第5話 師と呼ぶに値する男(前編)
転生してから、一週間が経過した。
時間にすれば、たった七日。
だが体感としては、もっと長い。
それほどまでに、この一週間は濃密だった。
屋敷を抜け出し、慎重に森へ入り、魔物を狩る。
初日は探るような動きだったが、今では違う。
踏み込みの速さ。
剣を振るう角度。
魔物の攻撃に対する反応速度。
すべてが、初日とは比較にならない。
(……明らかに、別物だな)
自分の身体を動かしながら、そう実感する。
筋力が増しているのは分かるが、それ以上に――「感覚」が変わっていた。
敵の動きが、妙に遅く見える。
次に何をしてくるのかが、直感的に分かる。
これが、レベルアップか。
基礎魔法も試してみた。
火、風、光――いずれも、以前使った時と比べて威力を明らかに上回っている。
(……やっぱり、原因は一つだ)
俺自身の狩りだけではない。
召喚したミ=ゴ達。
彼らが、俺の代わりに淡々と“処理”してきた成果。
どうやら、この世界では――
使役した存在の経験値も、主へと還元されるらしい。
正直、都合が良すぎる。
だが、悪役としては最高だ。
この一週間で、ミ=ゴの数は三十体まで増やした。
増殖は、ここで一旦ストップ。
理由は単純。
これ以上増やせば、さすがに異変として認識されかねない。
悪役は、目立つべき場面と、潜むべき場面を選ぶものだ。
現在、ミ=ゴ達は森の奥深くに拠点を構えている。
人が寄り付かない洞窟。
いや――
「寄り付かせない」洞窟、と言った方が正しい。
近隣の獣や魔物は整理され、
人間が近づけば、無意識のうちに足を引き返すような処理が施されているらしい。
(……本当に、賢すぎるな)
ミ=ゴくん。
君たちは最高だ。
____________
――報告。
観測対象区域:森林地帯。
人類拠点:盗賊集団。
構成人数:約十。
装備水準:低。
指揮系統:未熟。
警戒行動:酒精摂取により著しく低下。
人類戦力指数:想定以下。
排除処理を実行。
抵抗行動は一部確認。
戦闘と呼称するレベルに達せず。
処理完了。
補足。
対象個体の一部は、我々の存在を
「罰」「神意」「報い」と解釈。
非合理的認識。
記録のみ実施。
拠点利用価値:低。
今後の観測地点として不適。
破棄。
以上。マスターへの報告を終了します。
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(……だろうな)
報告を受け取り、内心でそう呟く。
あいつらにとって、盗賊団などただの“実験体”だ。
善悪の概念も、憎しみも、快楽もない。
必要だから排除した。
それだけ。
ミ=ゴは仲間じゃない。
友でもない。
――使役している存在だ。
……なんて言ってるけどちょっとうちのミ=ゴさん達、神話生物の筈なのに感情豊かなんだよな。マスターとか主って俺の事呼んでるし。
まぁ、盗賊がミ=ゴさん達に消されようと語り部の俺からするとどうでもいい事なんだがな。
あと、この一週間で一つ決めたことがある。
臣下や使用人たちに対する態度だ。
最初は、偉そうにするのが少し気恥ずかしかった。
中身が元日本人というのもある。
だが、途中で考えを改めた。
急に態度を変えれば、不審に思われる。
それに――
カリスマ性のある悪役なら、傲慢さすら魅力だ。
というわけで、今は堂々と偉そうに過ごしている。
もっとも、セクハラや理不尽なパワハラはしない。
それをやるのは、ただの三流だ。
欲がないわけじゃない。
この世界の女性は、確かに美しい。
だが、性に溺れる悪役など情けない。
そもそも身体は六歳。
……論外だ。
◇
そして、今日は待ちに待った剣術指導の初日だ。
家庭教師の手配は父様に任せてある。
名前だけは知っている。
アシュダール・フィヨルド。
王国に名を轟かせた剣豪。
どんな人物か――正直、かなり楽しみだった。
◇
アドラー侯爵家の馬車の中。
揺られながら、一人の老人が深いため息をつく。
「はぁ……なんでワシが今更、クソガキのお守りを……」
アシュダール・フィヨルド。
六十七歳。
今は隠居しているが、かつては“大剣豪”と評された男だ。
数日前、アドラー家から使いが来た。
アルフレッドという子供に剣を教えてほしい、と。
期間は二年。
報酬、待遇、酒代――すべて破格。
酔っていたこともあり、二つ返事で了承した。
……だが。
「冷静に考えたら、面倒事しかないわい」
侯爵家相手は気を遣う。
子供相手も疲れる。
しかも噂では、傲慢で怠惰な典型的貴族子弟。
「ワシも、歳を取ったのぉ……」
そうぼやいたところで、馬車が止まる。
屋敷へと案内され、出迎えた少年を見て――
アシュダールは、少し興味が湧いた。
(……ふむ、中々良い目をしておる。)
年相応の体躯。
だが、視線だけが異様に鋭い。
「貴様がアシュダールか」
少年は、迷いなく言い放つ。
「腑抜けた顔だが、大丈夫なのか?
