレる。愚鈍で凡庸な人間だ。入江に評価されるような、そんな立派な人間なんかじゃ――ない。

「……じゃあ、俯いたままでいいから、聞いて? 話を戻すよ?

 小鳥遊はもっと僕を信用してほしい、って言ったよね? つまりそれは、これからも、リピートが起きた後でも、何度でも懲りずに僕に相談してほしい、っていう意味なんだ。何度リピートしようが、リセットされようが、僕が僕である以上、お前の話を信じるし、お前のために頭を捻って作戦を授ける。僕はお前のブレーンで、切り札なんだ。――そう。僕は、お前が何枚か持っているカードの、切り札になりたいんだよね。だから――ここは本当に大事だからちゃんと聞いてほしいんだけど――僕のことは、絶対に『グループ』の連中に話してほしくないんだ。僕というブレーンが存在することを向こうに知られたら、きっと、良くない展開になる。それだけはどうしても避けたいんだ。だから、ね? 僕に相談し続けること、僕の存在を『グループ』に話さないこと、この二点だけは絶対に守ってほしいんだよ」

「……分かった」

「――最初に僕に相談した時って、場所はどこだった?」

「……いや……駅前のマックから外に出て……それから、その辺りを歩きながら、だったけど……」

 俯いたまま、言葉少なにそう言う。

「そうか……。これからは避けた方がいいだろうね。お前には、きっと『グループ』の監視がついている。話すなら、今回みたいに学校の敷地内がいい。できるだけ、僕とお前が接触しているところを、奴らに見られたくない」

「……分かった」

 同じ言葉を繰り返す。それ以上は喋れない。それ以上言葉を続けたら、泣いてしまいそうだったからだ。

 数秒おいて、悠一はようやく顔を上げた。

 いつの間にか、虹は消えていた。

「……これから、どうしよっか? どっかで遊ぶ? 篠原とかも誘ってさ」

 それはかなり魅力的な誘いではあったのだが……素直に首肯する訳にはいかなかった。そりゃ、悠一はいい。あと十時間、適当に遊んで過ごせば、強制的にリピートが起きて、またやり直しなのだ。いくらでも遊び呆けていればいい。

 だけど、入江や美那は、そうではない。彼らには明日があって――明日には明日の、テストがある。いくら入江が秀才とはいえ、テスト勉強は必要だろうし、秀才とは程遠い位置にいる美那など尚更だ。ここは、一人で遊ぶ方がいいだろう。

 入江にそう伝えると、半分は納得したようだが、残りの半分は却下されてしまった。

「うん、僕や篠原のことを気遣ってくれるのはいいんだけどさ……だったら、もっと自分の身の心配をしてよ。自分から誘っておいてなんだって話だけど――街で一人で遊んでて、『グループ』の連中に見つかったら大変じゃん? 今日ばっかりは、家で大人しくしといた方がいいって」

「それも、そうか……。だけど、家帰ったって、やることねェんだよな……。テスト勉強なんか意味ねェしさ……」

「だったら、読書に励むってのはどう? 面白い本紹介するよ? 数時間くらい、あっという間に潰れるから」

 読書――か。

 悠一は、もちろん本など読まない。漫画でさえ、ほとんど読まないのだ。活字ばかりの本など尚更である。

「どうせ暇なんだからさ、騙されたと思って読んでみなって。できるだけ読みやすい本を選ぶから」

 そう言われては、断る訳にもいかない。入江はノートの切れ端にタイトルと著者名、出版社をサラサラとペンを走らせ、悠一に渡すのだった。

「げ。三冊もあるのかよ……」

「本当に面白いから」

 入江を信用する、と約束したばかりだ。ここは奴を信じて、この本と格闘することにしよう。


「それに、色々と勉強になるだろうしね……」


 最後に吐いた台詞だけが、妙に引っ掛かったのだが。


【午後3時40分】

 入江と別れ、学校を出た悠一は、藍土駅とは逆方向に進んでいった。言うまでもなく、美智代との接触を避けるためだ。彼女は、まだ噴水広場で待っているのだろうか。だけど、彼女の元に行く訳にはいかない。『グループ』は信用ならない。彼女の言いなりなど、まっぴらだ。

 しばらく歩くと、郊外の商店街らしき場所に出る。初めて訪れる場所だったのだが、運良くそこそこの規模の書店を見つけることが出来た。入江が紹介してくれた本も、そこで全て見つかった。店を出た悠一は大通りでタクシーを捕まえ――車通りは多いのに、空車のタクシーを見つけるまで十五分近くかかった――一気に自宅に向かう。電車なら数百円の距離なのに、タクシーを使うとその十倍以上かかる。小遣いをもらったばかりでよかった。それでも悠一の財布は小銭だけになってしまったが……どうせ、次周になれば復活してるのだ。気にすることはない。

 

 ……さて。

 家に着き、自室に入って、着替えて、一息。鞄から、書店の紙袋を出し、そこから三冊の本を取り出す。

 ――読む、のか……?

