無音の給仕と「喋る骨」の誕生
「――本日より、この『管理区域』は『ロイヤル・ダンジョン・レジデンス&スパ』へと正式に格上げします。それに伴い、諸君ら『生きた備品』にも、最低限の知性と接客技術を叩き込みます」
ルシアンは、磨き上げられた大広間に集結した魔物たちを見下ろしていた。
並んでいるのは、不浄の象徴たるスケルトン、粘液まみれのスライム、そして凶暴なコボルド。彼らは数日前まで「侵入者を食い殺すこと」しか考えていなかったが、今はルシアンの持つ「超高圧スチームトング」の恐怖に震え、直立不動(スライムは直立凝固)していた。
【スケルトン:骨董品ウェイター】
「貴方方。そのカチャカチャと耳障りな関節音は何ですか? 不快です。全ての骨の継ぎ目に『高級潤滑シリコン』を注入し、摩擦音をゼロにしなさい。……それから、その『喋れない』という甘え捨てていただきます」
ルシアンは、怯えるスケルトンの喉の骨(舌骨)に、特殊な魔導具を埋め込んだ。それは、微細な魔力を振動に変える『拡声魔導チップ』。
「骨だから喋れない? ……掃除の言い訳に身体構造を持ち出すとは、怠慢にも程があります。顎の骨を打楽器のように叩き、その振動をこのチップで増幅させなさい。……ほら、やってみなさい」
『カ、カッカ……。……イ、イラッシャイ……マ……セ……?』
「発音が濁っています。もう一度。一音ごとに、骨の髄まで響かせなさい」
地獄の特訓により、スケルトンたちは無音で移動し、必要な時だけ「重厚なバリトンボイス」で囁く究極の給仕へと進化した。肋骨の間には『予備のナプキン』と『除菌シート』が完璧な角度で収納され、客が一口溢すたびに、死神のような静かさで背後に現れ、汚れを抹殺する。
【スライム:天然ゲル・ルームフレグランス】
「ただのベタつくゴミだと思わないでください。……ニーナ、そのスライムに『重曹』と『天然アロマオイル』を混ぜなさい。……あぁ、混ぜる前にまず、その体内の『不純物(冒険者の装備の残骸)』を全てピンセットで取り出すのを忘れずに」
不潔な粘液を徹底的に濾過され、フローラルな香りを放つ「芳香剤スライム」へと改造された彼らは、廊下の各所に配置された。客が通り過ぎるたびに、体表から微細なミストを噴射して空気を洗浄する。
さらに、床に落ちた髪の毛一本すらも見逃さず、瞬時に体内に吸い込み、胃袋(という名の洗浄槽)で分解消滅させる「自走式全自動ルンバ」としての機能も備えた。
【コボルド:モフモフ・ドアマン】
「獣臭い。論外です。……全員、まずは五分間の薬湯煮沸消毒。その後、三段階のブラッシングとマイナスイオントリートメントを行いなさい」
かつての凶暴な犬人間たちは、今や「触れた瞬間、指が吸い込まれるほど柔らかい」究極のモフモフ生命体へと変貌した。彼らは玄関で客を迎える際、完璧な45度の礼を行い、その「尻尾の高速な振り」で発生する微風を使って、客の服に付着した花粉や塵をスマートに払い落とす技術を習得させられた。
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「……ル、ルシアンさん。……やりすぎじゃない? スケルトンたちが、無言で背後に立ってピンセットで私の襟元の埃(0.01mm)を狙ってるんだけど……。……怖いよ、なんかプロの暗殺者みたいな顔つきになってるもん」
ニーナが引き気味に報告する。
横では、バスローブ姿のガイ(勇者)が、スライムに足を揉まれながらうっとりとしていた。
「……素晴らしい。……このスライムの適度な吸着力……足の裏の角質と、戦いの中で溜まった精神の滓が、すべて根こそぎ持っていかれる……。……これが、『至高の癒やし』か」
「ガイさん、もう完全にダメな大人になってる……」
ルシアンは、真っ白な手袋で廊下の手すりをなぞり、指先に塵一つ付かないのを確認すると、満足げに頷いた。
「準備は整いました。……我が『聖域』に、新たな『大型廃棄物(隣国の魔王軍)』が接近しているようです。……ニーナ、グラちゃん。……彼らをお迎え(検品)する準備を。……牙を剥いて向かってくるのであれば、それは『不燃ゴミ』。……もし、礼儀を知る者であれば……」
ルシアンは眼鏡を冷たく光らせた。
「……執事として、魂の奥底まで白く洗い上げる『地獄のスパ(フルコース)』へご案内しましょう」
***
その頃、国境付近。
「クハハハ! 軟弱なアルフォンスの国に、何やら『究極の宝』が眠る城ができたと聞いたぞ! この魔王軍が、すべてを奪い、泥に沈めてくれるわ!」
漆黒の鎧を纏った隣国の魔王が、数万の軍勢を率いて進軍していた。
彼らはまだ知らない。
自分たちがこれから向かう場所が「戦場」ではなく、「強制美容・除菌センター」であることを。
そして、その入り口で待っているのが、笑顔のニーナ(疲労困憊)と、トングを持った無慈悲な死神(執事)であることを。




