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番外編 とある高校の便所の落書き

帥丙達が過ごすフジシマ高校とは違う、フクイ高校で起こった話

便所の落書き

インターネットの世界では、とあるネット掲示板の事を指しているらしいが、なるほどなと俺は思う。

ここ、フクイ高校ではあまり知られていない、とある便所の落書きが伝統と化しているのだ。

誰もが匿名で、気楽に落書きの出来る そのトイレは体育館の裏の物置の裏に存在する。

公園のトイレくらいには大きいと思われるが、ほとんどの人は怪しくてそこを利用していない。

俺がついこの間、そこで用を足したらコンドームが落ちていた事があった。しかも中身入り。俺はそれを使ってセンズリのネタにした事もあった。

さて、無駄話はここまでにして本題に入ろう。

そのトイレの落書きは、絵等は書かれておらず、文字が書かれているのだ。

そして、三日に一回は掃除のおばちゃんが掃除して、文字も綺麗に落ちたりしている。

件の巨大掲示板で言えば、dat落ちとでも言うのだろうか。


俺がそのトイレの落書きに出会ったのは数ヶ月前、体育の授業中に肛門の限界突破目前に会った所からだ。

二年間学校生活していて、物置の裏に存在し、初めて見たそのトイレは神からの贈り物に見えたほどだった。

その時は本気で新興宗教開こうかと思った程、神に感謝したものだが、

用を足したあとに、そこで見たトイレの落書きを見て俺は、ここのトイレに興味を持ったのだ。


『松田先生と校長先生、付き合ってるらしいよ~』

そうだ、この落書きを見て俺は、衝撃が走ったのだ。

『えっ?そいつらどっちも男なんだけど?』

そう、下に書かれていた落書きの通り、松田先生と校長先生は男同士だったからだ。

リアルで「ファッ!?」と声を漏らしてしまった。

その弾みで、出ていた実が便器からはみ出て最悪な気分になってしまった。


そんな汚い話はともかく、そんな面白そうなトイレを最初は、さほどどうでも良かった。

本格的に興味を持ったのは三日後で、松田先生が校長先生の尻を触っていた所を見て、吐き気を催した時に例のトイレを思い出したのだ。


三日ぶりにそのトイレに向かい、中を覗き込むと、古い文字は消されて、新しい文字が追加されていた。

『テスト何点だったー?』

『22点』

『お前マジヤバイよ』

この時に、あの落書きは最近書かれた物だと確信したのだ。

少なくとも二人、この壁を使って落書きをしている。男子トイレだから、恐らく男二人がやっているのだろう。

なんてむさくるしくて汚らしい友情だろう。と心の中で思いながら、少しだけワクワクしていた。

自分もこの輪の中に入ってみようか。等と思い、持ってきた水性ペンを持って壁に描いた。

『俺、63てーん!』


そういえば、自己紹介が遅れていたな。俺の名前は中村千明(なかむら ちあき)

女みたいな奴だとはよく言われる。以前、一個下で友人だった帥丙にもよく言われたものだ。

言われるたびに喧嘩ばかりしていた。思い出すだけで腸が煮えてきたな。


「おーっす!千明!!」

「下の名前で呼ぶなぁ!!!」

今、俺に喧嘩を売るように挨拶をしてきたのは、金本海気(かなもの がいき)