俺がアルフレッドだ。さっさと庭へ出るぞ、時間が惜しい」
(……ほう)
生意気。
だが、怠惰ではない。
むしろ――
剣士の目だ。
(ちぃとは、楽しめそうじゃな)
そう思考に耽りながらアルフレッドへと続いた。
◇
庭に出ると、朝の空気が肺を満たした。
芝は短く整えられ、木刀を振るには申し分ない広さだ。
アシュダールは、しばらく無言で庭を見渡していた。
地面の硬さ。
足運びの邪魔になる石の有無。
風向き。
それらを一通り確認してから、ようやく口を開く。
「……よろしい庭ですな。剣を振るには、贅沢が過ぎるほどじゃ」
「当然だ。俺が剣を学ぶ場所だぞ」
即答だった。
遠慮も謙遜もない。
アシュダールは眉をわずかに動かす。
(……このガキ、やはり面白い)
木刀を二本、地面に置く。
「では、始めましょう。
まずは――そうですな。剣とは何か、という話から」
「いらん」
即座に切り捨てた。
「俺は御託を聞きに来たわけじゃない。
剣を学びに来た。振れ」
庭の空気が、ぴしりと張り詰めた。
使用人たちが、思わず距離を取る。
普通の子供なら、ここで殴られてもおかしくない。
だが、アシュダールは怒らなかった。
むしろ、口角を上げる。
「……なるほど。
では、振りましょう」
正眼。
その構えは、あまりにも「整って」いた。
隙がない。
無駄がない。
一振り。
風を切る音が、遅れて届く。
続けて、二振り、三振り。
滑らかで、流れるようで、
剣が空気を撫でているようにすら見える。
剣戟というより――演舞。
周囲の使用人たちは、思わず息を呑んだ。
「……どうですかな?」
アシュダールが問う。
沈黙。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……美しいな」
その一言に、使用人たちが安堵の色を浮かべる。
だが、次の瞬間。
「だが――それだけだ」
空気が凍る。
「見栄えだけの剣だ。
宴会で拍手を貰うには十分。
だが、人は斬れない」
アシュダールの目が、細くなる。
「ほう?」
「剣が洗練されすぎている。殺意がない。斬る気がない。舞踏会でのダンスを学びたいといつ言った?」
一歩、踏み出す。
「そんな剣で、俺が満足すると本気で思ったのか?」
沈黙が落ちる。
数秒。
十秒。
そして――
「……フフ」
小さな笑い。
次の瞬間、アシュダールは腹を抱えて笑い出した。
「フワァッハッハッハッハ!!
いや、これは一本取られましたな!」
腹の底からの笑いだった。
「六歳の子供に、ここまで言われるとは……!
いやはや、ワシも老けたものよ!実に厳しく的確だ」
使用人たちは完全に置いてきぼりだ。
「ワシが悪かった。
今のは“見せる剣”。
本気ではない」
アシュダールの笑顔が、すっと消える。
「では――次を見ていただきましょう」
腰の位置へ木刀を当てる。
そこは、本来なら鞘がある位置。
空気が変わった。
老人の周囲だけ、密度が違う。
(……来る)
踏み込み。
抜刀。
横一閃。
風が裂ける音が、耳を打つ。
そこから連続。
前へ。
横へ。
後ろへ。
剣は荒々しく、
一撃一撃が明確な殺意を持っている。
だが、不思議と――美しい。
さきほどの“舞”とは違う。
これは、生き残るための剣だ。
動きが変わる。
人を想定した剣から、
より大きな存在へ。
重く、鋭く、
圧倒的な質量を断ち切る剣。
最後の一撃。
「――龍」
その瞬間、俺の脳裏に“確信”が走った。
斬った。
確かに、そこに龍がいた。
幻覚でも妄想でもない。
剣が、そう語っていた。
「……どうですかな」
アシュダールは、息を整えながら問う。
俺は、しばらく言葉を探した。
そして、正直に言う。
「……最高だ」
短く、だが重く。
「凄みを感じた。
強さを感じた。
生きてきた時間を感じた」
一歩、前へ。
「アシュダール・フィヨルド。
俺は、お前から剣を学びたい」
老人は、じっと俺を見つめた。
そして――深く、頭を下げる。
「不肖アシュダール。
この命、二年。
全てを以って、お教え致しましょう」
こうして。
俺は、
“本物の剣”を知る師を得た。




