磨き上げられた国王、あるいは「純白の統治者」
「――全自動コース、『頑固な汚れ(政治的腐敗)』モード、完了しました」
ルシアンの無機質な声が、湯気の立ち込めるドラム室に響く。
ニーナとグラちゃん(黒竜)が、固唾を飲んで見守る中、重厚なハッチがゆっくりと開いた。
「……あ、うぅ……」
そこから現れたのは、かつての脂ぎった、威圧感だけのアルフォンス三世ではなかった。
「……きれいだ」
ニーナが思わず呟いた。
王の肌は、陶器のように滑らかで、内側から発光しているかのような透明感を放っている。白髪混じりだった髪は、完璧な純白へと漂白(洗浄)され、シルクのように風に舞う。
そして何より、その瞳。
濁りきっていた野心の色は消え失せ、まるで生まれたての赤ん坊か、あるいは汚れなき聖者のように、澄み切った虚空を見つめていた。
「……陛下? 大丈夫ですか?」
ニーナが恐る恐る声をかけると、王はゆっくりと視線を動かした。その動作一つ一つが、驚くほど優雅で、無駄がない。
「……あぁ。……ニーナ、と言ったか。……私は今、かつてないほど『澄んでいる』。……今まで、私の心を濁らせていたもの……権力欲、猜疑心、そして……あの、忌々しい背中の加齢臭。……それらすべてが、ルシアン殿の『神の泡』によって、綺麗さっぱり洗い流されたのだ」
王は、自らの純白のバスローブの裾を見つめ、静かに涙を流した。
「……拙者は、逃げているのではない。……初めて、『正しい状態』で剣を置けたのだ」
背後から、同じくバスローブ姿の元・重戦士ガイが歩み寄り、王の肩にそっと手を置いた。
「陛下。……貴方も、悟られたのですか」
「あぁ、ガイ殿。……戦いとは、汚れを広げる行為。……統治とは、その汚れを未然に防ぐ『家事』であると……。……ルシアン殿。……私は、間違っていた」
王は、トングを手に立ち尽くすルシアンに向け、深く、完璧な角度で一礼した。
それは、王が臣下に捧げるものではなく、迷える衆生が「真理(清潔)」に捧げる敬礼だった。
「……。ふむ。……多少は、見られるようになりましたね」
ルシアンは眼鏡を指で直し、冷淡に言い放った。
「陛下。……貴方のその『精神の汚れ』。……完璧に落とすには、あと数回の『煮沸消毒』が必要でしたが。……まあ、今の王宮の惨状を見るに、『最低限の除菌』は完了したと判断します」
ルシアンはトングで、王の額に『管理区域指定:検品済』の小さなスタンプを押した。
「ニーナ。この『磨き上げられた統治者(製品)』を、王都まで一括配送(出荷)しなさい。……陛下。……王宮に戻ったら、まず真っ先に『玉座のワックス掛け』から始めなさい。……貴方の脂で汚した玉座に、そのまま座るなど、万死に値する不潔ですからね」
「……は、はい。……仰せのままに。……ルシアン殿の『意志(清潔)』を、我が国全土に広めてみせましょう」
王は、恍惚とした表情でスタンプを押された額を撫でながら、グラちゃん(掃除機)に吸い込まれるように、馬車へと戻っていった。
***
数日後。王都。
「陛下がお戻りになられた! ……な、なんだ、あの輝きは!?」
帰還したアルフォンス三世を見た国民は、その神々しい姿に平伏した。
王は、玉座に座る前に、自ら雑巾を手に取り、家臣たちに宣言した。
「――我が国民よ。……今日から、この国は『清潔』を国是とする。……汚れを放置する者は不敬罪とし、直ちに【深淵の魔窟】での『強制洗浄』に処す! ……さあ、磨くのだ! この世界を、ルシアン殿が愛した『純白の聖域』にするために!!」
王は、賢君として目覚めたのか。
それとも、清潔という概念に支配された、意志なき「脱け殻」なのか。
それは誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは、ルシアンの手によって、一つの国家が「巨大なクリーニング工場」へと作り変えられようとしていることだけだった。
深淵の底。ルシアンは、完璧に拭き上げられたティーカップに紅茶を注ぎながら、満足げに微笑んだ。
「……さて。……世界が、少しずつ『整理整頓』されていく音が聞こえますね。……ニーナ。……次の『洗濯物』が、国境を越えて押し寄せているようです。……門を開けなさい。……今度は、少し『大物(隣国の魔王)』のようですから、洗剤の濃度を上げねばなりませんね」