男みたいな名前で、身長も俺より大きい。

だが女だ

胸も無く、髪も俺より短く、顔も男のようだが、女なのだ。

「ケチケチ言うなって。余計に女々しいぞ」

「うるさいなぁ。男みたいな面しやがって」

「気にしてる事言うなよ。殺すよ?おじさん、泣きながら殺しちゃうよ?」

もし、こいつが幼稚園の頃からの幼馴染で無ければ、俺が殺していたところだ。泣きながらではなく、笑いながらな。

「んな事よりもさぁ、最近お前、付き合い悪くね?」

「あ?」

「だってよぉ、昼休みになると、私を置いてどこか行っちゃうじゃん。」

「飯くらい、他の友人と食えるだろ?」

「知ってるか、女の友情の誇りってのは、埃より軽いんだ。」

それは痛い程知っている。

中学の時に、昨日まで仲の良かった女子二人が、殺し合いの域の喧嘩をしていたのを見たときは、正直ドン引きした。

その時の帥丙の言葉も忘れられそうにない。『がんばれ赤沢ー!!お前に千円賭けてんだ――!!』

間違いなく楽しんでいたな。あの顔は。

「中学の時の赤沢と要の喧嘩、男関係で縺れたらしいぜ。」

「それは衝撃の事実だ。その男死ねば良いのに。」

「なぁ。」

まぁ、今や帥丙は、なんとか高校には受かったらしいが、別の高校だからな。

二年くらい会っていないが、あいつは元気だろうか。

まぁ、中学の時のように喧嘩には明け暮れていないだろう。あの時は死にそうな目に何度も出会ったからな。

今や全然、平和な日々を暮らしているに違いない。



そんな与太話をしながら、俺たちは学校にたどり着き、教室に向かった。

何でも無い授業を受けて、そして昼飯、と・・・いつもの日常だった。

だが、今は違う。今日は楽しみが一つ増えたからだ。

今日もあのトイレに向かう。何が書かれているのか楽しみでかなわない。

「千明ー。今日こそ飯・・・」

俺は、海気を無視してトイレに向かった。




『名前が分からないって、何だか面白いよね』

『うん。何でもぶちまけられるしなぁー』

『うんことか?』

『お前か?流さなかったのは』


違う筆跡が無い所を見ると、まだ三人から増えていないらしい。

いつもどおり、三人の馬鹿みたいな掲示板が書かれるのか。

一日に一回しか書き込めない、学校裏サイトみたいだと俺は痛感した。

明日の放課後に、おばちゃんはここの掃除をする。

だから、書き込めるのは今日と明日だけになる。


『そういえば、お前ら好きな人とか居る?』

これで良し。

いつもは、俺がスレタイを書くように質問を書くようになっているから、

大体は、そんな話題が盛り上がる。

以前書き込んだのは、『直撃!!貴方のチ○チンの長さは何センチ!?』と書き込んだ。

ちなみに俺は20cmと書き込んだ。もちろん嘘だ。

二人の反応は『やめろよー汚いなー』と、『3cm』と書かれていた。

『3cm』の文字を見たときは、思わず涙が流れ出て来て、『ゴメン』と下に書いたが、それは放課後に消された為、彼らが見たかどうかは定かではない。

他にも『このコンドーム誰の?』とか、『嫌いな奴選手権!』とか題した事がある。

嫌いな奴選手権は、満場一致で松田先生だった。尻の貞操の危機を感じるからな。

ちなみにコンドームは、誰も知らないようだった。本当に誰のだ?これ



翌日、幼馴染をぶん殴ってトイレに向かう。

なぜぶん殴ったかと言うと、「今日こそ一緒に飯を食うからな!!」と怒鳴られ、押さえつけられたからだ。

あいつが男みたいな成で幼馴染だったのが幸いだ。思いっきりぶん殴れた。


『そういえば、お前ら好きな人とか居る?』

『聞いて、どうする?』

『少なくとも、お前だけは好きにならんがな!!』


「誰も名前を書き込んでねーな・・・」

という事は、こいつらはただのヘタレか、それとも居ないか。だろうかな。

『酷い言い草だなー。ちなみに俺は・・・蒼異空!!』

そういう俺は、AV女優の名前を乗っけた。

好きなものは好きだし、ファンだし、間違いでは無いだろう。

まぁ、会いたくは無いな。ヤリまくってるだろうし、病気持ってそうだし。

俺はそう書き込んでから、トイレを後にした。






翌日

海気が口を聞いてくれなくなった。

何を言っても、謝罪してもむくれているだけになった。

「・・・はいはい、悪かった悪かった。俺が悪かったから機嫌直してくれ」

「・・・・・・・・・」

無視された。

確かに殴ったのは悪かった。俺が悪かったが

俺の好きにしてくれないお前も結構大概だからな?

ちなみに今日の昼休みは、海気から飯の誘いは来なかった。





「・・・・・・・・・」

歩いている途中、誰かとすれ違った。

どこかで見た顔だと思うが・・・誰だろうか。


「・・・・・・あっ」


そうだ、赤沢だ。

三つ編みに眼鏡、アルビノの白い髪。間違い無い。

寧ろ、アルビノで目立つあいつを一瞬、思い出せないとは、自分の記憶力を疑う。

「・・・・・・」

俺の発した声に、赤沢は振り返る。

しかしこいつ・・・名前に赤がつく割には、全く色の無い身体してるな。二つの意味で

しばらく見つめあった後、赤沢は歩き出した。

俺もそれどころでは無いと気づき、歩き出した。




トイレにたどり着く。

ここで個室の扉を開くのが、楽しみでしょうがない。

この場所でしか存在しない、男同士の友情が少年心をくすぐらせる。

さてと、今日は何を書き込もうか。

そんな蘭々とした気持ちで、扉を開いたら

文が一つ、書かれていた。


『中村 千明』




昼休み残り30分


俺は、今教室で海気と一緒に飯を食っている。

「いやー、それにしても千明と一緒に飯を喰うのは久しぶりだなぁ。」

「下の名前で呼ぶのは止めろ。金本」

「私は気に入ってるもーん。」

・・・この野郎。と、いつもなら突っかかる所だが、今はそれどころではない。

俺は、さっき見た光景について考慮する必要がある。

便所に、俺の名前が書かれていた。あの光景だ。

『中村 千明』

あれは、筆跡から いつも文字で交わしているあいつと同じだ。

そいつはいつから、俺の存在に気づいたのだろうか。

もしかして、すれ違った時からか?もしかしてアルビノのあいつか?

・・・いや、赤沢は女だ。増してあんな汚い男子トイレに入る意味なんて無いだろう。

もし入っていたら、赤沢は変態だ。

そもそも、あれは男同士だからこそ出来る落書き会話であって、女性禁制なのだ。有り得ない。

だとすれば、他の奴か?・・・いや、会った覚えが無い。

「おい、千明ー?」

だとすれば・・・考えたくもないが、例のあれか?

「千明ー?」

あの・・・俺が題したスレタイ・・・


「千明!!」

「うわぁあ!!!来るなぁ!!来るなぁああああああああ!!!」


俺は、海気を押しのけて走り出した。

が、正気に戻ってすぐに脚を止めた。

振り返ると、呆然とこちらを見つめる海気の姿があった。

呆然とされても仕方無い。呆気を取られる程、衝撃の事実が俺の中に生まれたからだ。

そう、

俺は、あの便所でホモと会話していた事になる。

再び尻の貞操の危機を感じた。




翌日

《みなさんも、校長先生のお言葉の通り、胸を張って学校生活を乗り切りましょう!》

うるせぇホモ松田。校長の尻でも張っていろ。

朝礼の内容が全く頭に入らず、俺はボーッとただ立っていた。

そして、脂汗が流れているのを感じた。

この学園にて、最大の危機が俺に迫っているのだ。

誰も助けてもらえない。誰も助けてくれない。この恐ろしい危機に


・・・いや、まさかな。まさか、松田先生が俺を狙っている可能性があったりしないよな。

相手は50代のデブだ。健全なゲイでもご遠慮願いたいに決まってる。

だが、もしそうだとしたら・・・俺は、

この学校を、辞めなければならない。



「おーい千明ー!今日も一緒に飯食おうぜー」

「よろしくお願いしたい。」

「おお・・・なんか真剣にOK貰った。」

例え男みたいな成だろうが、女であるこいつの方が万倍マシだ。

それに幼馴染だ。何の心配も無く気軽に会話が出来る。

心にオアシスが出来たことが、痛感出来た。

「そういえばさー私、昨日隣のクラスの女子に告白されてさー」

「ピクッ」

「私さ、一応女だし同性愛の気も全然無いし、断ったんだー。」

「・・・・・・」

「そしたらさ、何とお前の名前が出てきたんだよ。」

「ビクビクッ!」

「「中村千明ですか・・・?」って、そういうんじゃ無ぇってのに。」

「あ・・・ああ、確かにそうだな。有り得ん有り得ん。」

何だよ・・・ホモの話題はよそでやってくれよ。

こっちはそっちで危機感感じてるって言ってんだろ・・・!?

