第七話 養子
投稿用には入りきらなかった第七話です
チムピスが学校へ入学しようとします
帥丙の家 玄関前
外はもう暗くなっていた。チムピスと帥丙のふたりは船から降り、社長の車で2時間ほど過ごして家に辿り着いた。合計7時間も時間を食って今はもう午後10時である
「ここがご主人様の家?」
「見りゃわかんだろうが。俺ん家の中入ったらすぐにメロンパン買ってこいよ。あ~疲れたシャワー浴びてぇ」
「何で出来てるの?」
「あ?」
「この民家の素質は何?石やコンクリには見えないけど」
「頭イカレタ事言ってねえでとっとと家に入れ」
帥丙はそうチムピスに注意して玄関のドアを開けた
「ただいま」
「あら水人、おじいちゃんと宝林島に行ってたんじゃないの?」
玄関の目先の左にある居間の方から母の声が聞こえた
「宝林島滅んでた。11年前に」
「あら、それは悲惨ねえ」
「え?ご主人様って水人っていう名前なの?」
「まあな。俺は帥丙水人っていう名前だ。お前はそう呼ばなくていいから」
「大丈夫だよ。ご主人様って定着付いちゃったし」
「誰と話してるの?」
母が居間から出てきた。帥丙の隣にいるチムピスに視界が入った時に無表情な顔になった
「その子誰?」
「拾った」
「犯罪よそれ?」
「いいんだよ明日になったら出ていくと思うし」
そう言って帥丙は玄関で靴を脱ぎ、家へ上がりこんだ
「靴脱いでいいの?」
「土足で上がろうとしたのか」
居間
二部屋分あって食事場とテレビの部屋と分かれている。帥丙は食事するテーブルの椅子に座り近くに置かれたリモコンを取りテレビを点けた。ドラマをやっていた
「じゃあメロンパン買って来いよ下僕。今すぐ」
そう命令したが、チムピスは居間のテレビを新しいものを見る目で見ていて聞いていなかった
「・・・・・おい聞いてんのか」
「すごい!ねえこの中に人がいるよ!こんなに薄い所から人が動いてる!」
「メロンパン買って来いっつってんだろ!」
テレビでやってるドラマのシーンが次に変わったとき、またチムピスは驚いた
「あれ!?別の人に変わった!どうなってるの!?」
「メロンパンなら帰り買ってきたわよ」
母はそう言って炊飯器の横にある黄色いカゴからメロンパンを取り出して帥丙に渡した
「やっぱいいわ。じゃあ次冷蔵庫から牛乳とって」
「ねえあれどうやって動いてるの!?これ一体何!?」
今度は時計を見て驚いていた
「どうでもいいから冷蔵庫から牛乳取れよ殺すぞ」
「冷蔵庫?何それ?」
「・・・・こんなポンコツ連れて来なきゃよかった。海に捨てた方が良かったな」
帥丙は頭を抱えてそう言った
「というかこういう当たり前な物も知らないなんてどこ出身の子?間違っても日本じゃないわね」
「つうかあんな人種いた?人間かこいつ?」
「ねえあの子なんて言う名前なの?」
「チムピス・ペイントだってよ」
「適当な名前ねぇ。ねえチムピスちゃん!」
母がチムピスにそう声をかけた。電話を見つめていたチムピスは母の声に反応してこっちを向いた
「おなか空いてない?なんならご飯作ってあげるけど」
「残飯でいいだろ人間じゃねえんだから」
「おまえが残飯食え」
母は帥丙の方には顔を向けずそう言った
「うん食べる!なに作ってくれるの?」
チムピスは喜んだ表情でテーブルの椅子に座り母の方を見た
「牛乳で煮込んだビーフシチュー。トロトロしてておいしいわよ」
母は食器棚から深い皿を取り出してビーフシチューを入れた
「あ、じゃあ俺も食べる」
「あんたはメロンパンで充分だろ」
「それ息子に対する言葉?」
母は帥丙の言った言葉を無視してビーフシチューの上にスプーンを乗せた後、チムピスの前に置いた。チムピスはスプーンを持ってまずは人参とじゃがいもをすくい上げ、小さな口に入れた
よく噛んで飲み込んだ後、さわやかな笑顔で母の方に向いた
「こんなおいしいの生まれて初めてだよご主人様のお母さん!」
「あらそう?他にもレバニラ炒めとか味噌汁とかあるから遠慮なく食べてね」
「母ちゃん味噌汁ちょうだい」
母は黄色いカゴから茶色のメロンパンを取り出した
「はい味噌味メロンパン」
「ふざけんなクソババア!味噌汁くれっつったのにメロンパン出す奴がいるかってんだ!!」
帥丙はテーブルを思いっきり両手でたたき、そう母に怒鳴ったが、味噌汁メロンパンの袋を開けてそれに口に入れて食べてみた
「ん~悪くねえな」
「ありがとう。でも、私これだけでお腹いっぱいになるよ」
チムピスは再びビーフシチューをスプーン一杯口に入れた
「へえ、小食なのね。いっぱい食べる子に見えるのに。ねえどこに住んでたの?」
「フェイセスっていう世界のリキウドという村に住んでたの」
「頭壊れてるなこいつ」
帥丙はチムピスに対し冷たい態度でそう言った
「星の寿命が尽きた時にレプラが私をこの世界へ連れて行かせたの。一ヶ月間ご主人様のいう宝林島で人が来るのを待っていた」
「相当逝ってる。尋常じゃねえぞ」
「まあ彼女が言うには居場所がないって言いたいんでしょうね。チムピスって言ったっけ?」
「え?うん」
チムピスは一旦スプーンの動きを止め、こくりと頷いた
「うちの子になる?」
「え?」
「どこにも住むところがないんなら私たち家族の一員になればいいじゃない」
「まあどうせ親父に料理されるしな」
帥丙は軽い態度でそうチムピスに言った
「え!? どういうこと!?」
チムピスが声を震わせながら叫んだ
