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魔王の城(ダンジョン)は、五つ星の聖域へと変貌する


ルシアンと、半ば魂が抜けかけたニーナの二人は、ついにダンジョンの最深部――『終焉の間』へと到達した。

そこは、かつて数多の勇者たちが灰に帰したと言われる、絶望の聖域。


だが、ルシアンの第一声は、絶望とは程遠いものだった。


「…………最悪です」


「で、出たぁぁぁ! 伝説の黒竜グラオザーム! 終わった、今度こそ私の人生、拭き掃除の途中で終わった……!」


ニーナが膝をつく先。闇の中から、琥珀色の巨大な瞳が二つ、爛々と輝きを放った。

全長五十メートルを超える巨躯。一叩きで城壁を粉砕する鋭い爪。そして、口端から漏れ出る、万物を焼き尽くす「滅びの火炎」。


黒竜が、地響きのような声で吼えた。


『愚かな人間め。我が眠りを妨げ、同胞たちを塵に変えた罪……その命をもって――』


「うるさいですよ、この**『粗大ゴミ』**」


ピシャリ。

ルシアンの鋭い声が、黒竜の重圧プレッシャーを真っ向から切り裂いた。

彼は燕尾服の懐から、一本の小さな「検査用ピンセット」を取り出し、天を仰ぐ。


「貴方のその咆哮。飛沫しぶきが霧状に舞い、この部屋の湿度が不衛生なレベルまで上昇しました。……さらに、その鱗。隙間にびっしりと詰まった、三百年分はあろうかという古皮と、魔物の死骸の残り香。……貴方、最後に風呂に入ったのはいつですか?」


『な……っ!? 貴様、我が威厳ある姿を……汚いと言うのか!?』


「いいえ。汚いなどという生温い言葉では、私の嫌悪感の百分の一も表現できません。貴方はもはや、生物ではなく**『生物災害バイオハザード』**そのものです」


ルシアンは一歩、また一歩と、伝説の黒竜に向かって歩を進める。

ニーナは後ろで「もうダメだ、ルシアンさんが食べられる……!」と目を覆った。


『……死ね! 塵一つ残さず焼き尽くしてやるわぁぁ!!』


激昂した黒竜が、その喉奥に魔力を凝縮させる。

放たれるのは、すべてを蒸発させる極大ブレス――『滅びの劫火』。


だが、ルシアンは眉一つ動かさず、白手袋の右手をスッと差し出した。


「――**『換気ベンチレーション』**。および、**『有害物質の排気』**」


**【固有権能:『終焉の管理』――処理実行】**


ドォォォォォン!! と轟音が響く。

しかし、放たれた火炎はルシアンの数センチ手前で、まるで目に見えない「巨大な換気扇」に吸い込まれるように渦を巻き、天井の隙間から外へと強制排気された。


「……は?」


黒竜が呆然と口を開けた隙に、ルシアンは音もなくその鼻先へと跳躍した。


「口内も酷い有様ですね。……貴方は**『処理困難物(特定有害廃棄物)』**に指定します。……さあ、大人しくしなさい。今から貴方を、生まれて初めての『丸洗い』に処します」


「ルシアンさん、それ戦いじゃなくて清掃業者……ッ!」


ニーナのツッコミを背に、ルシアンの権能が爆発した。

彼は虚空から、魔力で編み上げられた「高圧洗浄機」と「巨大なデッキブラシ」を顕現させる。


「まずはそのすすだらけの喉を『高圧洗浄』! 続いて、その脂ぎった鱗を『研磨剤入り洗剤』で徹底的に磨き上げます! 暴れないでください、磨きムラができるでしょうが!!」



ルシアンが顕現させた巨大なデッキブラシが、黒竜グラオザームの喉元を容赦なく擦り上げた。


『ギャァァァ!? 痛い、目が、目が洗剤で染みるぅぅぅ!!』


伝説の黒竜が、巨体をよじらせて悲鳴を上げる。かつて勇者たちの聖剣を弾き返した鋼の鱗も、ルシアンの「汚れを許さない執念」の前では、ただの「頑固な油汚れ」に過ぎない。


『や、やめろ……。我は……数多の国を滅ぼした……誇り高き……深淵の竜王……ぐあぁっ!』


「黙りなさい。泡が口に入りますよ。……それから、その『竜王』という肩書きも捨てなさい。現在の貴方の分類は、単なる**『大型の粗大ゴミ』**です。ゴミが自身の過去を語るなど、リサイクル業者の手間を増やすだけだと思いませんか?」


「ルシアンさん、言い方! 相手の人生(竜生)全否定してるから!」


ニーナのツッコミも虚しく、ルシアンは黒竜の鼻先に飛び乗ると、仕上げの「防汚コーティング」を叩き込んだ。


『……っ、あ、ああ……我の、我の漆黒の鱗が……! 恐怖の象徴だった色が……っ!』


「――あぁ、安心してください。今、**『白銀色ピカピカ』**にして差し上げました。これなら夜道でも目立ちますし、何より衛生的です」


数時間の「死闘(大掃除)」の末。

そこには、全身を磨き上げられ、精神的に真っ白に燃え尽きた元・黒竜が、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら座り込んでいた。


もはや、そこにあるのは「恐怖のダンジョン」ではない。

天井は煤一つなく、床はニーナの顔が映るほどに輝き、空気は森の中よりも清浄な、奇跡の空間。


「……さて」


ルシアンは乱れた燕尾服の袖口を整え、完璧に拭き取られた白手袋を見つめて満足げに頷いた。

彼は、いまだに恐怖と困惑で動けないニーナと、精神を破壊された竜を見据え、静かに、しかし絶対的な威圧感を持って告げた。


「ニーナ。それから、そこの元・トカゲ」


二人がビクリと肩を揺らす。


「勘違いしないでください。私は、ここを攻略しに来たのではありません。ましてや、魔王を倒して平和をもたらすなどという、非生産的な目的でここへ来たわけでもない」


ルシアンは手にしたトングを、まるで王の杖のように掲げた。


「ここはもう、“ダンジョン”ではありません。魔物が跋扈し、不潔が支配する野蛮な場所は、たった今消滅しました」


眼鏡の奥で、冷徹かつ支配的な光が宿る。


「――ここは今日から、『私の管理区域』です」


ルシアンは優雅に一礼し、まるで自分の屋敷の廊下を歩くかのように、奥の寝室(元・魔王の寝所)へと向かった。


「……さあ、夕食の準備を。この清潔な空気を維持するためにも、貴方方には一刻も早く『除菌』と『着替え』を済ませていただきます。……遅れたら、次は貴方方を丸洗いに処しますよ?」


「……っ、はいっ! 喜んで除菌されます!!」


「(……グ、グルゥゥゥ……はいです……)」


ニーナと伝説の竜王が、同時に直立不動で返事をした。

【深淵の魔窟】が、世界で最も清潔で、最も独裁的な「執事の城」へと生まれ変わった瞬間であった。



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