「まぁ、私はどう思われても良いんだけどね。千明は気をつけろよ。」

「・・・尻の貞操を?」

「何で名前も知らないゲイからだよ。私に告白してきた要からだ。鋭い目をしていたからな。」

要・・・要?

確か・・・千明と男関係が縺れて喧嘩したっていう・・・。

え?

「要・・・要から?」

「ああ。「もう赤沢さんは諦めました」とか言われてな」

は?・・・は?

「え?あいつら・・・そういう関係?」

「いんや、赤沢は普通にノーマルだったらしいな。」

・・・つまりだ。俺は・・・二年前の赤沢と要の喧嘩を勘違いしたまま過ごした・・・って事か?

「その話を詳しく聞かせてくれ。」




話を要約すると、要は赤沢が好きだった。

が、当時赤沢は好きな男子が居た。

それを知った要が危機感からか、赤沢に告白した。

赤沢は当然拒否し、これからも友達で居ようと言った。

それが、喧嘩から三ヶ月前の話だ。


問題は、要の感情の爆発からだった。

やっぱり私、赤沢が好きと改て告白して、いやだから私は好きな人が居ると、要に告げた。

そこで要が怒り出し、二学年三学年の合同授業中にいきなり赤沢をノートで攻撃し、そして戦争となった。

正直、その光景を見た俺は呆然としていたが、帥丙は興奮して全員に賭け事をしに回っていた。

結局、赤沢が勝ち、帥丙は5万勝ち取ってめでたしめでたし。と言った所か。


その後は、要と赤沢の友情は決裂し、絶交という形になった。

まさか二人とも同じ高校に進学しているとは思わなかったが。



「要・・・ガチじゃねえか。」

「だから私も結構参ってるのよ。付き合った振りでもしてほしいくらいだ。」

「それは嫌だ。絶対に嫌だ。まぁ、飯を一緒に食ったりはしてやるよ。」

「それじゃぁいつも通りってわけだな。まぁ良いか。」

俺たちは、再び箸を進めた。



ちょっと待て、根本的な所が解決していないぞ。

俺はどうなるんだ。狙われている俺は一体どうなるんだ?

・・・今日は眠れそうにないな。

不本意だが、放課後に一度あのトイレに向かう事にした。

まだ掃除の日では無いのだから、消されてはいないだろう。


いつもは扉を開けるたびにワクワクしたものだが、

今日は扉を開けるのが戸惑われる。かなり開きたくない。

この中に例の同性愛者が居たらどうしよう。どう殺そう。そうだ、モップだ・・・いや、校庭に丁度いい石があったな。

その石を拾い、俺はドアの前に立った。・・・よし、良いぞ。今なら開けられる。いきなり襲いかかってきても今なら!!

俺はドアを蹴飛ばし、個室の中を凝視したが、誰もいなかった。

壁には、また新しく文が書かれていた。



『中村千明を 殺します』


血で書かれていた。




翌日

貞操の危機どころか、今は命の危機までも感じるようになった。

本当に不登校になってしまおうか。そうすれば少なくとも殺される事は無くなる。

あの血文字はなんだろう。衝撃的すぎて、筆跡を比べる暇も無かった。

血文字の後ろには、仲間である男どもの文字が書かれていた。

『お前誰だよ』

『何で千明を?あいつが何かした?』

『というかこれ何の血?』

『学校に通報させていただくからな。』

そんな事が書かれていた。

正直、俺は誰かに見られている気がして、その場から逃げ出した。

そして今日、学校に通報があったらしく、先生方はトイレに向かっていたが、

トイレはもう、掃除された後だった。

恐らく、あの血文字を書いた奴が掃除したのだろう。

「なぁなぁ知ってるか?校庭のトイレの噂」

「知ってる知ってる。なんか「殺してやる」って血文字で書かれてたんだろ?」

「でも今は何も書かれてないんだろ?嘘じゃね?」

「よく考えれば馬鹿馬鹿しいよな」

何が馬鹿馬鹿しいだ、クソ供め。

お前に命と貞操を狙われている俺の気持ちがわかるか!

「おーい、ちっあきー」

海気がまた、俺に飯の誘いをしてくる。

「あれ?お前弁当は?」

「いや、食欲ないから」

今日は、弁当を作る気になれなかった。

色んな事がありすぎて、何も考えられない。

姿の見えない怨念が、ここまで不気味で気持ち悪い物だとは思えなかったからだ。

ここには中学の時の族も居ない。仲間も居ない。

非力の方だった俺は、こんな時に何も出来ない。

「ふーん・・・お前、何か悩んでるな?」

「ああ、悩んでるさ。」

「ほほう、恋の悩みか?それとも身長の悩みか?」

「悩んでるさ。お前が馬鹿な事とかなぁ!!」

「おい、なんだよそれ。ひどいなぁ」

海気はクスクス笑いながら小馬鹿にした。

なんかイラついた。




トイレは今のところ、人だかりが多い。

今は、何が書き込んでいるのか見るのは無理だろう。

だが、それは向こうも同じ。

誰ひとりとして、書き込めない状況にあるのは確かだ。

今はそれどころじゃない。

自分の身を案じねば、死ぬ、死んでしまう。

・・・6時間目は体育。

この時間で、またもやトイレに近づく者も多い。

が、俺は近づく事もないだろう。

理由は、今の俺には無いからだ、体操服が。

盗まれた。

持ってきたのは覚えている。問題は盗まれた事だ。

なるほど、これは宣戦布告というやつか。

俺はこんな奴に怯えていたと思うと、なんかかなりイラついた。

良いだろう。戦争だ。

次からは容赦しねぇ。やってやろうじゃねえか。

とりあえず、体操着盗まれた事を先生に報告し、俺は体育の時間、制服のまま見学する事となった。




そして放課後、人気が無くなった時に俺はトイレに向かった。

宣戦布告されたからには、義理というのがある。

やってやろう。真っ向から向かってやろう。

貞操も、命も守りきってやろうじゃないか。

俺は扉に近づき、開けようとした。

が、開かない。

えっ開かない?