「親父は俺が小学生のころに拾った犬をすき焼きにしたり中学生のころに川で拾ったアザラシを角煮にしたりした暗黒の料理人だぜ。まあ安心しろ。まずは血抜きからだから」
「そんなに馬鹿なお父さんじゃないわよ。この子どう見たって女の子よ?さすがに人間を料理する人じゃないって」
母がそう主張すると、このタイミングでジャンバー姿の父が帰ってきた
「ただいまー」
「ただいま」
「あらお帰りなさい」
父が玄関から上がり、居間に入ってきた
「お、今日は山羊のビーフシチューだな」
父はチムピスを食材とみなし、チムピスはその言葉を聞いて情けない声をだしながら帥丙の後ろにしがみつく
「明戸!この子は人間なのよ!動物じゃないの!」
母は父がチムピスを料理しようとする言葉に驚いてそう叱った
「でも水人が連れてきたんだろ?犬といいアザラシといい、動物つれてきたら料理するって言ったじゃないか。それにしても山羊の肉かあ。どんな味がするんだろうな。じゅるり」
父はチムピスを見て舌で自分の口をなめる。チムピスはそのなめる音を聞いて少し体が震えていた
「明戸!」
「な、なんだよ冨美子。山羊のビーフシチュー一度ぐらい食べたいだろ?」
「もうこの子は私たち家族になったのよ!山羊じゃなくて人よ!二度と調理しようと思わないで!」
「は?」
「母ちゃんいつチムピスを家族だと決めつけ・・・」
「黙ってろ水人!!あんたは子供が持ってきた捨て犬や捨てアザラシを勝手に料理して、命を何とも思ってないの!?料理の材料としか見てないわけ!?今日という今日はキッチンに行かせないからね!」
すると父が帥丙のほうに目を合わした
「おい水人、お前ペットを育てるには相当な苦労がいるんだぞ?飼育できる自信あるのか?」
「ない」
「あたしが育てるの!本当の娘のように可愛がって!何度でも言ってるでしょ!山羊じゃなくて人だって!」
「そ、そんなに怒ることないだろ?そもそもお前動物嫌いじゃ・・・?」
「それを料理したものを食べるのが大嫌いよ!あんたの動物料理!チムピスを料理しようとしたらあんたと別れるからね!!分かった!?」
母はものすごい怒りを父にぶつけたため、父はげんなりした
「お風呂入ってくる・・・・・・」
そう反省した態度で居間から出て行き、風呂場へ向かった
「分かった!?」
答えが聞こえなかった為、母は大声でもう一度父に伝えた。すると風呂場から父が「分かりました。もう二度と動物を料理しません」と泣き声で言ってきた
「じゃあチムピスちゃん、ご飯食べ終わったらあなたの部屋紹介するからね」
「・・・・・・私を料理しない?」
「するわけないじゃない。家族になったんだから誰もあなたを殺さないわ」
チムピスは安心したようにほっとしてビーフシチューを再び食べ始めた
「親父打たれ弱かったんだ」
帥丙は椅子から降りて風呂場へ向かった。風呂場へ着いたときに居間から二人の声が聞こえた
「やーいやーいこのダメ親父!母ちゃんの尻にしかれてへこんでやんの!にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ」
「水人、ちょっと来なさい」
「あ!ちょっごめん!待ってカミソリ置いてカミソリ置いて・・・・あああああああああああああああああ!!」
「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」
「じゃあ二階へ着いてきて。部屋を紹介するから」
母はチムピスの横に立って誘導させた。チムピスは案内してくれると認識し、席を立ち母に付いていく。母は二階へ上がっていった
「どこの学校へ行ってるの?」
「何それ?」
帥丙の部屋
「あ~酷い目にあ・・・・」
顔に複数の絆創膏をつけた帥丙が部屋に入ってきた。部屋の中にはチムピスがベッドの上でうつぶせになってマンガを見ていた
「おめえ何してんの?」
「これって何?よく分からないんだけど」
「転同人ガッキーっていう漫画だ。勝手に見んじゃねえよ、何してんのっつってんの」
「漫画って何?どういう情報があるの?」
「ただの娯楽のための読みもんだ!だから俺の部屋で何やってんだよ!」
「ご主人様のお母さんがこの部屋があんたのお部屋よって言ってたから」
「俺今一人で寝たいから隣の部屋で寝て。あそこは一年前に大犯罪起こして捕まって網走刑務所から帰ってきてない兄貴の部屋だから誰も使ってない。あそこがお前の部屋だろうが」
帥丙はベッドのテレビに近い所に座ってゲーム機の電源をつけた
「え?あそこ変な空気したよ?なんかどす黒い雰囲気で」
「わがまま言うんじゃねえ。とっととあっちへ行け」
テレビをつけて入力1にした。画面には『ブラックガンサバイバー』というタイトルが流れ、コンテニューを選んだらFPS画面になり銃を構えていた
「あれ?これどういう世界?」
チムピスがテレビの画面を見て疑問を抱く
「ゲームの世界だ。これから俺は人間を暗殺すんだよ」
そう口にした後、テレビの中の通行人たちを撃ち殺した
「おら!誰に因縁つけてんだ俺以下の分際で!あ!お前今笑ったろ!死ねえええええええ!!」
人が撃ち殺されて無残に死んでいく光景を見て、チムピスは恐怖を感じた。帥丙のコントローラーを見てそれでテレビの世界で操作しているのを勘付いた。そのコントローラーを取り上げようとした
「もう止めて!これ以上人を殺さないで!」
「おい!てめえ何しやがる!これはゲームだぞ!法律もない自由満喫の世界だろうが!」
「何でそんな簡単に人殺せるんだよ!みんな逃げて!ご主人様から早く!」
