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魔王の城は、快適すぎて「戻れない」聖域へ


「――結論から申し上げます。この『管理区域』、現状では居住環境として落第点です。特に水回りの不潔さは、もはや犯罪的と言えるでしょう」


ルシアンは、磨き上げられた玉座の間に立ち、厳しい表情で「業務改善命令」を読み上げていた。

その前で、正座をさせられているのは新人メイドのニーナと、すっかり毒気が抜けて白銀色になった元・黒竜のグラオザーム(現在は『換気担当:グラちゃん』)である。


ルシアンが指を鳴らす。


【固有権能:『終焉の管理』――空間定義:リフォーム実行】


瞬間、ダンジョンの壁が大理石へと変質し、無機質な岩場に赤い絨毯がひとりでに敷き詰められていく。だが、完璧主義の執事が作る設備は、常人の想像を絶する「過剰な性能」を秘めていた。


【大浴場:魔導超高圧ジャグジー】

「粘液混じりの不潔な泉など、存在自体が不快です」

ルシアンが浄化した泉は、二十四時間いつでも適温の「天然大理石ジャグジー」へと変貌した。


しかし、問題はその「洗浄力」だ。


「ル、ルシアンさん! これ、水圧が強すぎて皮膚の角質どころか、精神の汚れまで削ぎ落とされる気がするんだけど! 意識が飛ぶ、天国が見えるよぉ!」


ニーナが泡の中で白目を剥いて流されていく。ルシアンは平然と「毛穴の奥まで除菌するには、これくらいの圧力(物理)が必要です」と言い放った。


【客室:安眠の禁域スリープ・トラップ


「埃一つない寝室で眠ることこそ、人間に与えられた唯一の特権です」


寝具は「雲」のように柔らかい魔獣の毛を洗浄・加工して設置。

だが、あまりの寝心地の良さに、一度横になったニーナは二十時間経過しても微動だにしない。


「ニーナ、起きなさい。……おや、呼吸はしていますが、魂が戻ってきませんね。……『快適すぎて、起きるという選択肢が脳から消去される』。少々、リラックス効果を付与しすぎましたか」


【厨房:時間停止のパントリー】


「食材の鮮度管理ができない者に、執事を名乗る資格はありません」

食材を「腐敗」から守るため、冷蔵庫には強力な「時間停止」の概念を付与。


結果、数日前に焼いたスコーンも焼きたての熱々のまま。……これに味を占めたニーナとグラちゃんが、二十四時間体制で食い倒れを始め、管理区域内の食糧備蓄がマッハで消えていくという二次災害が発生した。


---


「……さて。多少の問題バグはありますが、概ね居住に適した環境になりました」


ルシアンは優雅にティーカップを持ち、完璧な温度の紅茶を一口啜った。

そこはもはや、誰もが恐れた【深淵の魔窟】ではない。


「ここは今日から、『ロイヤル・ダンジョン・レジデンス』と呼称します。……グラちゃん、そこの廊下に僅かな塵が。……今すぐ『吸引ブレス』なさい。一粒でも残せば、明日の食事は『強アルカリ洗剤』ですよ?」


『グ、グルゥゥゥゥ(喜んでぇぇぇ)!!』


銀色の巨体が、ダイソンの掃除機さながらに廊下を爆走し、埃を吸い込んでいく。

ニーナは、お腹をさすりながら、磨き上げられて鏡のように輝く床に寝転んだ。


「……ねえルシアンさん。ここ、外の世界より100万倍くらい快適だよ。……これ、うっかり冒険者が迷い込んだら、一生ここで廃人ニートになるよね……?」


「不躾な客など、玄関先で『大型廃棄物』として処理するだけです。……ですが」


ルシアンは眼鏡を冷たく光らせた。


「もし、私の管理基準をクリアできる『上質な客』が来るのであれば……。執事として、最高のおもてなし(絶望)を差し上げるのも悪くありませんね」



その頃


地上では、ルシアンを追放して数日しか経っていない王宮が、阿鼻叫喚の地獄と化していた。



「陛下! 王女殿下の部屋に謎の黒カビが大量発生! 侍女たちが掃除を試みましたが、余計に汚れが広がり収拾がつきません!」


「騎士団の鎧が……っ! 手入れの仕方がわからず、たった三日で赤錆だらけです! これでは戦う前に、重みで動けません!」


廊下には埃が舞い、厨房からは異臭が漂う。

かつてルシアンが「一秒の狂いもなく」管理していた完璧な秩序は、砂の城のように崩れ去っていた。


汚れた絨毯と、カビの臭いが充満する謁見の間。

アルフォンス三世は、手入れを怠り脂ぎった玉座に力なく沈み込み、震える声で呟いた。


「……あ、あやつを……ルシアンを……」


周囲の貴族たちが息を呑む。


「……ルシアンを、今すぐ呼び戻せ。……どんな条件でもいい。ヤツがいなければ、この城は……この国は、不潔で滅びる……!」


だが、誰もが知っていた。

彼が送り込まれたのは、生きて帰れぬ「深淵」。

そして、一度捨てられたルシアンが、今さら汚れた王宮に「おかえり」と言われて戻ってくるはずがないことを。


沈黙する謁見の間に、ネズミの足音だけが空しく響いた。


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