・・・つまり、この中に誰かが居るという事だ。

ならば、俺は外で待機するまでだ。

奴が出てくるまで、俺は扉の外で待機した。



10分後

一向にトイレから出てこない。

「・・・うんこか?」

もう一度、扉の前に向かってみた。

扉を開けようとすると、鍵が空いている。

そして扉を開けてみると、誰も居ない。

「・・・あれ?」

いつも通りの個室だった。

だが、一文付け加えてる以外は。



『うしろ』


ガタリ、ともう一つの個室の扉が開く音がした。

後ろを振り向こうと首を動かしたが、振り返るに至る前に、俺は後頭部を殴られた。





目を覚ますと、俺は椅子にくくりつけられていた。

かなりキツイ縛られ方をされているせいか、解こうと動いても、指一つ動かせない。

しまった、捕まった

俺は・・・これから殺されるのだろうか。

どんな殺され方をされる・・・いや、誰が殺す?

もしかして要か?あいつが一番、俺を恨んでいたように見えた。

顔は可愛い娘だから、あいつに殺されても・・・いや、絶対嫌だ。女どころかレズに殺されるなんて嫌だ。

「気がついたかい?」

すると、後ろから声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

「君は、どうしてここに居るのか分かるね?中村くん?」

松田先生の声だった。

殺された方がマシだった。

「助けてくれぇええええ!!誰か!助けてくれぇえええええええ!!!」

「助けは来ないよ♪」

と、松田はニコリと微笑んだ。

「さて・・・どうして君がここに来たのか分かるね?」

「俺を・・・俺をナニするつもりだからだろ・・・?」

「いいや、違うね。」

松田はやれやれと言ったように首を横に振った。俺は貞操と命の危険を感じた。

「君は・・・知ってしまったからだよ。僕たちの秘密を」

「・・・おホモだちの事ですか?」

「ああ、その通りだ」

「何で、俺が知ってるって?」

松田は、フフッと笑いながら答えた。

「だって、便所の落書きに書いてあったじゃないか。」

そうか、合点がいった。

『中村千明』と書かれた壁を見たか、探りで俺の名前を書いたか。

それとも見られていた・・・か、恐らくそこから、情報が漏れたのだろう。

「君なら、便所の落書きの集団の事・・・分かるだろう?」

「いっいやぁ・・・俺の他は誰かは俺もさすがに・・・」

「知らないの?」

「・・・はい。」

松田先生が頷くと、物の影からブリーフ一枚を着用した、ほぼ全裸の男たちがぞろぞろと現れた。

何人か、俺を見て舌なめずりしている。

「殺してくれぇえええ!!誰か!俺を殺してくれぇえええええええええ!!!」

「ちょっと黙ろうか。中村千明君♪」

そう言って松田先生はおもむろに服を脱ぎ始めた。

そこで俺は半分諦めかけていた。さようなら尻の処女。君との生活は楽しかったよ。

「あ・・・ああ・・・・・・」

俺以外の全員が、腰を振り始めた。

「あ・・・あああ・・・ああああ・・・・・・」

腰を振りながら、徐々に男たちは俺に向かってゆっくりと近づいてくる。

悪夢だ、俺は悪夢を見ているのだ。

「僕達は君に、何もするつもりは無いよ?」

嘘だ・・・嘘だ・・・・・・

僕は、聞こえない程小さな声で、そう呟いた。

「ただ、約束して欲しい事があるんだ。僕たちの事は誰にも伝えちゃいけないって事をね♪」

「伝えるつもりは全然無ぇよ!!というか元々興味なんか無かったよ!!」

俺は、心の奥底から思っていた言葉を叫んだ。

「だけど、僕たちの事を皆に知れ渡られたら、それこそ困るんだ。ねぇ、校長先生。」

「ああ、あそこでヤッてた時に、あの落書きを見た時は驚いたよ松田先生。」

ヤってた・・・?もしかしてあのコンドームはまさか、こいつらの・・・

「うっ・・・くくっ・・・くっ・・・!」

思い出すと泣けてきた。

俺はおホモだちのサブゲイの所有物でセンズリしていたのか・・・と思うと、本気で死にたくなってきた。

「マジで誰か俺を殺してくれ・・・」

「まぁ、落ち着き給え」

松田先生は俺の肩に手を置いた。

正直嫌悪感が湧いたが、怒鳴る気力も無かった。ただただ涙が流れた。

「とにかく君は、誰にも私達の事を伝える気は無いんだね?」

俺は、必死に頷いた。千切れるんじゃないのかと思うほど頷きまくった。

「なら良いんだ。だけど、まだちょっと信用できないかな。」

そう言って松田先生は微笑んだ。それは悪魔の微笑みに見えた。

「おい、千明くんの縄をほどいてやれ」

松田先生の言葉で、数人の男が俺に近寄り、縄をほどいた。

「とりあえず、今は解放してあげます。だけど、君に監視をつけさせて頂く事になりますよ。」

「・・・・・・」

「そこで喋ったら・・・どうなるか分かりますね?」

「私たちの仲間になるだけだけどね。フフッ」

「絶対喋りません。喋りませんから勘弁してくださいッ・・・!」

俺がそう訴えると、松田先生はゆっくり頷き

「ええ、信用はしますよ。監視はつけますけどね。フフッ」

と俺の目を見て答えた。

俺は必死にその場から逃げ出し、暗くなった家路について、帰宅した。






翌日

どこで奴らが監視しているのか分からないが、警戒する必要がある。

とにかく警戒する必要がある、警戒警戒・・・

「おーっす!千明っ!」

何気ない挨拶をされたのだろうが、俺はその言葉にも敏感になり、殴りそうになった。

「うおお!どうしたんだよ千明!」

「・・・いや、ごめん。なんでもない。」

とにかく今は、誰とも話したくない。

「おいちょっと待てよ、どこ行くんだ」

俺は早足で、学校へと向かった。

幸い、今日は金曜日だ

明日から二連休。そこで色々あった事を忘れて思いっきり遊ぼう。



体育の時間がやってきた。そういえば体操服は盗られたままだった。