兄の部屋
ドアが強引に開けられ、チムピスが後ろに思いっきり押されたように前へ倒れた
「うわ!」
「おまえの部屋ここだかんな!!」
チムピスを兄貴の部屋に突き落とした帥丙はそう言い残し、思いっきりドアを閉めた
チムピスは顔をあげて辺りを見渡す。周りにはどくろの模型とか、血みどろのポスター、デスメタル系な飾りが多かった。まるでお化け屋敷
チムピスはゾッとした。かなりのグロテスクの部屋で恐怖が湧いた
「・・・・・・・・・・!」
チムピスは後ろを振り向きドアを思いっきり叩きだした
「ご主人様!お母さん!こんな部屋嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
兄の部屋 外
兄貴の部屋のドアの前には小さいタンスが置かれていた。開かないようにドアを支えている。チムピスがいくらドアを叩いてもびくともしなかった
兄の部屋
チムピスは後ろから「チャプ」と水の音が聞こえた。恐る恐ると後ろを振り向く
すると一個のベッドを見つけた。柄が舌を出した悪魔のような男が描かれている。チムピスは恐る恐るとそのベッドのほうに近づいた。かけ布団をひきはがすと真ん中に少し穴が空いていて赤い液体が噴き出していた。まるで殺害現場のように黒かった
赤い液体に恐怖を抱いたチムピスは逃げるようにドアに向かって走り出した。そしてドアを殴ったり蹴ったりして拳から血が出たとしても力を落とさなかった
「うわああああああああああああ!助けてえええええええええええええ!!」
帥丙の部屋
「助けてええええ!嫌あああああ!ここから出してえええええええ!」
帥丙がテレビゲームをしているときに隣の部屋からチムピスの叫び声が聞こえた
「うるせえなあ、兄貴の部屋がそんなに嫌か」
帥丙はポーズボタンを押し、テレビにヘッドホンを差し込みそれを両耳に入れた
「慣れるまで相当時間かかるな」
再びゲームをプレイした
部屋の外から急いで駆け付けているような音がするが帥丙は聞こえない
物を引きずってドアを開ける音がするが帥丙は聞こえない
部屋から母とべそをかいてるチムピスが入ってきたが帥丙は気付かない
「聞いてるのか水人!」
母はそう怒鳴りヘッドホンを取り外した
「あ!なにすんだよ母ちゃん!」
「何すんだはこっちの方だ!あんたチムピスちゃんを黒潮の部屋に押し込んで何考えてるわけ!?虐待!?虐待してんの!?」
「こいつと同じ部屋になるのはいやなんだよ!兄貴の部屋なんてリフォームしてチムピスの部屋に改良すりゃあいいじゃねえか!」
「何人ものの死体を隠してる部屋に置けっていうの!?」
チムピスは兄貴の部屋に死体を隠してる事を聞いて目を大きく開き、母の方に顔を向けた
「あたしは絶対に反対だからね!幽霊に乗り移られて性格変わったらこっちが困るんだから!」
「大丈夫だろ幽霊なんて見たことねえし」
「じゃああんた黒潮の部屋に引っ越せよ」
「やだよ気持ち悪いあそこ異常に寒いんだよ」
「危害丸出しじゃねえか。二度とチムピスちゃんを黒潮の部屋に放り込まないで!もし同じようなこともう一度やったら黒潮と面会させるよ!」
母がそう根強く叫んだら、帥丙がいきなりマジな目になり苦手なものを避けるように立ち上がった
「分かった!俺が悪かった!もう二度とチムピスを兄貴の部屋に放り込まん!二人仲良く遊んだり寝たりするから兄貴と合わせないでくれ!」
非常に兄貴を怖がっている。過去に何かトラウマが植えつけられているようだ
「当たり前よ。チムピスちゃん、水人が何かやらかしてきたらいつでもお母様に言ってね」
「うん分かった。ありがとうご主人様のお母さん」
「ううん。お母様。お母様って呼んで」
「う・・うん分かったよお母様」
チムピスは母の要求に少し引いた。母はチムピスに手を振って部屋から出て行った
「お兄さんって、何した人なの・・・・・?」
帥丙は息を吐いた後、テレビの位置に戻った
「大量殺人した奴だよ。小さい頃、兄貴は俺を殺しにかかってきたり、武器の試しに俺を狙ってきたり、とにかく人を殺し続けてたな。親父が幽霊見たって言ったくらいに 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
チムピスは脱力した感じになりながらベッドの上に座って真ん中まで移動し、帥丙のほうに顔を向けた
「死体がある所に寝させようとしたの?」
「おばけって信じてるのお前?」
帥丙がチムピスの方を向くと、チムピスが座ってるベッドの位置が少し泥で汚れていた
「つか風呂入った?」
「何それ?」
「入ってこいよ殺すぞ」
「入る?いったい何の事言ってるの?」
風呂場
父がお風呂の線を抜いていなかったため、まだお湯が残っていた
「これがお風呂?」
「うん」
チムピスが服を脱がず入ろうとした
「馬鹿かお前ほんと馬鹿?服全部脱いで全裸になって入るもんだぞ」
「全裸になって入る?ああ、風呂って私の世界でいうロフって意味だね」
「どうでもいいから脱いで入れよおまえ」
「分かった」
そう言ってチムピスは帥丙の前で堂々と服を脱ぎ始めた。パンツも脱いで全裸状態になる
帥丙は顎を親指人差し指で摘まんで珍しそうに見ていた
「へえ女ってこんな体だったんだ。エロ本の世界は異世界だと思ってたけど、毛ぇねえなあ。エロ本にはあったのに」
「何呟いてるのご主人様?」
チムピスは恥ずかしがらずに帥丙のほうに顔を向けた。裸としてのコンプレックスはないのだろうか?
