【廃棄物処理記録】黒竜王グラオザームの「誇り高き(?)敗北」
「……我は、死を司る者。万物を灰に還す、深淵の覇者なり」
我は心の中で、かつての威厳に満ちた口上を反芻する。
だが、今の我がしていることは、長い首を自在に操り、廊下の角に溜まった「綿埃」をピンポイントで吸引することだ。
『……シュゴォォォォォォ(完璧な吸引力)!!』
……情けない。実に情けない。
一ヶ月前、あの眼鏡の悪魔――ルシアンがこの最深部に現れた時、我は確かに、彼奴を「一口で飲み込める塵」だと侮っていた。
我の放つ『滅びのブレス』は、山を穿ち、城を焼き払う究極の破壊。
それを、彼奴は事も無げに「トング」一本で受け流したのだ。
「――**『熱風による乾燥』ですか。……生憎ですが、私の管理基準では、湿度は40%から60%の間が適正です。余計な加湿は、カビの原因になりますよ**」
……何を言っているのだ、この人間は。
我の渾身の魔力放射を「加湿」だと断じ、あろうことか彼奴は、我の鼻先に「高圧洗浄魔法」を叩き込みおった。
あの瞬間の衝撃は、数千年の寿命の中でも類を見ないものだった。
熱い。いや、冷たい。いや、『凄まじく、さっぱりする』……!
鱗の隙間に詰まっていた数百年分のアカや、魔物の返り血、洞窟の苔。それらが一瞬で剥ぎ取られ、剥き出しになった我が真の肌に、ラベンダーの香りが染み込んでいく。
「……おや。磨けば、少しは『鑑賞に堪える銀色』になるではありませんか。……貴方、今日から『換気担当』として、ここで働きなさい。……一回でも咳き込めば、次は『内臓の煮沸洗浄』です」
抗おうとした。竜の誇りにかけて。
だが、彼奴に磨き上げられた我の鱗は、鏡のように光り輝き、自分の姿に惚れ惚れするほど美しくなってしまったのだ。
不潔な魔窟に引きこもっていた頃の我は、なんと醜かったことか。
「……グルゥ(……いや、我は竜王……。誰にも膝は折らぬ……)」
そう呟きながらも、ルシアンに『高級ウロコ用ワックス』を塗られると、我の尻尾は勝手に喜びに震えてしまう。
最近では、ニーナという小娘に「グラちゃん、そこ、まだ埃あるよ!」と指図されても、「心得た!」とばかりに最大出力で吸引してしまう始末だ。
昨今、地上の騎士どもが「快適でした」などと抜かして帰っていったが、甘い。甘すぎるぞ。
我など、今や寝る前にルシアンに『歯磨き(超硬質ブラシ)』をしてもらわねば、落ち着いて眠ることすらできぬのだ。
「……。ふむ。グラちゃん、今日の吸引率は98%ですね。……及第点です。……ご褒美に、明日は『翼のアイロン掛け』をしてあげましょう」
「!!(グルゥゥゥゥ!!)」
……いかん。また喜んでしまった。
我は、誇り高き竜王。万物を灰にする者。
……だが、もし。もしこの世界に「一切の汚れなき楽園」があるとするならば、それはこのトングを持った男が磨き上げる、この廊下の先にしかないのだ。
『……シュゴォォォォォ(今日も空気は清浄なり)!!』
我の咆哮は、今や掃除機の駆動音として、美しく磨かれた迷宮に響き渡る。