仕方無い、今日も休むかと思っていたが、

「あれ?戻ってきてる。」

体操服は、元あった場所に戻っていた。

・・・さては、あの変態倶楽部が何かしてたのか?と思っていた。

「やぁ、おはよう。中村君。」

校長先生に声をかけられ、俺は激しく反応し、おののいた。

「体育、頑張って」

それだけ言われて、校長先生は去っていった。

かつてない恐怖を感じながら、俺はさっさと着替えて校庭に向かった。



体育の時間が終わり、休み時間になった。

そこでまた問題が発生した。

「・・・また、体操服が無くなっている」

一体、何があったというのか。

また、奴らの仕業なのだろうか

何もしないと言ってたあの口は嘘をついていたのだろう。

誰かゴルゴの電話番号知っている人はいないだろうか。本気で雇いたいと思い始めている。いや、雇いたい。

いや、ゴルゴじゃなくても良いな。どこか裏の殺し屋とかなら探せばいくらでも居るだろう。

・・・行きたくないが、また便所の落書き様に聞いてみるか。





昨日とは違って、さすがに人あたりは居なくなっている。

が、昨日よりも更に入りたくなくなっている。

また、奴らに襲われるんじゃないかと思うと、恐ろしくてドキドキする。

いつもはワクワクなドキドキを感じていたのに、何故今は恐怖が支配するドキドキを感じているのだろう。

悲しくなってきた。

悲しくなってきたから、俺は普通に扉を開けるのを止めた。

思い切り、扉を蹴飛ばしたのだ。

「・・・・・・・・・」

すると、中に人が居た。

が、それは例の変態倶楽部でも無く、

男でも無く、

女である赤沢だった。しかも、俺の体操服の匂いを嗅いでいた。





赤沢は泣きながら、俺に謝罪を繰り返していた。

正直、松田先生の一味じゃなくて良かったのだが、なんだろうか、このモヤモヤした気持ちは。

あの無口で無表情で人形のようなアルビノの赤沢が、こんな事をしていると知った時に違和感か、

いや、それとも聞いた話の・・・

・・・赤沢が当時好きだった男っていうのは、まさかと思うが

「・・・・・・」

いや、

それを聞き出すのは少し勇気が居るな。

俺自身、今別に彼女は欲しくないしな。どうしよう。

やりたいときに好きなだけやれる関係なら喜んで受けたいが、そんな最低な事がまかり通るわけが無い。

「あ―あのさ、赤沢・・・お前さ、うん・・・」

こんな時、何を言えば良いか分からないの。というセリフを思い出した。

その後、主人公が何を言っていたのかを必死に思いだす。

「笑えば・・・良いと思うよ」

確かに、こんな事を言っていた気がする。が、言ってみてどうなると、俺は今更思う。

すると赤沢は泣き声のしゃっくりが止まらないまま、ふるふると震え、両手の人差し指で口の両端を抑え、上に伸ばした。

無理矢理、笑った表情を一生懸命俺に見せていた。

はは、なんだこれ、なんだこの状況。

俺は一体、何をしているんだ。あはははははは

「・・・・・・クク・・・ク」

赤沢も、ワケがわからなくなったのか、その場で少し笑い声を上げた。







聞いたところによると、壁の落書きの中で、俺を会話していた一人が赤沢だそうだ。

だが、『中村千明』と書いたのは赤沢では無いそうだ。

寧ろ、『少なくとも、お前だけは好きにならんがな!!』と書いたのが赤沢だそうだ。

その事についても謝られた。しかし、素のこいつは謝ることが多い。人生楽しくなさそうだな。

とりあえず、便所の落書きの縁として、これからは素で話していこうかと話し合い、

赤沢も賛成したのか、少しだけ嬉しそうに頷いた。

とりあえずメアドの交換だけして、その場で解散した。

俺、彼女できるかもの予感。

ちょっとだけ嬉しくなり、俺は家路についた。






さて、明日は土曜日、そしてメアドには脈アリの女のアドレス。

まだ彼女は要らないとしても、こういうアドレスが入っていると嬉しくなる。

しかし、男子トイレの落書きに女子が加わっているなんて思わなかったな。

「・・・・・・・・・あ」

松田先生の事、誰にも郊外するなと言うの忘れた。

まぁ良いや、あとでメールでも送っておこう。

それに、問題は後もう一人の方って所だろう。

まず、そいつに出会ってから、俺の貞操・・・いや、命のために警告を出さなければならない。

そうすれば、そいつも対象になり、イザという時に道連れに出来る。

一人で後ろから棒を入れられるのは御免だからな。はははは・・・




後ろから、俺の中に硬い物が入った。

それは冷たくて、鋭い物だった。

俺の身体は、中から熱くなり始め、熱い液体が俺の口から流れでてきた。

しばらく考えて、それがナイフだと知ったのは、

俺の目の前に、要が俺の後ろから現れてからだった。






夢を見ていた

中学時代の思い出の夢だ。

俺がトイレの壁に落書きしている時に、総長から横槍入れられた時の夢

『何してんだよ、千明』

『総長、下の名前で呼ぶのは止めろって言ったじゃないすか』

『わかったよ千明。』

『分かってないじゃないすか』

総長は、ケタケタ笑いながら、落書きした絵を睨みつけていた。

『で、これは何だ?千明さんよぉ』

『俺の中の不満です。』

『へー・・・、『俺は戻ってくる』ね。』

『読まないでくださいよ。恥ずかしい。』

『ははっ。でもよ、書くなら書くで、覚悟を決めた方が良いぜよ。』

『何でですか?』

『例え便所に落書き書こうが、何書こうが、それはてめぇの存在の証に違いねぇんだ。だから便所に書くにしても、証ってもんを主張しやがれよ。』

『たかだか便所の落書きっすよ?』

『便所だからだよ。大きい方する時に妙な落書き見てみろ。便が引っ込んじまう。』

『結局それですか。』

俺も、少しだけ笑ってしまった。