「別に?じゃあな。体洗えよ」
帥丙は無関心で自分の部屋へ戻ろうとした。するとチムピスが呼び戻そうと声をかけてきた
「え?待ってよ!あんな部屋見せられて一人じゃ怖くて入れない!ご主人様も一緒に入ってよ!」
帥丙は立ち止まり、チムピスの方へ向いた
「明後日入ろうと思ったんだけどな。分かったよ。今日は風呂入ろっと」
居間
父はテレビを見ながら母にこう言った
「なあ冨美子」
「何あなた?」
「もう動物を料理しちゃダメなのか?」
「・・・・・・あんた何言い出すの?」
「俺は料理人として仕事してきた。さまざまな動物を料理して、食草も組み分けておいしい料理をお客さんに差し上げていた。だけどお前は二度と料理しないでと言った。俺はこれから何を料理すればいいんだ?」
「・・・・・・・は?」
すると父は立ち上がり母を抵抗する子供のような表情で見た
「俺は動物を料理することが生きがいだった!俺が働いているレストランだってさまざまな動物を料理している!動物を料理するのを禁止された俺はどうすればいいんだよ!」
「明戸あんた何言ってるの?家の中で動物料理作らないでって言っただけよ」
「それを禁止されたからどうおいしくするか研究ができなくなったんだ!明日は新メニューの開発をしなければいけないのに!山羊のビーフシチューを!」
「ほかの誰かに食べさせればいいじゃない!なにあたしたちを実験台にしてるの!?」
その言葉を聞いた父は、溜息をして窓の外を眺め、右手をかざした
「友達に食べさしてもおいしいおいしい、それだけしか言わない。アンケートを書いてもらうのも気分をそがれる可能性がある。もし臭くて食べられなかったら山羊のビーフシチューが却下扱いになってしまう」
「別にいいじゃないの」
その時、父が母の方に驚いた表情で向いた
「別にいいだと!?ジンギスカンを食べて思い出したメニューだぞ!?うちのレストランには山羊の料理がない!だから山羊のビーフシチューが必要なんだ!」
「明戸、こんなこともなんだけど、なんでビーフシチューなの?ビーフって牛よ?他にも料理名考えれるんじゃないの?」
「・・・・・・・・え?」
「だからビーフシチューは牛の肉が入ってるシチューなの。山羊の肉が入ってるのなら山羊シチューって名前じゃないの?」
3秒間黙った後、こう抵抗した
「山羊のビーフシチューで十分だ!お客はそんな深い考えはしない!どうしても試食しないつもりか!?」
「当たり前じゃない!山羊のビーフシチューなんて誰も食べやしないわよ!チムピスを料理するならあんた犯罪者よ!?」
「じゃあ山羊のビーフシチューは誰が食べるってんだ!」
「誰も食べない!!」
フクイ高校 校長室
校長が妻の写真を眺めて溜息をついた
「おまえが死んでから4年が経つ。その年の1年前に行った北海道は楽しかったな」
すると一本の電話が鳴る。校長はその電話を取って通話した
「はい、こちらフクイ高校です。・・・・・・はい。・・・・・・ええ。分かりました。それでは明日、校長室で試験を行いますので」
そう言って電話を切った
「北海道でおいしかった料理はなんだったっけ?・・・・・・ああ、山羊の肉をビーフシチューを入れたんだ。本当においしかったな。ビーフシチューに山羊の肉を入れて一緒に食べたのを思い出した。3杯くらい食べたな。ああ、またお前と一緒に食べたい。山羊のビーフシチュー」
校長は妻の写真を手にとって顔を近づけた
翌日 帥丙の家 居間
「さてと朝ごはんを作らなきゃ」
母が居間のキッチンに向かうと、父が不機嫌そうに座っていた
「どうしたのあなた?」
「なんでもない。朝ごはん作るんだろ?」
「・・・・・・・・ええ」
「ただ卵を焼いてベーコンを焼くだけ、パセリを剥いてトマトときゅうりを乗せてドレッシング乗せるだけの料理を作るんだろ?」
「明戸、皮肉るのをやめて」
階段を降りる音が聞こえて、チムピスが眠そうに居間に入った
「おはようお母様」
「おはようチムピスちゃん。朝ごはん食べて早く学校へ行こう」
「チムピス、お前は山羊のビーフシチューじゃなくて卵焼きとサラダだけを食べるんだろ?俺の手料理がそんなにまずいんだろ?」
父が嫌気がさすようにそうチムピスに言った
「え・・・・・・?何?どうしたのお父さん?」
「明戸!そんな話しないで!」
「おまえは俺の料理が嫌いだから自分で料理作ってんだろ!?そうだろ!?そうなんだろ!!そうなんだ!!へえそうなんだ!!分かったよ!牛丼屋で腹を満たしてくる!料理なんて大嫌いだ!!」
そう言って灰皿を壁にぶつけ割って椅子に掛けてあるジャンバーを着て外へ出た
「・・・・・・・何があったの?」
チムピスは目を丸くして言った
「何でもない。さあ、朝ごはん食べて。今日はフクイ高校の特別入学試験よ。勉強した?」
「うん。ご主人様の教科書を読んでめいいっぱい勉強した」
チムピスは明るく言って椅子に座った
昨日 帥丙の部屋
「ねえこれって何て読むの?」
チムピスは小学1年の国語の教科書の内容の「赤」という文字に指をさして帥丙にそう言った
「おまえ高校に入れないんじゃね?赤だよ」
「数学という奴と科学は割と簡単だったよ全部。地理と歴史と国語だけ分かんない。アカってどういう意味?」
「日本語勉強しろ」
帥丙はそう言い残し、ベッドの上で横になり寝た
「分かった!これ土の下に金魚が泳いでるんだね!!」
チムピスはそう言ってノートに書いた
現在 居間
「じゃあ安心ね。チムピスちゃんがそんなに頑張ったんなら絶対に受かるわ」
「うん!」
その後、「いただきます」と言って朝ごはんを食べ始めたが、箸の使い方が分からなくスプーンのように食べてた
「スプーン使う?」
「そうだね。これ使いにくい」
チムピスの持ってる箸とスプーンを取り換えた時に帥丙がおしゃれに着替えて二階から降りてきた
「ちょっと先輩とバーベキュー食ってくる」
「あら行ってらっしゃい」
ジャックスパング
明戸が料理人として働いているレストランで、多種多様な生き物を料理すると別の意味で評判のあるレストランである。さまざまな生き物料理に挑戦する人が多いが家族を連れて食べに来る人も少なくはない
そのキッチンのテーブルの前で明戸が頭を抱えていた
「どうしたんだ明戸さん。頭抱えちゃって」
「ああ柚木さんか。実はな、うちの家族が新メニュー開発中の山羊のビーフシチューを食べてくれないっていうんだ」
「何だって!?」
突然、柚木が驚いた。その次に別の人も明戸の前に姿を現した