 いや、読むのだけど。入江に勧められたからには、読むしかないのだけど。正直言って……嫌な予感しかしない。だけど、読まない訳にはいかない。どうせ他にやることもないのだ。悠一は覚悟を決めて、一番読みやすそうな本を選んでページを捲ったのだった。


 選んだのは、表紙に女の子の絵が描かれた、薄い文庫本。何年か前にアニメ映画化されたせいで――作品自体は何十年も前に書かれたモノなのだけれど――タイトルだけは聞いたことがある。主人公が女子中学生だからか、そもそも中学生向けに書かれた作品だからか(解説にそう書いてあった)、スラスラと文章が頭に入ってくる。何だか懐かしくて、切なくて――これは当たりだ。勢いそのままに、次の本に手を伸ばす。

 今度はそこそこの厚さのハードカバーだったのだけど、幸いにも短編集だった。入江が指定したのは、その中の一遍。ジャンルは、一応ホラー……になるんだろうか? 本のタイトルに『都市伝説』とかついてるから、多分ホラーなんだろうけど、あまりそんな感じがしない。これもひどく読みやすく、そしてホロリと切なくて、ラストも意外だった。機会があったら、別の短編も読んでみよう。

 最後に残ったのは、また文庫本なのだけど――五百ページを超えている。開いてみれば、どのページも活字がびっっしり。なかなか厳しそうだと思ったのだけど、読み始めるとそんなことはなく、グイグイとその世界に引っ張り込まれる。内容は、ある特殊なグループ内で起こる連続怪死事件を描いた本格ミステリーで――ううん、ラストには吃驚した。よくもまあ、こんな捻くれたことを考えたもんだ。前の二作が切ない系だっただけに、余計にそう感じてしまう。でも、文句なしに面白い。ミステリーなんて、金田一少年かコナンくらいしか知らなかったけど、たまにはこうした、しっかりとした推理小説を読むのも面白いかもしれない。

 途中、夕食やトイレなどで何度か中断することはあったものの、結局、三冊ぶっ続けに読んでしまった。時刻は十一時を過ぎている。こんなにも熱中して読書に励んだのなんて、生まれて初めてだ。

 入江は、何故この三冊を選んで悠一に読ませたのか――今になれば、はっきりと分かる。

 この三冊、出版社もジャンルも出版時期もバラバラだが、一点だけ、分かりやすい共通点がある。時間を戻し、ある期間の人生をやり直す、という部分がメインテーマである点、だ。方法も原因も様々なのだけど――『時間を戻』し、自らの日常を『やり直す』、という点では三つとも同じ。三冊目の本では、『リプレイ』と言うアメリカ人の書いた小説が話題にのぼっていた。解説を読む限りでは、どうやらその作品が、こういう一連の物語の元祖となっているらしい。言ってみれば『リプレイモノ』、といったとこだろうか。入江はきっと、何かの参考になればいいと思ってこれらの作品をチョイスしてくれたのだろう。

 だけど――実際、役に立つかと言えば、かなりの謎だった。

 悠一たちが巻き込まれている現象は、この三作のどれにも当て嵌まらない。リピート期間はたった一日で、原因はおろか、抜け出す手段も一切分からない。二十四時間という時間は実に中途半端で、何かをしようとするには短すぎ、何もしないでいるには長すぎる。そんな期間を、終わりもなく、何度も何度も何度も何度も繰り返し続けているのだ。何をやり遂げても、何をしでかしても、結局、全てはなかったことにされてしまう。

 悠一は馬鹿だし怠け者だが、基本的に、人生というものには、何らかの意味を見いだしていきたいと考えている。夢を叶える、仕事で成功する、好きな人と結ばれる、幸せな家庭を築く――何でもいい。何か、生きてきたという結果を残したい。

 だけど、この壊れた世界では、そんなモノは許されない。結果などない。未来などない。あるのは過程と、永遠に続く今だけ、なのだ。

 せめて目標があればいいのだけど――と、そこまで考えたところで、悠一はふと気付く。ああ……だから、新城はあんな『グループ』を作ったのか、と。彼はそれを『孤独』と『退屈』から逃れるため、と表現したが、つまりそれは生きている実感を得たい、というのと同じ意味なのだろう。

 だけど――だけどだけどだけどだけど。

 彼らを、信用する訳にはいかない。彼ら、否、奴らは、悠一を騙している。騙して利用して、何か良からぬことを企んでいるらしいのだ。決して、気を許してはいけない。

 奴らは、どういった態度に出るだろう。学校を出た時点で携帯の電源を切っていたから、その後、奴らがどうしたのかは分からない。少なくとも、家には来ていない。問題は次の周――十一周目からだ。何か強行的な態度に出れば、アウトだと入江は言う。実際どうなるのか、悠一には全く分からない。

 読んだ本のこと、入江のこと、『グループ』のこと――徒然と様々なことが頭に浮かんでは消えて……悠一はいつの間にか、部屋の照明を点けっぱなしにして眠りこんでいたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隠しているルール……そういえば『リピート』が始まる前にリピーターが死んだらどうなるのかって分かってないな。リピーターじゃなくなったりするのかな?
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