『でもまぁ、やっぱり便所の落書きは便所の落書きっすね。』

『すぐに消されちまうしな。掃除のおばちゃんがいつブチギレるか分かんねえ。』

『俺の存在の証を消すなんて、とんでも無ぇ奴っすね。掃除のおばちゃんは』

『落書きした奴が悪いんだろ?』

そこで、俺たちは笑いあった。

そんな時間が、いつまでも続くと思っていたからだ。

だけど、そういうわけにも行かないようだ。

『千明ー!千明ー!』

海気が、俺を呼んでいるのだ。

『おい、彼女が呼んでるぜ?行ってやれよ』

『彼女じゃねーよ、ただの幼馴染だ。』

『どっちでも良いじゃねぇか。ほら、とっとと行け。』

俺は、舌打ちをしながら海気の声のする方向へと向かった。

だけど、何か違和感を感じた。

総長が、このまま居なくなってしまうかのような違和感が

『頑張れよ、便所の落書き女』

そんな違和感は無かった。無かったんだ。

誰が便所の落書き女だ。そんな事言う奴は総長じゃねぇ。

俺はすぐさま、海気の声のする方へと向かった。

しばらく走って、振り返ると、総長が満面の笑みで手を振っていた。





目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。

匂いと空気で、ここが病院だとすぐに分かった。子供の頃に何度か嗅いだことがあるからだ。

俺は、どうして病院に居るのか考えた。

確か、俺の体操服を嗅いでいる変態が居て、そして下校時に刺されて、

・・・・・・要

そうだ、俺は要に刺されたのだ。

俺はすぐさま、上半身を起こした。

「おっ覚めたか。」

松田先生の声が聞こえたから、きっとこの世界は夢だと確信し、俺は再び眠りに入った。

「おいおい、狸寝入りかい?可愛いねぇ。食べちゃいたいくらいだ」

俺はすぐに上半身を起こし、近くにあった花瓶に手をかけた。

「まぁまぁ待ちたまえ待ちたまえ。私は君をここまで運んでやったのだ。あと10分遅かったら君は死んでいたそうだよ?」

死んでいた?え?ちょ

「・・・俺、一体どのくらい寝てたんですか?」

「丸一日は寝ていたね。今は日曜の昼だ。」

「・・・え、えぇ―・・・」

つまり、休みが丸潰れたという事か。最悪だ。

くそっ!どうせ刺されるなら月曜日に刺して欲しかった!!そうすれば一週間は休みが取れ・・・

・・・そうだ、俺をさしたやつだ。要、要は

「確か、要さんに刺されたんだったね?」

松田先生がそう答えた瞬間、俺は一瞬思考が止まった。

「・・・どうして知っているのか?という顔をしているね。忘れたのかい?私達は君を監視しているのだよ?」

ああ、そうだった。最悪の答えがあったのだった。

しかし・・・不幸中の幸いというものか、いや、それは違う意味か。

監視されているからこそ、この事件が解決したという不思議な事が起こったのだ。

「だから要君も、今や留置所さ。捕まえるときにかなり暴れたものだがね。」

「傍からみりゃぁ、あんたら誘拐犯だからな。」

「まぁ、ビデオに撮っておいてあったから何とか事なきを得ず、警察に引き渡せたけどね。」

カメラにも撮ってやがったのか!

プライベートゾーンがこいつらに侵食しつつある!ヘルプ!ヘルプ!と、俺の中で緊急コールが鳴った。

が、結局のところはこいつらに命を助けられたのだから、文句は言えない。

「だけど、カメラは止めてくれ。それこそ裁判沙汰が発生する」

「まぁそんな事はともかく、この事については私達だけのおかげでは無いのだよ。」

茶化された。今、茶化されたぞ!

「ほら、足元に居る彼女・・・金本君が居るだろう?」

目線を、足元に向けてみると、確かに俺の脚を掴む手があるが、誰かは分からない。

上半身をずらして視線を変えると、ぐっすりと眠っている海気の姿が確かにあった。

「彼女はずっと、君の名前を呼んでいたよ。お熱いこったね。」

「幼馴染が居なくなれば、そりゃぁ寂しくもなるでしょうよ。」

「君の姿を見たら、飛びつくようにしがみつくと思うから、傷口を開かないように警戒しなさい。」

松田先生が、初めてまともな事を言った気がする。

「それでは、私はこれで・・・」

そう言って、松田先生は、病室から立ち去った。

完全に居なくなった時、俺は完全に安堵した息を吐いた。

良かった。俺の貞操は今回も守られたんだね。と思いながら。

しかし・・・俺は何かの夢を見た気がする。

三年前、何も無い所でバイクが滑って、こけて、転がって、崖に落ちて死んだ総長が夢に出てきた気がするが、思い出せない。

思い出そうとしている時、病室の扉が開く音がした。

「・・・あっ」

全身真っ白の身体は、やはり赤沢だった。






赤沢は、泣きながら俺に謝り続けた。

以前話したときもそうだが、こいつは謝り続ける事が好きなのだろうか。人生楽しくなさそうだな。

「・・・ごめんね・・・やっぱり、要ちゃんが・・・」

「ああ、確かにそいつに刺されたな。一体何の恨みがあるかは分からんが。」

嘘だ。恨みの内容は大体把握している。それはほとんど逆恨みに近く、理不尽な答えだ。

今度会ったらマジでどうしてやろうか深く考えた程だった。

「・・・あの、」

アルビノのそいつは、潤んだ目で俺に訴えた。

「一度・・・要ちゃんに会ってくれませんか?」

「俺にもう一度死ねとでも言うのか?」

「違うんです・・・。ちゃんと、話し合って、要ちゃんも・・・ちゃんと向き合って欲しいんです。私たちの事を」

まぁ、確かにこんな事は二度と御免だ。

正直、留置所に入れられていると言っても、たかが二日程度で出てきそうではある。

その時は、本当に俺を殺しに来る可能性がある。

例え俺を殺したとしても、少年法ですぐにまた、出てくる可能性だってあるのだ。

いや、もう少年法は無いのか?それとも、もう対象外なのか?