「どういうことだわがライバルmr.明戸!誰かが試食しなければの料理長の新メニュー審査のときにクビになってしまうぞ!!最低でも2,3人試食させ、感想書を書かせなければだめだ!!」
いきなり明戸がテーブルをすごい力で2回叩いた
「分かってる!分かってるんだよジョセフィーナ!!だけどなぜか食べてくれないんだよ! 料理もさせてくれない!山羊は食料なのにふざけるなってんだ!!・・・・もう終わりだ。俺はここで料理人生の幕が下りてしまうんだ・・・・!」
明戸は両手で顔を隠してしまう。ジョセフィーナは父に同様した
「なんてことだ。mr.明戸の家族はイカれてるのか・・・・!」
柚木はふと思い出し明戸にこう言った
「昨日渡した山羊の肉は捨てられなかったのか!?」
「大丈夫だが、昨日来た山羊のほうが新鮮でおいしそうだったからそれにしようとしたが女房がダメだっていうんだ。あれを使いたかったのに」
「そうなのか、ぜひ調理したかったものだ」
すると後ろに隣の厨房につながる扉が開く音が聞こえた
「あ!料理長!」
柚木が後ろを向いて頭を下げた。明戸も料理長の方を向いて頭を下げた
「おはようございます!」
料理長のその姿は、いかにもえらそうな顔をしていて贅肉も多い体形をしていた
「明戸君。君の考えた山羊のビーフシチューの開発は順調かね?」
「え!?は!あっはい!!順調に開発に進んでいます!」
「そうか。山羊の肉はすごい臭いからな。食えたものじゃない肉を食えるように調理し、お客さまに出せる料理を期待しておるぞ」
「はい!」
「今日の午後4時、料理審査をするのを忘れるな。感想書を2枚以上も提出できなければクビだから。それがこの店のルールだということを分かってるな?」
「・・・・・・はい」
料理長が隣の厨房に戻ると、明戸は頭を下げた状態でゆっくりとジョセフィーナの方を向いた
「何とか人を捕まえて感想書を書かせるだけでいい。私も出来るだけ協力する」
フクイ高校 校長室
無事テストも終わり、各自の先生たちに採点してもらうことになった
20分経った頃、点数結果を伝えに校長が戻ってきた
「・・・・・・・・・・・・・」
チムピスは椅子を動かさずに体を校長のほうに向けた
「あ!校長先生!どうだったの私の点数!」
「・・・・・君はやる気があるのかね?」
「ありがとうございま・・・・・・・・・え?」
校長はあきれた表情をしていた。テストの点数を見ると、数学と科学以外全て10点未満だった
「初めてだよ。数学と科学だけ89点でそれ以外10点未満な受験生。電卓に育てられたのか?」
「え?え?え?」
「合計点数、180点。うちの合格点数は340点以上で簡単な問題ばかりにも関わらずそんな点数とは珍しすぎるな君。なんで漢字の問題の「退く」という所に魚の絵描いたの?」
「・・・・・・じゃあ入学は?」
「出来るわけねえだろへんなアクセサリー頭につけやがって。不良高校で受験しろ」
バーベキュー広場
「どうだ帥丙!山羊の肉はうまいか!?」
先輩が山羊の肉を帥丙の皿に移して牛肉ばっかり食べていた
「臭いし乳臭いしもう食べたくないっすよ・・・」
「あ?先輩に逆らうの?」
「分かりましたよ食べればいいんでしょ?」
殴られるわけにはいかなく、帥丙は大量の山羊の肉を無理してでも食べた
「何で山羊の肉なんか・・・・・ふつう乾燥させて野菜の上に乗せて蒸し焼きにするんすよ・・・・?」
「めんどくせえんだよ生でも食えるだろとっとと食えや。年上の命令を聞くのが当たり前だろうが」
先輩は生の山羊肉をそのまま鉄板の上に乗せて焼いた
「もう勘弁してもらえませんか?気持ち悪くなってきました・・・・・・」
「何が?肉食えるんだからありがたいだろうが。こっちも大嫌いな山羊肉を処理できてうれしいんだから」
「ふざけんなこの野郎」
帥丙は先輩にそう堂々と吐いた。その後に誰かがバーベキュー広場の帥丙の席に近づいてくる音が聞こえた。先輩はその音のほうに顔を向いた
「お、真紀。山羊連れてきたのか?」
山羊を連れた先輩の同級生だった。斧を持っている
「ああ、焼き肉パーティがあるって聞いたからな。いい肉持って来たぜ」
すると山羊のほうに向き斧を上にかざし、ギロチンのように振り下ろした。山羊の首が切り落とされて断面から大量の血が噴き出た
「ジンギスカンだ!おいしいぜ!!」
そう言って山羊を切って切って切りまくった
「おいおい山羊の肉なんて帥丙しか食べねえっての。食べるよな?」
先輩が帥丙のほうに向いた。帥丙の脳から危険信号が流れて立ち退けなければいけない状況と認識した。すぐさま立ち上がり逃げようとする
が、腕を掴まれた
「逃がすか!」
先輩がそう言うと、鉄板付近の椅子の上にあるガムテープを取って強引に帥丙を柱に引っ付けてガムテープで体全体に巻いた
身動きが取れなくするように20回以上巻かれた
「俺はジンギスカンが大嫌いなんだよ。帥丙は好きでも嫌いでもないって言ってたから食えるんだろ?」
「もう嫌いになったわ!あんたも!」
「嫌いになってもいいんだよ。ほとんどの後輩俺のこと嫌いだからびくともしねえ」
山羊をミンチにした真紀は、それを鉄板の上に乗せて焼いた
「これおいしいんだよな。俺は嫌いだけどお前ら二人なら食ってくれるよな?」
「帥丙が全部食ってくれるって」
「は!?」
「へえ~帥丙ってそんなにジンギスカン大好きなんだ。意外だねぇ」
「ふざけんな!!」
「あ、この肉焼けた」
「ウッ!新鮮でさらに乳臭くなってきてる!帥丙はこれが大好物なんだろうな」
そう言って箸でつまんで帥丙に食べさせようとした
「うわあああああああああああああ!やめろおおおおおおおおおおおお!!」
フクイ高校 廊下
母がテストが終わったか見に行こうと歩いていたら、校長室の扉の隣に両手で涙を拭いて泣いているチムピスが立っていた
「どうしたの?」
心配そうにチムピスに言った
「受からなかった・・・・・」
「あ・・・・そうなの・・・・・・。いっぱい勉強したのにねえ」
「・・・・問題が全然わからなかった・・・・・。分からないものばっかりだったし、数学の文章台というやつも読めなかったし・・・・・」
「・・・・・チムピスちゃん日本語勉強して無いから何書いてあるか分からなかったのね」
その時チムピスが母の胸に泣きついた
「大丈夫よ。受験できる学校は他にもあるからあきらめないで。島根県でいい高校があったからそこへ明後日受験しましょう」
「・・・・・・・うん」
母はチムピスを抱きしめたまま車へ向かった
ジャックスパング
