暁の剣の「英雄引退勧告 ―二度と泥は啜りません―」
「……なあ、ガイ。俺たち、いつまでここにいるんだっけ?」
魔導師の少女が、潤いたっぷりのフェイスパックを貼り直しながら、ぼんやりと天井を見上げた。
そこには、かつての「死の洞窟」の面影など微塵もない。ルシアンが魔導具を駆使して再現した、二十四時間いつでも『木漏れ日の午後』を感じさせる、完璧なライティングの天井だ。
「……忘れた。……日付という概念は、この『清潔な静寂』の前では無意味だ」
リーダーのガイは、純白のバスローブを翻し、一ミリの茶渋も許されないティーカップを傾けた。
かつて、王都で「鉄壁のガイ」と呼ばれた頃の彼は、全身傷だらけで、鎧の下は常に汗と乾いた血の匂いがしていた。それが「戦士の勲章」だと信じて疑わなかったのだ。
「……拙者は、間違っていたのだ」
ガイが、トング(ルシアンから一時的に借りた『取り分け用』)を神々しく掲げた。
「泥を啜り、地面に寝て、不衛生な野営で下痢に震える。……それが冒険だと思っていた。だが、ルシアン殿に言われたのだ。……『不潔な状態で剣を振るうのは、ただの野蛮人の暴れ回りです。真の強者は、毛穴の奥まで清浄であれ』とな」
「……確かに。昨日、ルシアンさんに『超高圧魔導スチーマー』を当てられた時、私の魔力回路に詰まってた『精神的なモヤモヤ』まで一気に吹き飛んだ気がするもん」
「俺なんて、もうあの『カビ臭いギルドの宿舎』を思い出しただけで、吐き気がする。……あそこのシーツ、半年に一回しか洗ってなかったんだぜ? 人間の住む場所じゃねえよ」
重戦士、魔導師、盗賊――王国が誇る最強の五人は、今や全員が「極度の潔癖症」へと変貌を遂げていた。
彼らにとって、外の世界はもはや「巨大なゴミ捨て場」にしか見えない。
「……ガイさん。王宮からの使者が、また入り口で『戻ってきてくれ』って泣いてるよ?」
ニーナが困り顔でやってくると、ガイは眉一つ動かさずに、優雅にスコーンを口に運んだ。
「……ニーナ殿。彼らに伝えてくれ。……拙者たちは今、第5層の『コボルド用・自動洗髪機』のテストモニターという、国家の存亡よりも重要な任務に就いているとな。……それに、外は『花粉』と『排気ガス』が酷すぎる。……私のこの、ルシアン殿に磨き上げられた素肌を汚す権利は、王と言えど持っていない」
「……。そうだよね、そう言うと思った」
ニーナはため息をつきながら戻っていく。
彼らは、いつか帰るのか?
その答えは、彼らが「泥のついたパン」を再び口にできる日が来るかどうかにかかっている。……つまり、**永遠に帰る気はない。**
「……さて。……そろそろ『午後のお昼寝コース』の時間か。……グラちゃん、そこの日当たりの良い場所を、ブレスで暖めておいてくれ」
『(グルゥゥゥ……合点承知ぃぃ!!)』
黒竜が吐き出した「適切な温度の温風」に包まれながら、英雄たちは再び深い眠り(ニート化)へと落ちていく。
彼らは知っている。ルシアンがこの世界を「掃除」し終えるまで、このダンジョンこそが、唯一の「人間らしく生きられる場所」なのだと。
「……おやすみ。……不潔な……世界……」
最強のパーティは、今日も今日とて、世界で最も「綺麗」な夢を見るのであった。




