第3話 悪役は一線を越える
戦闘を無事に終えた俺は、そのまま勢いを落とすことなく森を駆け回った。
相手はゴブリン、ボア、コボルトといった、いわゆる雑魚と呼ばれる魔物たちだ。
だが、雑魚であろうと魔物は魔物。
牙も爪も確かにこちらを殺しに来るし、油断すれば命を落とす。
それでも――倒せる。
短剣を握る手に迷いはなく、身体は驚くほど軽かった。
一体、また一体と魔物を斬り伏せる度に、身体の奥からじわりと熱が滲み出す。
分かる。
はっきりと、分かる。
力が、積み重なっていく。
レベルが上がるという現象を、数字ではなく実感として理解していた。
筋肉が悲鳴を上げることはない。呼吸も乱れない。
むしろ、動くほどに身体が馴染み、思考が冴えていく。
気付けばLv8に到達していた。
――楽しい。
強くなる。
それを自分の身体で実感できるというのは、こんなにも愉悦に満ちているのか。それに低レベルだからこそ伸びが良い。
もっと。
もっと倒せる。
もっと強くなれる。
……が、調子に乗りすぎるのは危険だ。
ここは俺の遊び場ではない。
バレれば確実に面倒なことになる。
というわけで、十分に狩ったところで切り上げることにした。
今はまだ、“大人しくしている悪役令息”である必要がある。
幸い、大きな怪我もなければ返り血を浴びることもなかった。
多少服が汚れた程度だが、剣の訓練をしていたと言えば誤魔化せるだろう。
俺はそう判断し、静かに屋敷へと戻った。
◇
結果から言えば、問題なく戻ってこれた。
短剣をそのまま持ち帰ってしまったが、倉庫を頻繁に確認する者はいない。
自室に隠しておけば、まず見つかることはないだろう。
父様と二人で食卓を囲み、他愛もない会話を交わす。
領地の話、最近の天候、使用人たちの様子。
その中で、俺は何気ない風を装って一つお願いをした。
剣術の家庭教師を呼んでほしい、と。
自分でも驚くほど素直に口から出たその言葉に、父様だけでなく、給仕していたメイドや控えていた執事までもが一瞬固まった。
当然だ。
これまでのアルフレッドは、傲慢で怠惰で努力を嫌う典型的な悪役令息だったのだから。
だが、魔物を倒して強くなる感覚を知ってしまった以上、独学で満足する気はない。
剣術、武術、魔法――基礎から叩き込み、全てを糧にする。
悪役は、弱くては務まらない。
部屋へ戻り、静かに扉を閉める。
さて、と。
アルフレッド強化計画を本格的に煮詰めなければならない。
今のままでは、魔物狩り一つとっても制限が多すぎる。
父様、執事、メイド。
全員の目を掻い潜って行動しなければならない以上、効率は最悪だ。
このままでは“圧倒的な強さ”には届かない。
「……やっぱり、魔法だよな」
呟きながら、思考は自然と一つの結論へ辿り着く。
オリジナル魔法。
エーデルワイス・クロニクルの世界に存在した、特殊にして危険な魔法体系。
効果、属性、見た目――全てを自分好みにカスタマイズできる、自由度の塊。
ゲーム時代、俺はそれを使いこなしていた。
だが、ここは現実だ。
オリジナル魔法が本当に存在するのか、使えるのか、挙動はどうなるのか。
そもそも、今日の戦闘では魔法自体を使っていない。
魔力が扱えるのかどうかすら、確証はない。
「……まぁ、天才設定らしいしな」
そう、アルフレッドは天才という設定だった。
ならば使えないはずがない――たぶん。
「まずは普通の魔法からだな。行き詰まったら魔法書を読む」
そう決め、最も簡単だとされる光魔法――ライトを試す。
頭の中で、光を灯すイメージを明確に描く。
そして、短く呟いた。
「ライト」
瞬間、身体から僅かに何かが抜け落ちる感覚。
同時に、目の前に小さな光球が浮かび上がった。
なるほど。
これが魔力が消費される感覚。
そして思う。
拍子抜けするほど簡単だ。
想像して、言葉にするだけ。
それだけで世界が応える。
正直、もっと苦戦すると思っていた。
……流石は天才設定というやつか。
ともあれ、これで魔法が使えることは確定した。
◇
次に考えるべきは、どうやって効率良く経験値を得るか、だ。
単独行動には限界がある。
ならば、使うべきは――。
「召喚魔法……か?」
だが、エーデルワイス・クロニクルには召喚魔法が存在しなかった。
オリジナル魔法ですら作れなかった分野だ。
それでも。
魔法入門書を手に取り、ページを捲る。
「この世界の魔法はイメージの世界……発想力が重要で、具体的であるほど良い。大規模なものは魔力を大量に消費する……詠唱はイメージを補助し、威力を増し、消費を抑える……」