明戸は焦っていた。山羊のビーフシチューを作り終えてレシピも書いたが、今日は定休日、試食してくれるお客様がいない
「明戸さん、俺が試食してあげるよ」
「ユノキ!従業員が感想書を書いてもダメだ!規則に反して無効になる!」
「そうか・・・・だめか・・・・」
「早くなんとかしねえと!無理かも知れないが冨美子を呼んでみよう」
明戸は携帯を取り出して妻の番号を打ち耳にあてた。着信音が1コールになった後、かかってきた
『もしもし、あなたどうしたの?』
「あ、冨美子?悪いけどうちの店に来てくれ!」
『何でよ?』
「今作った山羊のビーフシチューを・・・」
『ツー・・・・・ツー・・・・・』
電話を切られた
「くそ!」
明戸は思わず携帯を放り投げてしまった
「だめだったのか?」
明戸はジョセフィーナのその言葉を聞いて胸が痛くなり下を向いた
「君の妻、鬼嫁だな」
「ああ、あと頼りになるのはあの息子だけだ」
そう言って帥丙の電話番号を打って耳にあてた。2コールで帥丙にかかった
『あ?何親父?』
「うちの店に来い」
『何で?』
「山羊のビーフシチューの試食をしてほしいんだ」
『あ?山羊?ふざけんな!臭いし二度と食いたくねえよあんなもん!』
「何だその口のきき方は!俺のビーフシチューは臭くなく作ってるから大丈夫だ!とっとと来いお前の父親だぞ!!」
『山羊なんて食いもんじゃねえ!!二度とかけて来るなくそ親父!!』
電話を切られた
『ツー・・・・・ツー・・・・・』
「反抗期の息子め・・・!」
「君の子供はもう思春期に入り込んでるからな。一人でいたいときもあるさ」
「・・・・・どうすればいい?ジョセフィーナ」
明戸は真剣に悩んでいる。ジョセフィーナもライバルの手助けをどうすればいいのか頭を抱えた
「これは・・・・・深刻だぞ・・・・・!山羊の肉を食べたがる興味本位なお客様など極度に少ない。mr.明戸!なぜ山羊のビーフシチューなどそんなデタラメな料理を考え付いたのだ!!」
「・・・・・分かんない。あのときテンション高かったからつい・・・・」
バーベキュー広場
「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」
帥丙はバーベキュー広場から逃げていた。もう二度と山羊なんて食べたくない。なんせあんなに食べさせられたのだから誰だって嫌になってくるだろう。木の後ろに隠れて立ち止まった
「あいつら・・・・いないよな?」
辺りを見渡して、先輩達の姿がないのを確認した後、体に引っ付いてるちぎれたガムテープをすべて引き剥がした
「何で山羊の肉だけ持ってくるんだよあいつら。牛とか豚を出せってんだ」
休憩を終えて右を向いたら先輩がいた
「大好物なもの渡すわけねえだろ?ほら山羊の肉だよう。ミルクをかけてみたんだ」
ミルクを掛けたジンギスカンを盛り付けた紙の皿を帥丙に渡そうとしている。帥丙は叫びながら逃げた
「うわああああああああああああああああああ!」
「おい待てや帥丙!もしかしてミルクだけじゃ足りなかったのか!?じゃあパイナップルジュースを足してみるよ!これで食べてくれるよね!?」
パイナップルジュースをジンギスカンにかけながら帥丙を追いかけた
車の中
チムピスは後ろの席で3席分のスペースを使って横になっていた。よほどのショックだったのか、まだ泣いている
「高校なんていくらでもあるのよ?だから泣きやんでよ」
「すごいショックだもん・・・・・あれだけ勉強したのに・・・・・・」
「それは多分あなたに合わなかったのよ。もっといい高校を見つけたほうがチムピスちゃんの為になると伝えたかったんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
チムピスは何も言い返す言葉が思いつかなかった。何も言いたくない状態なのだろう
「明後日は島根第三高校の試験でがんばりなさい。私が通ってた高校だから面接するだけで受かるわ」
「ありがとうお母様。ところで、島根第三高校ってどこにあるの?」
「ここから760kmもあるわ。寮があるから帰ってくる心配もないわ」
「なんでそんな離れた所から?」
「深い意味はないわ。お母さんが卒業した学校なだけ」
ジャックスパング
「mr.明戸!あと2時間後で審査が始まるぞ!誰か試食させたか!?」
外で『山羊のビーフシチュー試食してみませんか?』と書かれた板を持ち上げて宣伝している明人にそう質問した
「集まらねえんだ!どこの人に食べさせても「臭いからやだ」!「ビーフシチューに山羊?馬鹿馬鹿しすぎる」!試食を拒否してるんだよあいつら!」
「ただ感想にかかせるだけでいいんだよ!食べさせなくてもいいだろ!」
「だめだ!本当に山羊のビーフシチューを食べさせて正式な感想を書かせたいんだ!そうでなきゃ俺が認めない!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!あと30分だぞ!?2人以上書かせなきゃクビになるんだぞ!?デタラメでもいいって言ってるだろ!!分かってるのか!?」
「分かってるからこそやってるんだ!適当に書かせたら俺のプライドが許せない!」
「君はなんて馬鹿なんだ!」
すると明人がジョセフィーナのほうに体を向いた
「ああ、俺は馬鹿だ!だけど!こんな馬鹿でも料理を愛してもいいだろ!」
明戸は堂々と右手で胸を張って真面目な顔でそう訴えた
「そういう意味の馬鹿じゃない!どうしようもない馬鹿という意味だ!」
フクイ高校 駐車場
「校長、一体どこに行かれます?」
「ああ、埼玉県の中学校に呼ばれてね。そこへ出張へ行くんだよ」
そう言って自分の赤い車に乗った。鍵を回しアクセルを踏んで右折し、左右の車の行列に触れず駐車場の出口から出て行った。左右の分かれ道があり右の道へ曲がる
埼玉まで30kmある。カーナビを起動して目的地を入力した
『次の交差点を右折してください』
カーナビの通りに左折した。その道には左側に森がある。それを通り過ぎようとした
バーベキュー広場から2km離れたところ
「あ!車だ!」
帥丙は赤い車を見つける
「ジンギスカン食べろや帥丙オラアアアアアアアアアアア!!」
先輩が牛乳とパイナップルジュースとバニラアイスをトッピングしたジンギスカンを片手に持って追いかけている。帥丙は迷わず車のほうに走った
「自分で食べろぉぉぉぉぉぉ!!」
だが、車は止まってくれるはずもなくそのまま前進した。帥丙は「逃がすか」と、ドアのノブを握って車につれて足を動かす