・・・法律の事は良く分からんが、俺が浮かばれない事になるのは間違いないだろう。

「まぁ良いさ。行ってやる。だがその前に」

まず、足元のこいつを起こさねばならない。

こいつも同伴してしまえば、三対一でこちらが更に有利になる。

決して、目覚めた時に居なくなったという状況に置かれたこいつが可哀想だとか、そういうものでは無い。

「おら、起きろ」

俺はそう言って、こいつの頭を揺さぶった。

すると、唸り声を上げながらこいつは起き上がった。

そこで松田先生の言っていた事を思い出し、俺は傷口に手を抑え、守りに入った。

「・・・・・・・・・」

海気は、俺を見たまま動かず、じっと見つめ

そして、しばらくしてから泣き顔になり、俺の腹にしがみついて泣き出した。

まるでそれは子供のようだった。

こうして見ると、まるで女の子のように痛てててててててててててて

しがみつく力が強いからか、傷口が痛みかかっている。

助けて助けて命が危ない







海気が泣き終えたあと、俺たちは留置所に向かった。

要と対談がしたいと言った言った後、俺たちは警察の人から案内され、要の居る場所へと向かった。

「・・・・・・・・・」

要の居る場所は、なんら刑務所とは変わらないように思えたが、

何も問題は無いだろうか。思ったより楽そうに見えた。

仲間や友達は何度も留置所、あるいは少年院に入っていた事があったが、割と楽しかったのだろうか。少しだけ羨ましく感じた。

そして、そこで見る要の姿は、目に隈ができており、あまり良い状態とは言えなかった。

「何故、俺達がここに来たのか分かるな?」

「・・・・・・・・・」

要は、何も言わなかった。

「俺はお前を責めり嘲笑う為に来たが、後ろの二人は違うぞ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「理由は大体分かるな。何故、俺を刺したか・・・だ。」

俺が質問を投げかけると、要はしばらく横を向いた。

恐らく、壁の染みを見ているのだろうか。

「便所に、俺を殺すと書いたのもお前か?」

「・・・・・・・・・」

要は、静かに頷いた。

「俺は、お前に恨みを買った覚えが無いのだが、教えてもらえないだろうか?何故、俺を狙ったのか。」

本当は、大体目星がついているのだが、言ってしまえば何も答えてくれない可能性がある。

こうなれば、洗いざらい吐いてもらう必要があった。本当にこの後の俺の平和の為に。

「・・・・・・もう・・・」

「・・・うん?」

「・・・もう・・・・・・私の大切な人を・・・奪って欲しくない・・・から・・・」

「・・・大切な人?一体誰のことだ?」

俺がそう答えると、要は鉄格子を強く叩いた。

鉄棒を殴る音が、留置所を響かせる。

「アンタは・・・奪っていったのよ・・・。私の・・・私の大切な人を・・・二人も・・・・・・!」

要は、震える声でそう答えた。

「だから・・・だから私はアンタを・・・消したかった・・・居なくなって欲しかった・・・!」

「俺を消して、その後はどうなる?」

「・・・分からない。だけど、もうこれ以上・・・私は・・・悲しみたくなかった・・・」

要は、俺を睨みつけて、叫び声のような声を出した。

「もう!これ以上!私から・・・大切な人を奪わないで・・・・・・!」

「・・・・・・」

「お願い・・・お願いだよ・・・・・・」

「それは無理だ。」

俺がそう答えると、後ろから俺の名前を小さく呼ぶ海気の声が聞こえたが、無視した。

「大切な人を無くしてるのは、お前自身だからな。」

「・・・・・・・・・は?」

要は、俺を苛立ちを含んだ目で睨みつけた。

「お前、知ってるぞ。中学の時赤沢と大喧嘩した奴だろ?あれは印象的だったな。んで、その前に赤沢に告白したんだって?」

「・・・・・・・・・」

「んで断られたから今までの関係が保てなくなった。これ単なる自爆だよな。絶対。」

「・・・うっ・・・うるさい・・・」

「うるさいとは何だうるさいとは、後言っとくがな、海気とはただの幼馴染だ。海気はそっちの気は無いみたいだからあっさり断られたみたいだけど、俺は一切関係無ぇよ。」

結局、俺の内を露する事になっていた。

それに気づいたのは、ここまで喋ってしまった時からだ。

「あのさ、俺はお前の気持ちを尊重しないわけでは無いぞ?だが、イレギュラーはイレギュラーとして、レギュラーを巻き込まないように善処しねぇと、悪者になっちまう。」

「・・・じゃぁ、どうすれば良いのよ・・・こんなの・・・!」

「もう少し、自分の証を見つめてみろ。」

証と言うと、要は良く分からないような顔で俺を見た。俺も良くは分からないが。

「知り合いで、ホモの変態倶楽部を作ってる奴が居るが、そいつらは他人を寄せ付けず、自分の為、そして周りの目の為に隠れて生きている。他人に迷惑をかけていないんだ。」

まぁ、そいつらに拉致された事は黙っていよう。結局は後頭部殴られた以外、何もされなかったしな。

「自分の生きる道をちゃんと見つけているんだ。お前は、ちゃんと他人に思いを伝えられたじゃないか。例えそれが間違いだったとしても、大きな自信に繋がることに間違いは無い。」

