不敬の極み、あるいは至高の清掃員
「――以上が、今期の王宮魔導具庫における備品管理の報告書です。一言で申し上げれば、ゴミ溜め(スラム)以下の惨状ですね」
静まり返った謁見の間。
一筋の乱れもない燕尾服に身を包んだ青年、ルシアンの声が冷ややかに響く。
(……ああ、始まった。また始まったよ……!)
その背後で、新人メイドのニーナは白目を剥きそうになっていた。彼女の仕事は、暴走する上司の「毒舌」を物理的に、あるいは精神的にフォローすることだが、今日はもう手遅れだと確信している。
ルシアンは手袋をはめた指で、眼鏡のブリッジをクイと上げた。
「陛下。あの魔導具庫を『宝物庫』と呼ぶのは、ドブネズミの巣を『貴賓室』と呼ぶのと同義です。棚の隅には三年前のクモの巣、床には魔力水の漏れによる謎の粘液。……あそこに保管されている聖剣も、今や錆びたナマクラだ。陛下、貴方は王ではなく、『豪華な粗大ゴミ置き場の管理人』を自称されるべきだ」
「な……っ! き、貴様ッ!」
隣にいた近衛騎士団長が、顔を真っ赤にして剣の柄を鳴らした。
(ひえっ、殺される! ルシアンさん、お願いだからそれ以上は――!)
ニーナの祈りも虚しく、ルシアンの視線が騎士団長の鼻の横に止まる。
「騎士団長閣下。私を睨む暇があるなら、その油田のような顔面を洗ってきていただけませんか? 貴方が呼吸をするたびに、この神聖な謁見の間の空気が『酸化した脂の臭い』で汚染されていく。正直に申し上げて、私は……」
ここで、ルシアンの言葉がわずかに震えた。
それは怒りではなく
「生理的な嫌悪」による戦慄。
「――耐え難い。今すぐその腐ったマントを脱ぎ捨てて、この部屋から立ち去ってください。一秒ごとに、私の肺が煤で汚れていく感覚がする。……ああ、吐き気がする」
ルシアンの瞳に、本気の「拒絶」が宿る。ただの毒舌ではない。彼は本当に、この不潔な世界そのものに絶望しているのだ。
(いや、言い過ぎだろ! 相手は国一番の剣士だよ!? 殺される、私たちまとめて消される……!)
ニーナは内心で激しくツッコミを入れながら、震える手で「清掃用アルコールスプレー」を握りしめていた。
「ルシアン! もうよい、黙れ!」
ついに国王アルフォンス三世が、玉座の肘掛けを粉砕せんばかりの勢いで叩いた。
「貴様の執事としての手腕は認めよう! だが、その傲慢不遜な態度はもはや国家への反逆だ! 貴様のような男は、人間社会には必要ない! 生きて帰れぬ魔の深淵――【深淵の魔窟】へ永久追放とする!」
その瞬間。
重苦しい絶望が謁見の間を支配した。騎士たちは「当然だ」と嘲笑い、ニーナは絶望に膝をつきそうになる。
だが。
「……【深淵の魔窟】、ですか」
ルシアンの口角が、わずかに吊り上がった。
それは恐怖ではなく、獲物を見つけた狩人の、あるいは「頑固な汚れ」を前にした職人の笑みだった。
「承知いたしました。……陛下、最後に一つだけ教えていただけますか?」
「……何だ。命乞いなら聞かぬぞ」
「いえ。……その魔窟に、『換気設備』はありますか?」
「は……?」
一瞬、誰も言葉の意味を理解できなかった。
「無いのであれば、私が設置するまでです。あんな不潔な場所に長居しては、私の肺が煤で詰まってしまいますからね。……お気遣い感謝いたします、陛下。貴方のその『掛け違えたボタン』のような、お粗末な治世に付き合うのも、今日で終わりにできると思うと……」
ルシアンは一歩、国王へと踏み出した。周囲の兵士が剣を向けるが、彼はその切っ先を「汚物」でも見るように鼻で笑った。
「――せいせいしますよ。せいぜい、その泥だらけの靴で、自分の顔でも磨いていなさい」
「……ッ!! 早く連れて行け! 今すぐだ!!」
怒髪天を突く国王の叫び。
だが、ルシアンは連行される際も、近づいた兵士に冷たく言い放った。
「触らないでいただけますか? 貴方の手の皮脂が燕尾服に付着するのは、死より耐え難い苦痛ですので。……ニーナ、行きましょう」
(えっ、私も行くの!? 断る権利ないの!?)
ニーナは叫びたかったが、あまりにも堂々と、そして優雅に「地獄」へ向かって歩き出すルシアンの背中を見て、思わず足を動かしてしまった。
最悪の職場。最悪の上司。
しかし、その背中は、これから始まる「地獄の清掃」を予感させて、不気味なほどに頼もしかった。