「おい!止まれ!車に乗せろや!」
帥丙は必死にそう車の中の人に叫んだ
車の中
『このまま前進してください。信号を二つ越えたら次の信号で左折してください』
校長はカーナビを見続けたまま運転していた。窓には帥丙が必死そうに窓をたたいているのに存在すら気づいていない
『車に衝突します。ブレーキをかけてください』
言われたとおりにブレーキを踏んだ
『そのままハンドルを左に回してください』
言われたとおりにハンドルを回した
『車の衝突を逃れました』
「少し眠くなってきた。眠気覚ましの音楽はないか?」
『では、オーケストラの“魔王”はどうでしょうか?』
外では帥丙が先輩に掴まれている
「おお、妻のお気に入りの曲か。それで頼む」
カーナビは校長の要求どおりに魔王を流した。外にいる帥丙は先輩に強引に車から離され、車の窓から姿を消した
道路の端
先輩が帥丙を道路の看板の棒に縄で縛りあげ、奇色と化したジンギスカン食べさせようとしている
「なんで食べねえんだよ。食べ物粗末にすんじゃねえよ!」
「おまえの方が食べ物粗末にしてんじゃねえか!」
「あれ!?もしかしてこれだけじゃ食べられなかったのか!?仕方ねえなあ、はちみつとロースかつソースもかけてあげるよ!?ほらこれで食えるだろ!!今度こそ食べてね!!」
「やっやめっやめろおおおおおおおお!」
ジンギスカンに見えないものが先輩の右手でわしづかみにし、帥丙の口に入れようとする
「いやあああああああああああああああ!」
ジャックスパング
「・・・・・・・・・・・誰も来ない・・・・・・・か」
「あと1時間・・・・・・・・・だな」
「くそったれえええええええええええ!!」
いきなり明戸が宣伝の板を地面にぶん投げた
「!?」
「あの時俺が酔っぱらってなければ・・・・・・・・・酔っぱらってなければ山羊のビーフシチューなんて考えることもなかった!何が山羊のビーフシチューだ!臭くて食えるかってんだ!」
その時、板の間にあった紙を取り出した。山羊のビーフシチューのビラだった
「なんだそれは・・・・?」
「山羊のビーフシチューのビラだ!新メニューになった時に張ろうと思ってたのに!もうこんなものただの紙切れになったよ!もう必要ない!投げ捨ててやる!」
そう叫び5~6枚のビラを空へと投げ捨てた。風が吹いていたらしく、その風に沿って空へ舞った
「mr.明戸」
「明戸さん・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ジョセフィーナ、柚木さん。ありがとう。いままで。俺、荷物まとめて別の仕事探すよ」
「・・・・・・・・本当にやめるのか?」
「この店のルールだろ。俺はそのルールを打ち破る権利もない。気にもない。ただの料理人だ。次は借金取りになろうかなと思ってるよ」
「・・・・・・・・・mr.明戸」
新宿道路
校長がカーナビの運転をしているときにカーナビが妙なものを言った
『地面に広告があります。あなた様の好みとなる料理が描かれている広告です』
「私好みの料理?いったい何だ?」
校長はブレーキをかけてロックし、車から降りる。車の前には確かにビラが落ちてあった
「何だこれは」
そのビラを手に取った。描かれてあったのは、『新メニュー、山羊のビーフシチュー。ジャックスパング』
「山羊のビーフシチュー?・・・・・まさかこの店にあったとは。興味深い、ぜひ試食してみたいものだ」
そのビラを持ち、車の中へと戻った
「ジャックスパングへ立ち寄ってくれないか?」
『了解しました。ジャックスパングまでの距離、500m』
フクイ高校方面道路
チムピスが起き上がって窓を開けようとする
「どうやって開けるの?」
「その長方形のボタンを押したら開くわよ」
母の言われたとおりにボタンを押す。窓が下から下がっていって全開になった
「わあすごい」
チムピスはその窓を顔を出して見渡した瞬間、紙がチムピスの横顔に当たった
「きゃ!」
思わず顔を引っ込めた。母がチムピスの反応に驚きブレーキして後ろを向いた。チムピスの横顔に紙が引っ付いている
「何?」
チムピスはその紙を取って何なのかを見た
「・・・・・なんて書いてあるのお母様?」
その紙を母に渡す
「新メニュー登場。やまひつじのビーフシチュー。ジャックスパング?行ってみる?」
「うん」
母はカーナビにジャックスパングと調べ、誘導と書かれたボタンを押して向かった
ジャックスパング
「審査まであと30分か」
「もういいよ。結果は分かってる通りだし。あばよ」
明戸はバイト前のジャンバーの服装で自分の車に乗ろうとした
「mr.明戸!」
「楽しかったよ。お前と戦った3年間。胸の中で一生忘れない」
「そうじゃない!車道を見ろ!」
明戸はジョセフィーナの言われたとおりに車道の方を見上げた。一台の白い車が入ってきた
「ああ、あれは俺の女房だ」
「何言ってるんだ!もしかしたら君の料理が恋しくていらっしゃってくれたのだろう!?」
白い車はジャックスパングの駐車場に止め、前右ドアが開くと母が現れ、後ろ左ドアからチムピスが現れた。二人は店員の気配に気づき、明人たちのほうに向いた
「あらあんたの店だったの」
母は帰るようにチムピスの背中を押して車の後ろ座席に乗せた後、母も運転席に乗った
「おい!何帰ってんだ!」
ジョセフィーナが白い車の方へ走り出し呼び止める
「何よ。別の店に行くのよ悪い?」
「何で!?」
「夫の料理なんてもうたくさんなのよ!息子が連れて来た野良動物を料理したりして私たちに食べさせたり!いい加減にしてほしいわ!チムピス!もっと別のレストラン行きましょ!チェーン店でおいしいところを!」
鍵を回してバックしようとすると、右から赤い車が止まる
「あれ?これどっかで・・・」
チムピスは赤い車をどっかで見たことがあるようだ。すると赤い車からフクイ高校の校長が下りて来た
「あ・・・・・・」
チムピスは校長を見て、試験の結果を思い出してがっかりした表情をした。荷が重くなり溜息をついた
「あ、うちの学校の試験で落ちた子か・・・・。ここで出会うとはな。まあいい」
校長はジョセフィーナの方を向き、1mの距離になるまで近づいた後にこう質問した
「すみません。山羊のビーフシチューが出たと広告を見てきたのですが。それを注文してもらえますか?」
「ああ、山羊のビーフシチューですね。もう審査が間に合わなくて・・・・・・・え?なんですって?」
明戸は校長のほうに顔を向けた