「・・・・・・自信・・・」

「もう少し、大きく生きてみろよ。そうすりゃきっと、良い人に出会えるさ。そいつが男だろうが、女だろうが、どちらでもなかろうがな。」

「・・・・・・こいつ・・・どの口が・・・!」

何か、俺良い事を言った気がするのだが、怒ってるな。

「アンタは!いやお前は!運命が幸せの方に動くからそこまで余裕なんだ!私は!私は好きな人が絶対に手に入らないからこんな!こんな苦しんだ!アンタの言っている事が全部!全部!ただの戯言にしか聞こえないんだよ!!」

「あっそ。分かってんじゃねぇか」

俺は、もう完全にこいつに興味を失くした。

そろそろ帰ろうと、腰を上げた。

「だったら何度でも殺しに来れば良いさ。だけど、殺しにくれば来る程、お前は好きな人は泣くぞ」

「・・・・・・」

「さっきも、こいつら泣いてた。」

俺は、後ろの二人に聞こえない位小さな声で要にそう伝えた。

すると要の目は、次第に震えが収まり

そして、光が無くなった。

「・・・・・・私は・・・私は・・・」

もう、この状態では話ができないだろう。

「・・・帰るか。」

警察の話によると、要は明日出所する予定のようだ。


帰りの途中、要の両親にかなり謝られた。

そしてどうやら、彼らは明後日には引っ越してしまうという。

例え俺が許しても、要の両親の仕事場と、学校の全員は要を許さないのだろう。




翌日

傷口が締まり、学校に行けるほど回復したため、学校に行かされる事になったが、

怪我が痛むと口実して、親に頼んだら傷口をぶっ叩かれ、家から追い出される形で学校に向かわされた。

そうだ、高校卒業したら家出しよう。

そんな思いで、俺は学校に向かった。

「・・・・・・」

が、そこで嫌な奴に出会った。

昨日、話し合った要だ。

ぶっちゃけ、引っ越すまで会いたくなかったのだが、そういうわけにも行かないのか神様、おいコラ

そんな神様に、恨みを抱きながら歩き出すと、要に袖を掴まれた。

「・・・・・・何?」

「・・・まだ、私は言ってない事がある。」

要がそう言うと、袖を掴む腕が次第に強くなっていた。そして、要はポロポロと涙を流していた。

「・・・・・・・・・ごめん・・・なさい・・・・・・」

涙混じりのその声は、本当に心の底から謝罪しているように見えた。

「謝罪は、俺じゃなくてもっと他にする奴が居るだろ。」

「・・・でも、一番最初に・・・謝りたかった・・・・・・」

一番最初  ねぇ。

「それに・・・私は、もう赤沢さんにも、海気さんにも、会う資格は・・・無いから・・・」

「昨日俺が言った事忘れたか?」

俺は、要の手を握り、掴まれていた袖を引き離した。

「もう少し、大きく生きてみろよ。俺はそうしてくれた方が、嬉しい」

昨日言った事をもう一度言うというのは、少し小っ恥ずかしく感じた。

だが、要はそうでも無いようで、しばらく俺の顔を見てから小さく微笑んだ。

「中村・・・くん・・・。」

そして、要は俺の手を再び握り返し、そして緩め、俺から離れていった。

「・・・またね。バイバイ」

そう言って手を振り、要は去っていった。

去り際の彼女は、少しだけ希望に溢れていた。






そして昼休み、俺はまた再びあのトイレへと向かった。

まだ危機は去っていない。あのホモ倶楽部に狙われている事が残っている。

やはり、トイレ仲間には言っておくべきだろう。が、

そんな事しなくても、言わない物は言わないのだろうか。

いや、煙が立つ前に書いておかなくてはならない気がする。

俺は扉の前に立ち、ゆっくりと扉を開ける。

この時のドキドキは、以前のドキドキに戻っていた。

やっと戻って来れた事に、俺は喜びを感じた。

そして、壁の落書きは、

『おかえり、千明君。』

『退院おめでとう、あなたの松田先生より』

『退院おめでとう!また遊ぼうぜ!』

俺を祝福する文字が並んでいた。

何だ、もしかして全員俺の事知っていたのか。

・・・いや、一人は確実に知らない筈では。

しかも退院を覚えているのは、知っているのは・・・

・・・・・・ああ、そうか。最後のもう一人は・・・・・。



俺は、男子トイレで知り合いの女子と会話していたのか。それを思うと、少しだけ笑えてきた。

何とも奇妙な関係だろう。と、少しおかしくなった。

そしてもう一つの壁には、申し訳なさそうにもう一つ文があった。

『中村千明へ、ごめんなさい。ありがとう。さようなら』

筆跡が『中村千明 殺す』の文字と同じだった所から、それが要だと言う事にすぐ気がついた。

あの文字と比べると、随分小さな文字だと笑えてくるが。

「まぁ、もう一人仲間が増えた・・・と思おうか。」

また、明日から居なくなるそいつは、幽霊部員とでも言おうか。

これで便所の落書き住民は4人になった。え、松田先生?ははは、俺はそいつを住民とは認めねえ。

とりあえず、俺はその場で文字を描いた。





後は、幼馴染でもう一人の便所の落書き住民のアイツと話をしよう。

言わなければならない事、警告しなければならない事もあるからな。

俺の腹を刺して来たあいつも、今回ばかりは少し同情して、ケーキぐらいは差し入れてやろうか。

特に親が一番関係無いのに、とばっちりを受けたからな。きっとビックリするだろう。被害者からの差し入れというのは。

帥丙も、こんなくだらなくも面白い日常を繰り返しているのだろうか。フジシマ高校とは聞いたこと無いが、どんな所だろうか。

去る前に、俺は一度後ろに振り返って

『俺は戻って来た』

と書いた俺の字を見て、鼻で笑ったあとトイレから出て行った。

その頃帥丙は、ヤクザに捕まっていた。

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