入門書らしく、基礎的なことしか書かれていない。
発動速度や複数同時展開について触れていないのは残念だが――。
「……いけるな、これ」
少なくとも、この理論が正しいなら、この世界では召喚魔法は成立する。
問題は、何を呼ぶか、だ。
「カリスマ性のある悪役が使う召喚……高い知能、戦闘力、自己判断能力、命令理解、できれば会話も可能……」
条件を並べていくと、一つの存在が脳裏に浮かんだ。
「……いや、これ大丈夫か?」
だが、条件は完璧だ。
知能が高く、戦闘力も高く、コミュニケーションも取れる。
何より――得体の知れなさが、悪役として最高だ。
妄想が止まらない。
想像が膨らむ。
「……よし」
覚悟を決める。
「オリジナル魔法、やってみるか。まずは……1体」
深呼吸し、言葉を紡ぐ。
「……語り部︰[クトゥルフ神話]ミ=ゴ召喚」
俺がそう呟いた瞬間、部屋の空気が変質した。
まず、音が消えた。
壁の軋み、遠くの風、屋敷のどこかで鳴っていたはずの微かな生活音。そのすべてが、誰かに掴み取られたように霧散する。
次に、匂いだ。
鉄と、薬品と、土と、そして説明できない「何か」が混ざり合った、現実に存在してはいけない臭気が鼻腔を刺す。
床が、沈んだ。
いや、違う。
沈んだように見えただけだ。実際には、床という概念そのものが一時的に意味を失っている。
視界が歪む。
輪郭が定まらない。焦点を合わせようとすると、逆に視線が弾かれる。
最初に現れたのは「形」ではなく「存在感」だった。
そこに“いる”という確信だけが、説明抜きで脳に叩き込まれる。
やがて、ようやく視覚が追いつく。
楕円形の頭部。
だが、それは頭と呼ぶにはあまりにも不確かで、表面を覆うピンク色の触手が蠢くたびに、形状が微妙に変化しているように錯覚する。
角のように突き出た器官は、硬質であるはずなのに、見る角度によっては柔らかく歪んで見えた。
甲殻類を思わせる胴体。
節の一つ一つが生物的な合理性を持っているはずなのに、どこか「設計思想」が人類の理解を拒絶している。
四肢の先には鉤爪。
掴むためではなく、裂くためだけに存在するような形状。
背中には翼。
蝙蝠に似ているが、羽ばたいていないのに、周囲の空気が微かに震えている。
――理解した瞬間、背筋が粟立つ。
これは「召喚された存在」ではない。
「こちら側に合わせて、無理矢理現れている存在」だ。
探索者の皆様、SAN値チェックのお時間です。
成功で1D3、失敗で1D6。振らなくても、減る人は減ります。
俺は?
俺は減らない。
なぜなら、知っているからだ。
理解しているからだ。
これは恐怖ではなく、設定通りの登場演出にすぎない。
思考に、直接声が響く。
「……(召喚に応じ、参上しました。ご命令を、マスター)」
音ではない。
言語でもない。
それでも意味だけが、寸分の狂いなく伝わってくる。
……うん。
いいな、最高だ。
内心でそう評価しつつ、表情は崩さない。
悪役たるもの、初対面の配下に感動を悟られるわけにはいかない。
「……ゴホン」
軽く咳払いをして、命令を下す。
「近くの森で魔物を倒してきてほしい。倒した素材は基本的に自由だ。ただし、人間や亜人は攻撃するな。できるだけ目立たず行動してくれ。盗賊に関しては遠慮は要らん、処分しろ。」
一瞬の間。
ミ=ゴは、命令の内容だけでなく、その裏にある意図まで読み取ったようだった。
「……(了解しました、マスター)」
違和感がない。
意思疎通に齟齬がない。
……優秀すぎない?
「異変や強敵が出た場合は報告を。あと、仲間も増やす予定だから、上手くやってくれ」
「……(お任せください)」
こうして、俺はさらに二体のミ=ゴを召喚し、同様の命令を与えた。
異世界転生一日目。
アルフレッドは、誰にも知られぬまま、人知の外側へと足を踏み出した。
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TIPS
・オリジナル魔法
オリジナル魔法は本来、限られた者しか扱えない特殊魔法。
ゲーム時代、オンラインPVPにおいて猛威を振るい、見た目と属性が一致しない、精神的嫌がらせ特化(魔法の見た目を虫に変化させたりetc…)など、数多の魔法が生み出された。
その結果、PVP使用は禁止された。
・語り部:[クトゥルフ神話]ミ=ゴ
アルフレッドが生み出したオリジナル魔法。
一度召喚すれば維持コスト不要で、戦闘・索敵・命令理解に優れる。
コスパ最強。
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