「いえですから、山羊のビーフシチューが食べたいので今すぐ料理してもらえませんか?」
明戸は2秒間固まった後、喜びの余りはしゃぎだした
「いぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉ!!今すぐお持ちいたします!食事後にアンケートの協力お願いしますね!」
今すぐジャンバーを脱ぎ出し、店の中へと入って行った。10秒も経たずにコックの格好をした明人がビーフシチューまみれで現れ、持ってる山羊のビーフシチューが入った皿を外のテーブルに置いた
「おまたせしました!山羊のビーフシチューです!赤ワインで臭さを取って柔らかくしたとってもおいしいジャックスパングの自慢の料理です!全部残さず食べてください!」
そう言いながらスプーンをビーフシチューの中へと置いた。校長はそのスプーンを手に取りそのビーフシチューを山羊の肉ごと口の中へと注ぎ出す
すると校長の目が見開いた。5年前に食べた山羊のビーフシチュー、山羊の肉の感触、そのままそっくりに再現されてあまりの懐かしさに涙を流した
右に何か違和感を感じる。右の方を振り向くと、4年前にがんで亡くなった妻がいた。ほかの人には見えてなくても校長には見える
「おまえ・・・・・!」
右を向いて空気を抱きしめて号泣している校長を見たチムピスは、「何してるんだろ?」と疑問を持ち、車から降りた
明戸はアンケートとボールペンを取り出してテーブルの校長の近くに置いた
「はいアンケートお願いします。どんな味がしたか具体的に」
校長は右を向いた状態で紙を見ずに取ったボールペンで感想を書きだした。20秒以内に書き終えて幻覚の存在する方向を見た状態で明戸に渡した
アンケートの内容は『素晴らしくうまい。私の妻が生き返った魔法のシチューだよ』と書かれていた
「あの・・・・・校長?」
「ん?君は・・・・・」
「ええ私の家ち・・・・娘です」
明戸は校長にそう答えた。娘と言いなおした理由は母と離婚を避けるために心掛けたからである
「そうか、この料理を作った人の娘だったのか。ありがとう。君の父親のおかげで私の妻が嘘のように生き返った」
「あの・・・・何言ってるの?」
「良かったら、うちの学校へ入学してみないか?私の妻を生き返らせてくれたお礼だ」
「・・・・・・え?いいの!?うん!喜んで!!!」
「そうか。では」
校長は自分の車に戻り自分のカバンを開けて入学許可書を取り出す。それを持ってチムピスの方へと歩き、渡した
「この学校の事務室に渡せば君は晴れて私の生徒だ。入学おめでとう!」
「あ・・・・・ありがとう!校長!」
チムピスはそれを抱きしめながら涙を流した。右手の人差し指で涙を拭く
「それでは私は妻と一緒に5年ぶりのデートを楽しんでくるよ。ん?秋江。なんだい?え?相撲を見に行きたいって?ははは。いいよう」
校長はまるで幻覚の人物とデートしてる危ない男のように見えた。車に乗って車道に入り左へ曲がって帰って行った
「あと一人か」
「もうこれ以上は来ない・・・・かあ。じゃあな」
明戸はコックの衣装を脱いでジャンバーを着て車に乗ろうとしたら。偶然チムピスが山羊のビーフシチューを皿ごと持ち上げて飲んでいた。少量の量を飲んで口から離した後「おいしい!」と叫んだ
「え?」
明戸はチムピスのほうに顔を向けた
「おいしいよこれ!お父さんが作ったの!?」
「ああ、そうだよ。アンケート書く?」
「アンケート?」
「感想を書くんだよ。ほら書いて」
アンケートとボールペンをチムピスに渡した。チムピスはボールペンを持って全体を見渡してからインクが出るところを調べて、出るところが分かった後、アンケートに感想を書いた
内容は『おいしい』と書かれてあるが、字が汚すぎて『あみちい』とも見える。それでも父親はアンケートが二つ集めることができて非常に喜んだ
「ぃやったぜぇぇぇぇ!!!クビ回避だぁぁあ!!」
ジャンプしたり腕をものすごく動かしたりしてまるで子供がゲーム機買ってくれて大喜びしてるようにも見えた
すると明戸の携帯から水人からの電話が出た。はしゃぎながら携帯を取り出して通話した
「はぁいもしもしぃ!」
『助けてえええええええ!ジンギスカンがぁぁぁぁぁぁ!ジンギスカンが襲ってくるぅぅぅぅぅ!!』
「今はそれどころじゃねえんだ!」
明戸は電話を切ってポケットにしまわずそのまま手に持ってはしゃぎ続けた
「mr.明戸!私もはしゃいでいいかな!!?」
「おう!」
ジョセフィーナもつれに明人と同じようにはしゃいだ
「友達が辞めないで済んだぞおおおおお!!!」
その夜 居間
チムピスは明るい表情で学校のブレザーを着替えて母に見せた
「見て見て!似合う似合う!?」
その格好は白い制服の上に蝶ネクタイをつけた物で、短い黄緑のスカートだった。チムピスが着たその姿はまるで天使のようにも見えた
「あら、かわいいわねえ。あたしの若いころにそっくり!」
酒で酔っている明戸は制服を着たチムピスを見てこう言ってきた
「冨美子が若いころはもっと太ってたんじゃなかったっけ?」
「殺すよ?」
母は真顔で明人の方へと向いた
「でもまあ、動物をペットとして飼うのってこんなに楽しいことだとは思わなかったよ。チムピスが来てから考えが変わった。動物にだって命がある。勝手に動物を殺しちゃいけないんだな」
その後に水で薄めた日本酒をグビグビ飲んだ。母は呆れた表情でこう言い返してきた
「そうじゃないのよ。ペットは家族の一員。それ当り前よ。あんたはペットを家畜としか見てなかった。水人が連れて来た動物だって家族の一員よ?それをあなたは勝手に殺した。家族を殺したのも同然なのよ。それを止めて欲しかったのよ」
「・・・・そうか。そう思っていたのか」
「何度も話したはずなんだけど。知らなかったの?」
母は明戸の無関心すぎる頭に驚いた
「今度から水人が連れて来た動物は二度と料理しない。すべて家族として見届けてやるよ」
「それはそれで困るけどね」
「そういえば、ご主人様はどこにいったの?」
帥丙がいないことに気づいたチムピスは母と明戸にそう言った
「ご主人様って、水人のこと?」
母はチムピスにそう言った
「うん」
「そうだなあ。あいつ遅いなあ何してんだ?」
「まだ先輩方とバーベキューしてるんじゃないかしら?」
「そうか」
「それにしてもずいぶん長いバーベキューねえ。太ってなければいいけど」
第7話 完
スケールが小さいのですが
すぐに入学してしまうと面白くないのでこうしました